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マズイですよ

 その後、せっかくだから聖女も一緒にと勧められ、地異の話を聞くことになった。

 正直黒カビもどきの件はお任せしたいのだけど、帰ろうとするとワ=サンボン神官長の顔がすごく寂しそうになるので抜けられなかったんだ。癒し系おじ様のしょぼん顔、聖女メイに10のダメージ! みたいな。


 というわけで、おとなしく話を聞く。


 ちなみに、ここまでにもひと悶着あった。私がどこに座るかでだ。

 おじ様たちは私をしきりに横に置きたがったけれど、領主様に阻まれた。だがその領主様はタッちゃんに阻まれている。結果としてカッちゃんの膝に乗せられ、両脇をタッちゃんとマー君に挟まれる形になった。

 不本意だけど、椅子がね、低かったんだ、私には。仕方ないよね、転生ボディちっちゃいしね。


 タイムロスはあったが、大きな机の周りに座るおじ様たちに混ざって上にある図を見る。それは予想通り砦の見取り図だった。それもかなり詳細で、部外者立ち入り禁止区域まできっちり書かれている。こんな機密事項っぽいもの、私が見ていいものなのか? 複雑な気持ちだけど聞けずにいる間にも、話は進んでいく。


「いつもは魔法石を補充してから地異(じい)が城から出ていくのに1週間ほどかかるんだが、今回の石はいつもより力が純粋で強いので、今日中に全部砦から出ていくのではとボン神官長が予想した」


 深刻な顔で領主様が言う。


「メイのおかげで、今回の送りは大規模なものとなりそうだ。それに、メイがくれた石の力が多いので、私の代では最後になると思う。タークやカーク、マークの代では送りはないやもしれないからな、しっかりと送りたい」


 先ほどのタッちゃんの説明だと、魔法石に力があるうちはすべてが力として使われるので地異にならないんだっけか? カッちゃんが黒姉さんを見て120年は持つって言ってたから、次に魔法石が必要になるのは孫世代くらいか? 

 そう言われると、すごく大事なイベントなんだと思う。


 それにしても、ワ=サンボン神官長はボン神官長と呼ばれているのだな。

 ボン神官長は領主様に言葉にうなずきながら、4つ描かれている十字型の一番下を棒で示す。砦は3階建てなので、1階か地下かどっちかだなと思ってたら地下だった。

 よく見ると十字の真ん中から西に向かって一本の線が出ている。見取り図ではわからないけれど、そのまま領地に抜けているようだ。


 ペンさんが組んでいた腕をほどき、唐突にメモ書きを始めた。同時進行で、3つの十字型に小さな石を置いていく。


「今まで確認されていた地異の影響を受けた場所です。各棟の隅々まで点検させたところ、これらの場所のすべてが元に戻ったと報告がありました。私も自室の風呂場にあった黒いものが消えているのを確認しています」

「騎士たちが歓声を上げていたのは俺も聞いた」

「神官たちも喜んでいますよ」

「侍女は泣いてたな」


 ペンさんが置いていった石はすごく多かった。こうして見ると、居室やトイレなどの水回りに多いのがわかる。あとは食品を扱う場所とか倉庫とか? 私が使っていた客室には石がないので安心したけど、きっと苦労して取ってくれてたんだろうな、ありがたい。


「前回、石を入れた時より多いな……」


 タッちゃんが横で呟く。


「魔石が切れそうだったから?」

「それもありますが、今回は違うと思います」


 後ろからカッちゃんが囁いた。


「確かに、この砦は今までにないほどの危機だったため、地異はいつもよりたくさん繁殖してますが、それ以上に今まで残っていた分があります。推測ですが、魔法石の性能が良くなかったので力が及ばない場所が多く、溜まりやすかったのでしょう。ですが、今回、メイが私たちにもたらした石は今までにないほどの素晴らしい物でしたので、それらがすべて駆逐できた、そういうことです」


 なるほど、汚れを根こそぎみたいな感じか。

 言われてみれば、黒姉さんを炉に入れた時、体中の濁りが取れて流れたような清々しい気持ちがした。マー君によると『今までどんな魔法石を使っても自分の中にまで魔力が入ってくることなんかなかった』そうだから、すごい効果だったんだろうなあ。


「聖女メイ、あいつらはいつもここに溜まってくるんだぞ」


 ネダテさんが十字の真ん中部分を指で叩いた。


「ここは?」

「マサムーが示してるところはこの砦の水源だよ」


 マー君が横から教えてくれる。マサム=ネダテさん、マサムーって呼ばれてるのか。ヤバイ、なんかかわいい。私もマサムーさんっ呼びたいわー。

 内緒で悶えていると、マー君が見取り図を使って説明してくれた。


「この砦はいざとなったときに自給自足できるように地下に水源を確保していて、水路を伝っていくと砦の下を流れる川に出るようになってるんだ。もちろん、悪いものが出入りしないように守護の結界があるよ」

「結界かあ。異世界っぽいな」

「メイのところはそういうのないんだね。なんか意外」

「結界はないけど赤外線とか代わりになるものはあったと思う。まあ、それはまた別の時にね」

「あ、ごめん」


 一瞬、私の世界に興味が行きそうになるのに、慌てて話を戻すマー君がかわいい。


「でね、地異が出ていくときはこの水源に溜まって、水路を通って外に出る。そのために結界を一時的に解き、地異が地祝になるのを見届けるのが、俺ら領地を護る者の務めなんだ」

「なるほど」

「でも地下から地異が溢れるとまた砦に戻ってきちゃうからね。ちょうどいいタイミングで結界を解かないといけないから、こうやって相談してるってわけ」


 そういう会議だったのか。それでタッちゃんが様子を見に行くところだったと言ってたんだな。

 って、あれ?


