カニカニカーニバル(仮)
目が覚めると真っ暗だった。
指先にはつるつるした布の感触。これはいい布を使っているに違いない。首周りに感じる上掛けも花の香りでよい。今までで一番いい待遇なんじゃない?
そっと身を起こすと、あちこち動きにくいことになってた。関節周りに包帯巻く時は曲げるときも考えてほしいものだ、まったく。
って、あちこち巻かれて動けないとかどういうことだ、ヲイ!
仕方ないのでごろごろごろごろ転がっていたら、光が飛び込んできた。眩しい!目に刺さる!
「あ、メイが起きてる!」
マー君が駆け寄ってきた。
目が慣れると光があるのは隣の部屋で、ふすまみたいなものが開いている。私が転がってるのは畳で、そばにはベッドじゃなくて布団が敷かれていた。ぐちゃぐちゃなのは私が転がり出たせいだろう。
領主様の家は完全な洋館だったけれど、こっちは和風なんだ。
ちょっと意外、でもないか。ここ、草津っぽい温泉街だもんね。ひょっとしたら前の聖女様がテコ入れしたのかもしれない。畳落ち着くよ、畳!
「起きたら早速暴れてるとか、どんな聖女だよ」
マー君の向こうには呆れた目をしたタッちゃんがいる。やれやれと言いながら近づいてきたら、ひょいと抱えあげられて布団に戻される。
「もう起きるよ。回復したし」
「大丈夫なのか?」
「たぶん。それよりこのぐるぐる巻き状態を何とかして。動けなくて困るよ」
「あ、ああ。でもそれ、宿の女将たちがやってくれたんで、俺たちじゃちょっと……」
言われて初めて、腕や足だけじゃなく全身に包帯が巻かれているのに気づいた。そういえば源泉の上転がったんだったな。火傷も心配だけど、温泉成分で肌が負けてないか気になる。だって乙女だもん。
「そういえば、カッちゃんが最初に助けてくれたんだよね。ありがとうー」
声をかけると、隣の部屋からカッちゃんがやってきて、いきなり土下座した。
うわあ、何があった!?
「非常時とはいえ、女性の肌を晒させた上に全身触りました!すみません!」
「なんと!?」
そんなウラヤマけしからんことを誰に!?
って、私かよ!
「いやいやいやいや、こちらこそ貧相なものをお目にかけて申し訳ない」
「えええっ!?」
「じゃない!カッちゃんのおかげで大した火傷もなくすんでるんだよね? ね、マー君?」
突然話を振られたマー君、困った顔でこっちを見る。
「あ、うん。カーク兄が急いで熱湯かぶった服を脱がせて、ターク兄にメイを近くの宿に運ばせて、浴槽に真水のぬるま湯を張り全身洗ったから、強い治療魔法をかけなくて済んだって宿場町の医者が言ってた」
おお、彼はできるイケメンだ。イイネ!
「ターク兄さんとマーク君には出ていってもらいましたが、洗うときに目隠しするわけにもいかなくて……」
平べったくなってるかっちゃんの指をよく見れば、赤くなってちょこちょこ皮がむけている。まだ治療してないのかな? とこっちが心配になるじゃないか。
「この際は私が責任を持って貴女を」
「はい、そこまで!」
何だこの子、いい子過ぎておばちゃん心が痛いよ。
よかったよ、昔の体じゃなくて。胸はないけど腹も出てないよ。肌もすべすべだったはずだよ。見たほうも「うわあ、見ちゃったよ……」にはならなかったと思いたい。
私はカッちゃんの横に這って行き、痛々しい指に手を置いた。
「おかげで助かった、ありがとう!逆にこんなもん見せてほんとごめん」
「!!!」
「そんなことよりカッちゃんの手が、綺麗な手が!!誰か治療してあげてー、って私ができないか? 聖女だし!」
うーん、とハンドパワー的な何かを出せるか試す。もちろんそんなものはなかった。ちっ。
仕方ないので『痛いの痛いの飛んでいけ』を連発していたら後ろでマー君が笑い出した。
畳の上の和膳、いい。旅館って感じがする。
一度見ちゃったら何度でも変わらないってことで、カッちゃんにお願いして包帯を外してもらい、宿にあった服を借りて今に至る。
ちなみに浴衣が出てくると思っていたら、上下別になっている作務衣みたいな服が来た。そういえばスーパー銭湯だとこんな服を貸してくれたな。着心地はとてもいいけどいまいち風情が……。まあ贅沢は言うまい。
私の横には不完全な魔石が置かれていた。テニスボールくらいかな? 低反発な感触のせいで癒しグッズとしか思えない。ついつい触ってしまう。うん、手に吸い付く気持ちよさ。ぷにぷには正義。
先ほどまで石に触っていた兄弟は全員同じ感想を持ったらしく、一様に顔を赤くした。こら、私の胸を見るな。悲しくなる。ぷにぷにするほどないよ、ちっ。
それはともかく、並んだ和膳に囲まれた大きな机には大きな海老っぽいなにかがデデンと乗っていた。
あれ、海老?
