第32話「祖国」
仕事場に戻った真一に、数時間後、一樹から長距離電話が入った。
「乗り込んだのは、確かに田中利一だよな!?間違いないよな?」
一樹の声の調子は慌てふためいているのではなく、まるで身内の不幸を確認するような深刻さがうかがわれるほど、低く小さかった。
「それを聞きたくて、お前の家に行ったんだが留守だった。お前今どこにいるんだ?」
「大阪・・・」
「何?!大阪・・・大阪に何の用だ?」
「仁醍王の墓参りだよ」
「仁醍王?のんきなこと言っている場合か!あの田中が人質になっちまった。生きて帰っちゃ来ないぜ」
「今・・・実は田中利一の娘と一緒なんだよ。殺されちまうのか?田中はやはり・・」
「田中の娘?お前田中の娘と付き合っていたのか?どんな女だ? ああいやそれより娘なら、自分の親父、見ればわかるだろう普通。テレビは観たのか?」
「ああ、親父だと言ってるよ」
報道管制でも敷かれていたのか、乗り込んだ人物についての公式な報道はまったくなかった。テレビ局自体、そのことを知らされていなかった可能性もあった。
「で、その娘は大阪の女か?」
「磯貝有里って憶えているか?あの高速道路事件とカツ丼のときに警視省で会った・・・田中の娘なんだよ、実は・・・」
「何だと!ああ、オレ頭が痛くなってきた。時計の修理より複雑なことはないと思っていたが、わけのわからない歯車の関係だな。しかし、なぜ大阪にいるんだ?」
真一はいつになく複雑な外国製の腕時計を修理していたので、妙な例えを口走った。
「なぜ? なぜだろう?」
「お前、今、その有里って子と一緒にいるんだろ?つまりデートで大阪ってことじゃないのか?何ボケてんだよぉ、アンポンタン」
「それがさぁ、いろんなことが複雑になってきちゃって、オレにも何がなんだかわからんのでお前、有給とって明日大阪に例のミラクル軽自動車で来てくれねえか?」
「はあ・・・」
真一はため息をついた。
*
レイ・ルヒと村井洋介はビジネスホテルの一室にいた。レイ・ルヒの部屋であった。
ホテルロビーの販売機で買った缶コーヒーを飲みながら二人してテレビを観ていた。
「心配?・・・」
レイ・ルヒが洋介に聞いた。親類が捕らわれの身となっていることを気遣ってくれたのだが
「心配はありません。彼も国際交流、つまり他の国とのお付き合いを仕事としているのです。危険はあって当たり前なのです。ことによっては、命さえ捨てる覚悟もあるでしょう」
洋介は正直な気持ちをレイ・ルヒに伝えた。
「それはいけません。そんな風に考えては・・・無事を祈りましょう」
日本という国は、オリンピック以来あれほどの急速な高度成長を遂げた国家であるにもかかわらず、終盤に差し掛かっている今現在は、荒廃、という言葉にさえ近いすさんだ風が国家にも、また若者を中心とする多くの国民の心の中にも吹き荒れていた。
その結果、このようなハイジャックという、若者による国家に対する背徳的行為が起こり今後はますます、国家に見切りをつける若者が増えていく・・・
洋介はそんな風に考えていた。国の行く末を憂いているわけでは決してなかったが、国を愛し、誇りを持ち自らの命をもってその盾になるような人間は少なくなる。
レイ・ルヒ、そして田中利一、この二人には自国を愛するという信念に関して言えば、共通の思いがある。自分にはそれがあるのだろうか。
「祖国を・・・ご自分の国を愛していますか?」
洋介はレイ・ルヒに聞いた。
「もちろんです。そのために私は日本に来たのです。大阪に来たのです。祖国、わかります。祖先・・・私の心の根がここにある」
洋介はあることを、ここではっきりレイ・ルヒに言わなければならないと思った。
「あの墳墓には、あなたの祖先が眠っているとは言えません。仁醍王のお墓なのです。」
「わかっています・・・ありがとう。」
レイ・ルヒはいつもと同じように洋介に微笑んだ。
およそ1時間後、同じビジネスホテルに、一樹と有里がやってきて別々に部屋を取った。まったくの偶然であった。




