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いやいやいや

 温泉旅行(?)から戻ってきて1週間過ぎた。

 こっちでも7日で1週間ってのはわかりやすくてありがたい。

 聞いたところによると四代前くらいの聖女様が『こっちの暦わかりにくっ!』と激怒して作り直したそうだ。

 1年が360日なので、12か月をすべて30日にして解決している。うまい具合に収まるのもいいけど、そこに気が付いた四代前の聖女様すごいわ。ありがとう!

 ちなみに、時刻のほうはその前の聖女様が同じ理由で直したんだけど、馴染ませるのは大変だったらしい。1日36時間だもんね。時差もあるみたいだけど、たまたま円盤の真ん中付近は森が多くて調整できてよかったと書いてあった。


 そういう先輩方の力によってこの世界が新しい聖女になじみやすいものになってるのはとてもありがたい。

 私は今のところ王には内緒の聖女だけど、私が死んで、次の子が来た時に住みやすい世界で安心と言ってもらえるようなことができたらなあと思う。

 トイレやお風呂や灯りとかはすでにあるから、何ができるかわかんないけど、まあ気張らず行きますか。

 せっかくなんで楽しくをモットーに、ね。




 だがその前に、私にはやらなきゃならないと思うことが山積みだった。


 まずは領主様のところに行って、いろいろと確認したい。


 聖女の仕事のこともあるけど、もっと大事なことがある。

 実は私、領主様と一緒に会議をしていたおじ様たちの名前や役職、知らないんだよね。

 流れでイチさんたちは自己紹介してくれたしいろいろと話せたけど、ほかの方々とは話どころか挨拶すらきちんとしていない。あの場にいた方々は辺境伯が信頼する家臣だろうに、何も知らない小娘(ここの人たち長命らしいから、多分死んだときの私より皆さん年上)が偉そうにしてしまった。恥ずかしい。

 これは、社会人としてあるまじき失態だ、と反省しきりだったりする。


 そんなわけで、戻ってきた日の夕食後、領主様のところにお土産の酒を持って謝罪に行き、改めて挨拶する機会を作ってもらえないかお願いをすることにした。


 あの草津っぽい温泉街、実は名前はジョー3K(さんけい)だった。ジョーさんと言う方が源泉を見つけたそうで、3Kは番号だと言うが、もう少しひねってもよかったんじゃないかな……。


 それはまあそれとして。


 思い付きなのでアポなしで大丈夫かなと思ったけど、まだ寝るには早い時間だしちょっとお願いして帰るくらいならと軽く思ってしまったのだ。

 辺境は夜が長いために夕食後にもう一度、食事の時間がある。眠る前なのでサンドイッチとか雑炊とかの軽い食事になるが、その後は仕事は一切せずに眠るまで自分の時間を取るのが普通だそうだ。

 魔法石の件ではこれを破って明け方まで協議していたと聞いた。申し訳なかったとは思うけど、仕方ない。私も来たばかりで不安だったし、なによりお互いちゃんと事情を話してなかった。ホウレンソウ(報告・連絡・相談)はどの世界でも大事なのだな。


 そんなわけで、夜食後、失礼じゃないと思われる服を着て領主様たちが住む北棟に入ると、チリチリと可愛い鈴が鳴り、夜番らしき騎士が出てきた。


「あ、聖女様」

「あ、あの時の騎士さん」


 思わず同時にお辞儀する。

 ひょっこりと現れた騎士さんは、領主様ともめてブスくれていた時に屋上に行ったらいいとアドバイスしてくれた上にマントを貸してくれたおじさんだった。おじさんと言ってもよく見たら30代くらいか。

 そう言えばあの時のマント、マー君返してくれたのかな?


「聞いたよ。この領地と砦のために体張ってくれたんだってなあ。ありがとう」


 騎士さんは私の前で膝をついてとてもきれいな騎士の礼(だと思う)をしてくれた。かっこいい。下っ端までこういう動作が身についてるのってすごいなと思う。


「いやいや、そのための聖女だからねえ」

「いやいやいや、勝手に召喚したのはこっちだろう? それに王都じゃなくてこんな僻地に突然放り投げられたら最悪死んでたよ。なのにあんな屋上に閉じ込めるなんて。オジサン恥ずかしい」

「いやいやいやいや、しぶとく生きてるから」

「いやいやいやいやいや、それは結果論だろ」


 二人で「いやいやいや」と言いながら手と首を振るような会話を5分ほど続けた。なんだろう、この異世界に来ても変わらない感じ。会社にいた時にこんな会話を顧客としたなあ。


「ところで、おじさん詳しいね。勝手に召喚されたとか、王都じゃないとか、それって聖女あるあるなの?」


 マー君たちから聞いた話と同じようなことを言う騎士さんに戸惑う。


「いや、そんなことはないよ」


 騎士さんはニヤリと笑い、自分の腕をポンポンと叩いた。


「実はオジサン、下っ端じゃないんだ」

「え?」

「ここの騎士団の四番隊隊長なんだよ。あの時はたまたま部下の妻が急に産気づいて返したんで、手が空いてたオジサンが代わったってわけ」

「あらやだー。下っ端言ってごめん」

「いやいや。末端にまで気を遣ってくれるなんてなあとびっくりしたけど、嬉しかったからいいんだ」

「そう言われると照れる」

「正直でよし。それにな、聖女様のおかげでその部下の子どもの命も救われたんだ。すごく感謝している」


 何のことかと聞いてみたら、魔力不足のために難産だった部下の奥様が砦からの魔力供給で無事出産したそうだ。私が黒さんと別れを惜しんでいる間に奥様は陣痛で苦しんでいたのかと思ったらものすごく申し訳なくて、思わずごめんなさいと口に出た。

