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『愛と灯』の陳情処理

 厚労省医政局である。

冨田係長は痩せて胃の弱そうな男だった。

椅子から立ち上がり、恋三と名刺交換をする冨田。


 冨田の手は若干、震えていた。


名刺を見て、


 冨田「恋サンですか?」

 恋三「いえ、コイゾウです」

 冨田「モモイ コイゾウ?・・・剣道か何かをやってました?」

 恋三「いえ、オペラです」

 冨田「オペラ?」


冨田は恋三の全身を舐める様に見る。


 冨田「・・・あ〜あ、だから姿勢が良いんだ」


冨田は思わず、笑いを堪える。


 恋三「何か変ですか?」

 冨田「あ、失礼。門松先生の所の秘書さんは個性的な方が多いですね」

 恋三「そうですか?」

 冨田「・・・応接に行きましょうか」


冨田は恋三を奥の小部屋(応接室)に案内する。

二人は応接室でテーブルを隔てて対峙する。

冨田が恋三を見て、


 冨田「最近ラグビーの青木さんが見えないですね」

 恋三「あ、青木さんは地元事務所に移動になりました」

 冨田「イドウ?」


冨田は門松の『カリスマ』の噂は聞いている。


 冨田「・・・そんなに門松先生は厳しいんですか?」

 恋三「え? あッ、いや」


冨田は肩を揉みながら、


 冨田「・・・恋サンはゴルフはやらないんですか」

 恋三「ゴルフ? いや、あまり・・・やります。大好きです」


恋三は奇妙な『答え方』をしてしまう。

冨田は恋三を見て、


 冨田「? そうですか。それなら今度、結城さんを交えて行きましょうよ。恋サンは面白そうな方だし」

 恋三「え? あ、ぜんぜん。是非ッ!」

 冨田「で、・・・後援会長ですって?」

 恋三「はい」

 冨田「五十番目位ですね」

 恋三「五十番!? そんな先ですか?」

 冨田「・・・危ないんですか?」

 恋三「余命半年位らしいです」

 冨田「半年? 困ったなあ~。・・・ちょっと待ってくれますか?夕方、恋サンに電話します」


会館事務所に恋三が戻って来る。

松永が、


 松永「あ、恋サン。お疲れ様です」


応接室のドアーが閉まっている。


 恋三「あれ? 本人が戻ってるんですか」

 松永「はい」

 恋三「・・・誰が来てるんです?」

 松永「川場村の村長です」

 恋三「川場村? う~ん・・・」


突然、応接室のドアーが開き結城が出て来る。

その後に村長と助役、課長が続く。

そして先生。

村長は振り向いて先生に、


 村長「じゃ、よろしくお願いします」

 先生「分かった。あの件は私も気にはしていたんだ。任せなさい。ハハハ」


結城は急いで事務所のドアーを開けて一言、


 結城「お世話になります!」


村長達が事務所を出て行く。


先生は立っている恋三を見て、


 先生「何だ、居たのか」

 恋三「ハイ! お疲れ様です」

 先生「お疲れ? 疲れてなんかない! バカ者。ちょっと来い!」

 恋三「ハイ!」


三人が応接室に入って行く。

恋三が応接室のドアーを静かに閉める。

先生は上座のソファーにドップリと座りながら、


 先生「・・・で、例の件はどう成った」

 結城「ハイ! 医政局の冨田さんに・・・」

 先生「君に聞いているのじゃない。恋サンだッ!」

 恋三「ハイッ、医政局の冨田係長に」

 先生「そんな事どうでも良い。結論ッ!」

 恋三「あッ、ハイ! 五十番目です」

 先生「五十番目? バカ者ッ! それを何とかするのが秘書の仕事だ。陳情処理と云うものだッ! もっと相手の身に成って考えろ。この門松の所に駆け込んで来たんだぞ」

 恋三「ハイ。勉強になります!」


先生が冷えたお茶を一口飲んで、ボソッと一言。


 先生「・・・順天堂の松本が良い」

 恋三「えッ! 先生、松本先生をご存じで」


先生は鼻クソをホジリながら恋三を見て、


 先生「伊藤サン(代議士)から聞いた。松本は私の医大の後輩だ」

 恋三「あ〜あ、そうだったんですか」

 先生「そうだったんですか?」

 恋三「あッ、いや、勉強になります」


先生は恋三をキツイ目で見て、


 先生「私の名刺を持って家に行って来い」

 恋三「ハイ!」


先生はテーブルの上の名刺箱の蓋を開け、名刺を一枚取り出すと、裏に一筆したためる。

そして恋三に、


 先生「コレを持って直ぐに行け。住所は・・・」


背広の内ポケットから議員手帳を取り出し数枚捲る。

そして、机上のメモ用紙に走り書きをする。


 先生「・・・確か、まだここに居るはずだ」


一枚をちぎり恋三に渡す。


 先生「オマエなら出来る」

 恋三「ハイ!」


