第22話「信号ダッシュ」
車体総重量560kg300馬力、というのはエンジンの上に乗って走っているようなものである。つまり、(人間付エンジン)と考えてよい。
ミラクルローテリーは、まさに(人間付エンジン)であると同時に、次世代を担う内燃機関として
最適なものである、そう信じて真一は開発を進めてきた。しかし、それは安全性という観点からみると間違いではないか?そんな風に思い始めていた。
(悪魔の傷跡)については99%の解決法を見つけ出し、残る1リットルのガソリンでわずか3kmしか走らない燃費の問題も、頭の中でほぼ「これ」といった解決方法を思いついていた。
同じ頃、ライバルのハンダ技研は、なんと商用トラックにダブル・オーバーヘッド・カム・シャフトの4気筒エンジンを載せたHE360を発売、(軽トラックにスポーツエンジンなんて)という当初の予想に反し、爆発的な売り上げを誇っていた。
ハンダはすでに、4サイクル2気筒、イギリスの名門小型車に類似したデザインのF360で低迷する軽自動車産業の中では、増員、増産、そしてついに海外に工場まで建てる勢いだった。
「エンジンがミラクルであっても、車は売れるってモノじゃないな」
ある日、いつものミラクル軽自動車で市街地を走っては、信号で止まり、また走るという、市街地走行燃費調査をしていた真一が、傍らに同乗する一樹に言った。
「ハンダか・・・思い切った車を出して完全に水をあけられたな。しかし、HE360はエンジンがイイから売れたんだろ?」
「違うよ、360ccの4発はさ、かつてウチの会社でも出した経験があるじゃないか、俺たち入社前のことだけどさ。伸びやかだが、トルクは弱い。山坂ある日本の地形には2気筒がいいのさ。だからハンダも主流は2気筒のF360なんだよ。HE360は、目玉商品だ。奇抜さ・・・遊び心なんだよ。これからの世代は、特に俺たち世代の人間は遊び心がない車には見向きもしないのさ。それが証拠にガソリンがこんなに値上がりしたって、高出力の2000ccクラスが売れている。ローテリーにはそれがない。」
ミラクル軽はバイパスに入った。
信号待ちをしていると、その右横にピタリとポルシェが並んだ。黄色いポルシェ・・・
「空冷水平対向6気筒・・・戦前に開発されたエンジンの車だよ。なのにさ、日本車はまったくスピードも耐久性もかなわない上に、なんと、燃費まで国産の同じ排気量を上回っている。だがな、オレの可愛いコイツには手も足も出ないぜ、ポルシェ博士君・・・」
真一はニヤリとして、真横の窓越しに見えるポルシェのドライバーを見た。
40過ぎのおっさんだったが、こちらには見向きもしない。
「軽なんか車じゃないってか~~??ジャーマンポテトめが」
信号が青に変わる。
ポルシェは水平対向独特の、ガラガラガラガラ~!というまったく余裕の回転数で、あっという間に
ミラクル軽の前方へ進み、風格あるリアビューを誇らしげに、しかも品よく見せながらウインカーを
出し、真一の操る可愛い息子の前方50mのところまで既に進んでいた。
「さ~すがポルシェ博士!気品と風格に満ちておいでで・・・」
と、真一は今度は右に自分がウインカーを出し、一気にアクセルを踏み込んだ。
ミラクル軽は、まるで、飛び魚が海面を滑空するように加速し、あっという間にポルシェの右横を弾丸のような速さで抜き去った。
次の信号で停止したミラクル軽の右横にポルシェが追いついて止まった。
運転していた中年の男性が窓を開け、
「ロケットエンジンか何かの実験?」
そんな風に聞いてきた。
「いえ、ご存知でしょうが、ミラクル・ローテリーの走行試験です。車体が軽いので無限に回転するエンジンですから、速いのです」
「売るのかい?」
「いえ、まだなんとも・・・」
「出たら教えてくれ。私の名刺だ・・・」
左座席から男は真一に名刺を渡して、信号が青になると、そのまま今度は、負けじとフルスロットルで発進して行った。一樹と真一は、ポルシェを追いかけず、燃費走行の実験に戻った。
「今の信号ダッシュで、燃費走行は大幅に狂ったから、今日の数値は参考程度にしかならないな。国産のへぼいスポーツならダッシュなんかしなかったのに・・・ポルシェにはさすがに血が騒いだよ」
「だからさ、ミラクルに、あの風格が備わればいいんじゃないのか?ポルシェは速いが速い車なら圧倒的にレーシングカーだよ。この軽にも抜かれた。しかしポルシェは売れている。何かが足りないと売れない。ハンダはうまいんだよ・・・営業のオレから見ても、販売のタイミングがいい」
真一は、信号ダッシュから、そのこととはまったく関係のない、車産業全体の妙なの動きのようなものを漠然と感じ取っていた。




