五十二 小さな夢
「ねぇじゃあ次はどこ行く?ゲーセン?」
死神が目を光らせてしょうじを見上げる。
「着いてきな」
しょうじも近所に帰ってきて少し自慢げに案内をする。自分の住んでいる街を紹介、案内しているような気分でとても心地が良い。
大通りに面する中華料理チェーン店から歩道を歩く。沢山の車が走っている。その中で、オレンジ色の車が大きな音を立てて通り過ぎる。後ろの大きなリアウィングがぐらッと揺れながらパァンという爆発のような音が聞こえる。
「なにあれー!かっこいいね」
「あれはだな、全輪駆動のスポーツカー。あれは1998年式、四気筒の……」
「く、詳しいんだねショージ」
しょうじの分野が発動してしまい、死神に中断されるまで一人の世界に入り込んでいた。死神が割って入らなければ、彼は永遠に話続けていただろう。死神もまたそれを察して、申し訳ないと思いながら彼の説明を止めさせた。
「あ、ああ。何せ子供ん頃からの夢でな。普通の人なら豪華な高級車を夢見るんだろうが、俺はただ家族が持てつつ楽しめるあの車に憧れたんだ。あれなら現実的で叶えられる夢かと思ったんだが、見ての通り、今の暮らしじゃ軽すら叶わないからな……」
「そうなんだ……」
明日殺す予定の人間に、努力すればいつかは手に入るよ!なんて言えるものか。死神は心の中で自分を責めた。この夢を見なさそうな人間の、しょうじのただ一つの夢かもしれない。彼はとうに諦めたと見えるが、最後のチャンスを死神が明日きっぱり切り落としてしまうのだ。
「まっ、どうせ明日死ぬしな。正確には零時だから明後日か?」
しょうじは明るそうだ。外から見ても、ここ六日間ずっと見ていても、やはり死神にはこれから殺されると分かっている人間には見えなかった。
「そ、そうだね。うん。そうじゃん」
先のスポーツカーはとっくのとうに見えなくなっていたが、死神は目で追うように道路を見ていた。
「ゲーセン行くか。あの変なぬいぐるみっぽいのあるかも知んないぞ?」
「変言うなぁ!早く行こっ、ショージ!」
死神は自分の頬を叩くと、しょうじを引っ張って行った。
「ちょっ、早いわ!お前どっちか知らないだろ」
「早く連れてってショージ!」
「あっ」
しょうじがピタリと足を止める。
「その前にここ入っていいか?」
死神が看板を見ると、そこは本屋だった。本屋で死神に浸かれている人を彼女は見たことがないため、少し安心して彼女は頷いた。
これもまたしょうじの好きなものを知るチャンス。彼が死んではどうともならない。だが死神は魔界の記録だけでなく、本人から彼がどんな人なのかを知りたい。しょうじのことがしょうじ自身から知りたい。その様なことを誰かに思ったのが死神になってからこれが初めてだった。
しょうじは中に入ると沢山の本の背表紙を撫でながら、一冊を手に取った。死神から見えるのは、車の表紙の本だった。カタログか何かだろう。
「ショージはどんなジャンルの本読むの?」
死神が思い切って聞くと、しょうじは開いていた冊子を閉じ、元あった場所に戻すと小説のセクションに移動した。
「んー、やっぱファンタジーかな。現代と異世界とかはあんまり気にしないけど、非現実的なのがいいな。穏やかな日々にありえない展開。その現実逃避が俺の癒しなんだよ。日常にスパイスを入れたようにな」
彼は高い本棚を端から端まで何往復も目を通した後、一冊を手に取った。
「これとか好きだったな。随分と前に立ち読みしたんだ、これ」
「へぇ……どんな本?」
「えっと、魔王がコンビニで働くみたいな?そんな感じだった気がする」
「面白そうじゃん。うちもやってみようかなぁー」
「お前には絶対無理」
「えぇ?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでー!」
「金無くしたり、計算狂わせたり、客にちょっかい出したり絶対お前には無理だね」
「えぇー、ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひーどーい!」
死神がしょうじの手から本をサッと取り上げる。
「ちょっと!」
「こんなポンコツ魔王がコンビニで働けんならうちだって……」
「いやお前はポンコツとかいう次元じゃないからな」
「いやいやなんで!」
「貧乏死神なんだろ?魔界のコンビニででも働いとけよ」
「人を殺すのが生計なのー!ショージのあと願い叶えてもらうのと大金ごっそりもらうんだから!そしたらうちのこと貧乏死神ってバカにした奴を!バカにした奴を……」
「どうした?」
しょうじは急に静まり返った死神を見つめる。
「いいや。もうゲーセン行こうよショージ」
「一冊も読んでないけどな。立ち読み楽しいのに」
「いいって!早く行こうよー!」
「全く、今日のお前ほんとジェットコースターみたいだぞ。行くか、ゲーセンに」
「ぬいぐるみ!ぬいぐるみ!ぬいぐるみぃ!」