その一言を残して先生は、ソファーを立って応接室を出て行く。


結城と恋三はソファーを立って先生の後ろ姿に、


 二人「行ってらっしゃいませ~」


松永は事務室の椅子を立って、


 松永「行ってらっしゃいませ」


先生は事務所を出て行く。


 恋三「あれ? 車は」

 松永「党本部だから歩いて行ったんでしょう」


 事務机の電話が鳴る。

松永が受話器を取る。


 冨田「医政局の冨田です」

 松永「あ、お世話になります。今、結城に代わります」

 冨田「いや、恋サン居(オ)りますか?」

 松永「あ、桃井ですか? 居ります。少しお待ち下さい」


松永が応接室で寛ぐ結城と恋三を見て、


 松永「恋サン、 冨田さんから二番です」

 恋三「えッ! 冨田さん?」


松永が電話を応接室に切り替える。

恋三が受話器を取り、


 恋三「イヤ~、先程は突然ですいませんでした」

 冨田「松本先生は今アメリカに行ってます。戻って来るのは週明けみたいです」

 恋三「週明け? ・・・四日後か」

 冨田「大丈夫ですか? 逝っちゃうとか・・・」

 恋三「いや、まだそこまでは・・・。分かりました。有難う御座います。あ、ゴルフの件、結城に聞いたたら私も同行して良いと言ってました。楽しみにしています」

 冨田「そうですか。じゃ、また・・・」


冨田のそっけない返事で電話が切れる。


  四日後の午後。

松本邸の応接室である。

恋三と松本(松本庸動・順天堂循環器部長)がテーブルを隔てて話しをしいる。

テーブルの上には恋三の名刺が。

松本は猫を抱きながら、


 松本「そうですか。門松くんが財務の副大臣に・・・。やはりお金に興味が有るんですねえ」

 恋三「いや、それ程でもないみたいです。本人の座右の銘が『愛と灯』ですから」

 松本「愛と灯? ハハハ、門松くんらしいや。昔から彼は直情派(カリスマ)のロマンティストだったからなあ」


松本はテーブルの紅茶を一杯飲み、


 松本「じゃッ、その方のカルテとMRIを医局の私宛に廻してくれますか。それを見て判断しましょう」

 恋三「えッ! やって頂けるんですか?」

 松本「死んでしまったら、もともこもないじゃないですか。私の座右の銘は『人助け』ですから」


恋三は感動してソファーを立ち、松本と熱い握手を交わす。


 恋三「お世話になりま~す」


 会館事務所の応接室で結城が立ってコーヒーを飲みながら、向かいの第二議員会館の五木田事務所を見ている。


恋三が事務所に戻って来る。


 松永「あ、恋サン。お疲れ様です」

 恋三「いや~、歩道で僕の肩にカラスが糞をかけて行きやがって・・・」

 松永「あら、ホント。ウンが向いて来たんですね。今、拭き取りますからちょっと動かないで下さい」

 恋三「あ、すいません」


松永はティシュを水道で濡らし肩の糞を拭き取る。


 松永「・・・ここまでしか取れませんねえ」

 恋三「あ、有り難うございます。後はクリーニングに出しますから」

 松永「恋サンは彼女、居ないんですか?」

 恋三「彼女? いや~、そんな言葉久しぶりに聞きました」

 松永「忙しいですものねえ」


と、応接室から結城の声が、


 結城「おい! 何をしている。早く来い!」

 恋三「あ、ハイッ!」


恋三が応接室に入り、静かにドアーを閉める。

結城は立って、コーヒーカップを持ちながら、


 結城「どうだった」

 恋三「バッチリです」

 結城「バッチリ?・・・」


疑いの目で恋三を見る結城。


 恋三「至急、カルテとMRIを廻してくれと」

 結城「カルテとMRIを廻せ? ・・・ヨシッ! デカした。背広買ってやる!」

 恋三「本当ですか?」


結城は第二議員会館の五木田事務所を睨んで独り言。


 結城「・・・これで門松の株も盤石だ。五百、いや千は堅いな」

 恋三「秘書の仕事って面白いですね」

 結城「うん? 何か言ったか」

 恋三「いや」

 結城「ああ、この仕事の事か? ヨロズ屋だ。オヤジがよく言ってるだろう。魚を待ってる人が居たら魚を売りに行く。ゴム紐が無ければゴム紐を売りに行く。死にそうな人が居たら親身に成って話しを聞いてやる。『愛と灯』が無ければ金も票も集まらない。俺達はただのメ・カ・ケだ! そんな光輝く菊のバッチを裏で支える『カバン持ち』よ」


結城は『サラリ』と言ってカップのコーヒーを一口、口にする。


 恋三「なんかどっかで聞いた様なセリフですね」

 結城「うん?」


結城が恋三を睨む。


 恋三「あッ、いや、格好良いっスね」

                         続く

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