やっと解放された
外はすっかり暮れて、月が笑っいてる。
門松ビルの駐車場である。
先生は車内で事務所用のゴムのサンダルに履き替えながら、
先生「お疲れさんねえ」
恋三「はい。勉強になります」
先生「ベンキョウなんかに成るのか〜?」
先生は運転席を抱く様にして、右手の指先に一万札を摘み、恋三の頬をピタピタと仰く。
恋三は驚いて、
恋三「えッ! 残業代ですか?」
先生「何ッ?」
恋三「あ、失礼しました。『秘書は食わねど』です」
先生「?・・・君、アタマは大丈夫か? 時々、奇妙な事を言うね。『コレ』でスタミナを付けなさいと言うのだ」
恋三「あッ! なるほど」
先生「ナルホド?」
恋三「あ、すいません。勉強になります」
先生は後ろの席から恋三を睨む。
先生「・・・それから、寄宿舎の風呂は壊れているから銭湯に浸かって来なさい。飲み屋なんかに行くんじゃないよ」
恋三「えッ? あ、はい」
恋三は有り難く一万円札を頂戴する。
そして、
恋三「あの、さっきの婦人部の会合でこんなモノを預かったのですが」
恋三は封筒を先生に渡す。
先生は封筒を取って、
先生「うん?・・・陳情かな・・・」
ページが変わって、朝の永田町である。
恋三は群馬の事務所から『会館事務所』に戻って来た。
元気よく事務所のドアーを開ける。
恋三「おはよう御座います!」
松永は久しぶりの恋三の顔を見て、
松永「あ~ッ、 恋サン!」
恋三「恋サン?」
松永「地元では、恋サンって呼ばれてたんですって?」
恋三「あ~あ、博子さんですね」
松永はニッコリ笑って、
松永「お疲れ様でした。結城さんがお待ちですよ」
恋三「本当ですか?」
松永「本当ですよ~。・・・大丈夫でした? 点数」
恋三「あ~あ、免許ですよね。皆んなが免許の事を聞くので何かと思いました」
松永「皆さん地元に行くとアレでとても苦労してるみたい」
恋三が応接室のドアーをノックする。
結城の渋く、気だるい声が。
結城「あ~い」
応接室のドアーを開けると、結城が上座のソファーに座り、新聞を見ながらコーヒーを飲んでいる。
恋三は姿勢を正し、
恋三「ただ今、戻りました」
結城は恋三を見て、
結城「おう? おうおうおう! お疲れお疲れ。良かったなあ、運転手が見つかって」
恋三「ハイ!」
結城「うんッ? 良い返事だな。だいぶ秘書らしく成って来たじゃないか。ハハハハ、まあ座れや」
恋三「はい、失礼します」
結城は両手を大きく上げて伸びをする。
結城「あ~あ」
そして鋭い目で恋三を見て、
結城「で、その陳情書ってヤツ、見せてみろ」
恋三「はい」
恋三は懐から封筒を取り出し結城に渡す。
封筒から陳情書を取り出し、テーブルの上に広げる結城。
結城「おい、ドアーを閉めろ」
恋三「あ、はい」
恋三はドアーを閉めてソファーに座り直す。
結城は黙って広げた陳情書の内容を一読する。
結城「・・・ほ~う」
恋三「その『戸倉みち子』さんて知ってますか?」
結城「戸倉? トクラ、トクラ・・・オヤジ(先生)の関係かな?」
結城は席を立って代議士の机上の受話器を取る。
短縮ボタンを押して、
結城「・・・もしもし、ヨネさん?」
ヨネ「あいよ」
結城「憲護だけど」
ヨネ「うん。どうかしたかい?」
結城「戸倉みち子って知ってるかい」
ヨネ「トクラミチコ? なんだいそりゃ」
結城「陳情らしいや」
ヨネ「チンジョウ?」
結城「うん。戸倉って女からだ」
ヨネ「若いのかい?」
結城は受話器を手で塞いで、
結城「おい、その女は若けえのか年寄りか?」
恋三「メガネを掛けた中年の女性でした」
結城「中年の?」
塞いだ手を外し、
結城「もしもし、メガネを掛けた中年の女らしいや」
