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ファイブ・セコンド(Five Seconds)  作者: 中矢良一
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第37話「動き」



田中利一は同居人の早川浩子と、先代の肖像画が掛かる応接間で、向かい合って座っていた。


「だし巻き卵、お作りしましたのよ、たっぷり甘くして・・・」


田中利一は酒を飲まない。しかし甘いものには目がなった。


お茶をたてると、京菓子ならぬ、浩子の作る飛び切り甘いだし巻き卵を10切れほど食べた。


「お疲れになってらっしゃる?」


「いえ、たいしたことはありません。あなたもご存知のように、私はプレッシャーを感じにくい体質・・・いや精神構造をしていますから、このような事件など、さしたるストレスにはならんのですよ。ですから、今後も村井やレイ・ルヒの件で忙しくなるかもしれませんが、あなたは、私に目玉焼きを焼いてくださればよいのです、アハハ」


「だし巻き卵ですわよ、目玉焼きだなんて・・・ああ、おかしな方」


「そうでした、だし巻き卵・・・これさえあれば、怖いもの無しの私ですから」


「干し柿差し上げたときにも、同じことおっしゃいましたわ。私はあなたのお命が心配ですのよ。万が一のことがあったら私も生きてはいません」


「万が一・・・というのは、私が死ぬ、ということですか?」


「もちろん、そうです」


田中利一は、何も言わずにだし巻き卵を、旨そうに食べ続けた。


「死んでは嫌ですからね」


「今すぐには死にませんよ、しかしいつかは死ぬでしょう。あなたより先に・・・」


「あら、そんなことわかりませんわ。私の方がお先に逝かせていただくかもしれません。そうなったら、あなたのご面倒は、有里様が診られるのかしら?それとも、私の後を追って死んでくださいますか?・・・冗談です。」


浩子はそう言って顔を赤くした。


「有里は今どこにいるのです?」


「大阪に居られます。」


「はい、それはわかっています。私がそのようにさせているのですから・・・大阪のどこに?」


「○○ホテルに浅田様のお坊ちゃんと」


「何!彼と一緒なのですか?!それはまたどうして?」


「私がそのようなこと・・・洋介様とレイ・ルヒ様も同じホテルに居られましたが、今日は別のホテルに移りました」


「日本の警察は優秀だが、こうした場合、探偵の能力にはかなわないね。お金の力は大きい」


田中利一はそういうと、まただし巻き卵に箸をつけようとしたが、それをやめて、


「あなたがもしも死んでしまったら・・・私も死にますよ」


そう言って、だし巻き卵に再び箸をつけ、小ぶりに切られたその塊を口に放り込むようにした。




                      *




レイ・ルヒの来日を阻止する動きは確かにあった。しかし、それについての風説はまるで見当違いの、よくある政府機関からの流布であった。



               *



新宿のとある出版社、その隣にある6階建てのビル最上階にある英会話教室。


その教室を経営する男性は、黄色いポルシェを持っていた。

英会話教室は、時代の流れに乗ってこの2~3年で急成長を遂げ、教室数は、10を超えるほどに増えていた。


経営者の野口千秀は38歳の若手経営者ではあったが、政府機関とのつながりもありレイ・ルヒの来日は、いち早くその情報をキャッチしている人間の一人でもある。


先日、信号ダッシュで一樹と真一の乗った軽自動車と競った男であった。


教室の一角にある野口の部屋で、電話のベルが鳴り続けていた。


野口は20回ほどベルを鳴らし続けるまで、受話器をとらなかった。ベルは20回ピッタリで切れ、その後5秒ほどして再びベルが鳴った。野口は1度のベルで受話器をとった。



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