第17話「東側の影」
警視省から10分ほど歩いた商店街の一角にある定食屋でカツ丼を食べながら、有里から、田中利一がなぜ、彼女の本当の父親であるのか一樹は詳しく聞いた。有里が勝手に話したのだが・・・
「父はいくつに見えた?」
「40半ば・・・・ではないかと思ったけれど、そうなるとそんなに若くはないね」
「50歳よ。若く見えるのよ。大金持ちのぼんぼんだし、仕事はあの通り上司もいないんだから気楽でしょ?苦労すると人間どんどん老けていくけれど、父はご苦労知らず」
「しかし、君は磯貝、だよね?」
「母の姓よ。学生のときに父は研究室に残ったの。その教授が磯貝教授、私のお爺ちゃん。娘が磯貝春奈、そしてその春奈の娘が私、有里ってこと」
「結婚しなかった理由はなんなの。って聞かない方がいいよね?」
「田中家というのは歴代の名士の家柄で、大財閥よ。あなた知らないの?田中財閥・・・」
「ああ、知ってるよ。しかし、田中さんがその御曹司とは夢にも思わなかった。確かに実力者であることはわかるのだが、彼が君の父親であることもまるで想像できなかったしあのときにそんな素振りはなかったから」
「母が亡くなってから、父とあんな風に仕事での関係もできて、今は親子としての関係を・・・いいえ、今になってその関係を徐々に作っているの。それまでは父と生まれてから23年間、一度も会ったことなかったから・・・」
話は生い立ちから、今日の実の父親との関係まで、有里の知られざる過去のおおよその部分を知らされた、どちらかといえば、一樹にとっては軽くないものであった。
明るく明朗な大学時代のガールフレンド・・・・イイとこのお嬢様、磯貝有里でしかなかった彼女
は、そんな人生の片鱗を爪の先ほども見せない、真の強い女性であったのか、それとも、自分という人間は、有里にとって、その程度の立場にしかなかったのか・・・
一樹は少し虚しくなってしまった。
*
レイ・ルヒは相変わらず芦ノ湖のホテルにいた。警護の人間は日替わりの交代で1名ずつレイ・ルヒの身辺に身を置き、命をもってその盾になる使命を帯びていた。
警護の人間の選定は厳しく、学歴はもとより、その家族構成、男女交際、その他プライベートな部分まで調査は厳密に行われていた。
村井洋介もまた、同じく田中利一という歴代の名士の縁続きであること以外に、他の護衛要因同様の調査を受けていた。
10月某日、村井洋介護衛担当の日、彼はレイ・ルヒの部屋を訪ねた。もちろんフロントを通じ連絡を入れてからである。それ以外の護衛要因はその行為を禁じられていたが、洋介は特別に認められていた。
「いつ来るかと、待っていました・・・いつ来るのですか?」
「いつとは決まっていません。秘密事項です」
「ヒミツジコウ・・・」
「Secret」
「I see・・・また、会えてうれしいです、待ってた、ワタシ」
「ありがとう・・・」
レイ・ルヒはにっこりとした。自分のお株を洋介がマネしたことが、うれしくもおかしくもあった。
「少し慣れても来ましたし、報告によるとこのホテルは安全なようですので、今日はお昼をレストランでご一緒しましょう。お部屋でのお食事も、さぞ退屈なことでしたでしょう」
「本当!!!ばんざ~い」
「ばんざいですか・・・?」
洋介はレイ・ルヒのはしゃぎように、苦笑いをしたが、しかし、その様子を実に快く思った。
湖畔を一望に見渡せるレストラン。その窓際に席をとり、2人はエビのトマトソースを和えたパスタで軽い朝食をとり始めた。ドビュッシーのピアノ曲が静かに流れていた。
しかし・・・
レストラン入り口付近で同じく食事を取る中年の夫婦らしきカップル、その男性の自分とレイ・ルヒ
に送られる視線に、洋介は食事をする前から気づいていた。