「タッちゃん、私をここまで連れてきてくれたのはありがたいんだけど、さっき様子を見に行くところだったって言ってなかった?」

「あ、忘れてた」


 忘れてたって!?


「あれから結構時間たってるけど平気?」

「むー、わからん」

「もう、豪快だな!」


 お兄ちゃんしっかり! まあ、半分は私のせいだがそこはスルーで。

 そうしていると、ガリガリと何かを書き殴っていたペンさんが顔を上げた。


「マズイですよ、アーク様」

「なにがだ?」


 領主様か返答している。領主様、アークって言うんだ。親子だけに子どもたちと名前が似てるな。


「報告から計算したところ、先ほどの試算より地異で水源が満杯になるのが早いです。予想としては、残り時間はあと30分くらいでしょうか?」

「えっ!?」

「ターク様が戻ってきてよかったです。聖女様に会わないで水源に向かっていたら、急いで戻ったとしても間に合わなかったでしょう。今から水源に行くのは無駄です。直接門まで行って、結界を解いたほうがいいと思います」


 なんかとんでもない話が出てきた!?


「ちなみに、間に合わなかったらどうなるの?」

「集まっていた地異が砦に逆流するな」


 ということは、砦中がカビで真っ黒に!?

 想像したらかなり怖いことになった。こんなところでのんびりしている場合じゃなかった!


「わかった。急ぎ水門に行く。ボン神官長、ターク、カーク、ついてこい」

「おう」

「わかりました」

「親父様、俺は?」


 呼ばれなかったマー君が顔を上げる。


「マークは万が一に備えてメイと共にいろ。間に合わなかったら地異が溢れる。その際、なじみの者が側にいるほうがよかろう」

「……、はい」

「それにお前はまだ子どもだ。水門近くは危険が多い。ケガをしたら大変だろう?」


 マー君はあからさまに肩を落とした。

 まあ、そうだよね。自分の代ではもう地異が地祝になるところは見られないと言われているのに、来るなと言われれば凹む。それだけじゃなく、マー君は領地のことを真剣に考えているから、大人扱いされなかったのもショックだったんだと思う。なにより私を口実にしているから反論を封じ込めてるのもずるい。

 このくらいの年頃だったら大声で抗議してもおかしくないのに、我慢して口を閉ざしたマー君を見ていたら、心の中がざわりとした。


 そうだ、私と一緒にいろと言うんなら……。


「領主様、私も行く」

「え?」

「だってもう見られないかもしれないんでしょう? 私が作った石で起きる現象なら見てみたい」


 譲らないよ、という顔で言うと、タッちゃんとカッちゃんが首を振った。


「ダメだ、メイ」

「地異は問題ありませんが、あの辺りは足場も悪いし、なにより魔物もいるんです」


 心配性な二人を見つめてにこりと笑う。


「でも、護ってくれるでしょう、お兄ちゃん?」


 自分のことは兄と思え、と言い切ったタッちゃんに向かって言うと、タッちゃんはぐうっと喉の奥で呻いた。


「一生、命がけで守ってくれるんでしょ? 信じてるから」


 自分で優良物件だと言ったんだから、とニヤニヤする私を見てカッちゃんの頬がみるみる赤くなる。


「それに、マー君が一緒なら盾にするから問題なし!」


 ひでぇ、と呟くマー君はそれでも嬉しそうに頷く。


「足手まといになりますが、この三人なら問題ないですよ。それに何かあったら三人を置いて領主様と逃げればいいし」

「私とか?」

「頼りにしてます」


 よろしくと頭を下げたら、ボン神官長が笑い出した。


「アーク様、あなたの負けです」

「ボン神官長……」

「マーク様を置いていくとか言うからいけないんですよ。聖女に余計な気を回させた罰です。皆さんでしっかり守って差し上げなされ」


 そう言うと、ボン神官長はにっこり笑ってウィンクした。


「まあ、あなた方より私のほうが頼りになると思いますがね。ウホホホ」


 うわあ、煽ってる! 一見癒し系なのに、ひょっとしてカッちゃんと同じ腹黒系か!? でもそこがいい! 惚れちゃう!


