第36話「黄昏の」
一樹と有里、そしてレイ・ルヒと洋介・・・この2組の男女は、同じビジネス・ホテルに逗留していた
にもかかわらずすれ違い、顔を合わせることはなかったが、ちょうど忘れ物を取りに戻った村井洋介と良子は、まるで示し合わせたように出会った。
数秒後、あるいは数秒前であったとしても、2人はすれ違い、良子が大阪に来たことは徒労に終わっていたのかもしれない。
「あの二人、幸せになるといいわね」
良子は薄暗くなりかけた街並みのどこを見るというのでもない、遠い目で呟いた。
「うん、そうだね。良子ちゃも・・・」
真一はそんな風に言って、つないでいた良子の手を固く握った。
良子はまた下を向いてクスッと笑い、
「痛いわ・・・」
と言った。
「ああ、ごめん・・・」
慌てて握りしめた手の力を抜く真一の手を、今度は良子が握り返した。
予想外に強い力だった。
「お菓子屋さんて、力仕事なの。私、真ちゃんより握力はあるかもしれないわ」
「これから、家に戻る?」
真一は良子をこのまま1人で家に帰すつもりは毛頭なかったが、しかし、一樹には良子と共にいることを知られたくはなかった。良子が自分と一緒にいる理由を問われれば正直にそれを話さなくてはならない。
「よかったら、ホテルを探そうか?」
「そうね、一樹に会う必要もないし。真ちゃんは一樹の所に用事があるんでしょ?
私に遠慮しないでいいわよ。たまにはホテルに一泊もいいわ。私はレディですからね。駅前の高級ホテルに泊まるわ。これでもお金持ちよ。何しろ30歳まで何の遊びもしないで貯金してきたんですからね~」
良子はそんな風に言って真一に弛んだ表情を見せた。。
「では、僕もお伴させていただきましょうか。何しろメカニック一筋24歳まで、どこかの弟さんと違って、何の遊びもせずにきましたから、お金には余裕がありまして・・・」
真一も同じような言葉で切り返した。
「あら、そう・・・ではご一緒しましょうね。お漏らししたら、私が面倒見てあげる、いつかみたいに」
またまた良子は下を向いてクスリと笑った。
「お願いします・・・」
真一は顔を真っ赤にして言った。
*
レイ・ルヒと村井洋介を捜索する手は、村井自身が感ずるところ、それほど厳しくはなさそうであった。職務質問をされることもなく、ビジネスホテルなどへ、そのような警戒情報が流れている様子もなかった。それでも2人は足がつくことを恐れビジネス・ホテルを日替わりで点々と移動していた。
洋介は、良子からわたされた探偵事務所の調査報告書を読みながら、宿泊を決めたホテルの一室で傍らのレイ・ルヒに
「心配は要りませんから・・・」
と、心配そうにその様子を見守るレイ・ルヒに優しく言った。
東邦工業に勤める良子の弟一樹・・・結婚の目的はその弟にあった。
そのことは薄々勘付いていないわけでもなかったが、田中利一の本当の目的は一体何なのか、それは村井洋介にもわからなかった。レイ・ルヒの来日にも関与している
田中利一は、レイ・ルヒの祖国とどのような関係にあるのか?この先に待ち受ける自分とこの一国の要人であることは間違いのないレイ・ルヒとの運命を考えると、洋介の心は激しく動揺した。頭を抱えて俯く洋介を、レイ・ルヒは優しくその体で包み込んだ。
*
有里と一樹は道頓堀のあたりを歩いていた。
有里にも、レイ・ルヒと村井洋介を探そうとする積極的な気持ちはなく、それを感じ取った一樹はレイ・ルヒと村井洋介が、偶然同じホテルにいたことも、とうとう言わずに終った。
3組の男女6人は、それぞれに同じ大阪にいながら、全く違う目的をもって西の大都会の空気を共有しているだけであった。




