ボンキュボンに生まれたかった
誤字報告ありがとうございます!
「まあ、メイちゃんがたくさん楽しませてくれたから気が済んだし、もういいわ。浄化してくれる?」
さらりと告げられた言葉に温泉にいるのに体が冷えた。
多分黒姉さんは穏やかに笑ってると思う。真っ黒だから表情は全くわかんないんだけど、雰囲気で察せる。
「え、もう?」
思わず止めるような言葉が出たのは急に心細くなったからだろう。対等に話せる人がこの世界にはまだいない私には短かったけれどこのひとときがすごく楽しくて、前世に戻ったような錯覚があった。会社の同僚と飲み会をしているような感じかな。
できればもう少し、いや、姉さんとならずっと一緒にいたい。
「もー、メイちゃんってばかわいすぎか!」
気持ちはそのまま顔に出ていたんだろう、姉さんは私の髪をくしゃりと撫でた。
「でもさ、私は瘴気を出す存在になっちゃってるんでしょ? これ以上拗らせてると周りに被害が出るならさくっと浄化するのが聖女のお仕事じゃない」
「……」
「実はさ、いまちょっと毒吐きそうになってるところなの。メイちゃんがいるからなんとか押さえてるんだけど、そろそろ限界なのよ。私の体が崩れて真っ黒な瘴気になってこの辺のイキモノを勝手に食ってくと思ったらなんか腹立つじゃない。私はそんなに腹黒くないんで、さくっとやっちゃって」
「姉さん……」
「ふふ、今ならすごく綺麗な石になる自信あるわー。辺境伯の砦で使われるんだったらたまには会いに来てよね。愚痴くらい聞いてあげるわよ」
それは嬉しい。でもあのポストの前でしゃがみこんで呟いてたら呪ってるとしか思われないかもしれないなあ。
「わかった。真心こめて取り組ませていただきます」
「任せたわ」
私達は最後にギュッと抱き合った。姉さんの胸がデカいのが癪に障ったのは内緒だ。
そして私は呪文を唱えた。
大浴場と露天風呂を覆っていた真っ黒いものが吸い込まれていく。
手元にあった魔法石(仮)もそれと一緒に吸い込まれた。ついでに私の目からぼとぼと落ちてる涙も吸われてる。
「馬鹿ねえ」
黒姉さんは私に抱き着いたまま、片手で背中を叩いてくれた。黒さんのときみたいに足元から崩れるのではなく、存在感が徐々に薄くなるように消えていく。ぎっしり詰まった砂粒が少しずつなくなっていくような感じ。
「あー、楽しかった。一人温泉ツアーも悪くないと思ってたけど、相手がいて思うままに喋り倒すのもいいわね。次はどこに行こうか?」
「海の見える露天とかどうよ? 連れていけたらいいんだけど」
「あはは、仕事休めたときに連れてって」
たまにポストから出したら怒られるのかな? また魔法石作ったら考えてみよう。
「浄化されるのがこんなに気持ちいいならもっと早くしてもらえばよかったけど、そしたらメイちゃんに会えなかったし、これはこれでよかったわ。ありがとね。メイちゃんに会えてよかった。これから絶対苦労するだろうけど、がんばって」
黒さんと同じようなことを言う。
それを最後に、黒姉さんは私の中に吸い込まれた。
ガツンと殴られたような衝撃が来たと思ったら、目の前が真っ暗になって星が散った。
「メイ! メイ!!」
耳元でマー君が叫んでる。頭が死ぬほど痛いので勘弁してほしい。
ゆっくりと目を開けると、体がギシギシ軋んだ。薄い水色が視界に飛び込んでくる。今日も晴天かあと思いつつ、焦点が合っていくと、マー君の目の色だとわかった。ちゃんと見てなかったけどこんな色してたんだなあ。とてもきれい。マー君のくせに。
痛む頭を抱えながら視線を動かすと、木の天井が見えた。横には露天風呂の縁。体の下はほんのりと温かい。露天風呂の石畳の上に寝かされているようだけど、手触りからして体に下には大きなタオルが敷いてある。上にもちゃんと大判のタオルをかけてくれてるらしい。この気遣いは……。
「よかった。気づきましたか」
あ、やっぱりカッちゃんだ。さすがお気遣いの紳士。カッちゃんは膝をついて私の額に手を当てる。少しヒヤッとした。ひょっとして湯冷めしたんじゃないかな。
ん、湯冷め?
