地異と書いてじいと読むらしい
護る:外から害を受けないように、かばいまもること
私は今、その恩恵をひしひしと感じている。
「ぎゃーーー!! 怖い怖い怖い怖い怖い!!!」
「大丈夫だ、メイ、落ち着け! 暴れるな!」
「無理無理無理無理無理無理!!!」
正面にいるマー君の背中に必死でしがみつきながら、私はパニックに陥っていた。
だって、だって、ヤツが、ヤツらがああああ!!!
カサカサカサと音を立てて近づいてくる黒い影。奴らはすぐ足元まで迫りつつある。
「うわあああん、もういやだあああ!!!」
ぎゅうっと目を閉じてガタガタ震えながら、私は声の限り悲鳴を上げた。
時は二時間ほど遡る。
トリーと別れたのち、タッちゃんから「父上とはいえ男の部屋に一人で行くのはよろしくない」と説教された。いいか、から始まってそりゃもうこんこんと。なんだろう、金8先生みたいだったよ。
まあ、言われてみればそうだよね。前の私は若い時から男と一対一でも色気のある話が全くなかったから忘れてたけど、転生後のぴちぴちの私(しかも聖女)だったら話は別だ。こんな夜更けに領主が呼びだしたなんて間違った噂がたったら、領主様の評判を落としかねない。奥様にだって申し訳ないし、なにより領主様に失礼だ。
「だよね。領主様に悪い噂が立つとこだったよ。前世の私ならありえないとわかってたのに、なんか頭が退化してた。ありがと」
頼れる兄貴、タッちゃんに感謝。
頷いていると、タッちゃんは大きくため息を吐いた。
「ちがーう」
「え?」
「父上はいいんだ。母上が他界して久しいし、むしろ聖女を囲ったと褒められる」
「年の差すごいよ! いや、死んだときの年だったら近いかも。領主様って今おいくつ?」
「51だな」
マー君が18歳だったからもう少し若いと思ってたけど、タッちゃんが25歳なのを考えると確かにそのくらいか。
それにしても奥様が他界していたとは知らなかった。てっきりバタバタしていて顔を合わす機会を逃していたのだとばかり。タッちゃんは見るからに父親似だからきっとカッちゃんは母親似なんだろう。線の細い美形のカッちゃんに似た奥様は綺麗な人だったんだろうなあ。マー君は、いろいろパーツを取ったらそこそこになっちゃった感じか。悪いとこ取りじゃないからいいと思うぞ。
まあそれはそれとして。
「ヤバイ、障害がない」
「へっ?」
「私のタイプ、実はイケオジ。渋いおじさまがとっても好み……」
「マジか!! 妹じゃなくて義母!?」
びっくりしすぎたのか、タッちゃんがよろけて壁にぶつかる。
「だが、王都に出さないと言うことを考えたら、辺境伯夫人というのはありか」
血走った目で見つめられた!
待て、とりあえず落ち着け、ターク!!
「いやいや、さすがに今の私だとマー君より若いんだよ。元の世界じゃ犯罪レベルよ」
「そうなのか? 40歳差の夫婦とかこっちじゃ結構いるぞ」
「マジか!!? すごいな、異世界!」
ますます障害がない!
しかし、タイプってのはいわゆる『推し』というか、キャッキャウフフしつつ遠くから見てれば満足な存在ってことであって、お付き合いして結婚とかそう言うのではないのだ。そう、取引先の社長さんとか大工の棟梁とか、本当にいい感じに枯れてイケオジだったんだよなあ。思い出しただけできゅんと来る。仕事でしか付き合いはなかったけど、もう二度と会えないのが残念だ。
と言うのを必死になって説明したら、何とか理解してくれたようだ。
「なるほど。おっさんたちが「メイたんラッヴ」って言うのと同じか。納得した」
ラッヴ……。それと一緒にされたくない……。
でもまあ、誤解が解けて良かった。こちらに来てまだ間もないのに、危うく息子が三人できるところだった。
「まあ、それじゃカークかマークで」
「選択肢少なっ!」
「そんなに嫌がらずとも。かわいそうな弟たち」
けらけら笑うタッちゃんを睨んでから、私はまじめな顔でため息を吐いた。
