第31話「囚われの身」
田中利一は、20歳前後の背の高い痩せ型の青年に、機内の一番上等な席へ案内された。青年は終始丁寧な言葉で田中に応対していたが、やはりどこかに血気盛んな雰囲気を持っていたので、さすがに普段は冷静な田中も、緊張を隠せず飛行機の微妙な揺れに足を取られぐらついた。
機内の人質全員は、田中独りに置き換えられたようだった。座席には仲間らしき数人が、何やら座席を乗り越える様な体制で、熱心に話し合っていたが、ぐらついた田中が座席の背もたれに手をつくと、皆話すのを一時やめた。
「大丈夫ですか?」
中の一人が田中にまるで、このような特異な状況下にあるとは思えぬほど、安心感のある声で、しかし滑舌の良い口調で言った。娘の有里よりは明らかに若い女性であった。
「あ、ああ・・・大丈夫、すまんですね」
この中での自分は、日本の実力者田中利一ではなく、単なる足腰軟弱な初老の男でしかない。田中はそう思った。
「田中さん、こちらへどうぞ」
25~26歳であろうか、それにしては毛髪のところどころに若白髪のある、ちょうど田中ほどの体格の男性が、田中に自分と対面する座席に座るよう促した。それもやはりソフトな感じで威圧感は全くなかった。
田中はすすめられるまま、座席に座った。
「はじめにお詫びを申し上げなければなりません。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。我々は、このような手段で日本を離れることが、決して本意ではないことをご理解ください。当初は、船による密入国を予定しておりました。しかし、このように人数の多い状況では、かなりの危険が伴います。水際でほとんどが検挙されてしまうと考えやむなく、ハイジャック・・・ハイジャックはご存じですね?」
「アメリカではそう言うようだね」
「おっしゃる通りです。ハイジャックにより、人質に危害を加える場合もあるそうですが、我々には最初からそのような気持ちはありません。目的は日本からの脱出でしたから」
「どこへ行きたいのかね?アジアの社会主義国家ですか?中東ですか?思想は?」
「我々が理想とする国家です。思想も同じく理想とする思想としか今は申し上げられません」
飛行機はおよそ4時間ほどの飛行を続けた後、徐々に降下を始め、やがて、ある飛行場に着陸した。どの窓のカーテンも全てが閉じられて、外の様子は見えなかった。
田中にはそこがどこの国であるのか分からなかった。しかし、ほんの少しのカーテンの隙間を見つけ、そこから気づかれぬように外の様子を覗いてみた。
空港の所々を走り回る車や人の動きで、すでに入国者を迎え入れる準備が着陸前に完了していたことは、カーテン越しに見えるその光景でそれとなくわかった。
「お疲れ様でした。あなたは、飛行機と共に日本へこのままお帰りください」
先ほどまで話をしていた男は、静かに一言言うと、そのまま田中に握手をした後、仲間を扇動して足早にタラップを降りて行った。
田中は、緊張から解き放たれた解放感より、むしろ妙なことに、
(取り残された・・・)感覚に陥っていた。それがなぜなのか、全くわからなかった。
飛行機は燃料の補給を終えると、そのまま離陸し、日本へ向けて飛び立った。
「良い青年たちでしたね・・・」
操縦を相棒に任せてきたのか、パイロット服を着た40代の機長らしき男が田中の座る座席の前に立って、そんな風に言いながら窓の外に目をやった。
「確かに。あのバイタリティーというか、エネルギーを、外国に持っていかれるのは少々悔しい気がしますな。他に手段が無かったものですかね?しかし・・・着陸したのはどこの国なのですか?」
「アジアとユーラシア大陸の狭間の○○共和国ですよ。国交がないのですが・・・」
田中は「うっ!」とうなったまま、次の言葉を発することができなかった。