たしか夢でカニを食べたいと口走ったような気がするが、海老だったかもしれない。どっちも好きだけど。
「メイがカニが好きだっていうから取り寄せたよ」
マー君がドヤ顔で言う。なるほど、こちらではこれがカニなのか。確かに大きなはさみもあるし、茹でたら赤いし、固い殻だし、海のものだし。うん、仕方ないな!
ところがこいつ、捌いてみたらカニの身だった。あれえ?
食べてみてもカニ味だった。あ、あれえ??
聞けばこのエビは「マッパカニ」という微妙な名前の食材だとか。こちらでもカニは高級食材なのでなかなか食べられないそうだ。まあ海が近くないもんね。
いや待て、ひょっとしたらこのカニも木から採取できるのかもしれない。異世界何でもありだしなあ。
よく見たらお膳の上にもカニ料理(?)がたくさん載っている。むしろカニ尽くしだ。宿の皆さんに感謝。
まあいいか、おいしいし。もぐもぐ、幸せ。カニカニカーニバル(仮)バンザイ!
そんな感じで食べていたら、宿の女将さんがやってきて、ものすごく丁寧に頭を下げた。それこそ五体投地でもしそうな勢いにびっくりして口が閉まらなくなる。
「実は、つい先日まで魔力供給が制限されていまして、夜中はずっと断魔力していたのですが、おかげさまで解除になりました。領主様が手に入れた大きな魔法石を砦ではなく領地のために使っていただいたと聞いています。本当に助かりました。どうかよろしくお伝えくださいませ」
実は先ほど行った源泉付近は魔力が届かなかったために荒れ放題に荒れ、濃い温泉成分のせいで被害が出る寸前だったそうだ。この宿の近くにある川も枯れる寸前だったと言う。
間に合ってよかった。
余計なプライドは捨てようとしみじみ思った。私が意地張ったせいでここにも迷惑が掛かっていたなんて知らなかったよ……。
しょんぼりしてたら、隣で食べていたマー君が手を止めて背中を叩いてくれた。
ありがとう、マー君。君がいなかったら本当にいろいろダメになるとこだったよ。いい男だなあ。
おいしい食事の後は温泉タイム。これ、定番。
というわけで、四人で仲良く温泉に向かった。
温泉は建物の地下にあり、流れる川を見られる露天風呂があると言う。
露天風呂、素敵だわ。
さっきのカニ(仮)メインの料理もおいしかったし、お風呂も期待できそう。フフフ。
並んで歩くマー君たちも宿の服を着て楽しそうだ。あれ、今回って仲良し兄弟の温泉ツアーじゃないよね? まあタイプの違うイケメン(一人はまあまあ)が並んでいる眼福は大事だ、うん。
先ほどの源泉からみてここはきっと硫黄泉。独特の匂いが温泉気分を高めてくれる、素敵なお風呂。
領主様の砦にもお風呂はあったけど、猫足お湯溜めタイプで面倒かけるからほぼシャワーだった。いや、お風呂に入りたいって言ったらお湯溜めてくれたけど、バケツリレーでお湯入れてるところ見ちゃったらねえ。それに今思えばあれも魔法石消費の一因だろう。気が付かなかったけどやめてよかった。
砦の魔法石が補完できたら、どっかに浴室作ってもらおうかなあ。もっと楽な形を提案できるかしら?
そんなことを考えつつ、ぽてぽてとついていく。
「もう大丈夫なのか?」
マー君が少し下がって歩幅をに合わせてきた。前の二人も気になっているのか、会話が止まる。
「うん、おかげさまですっかり。ほら」
ぺろんと上着をめくって腹を見せると、マー君は真っ赤になって手持ちのタオルを投げてきた。
何故投げた、マー君。君、そういうとこだぞ!
「メイ、そ、そういうとこだぞ!」
奇しくも同じことを口走るマー君。タッちゃん、カッちゃんに、なぜ頷いている? 解せぬ。
まあそんな感じで楽しく大浴場に向かっていたのだけど。
三人と別れて女湯の暖簾をくぐり、脱衣所に入った瞬間、視界が真っ黒くなった。
幸い誰もいない、と言いたいところだけど、たぶん女湯に人が来ないようにされたのだろうな。理屈はわからんけども。
私はタオルと一緒に持ってきた不完全魔法石をきゅっと握る。
女湯は露天風呂から流れ込んでくる真っ黒い瘴気で埋め尽くされていた。
読んでいただいてありがとうございます。
カニもいいけどエビもね♪と言う回でした。
どっちも甲殻類でお高いのが共通項でございます。