というか、ここ、どこだ?
思わず飛び起き、よろけた背中にがっちりした胸筋が当たった。うん、布越しでも素敵な感触、むにむに。このステキな肉感は……。
「おいおい、気をつけろ」
タッちゃんもいた。辺境伯三兄弟勢ぞろいだね。ビンゴだね、うんうん。
などと思いつつ、私はとても複雑だった。
「私の記憶が間違ってないなら、ここ、女湯だと思うんだけど」
溜息をつきながら自分を見る。うん、起き上がった時に上のタオル滑り落ちて上半身丸見えだねえ。これ、胸が合ったら引っかかる予定なんだろうけど、ツルペタにそれを求められても無理よ。
三人は何も言わなかったけど、マー君がこっそりと鼻血を垂らしたのを見てしまった。マー君、ツルペタありなんだ。守備範囲広そうだな。
とはいえ、事情を聞けば責められない。彼らは入浴して部屋に戻ったのち、私があまりに戻ってこないので心配して探していたそうだ。温泉街にまで出て探してくれたらしい。
そんな時に女湯のほうから大量の魔力が弾けたようだったので思わず飛び込んでしまったところ、露天風呂に浮いていた私を発見したのだと言う。
「そりゃ、申し訳ない……」
なんだろう、このいたたまれない感じ。しかもよりによって浮かんでたそうだし。ちょっと遅かったら死んでたかもしれないと聞いて笑うしかなかった。聖女、温泉で死す、とかシャレにならん。助けてもらってよかった。
「こっちこそ、なんか、悪かったなあ」
背後から情けない声が聞こえる。そうだよねえ、さっきカッちゃんに土下座されたとき以上の状況だね。ほんとごめんなさい。
「ああ、ボンキュボンに生まれたかった」
「メイ……」
「どうせならポロリ後「いやーん、まいっちんぐー」とか言いたかった。無念」
ついこぼれた溜息に、三人はオロオロしていたが、たぶん彼らの気持ちは私のそれとはズレがあると思う。まあ男女差だよね、セクハラじゃないよね。貧相なもの見せてゴメンって言ってもきっとわかってもらえないんだろうなあ。
まあいいや。
そのとき、鎖骨の近くがチリっと疼いた。
そのままコロンと腿の上に落ちたのは、タッちゃんのげんこつと同じくらい大きさの魔法石。今回は真っ赤で少し透きとおった輝きの石だった。手にするとなんだか「ガンバレ」と応援されているような気持になるような明るい輝きの石で、さっきの低反発触感はまったくない、つるつるした滑らかさが気持ちいい。さっきのとは違った方向の手に吸い付くような触感だ。
「姉さん、素敵よ……」
呟くと、すぐ横で息を飲む音がした。
「うわ、きれい……」
「すげえ」
「おっきーい!」
若いイケメンたちからも喜びの声が届きましたよ。ホホホ。
腿の上で丸まっている大判タオルでそっと包む。石から伝わる温かいものは凹みかけていた気持ちを押し上げてくれるようだった。
「さて、部屋に戻りますか」
ぽんと勢いをつけて立ち上がる。
手の中の石を大事に抱え、振り返ると三人がそれぞれの姿勢でため息を吐いていた。特に何かやらかしてないはずなので石に見惚れてるんだろうと思ったとき。
「メイ、お前、少しは隠せよ」
マー君が横を向いて呟いた。
「いいじゃん、女湯だし。それにもう三人とも見てるでしょ? こんな幼児体型見ても面白くないのはわかるけど、手持ちのタオル使ってもうないんだから少しくらい大目に見てよ」
「……、そういうとこだぞ」
「……、そういうとこです」
「……、そういうとこだな」
三人に同じタイミングで言われて溜息つかれた。
解せぬ。
読んでいただいてありがとうございます。
まいっちんぐ、わかる人にしかわからない謎のワード。わからない人ごめんなさい。今回少し短くなってますが切りがいいのでアップしました。