「自分にかわいいヨメがいるからって、みんながみんな恋愛脳だと思うなよ?」
「否定はしないが、愛しい相手がいる生活は潤いがあるぞ」
「タッちゃんは幼馴染が相手で長い間の二人の歴史があるからいいけど、この世界に来たばかりの私にはそんなものないし、二人はまだまだ前途ある若者なんだよ。カークもマークもとってもいい子だし、私としてはちゃんとした恋愛もしくは結婚をして幸せになってもらいたい。二人が自然に私に恋してくれる奇跡があるならともかく、いたずらに恋愛感情を煽ってこんなのに縛り付けるような真似は、次期領主だからって感心しないな」
あだ名を封印してまじめに言ってるんだよアピールをする。
勘違いしないで欲しいが、私は自分を過小評価して「どうせ私なんか」という人間は好きじゃない。あんなん、ただの保険だとも思っている。できなかったときの言い訳だな。悪いとは言わないし好きにすればとも思うが、同意を求められても困る。というか、そう言うのに限って「そうだね」などと答えた日にゃ、さらにめんどくさくなるんだから質が悪いよ。
ちなみに『私なんかがいいのか』と思いつつ行動するのはよくある。矛盾しているかもしれないけど、違いは『どうせが付くかつかないか』だ。これは過小評価ではなく、本当に自分が力不足だと思っているから出る言葉だと思ってる。自分の力量を理解しているのは悪いことじゃない。
だからかもしれないが、身の程を知らずに空威張りする人間は大嫌いだ。そう言う相手と仕事をすると、自分の失敗を認めないだけじゃなく、こちらのせいにされる。周りにも被害があることもあるし、迷惑極まりない。
まあ、今は仕事関係ないんだけどさ、物事って仕事だろうが友人関係だろうが基本は同じだと思うんだ。
私の言葉に黙り込んで足まで止めてしまったタッちゃんは、むすっとした顔で私の頭に手を置いた。そのまま重みをかけてくる。でかい手のひらがずっしりして、痛みはないけど苦しい。
「馬鹿。普通、逆だろ?」
タッちゃんは先ほどの私と同じようにまじめな顔でため息を吐いた。
「メイは聖女だ。領地も継がない辺境伯の息子たちに言い寄られていい存在じゃないんだぞ」
「そりゃ聖女だけどさ、聖女っても、ピンキリだよ。私の魔法はすごく生活力あって便利だけど、そもそもちゃんと王都で召喚できてない時点でたぶんキリのほう」
「……」
「それに外見は若返ってるけど享年39歳、それこそタッちゃんより11歳も年上だからね。そっちの意識が大きいから、正直、三人とも若いなあって思っちゃって、恋愛は難しい。トリーくらいならちょうどいいかもだけど、どうせ既婚者でしょ?」
「……、トリーは独身で妹と二人暮らしだな」
「そうなんだ」
こっちの人はみんな一定の年になったら結婚すると思ってたから意外だなあ。
「まあそれはともかく、39年生きてても彼氏一人できずに、縁も所縁もない若者の痴情のもつれに巻き込まれて死んだおばちゃんが私なのよ。恋愛なんかしたことないからよきと言われてもわかんない。幸か不幸か若返って人生再チャレンジになったから、頑張ってみようとは思うけどさ。初めてだし、そう言うのはゆっくりにしたい」
「……」
「だからさ、簡単に「結婚しろ」とか「付き合え」とかは正直勘弁してほしい。揶揄われてるんだろうしマジレスするのも空気読んでない感じで申し訳ないけど、今はこの世界になじんで居場所を確立したいんだ。わかって」
「………、悪かった」
タッちゃんは私の頭から手を離すと、ぺこりと頭を下げた。
「いかんな。メイを手放したくない気持ちが先走った。すまん」
実に素直で可愛い。体の大きな男が身を小さくして謝罪する図って萌えるわ~。
私は下がったことで近づいた頭をポンと軽く叩いた。
「次期領主だからね。聖女を領地に置きたいのは当然だよ」
「ちがーう」
むすっとした声で否定される。直後、太ましい腕が私を引き寄せてぎゅうっと絞めつけた。く、苦しい! スリーパーホールドに似てる! 死ぬ!!