ヨネ「中年の女? トクラ、トクラ・・・。あ~あ、沼田に一人居るよ。養豚組合の専務理事が戸倉耀蔵って云うんだ。たしか、そのカミさんじゃないかな? ただ、その人は五木田派だよ」
結城「ゴキタ!? 五木田ん所で処理出来できねえのか?」
ヨネ「ありゃ~、ダメだ。最近、評判の悪りいこと。よく動く秘書をクビにしちゃったんだよ」
結城「よく動く秘書? ・・・金子か?」
ヨネ「そうだよ、可哀そうに」
結城「クビって何で?」
ヨネ「交通違反らしいや」
結城「・・・面白れえ。票の半分取っちまおうか」
ヨネ「ま~あ、ヤルんだったら今だね。で、戸倉がどうかしたのかい?」
結城「旦那(燿蔵)の心臓がイカレたらしいや」
ヨネ「あら、そら~、気の毒だねえ。何とかならないのかい」
結城「何とかするんだよ。恋三が良い話しを持って来てくれた」
ヨネ「恋サンかい。あの子はよく動く子だ。門松も褒めてたよ」
結城「恋サン?」
ヨネ「こっちじゃ、恋サンで通ってるんだよ」
結城は恋三を見て、
結城「へ〜、恋サン。オヤジが褒めてたか・・・」
ヨネの話しを聞いて感心する結城。
結城「おい、忙しいから切るぞ」
ヨネ「あいよ。インフレに気をつけるんだよ」
結城「インフレ?」
ヨネ「インフレエンザだよ。流行ってるらしいじゃないか」
結城「あ~あ、インフルエンザね。あっちこちで咳払いしてる議員が居るからな」
結城は受話器を置く。
恋三「どうかしました?」
結城「オメ~は大したもんだ」
恋三「え? 何か・・・」
結城「あのオヤジ、オメーの事ベタ誉めだぞ! その陳情、頑張れや」
恋三「イヤ、そんなあ~。僕一人じゃ」
結城「バカ野郎ッ! 俺は金集めで忙しいんだ」
恋三「僕、陳情処理なんて初めてですから」
結城は仕方なく、
結城「分かったよ。俺が線を引いてやるよ」
結城は応接室のドアーを開けて、
結城「松永くん! 厚労省の冨田係長につないでくれる」
松永「はい」
恋三は結城を見て、
恋三「ありがとう御座います」
結城は恋サンをキツイ目で見て、
結城「まったく面倒見切れねえよ。恋サン」
事務室から松永が、
松永「結城さん、二番、冨田係長さんです」
結城「あいよ~!」
結城は代議士の机上の受話器を取り、ボタンを押す。
結城「イヤ~、いやいや、お世話になりま~す。結城で~す。どうですかスコアーは?」
受話器から冨田(冨田優作・厚労省医政局係長)の声が。
冨田「え~え?・・・最近右肩が上がっちゃって。シャンクしちゃうんですよ~お。どうしてだろう・・・」
結城「右肩上がり? そりゃあ、良い事じゃないですか。ハハハ」
冨田「話を茶化さないで下さいよ。本当に悩んでるんだから」
結城「ああ、失礼しました。そりゃイップスですよ。また沼田を取りましょうか」
冨田「そうですねえ。治りますかねえ」
結城「 簡単ですよ。精神的な問題だ。ハハハハ。それはそうと冨田さん、心臓の名医を誰かご存知ありませんか」
冨田は驚いて、
冨田「えッ! 門松先生ですか」
結城「いや、門松の後援会長なんですよ」
冨田「あ~あ。それなら順天堂の松本先生が良いですよ。伊藤先生も生還しましたから。ただ、順番がねえ・・・。ちょっと聞いてみましょうか」
結城「あ、いや~、お世話になりま~す」
結城は受話器を置く。
恋三が結城の顔を見ている。
結城「はい、ここから先は恋サン。冨田係長の所に直ぐに行きましょう。以上ッ!」
恋三「え?」
結城「教えた通りにやるんだ」
恋三「まだ何も・・・」
結城「いいから、早く行け! 戸倉の心臓が止まっちゃうぞ」
恋三「・・・はい」
恋三は気が進まない返事を返す。
続く