 不思議そうな顔をするので、事情を話して項垂れると、そんなことかと笑い飛ばされる。


「さっきも言ったが、結果論だ。気にするな」

「うう」

「確かに早く入れてくれればそれだけ楽にはなったと思うが、それを責める奴はいないよ。そもそも、聖女がいなかったら難産で死んでいたかもしれない。聖女が来るのが遅れて死んだ奴だっているし、逆に来てくれたからこうして生きてる奴もいる」

「うん」

「全く知らない他人のことで悩むのは暇だからだ。気になるようならそう言う時間を減らすしかないな。あとは、友達を作れ」


 友達、かあ……。


「できるかなあ」

「できるさ。とりあえずオジサンは友達で数えていいぞ」

「名前も知らないのに?」

「あ、忘れてたな」


 騎士さんは豪快に笑った後、トリスタンと名乗った。


「トリーでいい。よろしくな。ええと」

「榊明。メイで」

「わかった。メイだな。聖女だし、とりあえず様とかつける?」

「やめてー」

「ははは。わかった」


 トリーは私の頭をペシペシと叩いた。急に距離詰めてきたなと思ったけど、悪い気はしない。もともとこういうざっくばらんな人は好きだ。会社の同僚を思い出して懐かしくなる。


「ところで、こんな時間に女の子が一人で北棟に来るのは感心しないな。マーク様に用事か?」


 おっといきなり本題に入った。

 私は持っていた酒瓶を軽く持ち上げてトリーに見せた。


「マー君はお酒飲まないから違うよ。用事があるのは領主様なんだけど、今からいける?」

「んー、さすがにこの時間は面会を断ってるなあ。この時間帯は緊急でなければ取り次ぐなと言われている。急用か?」

「急用、と言われると違うかも」


 思い付きで来てしまったけど、確かにこんな時間に突撃は失礼だった。魔法石を喜んで泣いてくれたおじ様たちに挨拶をと気がせいてしまったのか、はたまた昨日の夜や今朝の馬車でのやり取りで変なスイッチが入ったのか、前世の私ならしないようなポカだ。反省。


 しょんぼりしていると、トリーの後ろから声がした。


「なら俺と行くか?」


 北棟の奥から出てきたのは夕食後に別れたタッちゃんだった。




 タッちゃんはトリーと私の話を途中から聞いていたようで、苦笑しながらやってきた。

 軽くお辞儀をしたトリーに頷き、ここはいいよと下がらせる。


「暇になったら南棟にも遊びに来いよ。オジサンの仲間を紹介するからな」


 そう言って、トリーはタッちゃんに騎士っぽいお辞儀を、私には軽く手を振ったのち、去っていった。


「騎士と仲いいんだな」

「今友達になった」

「メイらしい」


 らしいと言われてしまった。解せぬ。

 むーっと膨れていると、楽しそうな顔のタッちゃんは私のほっぺをきゅっと引っ張った。


「で、なんでこんな時間に父上に会いに来たんだ?」

「この時間しか空いてないかなあと」

「ほう?」


 私はタッちゃんに事情を説明した。


「なるほど、おっさんたちに挨拶をして名前を知りたいと。メイ、それって結構大変かもしれないぞ」


 話を聞いたタッちゃんは両腕を組んでむーんと唸った。

 無礼だから嫌われてるのかと思い、ちゃんと謝りたいと言ったら、タッちゃんはさらに渋い顔をした。なぜ?


「今、この砦がどういう状況かわかるか?」

「んにゃ」

「今まで死にかけていた領地と砦に、魔法石が入って力が満ちてる。しかもほぼ無料でだ。おっさんたちは泣いてた」

「号泣でしたな」


 タッちゃんが言うことを考えてみる。

 そうか、魔法石をもっと欲しい、自分の手元に置いておきたいって人もいるかもしれないんだな。胡散臭い聖女の私ではあるが、利用価値がある。下手したら王宮に通報されるかもしれないってことかもしれない。


 とか思ってたのに。


「聖女万歳、好き好き大好き、そんなことを連呼していたのを俺は見た。そんな中に行くんだぞ」

「へっ?」

「今やおっさんたちは聖女の親衛隊まで作り始めている。メイのためなら死ねるとか言う奴もいたな。さすがに父上の手前、結婚までは口にしてないが、崇める気満々ではあった」


 ひいいい……。

 崇めるとか、なんでそんなことに……。

 って、好き好き大好きってなんだそりゃ……。


「まあ、それでもメイがおっさんたちと話をするのは俺も賛成だ。父上に話をするならついてくよ」

「う、ううう」

「ま、心配すんな。おっさんたちからは俺が護ってやる。なんせメイは可愛い妹だからな」


 護るとかもう、兄貴いいい!!!

 ニヤリと笑うタッちゃんに、私は心から感謝して頭を下げたのだった。






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