第24話「密会」
洋介はそのまま、田中邸から芦ノ湖に向かった。
一方、一樹と真一も芦ノ湖に向かって、ミラクル軽を走らせていた。敵城視察、というわけでもなかったが、一樹も真一も要人の顔を一目拝んでおこうと、2人して、社には走行テストの名目と称し、気楽なドライブ気分を楽しんでいた。
「確かに、確かに俺は体験したんだ!・・・あれは幻じゃない。」
一樹は真一が仕掛けたテストコース上における実験で、自分が5秒の壁を破り、真一の理論を実証したことを、誇らしげに話した。
真一は、ハンドルを握ったまま黙っていた。
「なんで黙ってんだよ?少しは興奮しろ!」
「あの実験はよそう。お前の能力は能力として世の中のどの部分にそれが、一体いかなる形で貢献できる?お前に危険が及ぶようなことになるといかん」
「危険?」
「そうだよ。結局はこの実験の結果を会社に報告する、たちまちそれは、車のスピード、高性能を世に知らしめることになる。会社はな、開発が途中であっても、強引にこのミラクルローテリーを売りに出す。首が絞まるのは我が社ではない」
真一はそれ以上言わなかったが、このミラクル軽の発売には、大きなある種の懸念があった。そのことは、後に一樹にもわかることになる。
※
洋介は、レイ・ルヒの滞在するホテルから500mほど離れたところに宿をとった。
勤務先にはたっぷり残る有給休暇を申請し、実際に疲れ果てている自分の肉体を慰労したい気持ちもあった。
しかし、本当の目的はレイ・ルヒへのコンタクトにあった。
「・・・ありがとう」
レイ・ルヒに心を奪われた一言。洋介は女性経験のない男であった。34歳になるまで女と言うものを知らずに生きてきた。そして、
(ありがとう・・・)
そんな風には誰からも言われたことのない人生でもあった。
レイ・ルヒを呼び出すには、まず護衛の人間をなんとかしなければならない。
交代で行われる要人の身辺警護も、半月近くともなるとその緊張感は緩慢になり、隙はある。
洋介はまずレイ・ルヒの滞在するホテルのフロントに電話を掛けた。
「・・・それで、レイ・ルヒ様はその後、お変わりなく過ごされていますか?私は今東京ですが、警護の者の部屋に電話を回してください・・・ああッ!待ってください。ここだけの話なのですが、その警護の人間に監視がついているような様子はありませんか?どうも、その男ですが・・・やはり私、今日そちらに行こう!どうも心配だ。では、レイ・ルヒ様のお部屋に直接電話を回していただけますか?危険ですので・・・」
洋介は自分の芝居に冷や汗が出た。レイ・ルヒはすぐに電話に出た。
「ハイ・・・どなた??」
比較的張りのあるレイ・ルヒの元気な声が受話器の向こうから聞こえてきた。
「・・・ありがとう・・・退屈はしていませんか?泣きたくなっていませんか?」
「おお!洋介さん!・・・今どこにいますか?」
洋介はそれには答えず
「ドアの取っ手、あ、いやドアノブ・・・わかりますか?」
「ハイ・・・・・・・・」
「そこを回すときに、手袋をしてください。できれば片方の手に2枚ずつして・・・」
「ハイ・・・・・・・・」
「そして、静かに外へ出て、あなたが、お線香をあげた、あの湖のほとりに行ってください。私はそこで待っていますから」
ドアには最新式のタッチセンサーが付いていて、素手で触れると隣の警護室のブザーが鳴る仕組みになっていた。素手で触らない限り反応がないことを洋介は知っていた。
20分後、洋介は湖畔にいた。レイ・ルヒが息を切らせて自分の方に走ってくる姿を確認すると自分もレイ・ルヒに向かって走り出した。近づくにつれ、レイ・ルヒの顔が嬉しさというより、親とはぐれて迷子になった子供が、親に会えて本当に切なく悲しかった、と訴える悲壮感漂うもののように見えて、洋介の頬を思わず涙が伝う。
洋介は、人目をはばからず、自分の胸に飛び込んできた半べそのレイ・ルヒを思い切り抱きしめ唇を重ねた。
一台の車が湖畔に止まっていた。
一樹は、その車の中から、姉の婚約者であった洋介とレイ・ルヒの様子を黙って見つめていた。