ギブギブ、と両手で腕を叩くと、タッちゃんは慌てて腕をほどき、ついうっかりと謝った。ついうっかりで殺されちゃたまらんよ、まったく。
「聖女じゃなくて、メイがずっとここにいてくれたらいいなと思ったんだよ」
「そか。ありがと」
「ったく。マークもカークも思ってることなんだからわかれ」
再びグリグリと頭を撫で繰り回される。
すごくうれしくてニヤニヤした。多分溶けてふやけた顔してると思うんだけど、タッちゃんしかいないからいいか。
そんなこんながあったけど、無事に領主様のお部屋の近くまで来た。
「そう言えば、タッちゃんってどっか行く予定だったんじゃないの?」
すごく今更な疑問だと自分でも思うが、タッちゃんは私がトリーに北棟の入り口で捕まったときに奥から出てきたんだった。何か用事があってどこかに行くところだったはずなのに、こうして領主様の部屋まで連れてきてくれた。大変ありがたいけどなんか申し訳ない。
「ああ、大丈夫。別に急ぎじゃない。夜明けまでは処理できないから」
「処理?」
なんだろう、処理とはまた穏やかではない。
「魔物でも出たの?」
恐る恐る尋ねる。イノシシでも出る感じで魔物とか出てきたら怖いよなあ。まあ、イノシシだって出てきたらびっくりだけど。
タッちゃんはへにゃりと眉を寄せ、後頭部をガリガリと掻いた。何やら困らせているらしい。領地のことで私には話せない内容だったのかもしれない。書類とかでも処理って使うもんな。
聞いたことを反省していると、何か勘違いしたようで、タッちゃんは大きく手を振った。
「いや、魔物ってものではなくてな」
この説明で分かるかなあと呟きながら、タッちゃんは話し始めた。
魔法石はそこから魔力を引き出して使うと少量だが力に変換されなかったものができる。わかりやすく例えると、薪に火をつけたら炎と一緒に出る煙のようなものだそうだ。魔法石に力があるうちはすべてが力として使われるので問題ないのだが、力が足りなくなると、地下などの人目につかない暗い場所に溜まってくる。さっきの例えだと、不完全燃焼で出た煤が集まったみたいな感じかな。
それらは地に返らない異物なので『地異』と呼ばれている。
地異は生き物ではないし、砦を腐らせたりするような悪いことはしないから、できたところで特に問題はないのだが、溜まりすぎると台所や風呂場などの隅に現れる。こうなるとあまりよろしくない。地異を見ると、個人差はあるが、気持ちが沈んだり落ち着かなくなったりし、人によってはパニックを起こすこともあるそうだ。
台所や風呂場の隅の黒ずみと言うと、前世だったらカビみたいなものかな?
カビはともかく、黒姉さんを炉にいれるまで、この砦は今までにないほどの危機だったため、地異はいつもよりたくさん繁殖してるそうで、私たちが帰った時には風呂場や台所だけではなくあまり使わない客間の隅などにも出るようになって、侍女たちが悲鳴を上げていたという。ラビファたちも大変だったのだなあ。
でもその心配はなくなった。
私は知らなかったんだけど、魔法石を炉に入れた時、砦中をまばゆい光が包んだんだそうだ。それで客間や台所など、人がいる空間にいた地異たちはすべて、地下の暗がりに逃げたのだとか。
魔法石で満たされた場所に地異は存在できないので、大体がその日のうちには常に暗い場所(ここだったら暗闇の大森林)に戻っていく。
砦から離れた地異は暗闇から大地に戻るのだが、魔法石の魔力を帯びているために一時的に土地に恵みをもたらす。ここの人たちはそれを『祝福される』と言い、良いものとなると考えており、地異だったものは『地祝』や『宝足』という名に変わるそうだ。そしてそれらは土地によってさまざまな種類があり、ピクセル領では1つが10株の稀少な薬草を育てる栄養の『株十』になって、森を豊かにする。それは小さな金に例えられて『小金』ということもあるという。
聞いたところで今ひとつ想像できなかったけど、ただ悪いだけのものじゃないんだってことはわかった。
で、なんでタッちゃんが外に向かっていたかと言うと、地異を確認しに地下に行くところだったそうだ。
「なんて危険な! 次期領主なのに!」
「だからだよ。地異が地祝になるのを見送るのは次期領主の勤めなんだ。俺がいないときはカークかマーク、二人もいないときは神官長がその役目を担う。領地にとって地祝は文字通り祝福だからな」
「そうなんだ」
「地異のときは厄介者だが、株十は領地にとって大事なものだからな。まあ、見た目よくないから正直好んで見たくはないが」
見た目がよくない、まあカビだしなあ。
「それに、目立った害はないんだが、聖女の9割は苦手という報告があるんで、メイがいないうちに処理しようって話になってたんだ」
「9割!?」
そりゃまた高確率な。と言うか残り1割がすごく気になる……。
でもま、確かに黒カビの胞子がわさっとあったら嫌だなあ。お風呂のカビ程度だったら私も掃除してたけど、異世界のカビはわからないし。
あ、ひょっとしたら子どもが好きな映画に出てきた『まっくらくらのすけ』みたいなのかもしれない。あれってたしか黒くて丸くて大群で住み着いてるけど、掃除すると逃げてくんだったよな。でもそれだったら9割の聖女が嫌いとか言わないか? いや、あれはアニメだからいいのであって、実写だったら怖いかも。黒いのがわさわさわさわさ移動してるなんて、考えただけで、……、うっ……。
「というわけで、メイを置いたらすぐに行かなきゃいけないんだが、今は父上もバタバタしているから、場合によっては日を改めてもらうかもしれない。それでもいいか?」
「もちろん」
私はコクコクと頷いた。
読んでいただいてありがとうございます。
何となく先が読める展開ですが細かいことは気にしない方向で!




