露天風呂と言ったらアレしかない
温泉の赤い暖簾をくぐったらそこは闇風呂でした。
闇風呂、なんか闇鍋みたいだな。どっちに転んでも微妙なものが出てきそう。
そんなことを思いつつ、瘴気で真っ黒くなってる脱衣所で服を脱ぐ。だってほら、どうせ温泉に入るんなら服なんか着てたらあかんでしょ? 温泉マナー大事。湯船にタオルはいれません。
手探りで脱衣かごを探して畳んだ服を入れる。シャンプーとか石鹸とかは多分中だろうけど見えるかな? 温泉に入るときはまず体を洗って、これも公共浴場のマナーです。大人女子なら何があっても守るべし。
タオルと不完全魔法石を持って歩いていくと、少し瘴気が薄くなり、かろうじて周りが見えるほどになった。ここにいる黒さんは気配りの人らしいし、危害を加える気はないみたい。マッパで戦うとかファンタジーな展開になったらどうしようと思ってたけど、よかったよ。
そういえば前の黒さんもお気遣いの紳士だったなあ。意外に瘴気の人は親切だと思う。
そろそろと歩き、浴場への扉を見つけた。滑って転ばないように気をつけながら入り、周りを見る。
あ、あそこにシャワーがあるぞ。
近づくと近くに洗い場があった。カランとシャワーと洗面器と椅子があり、ちゃんとシャンプーやリンスやせっけんがある。前世のスーパー銭湯と同じような設備に感激した。きっと前の聖女様たちのおかげだ。ありがとう、ありがとう!私も皆さんのように次の聖女が喜んでもらえる何かを残したいと思います!
暗闇の中、シャワーの蛇口をひねる。お、いい湯加減ではありませんか。この辺りは瘴気の影響がないようだ。やっぱり気配りしてくれたのね。ありがとう。
さくっと体と髪を洗い、タオルを頭に巻いて湯に髪が落ちないようにする。これも温泉マナー。長い髪を温泉につけるなんて言語道断!そういうアニメがあるみたいなのがねえ、ダメよね。外国の方はアニメから温泉を知ることもあるのだから、ちゃんと設定してほしいところである。大体、長い髪に隠されたうなじを見せるいい機会なのに生かさないなんて愚の骨頂だよ!
とまあ、それはともかくとして。
温泉に入る準備はできた。
よし、と頬をはたき、瘴気が濃くなっている露天風呂に向かう。
露天風呂への扉を開けると、ぐわっと濃厚な瘴気に囲まれた。うっかり吸い込んでしまい、肺に入って蒸せる。
露天風呂へは階段を下りていくらしい。
暗くて見えにくいので壁に触りながら一歩一歩進んでいくと、川のせせらぎに交じって低い女の声が聞こえてきた。
「ちっ、一人で温泉旅行に来たらダメだって言うの? そんなに男とこなくちゃダメなわけ?」
ぷしゅー、ぷしゅー。
あ、すごい瘴気が出てる。
私の前には大きな露天風呂があった。
広々とした浴槽は多分木でできていてとてもいい匂いがする。川に面した一画は身を乗り出してもどこからも見られない造りで、それだけでもここに来た甲斐があるとうっとりする風呂だ。
その温泉に、黒い人が入ってる。前回の黒さんと同じくどこぞの犯人シルエット風だ。
こちらに背を向けているので私には気づいていないみたいだけど、ずっとぶつぶつと呟いてるのは丸聞こえだった。
「一人だって楽しいわよっ。ちっ」
一人だって楽しい、すごいわかるよ。
ほんと、休みに1人で来て、一日温泉でダラダラしたい。
こういう風呂は友達と来たりするとペース合わせなくちゃならないから落ち着かないんだよね。男と来たことはないけどきっと同じ。いやもっと気を遣うかもしれん。
「おひとり様は一人で温泉なんて淋しいですよねーっとか、そんなんありえないー、とか言いやがって。大体わざわざそんなこと言うか? わざわざ楽しむために予約したのにくだらない一言で楽しみ半減だゴラァ」
わかる……。
「女が30過ぎたら何か難があるって、なにそれおいしいの? 25歳過ぎたらシングルベルとかいつの話よ。彼氏いないから淋しい人生とか、自分は結婚してるから勝組とか言うなあああ!!」
うわあ、なんだこのすごい共感できる愚痴。
「わかる、わかるよ、姉さん……」
気づけば私は号泣していて、振り返った黒い人に驚かれていた。
露天風呂といえば、酒飲みの夢はこれよね!