「仕方ないな。私がメイをしっかり守るから、安心してついてきなさい」


 そう言うと、領主様は私をひょいっと抱きかかえ、腕の上にお尻を置く子ども抱きで固定した。

 そのまま、速足で部屋を出る。タッちゃんと来たときの倍以上の速さに、辺境の騎士ってすごいなと改めて思った。領主様、51歳なのにこの脚力はすごいな。階段なんか2段くらい飛ばしてるっぽい。

 服をつかんでしっかりとしがみついていると、領主様は口の端を少し上げて笑った。


「こんな時だが、改めて礼を言わせてくれ」

「ん?」

「領地を救ってくれてありがとう。正直、私の代で領地が枯れ果てると諦めていた。領民や家臣の手前、弱みを見せられなかったが、いつ首をくくるかだけを考えていた」


 どこの世界でもトップは大変だな。でも、上が死んだところでよいことなんかない。


「首をくくってほっとするのは領主様だけでしょう? 息子たちに負債作って逃げたらだめですよ」

「違いない」


 領主様は大きくため息を吐いた。


「だがそれくらい思いつめていた。そこにメイが来て、喜びの余りおかしくなってた。最初に出した条件は今思うと最悪だ。愛想をつかして出ていかれてもおかしくないものだった」

「んむ」

「なのに、メイは魔法石を渡してくれて、その上でこちらに有利すぎる条件を用意してくれた。さらに新しい石までほぼ無料で……」

「それはいいんだよ。好きでやったことだし」

「それでも、礼を言わせてくれ。私たちはメイに恩がある」


 恩とかやめてほしいんだけどなあ。

 でも、逆の立場だったらと思うと、領主様の気持ちもわかる。

 私もすごい高額なランチをおごってくれたとある建築業の社長さんには頭が上がらなかった。いつか恩返ししたいと思いつつ今に至ってる。

 あの時、恐縮する私に社長さんはこう言った。


『してあげられるうちが花。してもらったらすみませんって言われるよりありがとうって笑ってくれるのが嬉しいよ』


 たしかにそうだ。

 私も、佳乃ちゃんにねだられた服を買ったとき、ごめんねって言われるよりありがとって喜ばれるほうが嬉しかった。


 でもこれってお互いを大事に思っているからこそのこそなんだろうな。

 だって、してもらって当然って人とか、こちらが何かしてもお礼も言えない人には何かしたいと思わない。そう言うことが続くとこちらも『こんなにしてあげたのに』って気持ちになってしまう。それはお互いに不幸なことだよね。


 そう思うと、領主様が私のことを大事に思ってくれてるのがわかって嬉しい。

 だって、最初は『聖女は瘴気を魔法石にするのは当たり前、対価は無償の愛』みたいな話も出てた。今も領主様がそう言う気持ちを持っていて、私が黒さんや黒姉さんを渡すことを当然だと思っていたら、恩があるなんて言葉は出ないと思う。いや、思いたい、かな。


「領主様は……」


 ちょっと言葉を探す。


「私のことを信じてくれる?」


 ホロリと零れた言葉は、思っていたより自分の胸を刺した。

 温泉旅行ではピクセルさんちの兄弟に信じてほしいと頼んだが、それくらい信じてもらえないのは辛い。私は遠謀深慮に向かないタチなので、行動は自分でも単純だと思ってる。だから深読みされても何も出てこないのだけど、普段の行いが悪いのか、疑われることもあった。

 正直、ここで生活していくのだから信じてもらえないのは辛い。私は異世界に来て、最初に出会ったのがこの領地の人でよかったと思っているが、領主様は違ってたら泣ける。


 そんなことをつらつらと口にすると、領主様は苦笑しながら私を抱えている腕に力を込めた。


「39歳と聞いていたが、意外と子どもだな、メイ」

「うう、51歳には負けます」

「年齢ではないと思うがなあ」


 ポン、と軽く頭を叩かれる。


「あまりに当たり前のことを聞かれて、情けない」

「?」

「メイのことなどとうに信じている。いつからと聞かれたら、私の秘蔵の酒を譲ったころからだな。二度と手に入らない酒だったのだぞ」

「っ!」

「メイは酒を飲まないと聞いているし、魔法石とはいえ石に酒の良し悪しなどわからないだろうから、安酒を偽って渡したところで気づかれはしなかったろう。だが、私は手持ちで一番いい酒を出した。その意味がわかるな」


 そうだった。領主様は、涙目になりつつ高級そうな瓶をくれたんだった。


「そかあ……」


 じんわりと言葉が染みてくる。あの時にはもう、領主様は私を信じてくれてたんだなあ。だから、私が出した条件もあっさり飲んでくれたんだ。


「愚問でした。すみません」


 ぺこりと頭を下げたら、涙がぽろっと落ちた。その涙に自分でびっくりした。まあ、そんなこともあるよね。


「今後もよろしくお願いします」

「任せておけ」


 領主様はにっこりと笑って私の頭にキスをした。




 10分後、私たちは地下の水門に到着した。

 そこで、私は悪夢を現実として体感することになる。







読んでいただいてありがとうございます。


領主様がイケオジすぎた。完全に趣味です、はい。

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