というわけで、私の目の前には桶に入った酒セットがある。
もちろん私が出した奴だけど、こんなに状況にぴったりのものが出てくるなんて、聖女ってすごいわ。
私は下戸だからウーロン茶だけど、黒姉さんには日本酒の徳利とおちょこ。ヒノキっぽい桶の中にちょこんと入れられてて、もう一つの桶にはつまみが入ってる。
つまみは基本の枝豆。小さめのごま豆腐と四角く切られたマグロとアボガドの醤油麹和え、大根の糠漬けが並んでる。女性向けっぽいチョイスに、私は自分の魔法を褒め称えた。
「あー、極楽極楽」
「温泉サイコー!」
私は黒姉さんと乾杯し、ぐっとグラスを空けた。中身はお茶だけどこれが私のスタンダード。
タオルと不完全魔法石はとりあえず桶に入れて避け、のぼせないように石の縁に座って外を見る。
瘴気はまだ濃かったけど、どうせ夜だしね。外なんかほとんど見えないだろうから気にしない。むしろ川のせせらぎが心地よい。
「川の近くの露天風呂なんて贅沢だよねえ」
「ほんと。わざわざここを選んだ甲斐があったわあ」
黒姉さん、川のほうの縁になってる岩に寄りかかってぷはあと息を吐いている。選んだ甲斐? まさかと思うが宿泊客だったりしないよね?
聞いたら、黒姉さんは首を斜めにして答えた。
「宿泊してたのかしら? なんだか忘れちゃった」
まあ、人の型をしてはいるけど瘴気だからそんなもんか。そういえば黒さんも何でここにいるのかとかわからなかったみたいだし。
「でも温泉に浸かってたら前にあったもやもやを思い出しちゃったのよ。それでつい愚痴っちゃった」
「もやもやって、さっきの?」
「やっぱ聞いてた? メイちゃんにはまだわかんないかもしれないけど」
「いや、わかるってー。さっき泣いちゃったじゃん。それに私、転移者なんだよ」
そう言って、私は自分のことを話した。二回目なので説明もスムーズよ。
黒姉さんはふむふむと相槌を打ちながら聞いてくれた。
もちろん合間にお酒も忘れない。途中でなくなったんで魔法で出したらすごい喜ばれた上につまみの追加注文も頼まれた。今回は鮭のルイベとカプレーゼ。うん、女子会っぽいチョイス。
「というわけで、今はこんなツルペタでございます」
「うわあ、なんというか……。人生やり直しみたいになっちゃったのね」
「かといって女子力むき出し超美少女あんど逆ハーレム展開チート能力とかそういうのなさそうだしさ。まあこの魔法と魔法石づくりはかなり使えるし助かってるけど、そのほかはまあふつうの女の子なのよね」
「うわー」
「浄化するのも楽じゃない上にできた魔法石がすごすぎて引くわ~ってなってるし、なんか王族とか貴族とかに存在バレたら狙われるらしいん」
「前も苦労したのにこっちに来ても人生ハードモード決定みたいな?」
「うわあ、勘弁して」
はー、とため息を吐く。
「まあ私はそんな感じなんだけどさ、黒姉さんもすっごいいろいろ溜めてるみたいじゃない」
お酌しながらニヤニヤすると、黒姉さんは苦笑した。
「わかる? って言いたいとこだけどちょっと聞かれちゃってるわね」
「旅の恥は掻き捨てってことでさ、これもなにかの縁だし、話聞くよ。ちょうど酒もあるしさ、飲んでうっぷん晴らししちゃってよ」
「あら、いいの?」
「じゃんじゃんやろう!」
というわけで、楽しい女子会 in 露天風呂の始まりです。
色気がないのは仕様だよ、コンチクショウ!
読んでいただいてありがとうございます。
露天風呂と桶の酒って憧れらしいですね。私は下戸なのでお風呂でアイスが憧れです。




