四十八 戻る日常
さっぱりした風呂上り。この時必須なのはそう、牛乳である。
しょうじは待合室のベンチで本棚から漫画を取り、小さな瓶から牛乳をちょっとずつ飲みながら死神を待っていた。
「うちもそれ欲しい!ねぇショージだけずるーい!」
見上げると、死神が戻っていた。相変わらずすっぴんは見られない。メイクが取れないようになっているならこれがもうすっぴんと呼べるだろうか。そんなことを口にしたら周りの女性に怒られてしまう未来が見えたしょうじは、そんな考えを心の奥底にしまっておいた。
「分かったよ、買ってやるって」
「よっしゃ!何読んでんの?」
死神がしょうじの開いている漫画を覗き込む。
「ああ、ここに置いてあったから待ってる間読んでただけだ。お前が戻って来たんだから牛乳飲んだら行くぞ。今夜はしゃぶしゃぶだからな」
「ふーん。しゃぶしゃぶ良いじゃん!で、どんな話なの?その漫画」
しょうじは立ち上がり、漫画を閉じると本棚へ順番通りに戻した。財布を開いて自動販売機まで移動する。
「なんか異世界から来たエルフが帰れなくなる話。ちょっとどこか共感できるところとかがあって」
「例えば?」
「……ちょっと言えねぇ」
しょうじは死神に二百円渡す。
「好きなの選べ」
「ショージはどれが良いと思う?」
「俺は普通の牛乳だけど。ゴクッゴクッ」
彼は残りの牛乳を飲み干して空の瓶を専用の箱に入れる。
「バナナ牛乳かイチゴミルクが良いんじゃないか?甘いの好きだろ」
「おー、ショージ良く分かってんじゃん!てかバナナは牛乳で日本語なのにイチゴはミルクって英語なんだね」
「俺に聞くな。選んだか?」
「うん!イチゴミルク~」
死神が硬貨を入れると音と共にボタンが光り、それを押した時にアームが牛乳瓶を取ってくる。
「おお!やばいねこれ!」
死神がものすごく嬉しそうに見ていた。
「うまいか?」
イチゴミルクを飲む死神に尋ねるしょうじ。
「しっ!今味わってんだから」
「髭できてるぞ」
「えっ、嘘?!」
死神が必死に唇の上まで下を伸ばし、牛乳を舐めとる姿が可愛らしいと思いながらしょうじは見ていた。
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「急げーっ!」
次にしょうじと死神は予約制のレストランに向かって走る。バスの時刻表を見ていなかったせいで、夕暮れに本数が少なくなることを想定していなかった二人は時間が押していた。
「やばい、もう六時半だ」
しょうじは走りながらスマホを確認する。
「あとどんくらいで着く?」
死神が彼の隣を走る。
「あと十五分弱かなっ」
「ギリギリじゃん!」
そのきっちり十五分後、六時四十五分の予約に間に合ったしょうじと死神がレストランに入り、カウンターのベルを鳴らした。
チーン。
「ギリギリセーフ!」
死神がベルに手を置いたまま息を整える。
「風呂の直後に全力疾走はバカだろ……」
しょうじも息を吐きながら順番待ち用のベンチに腰を下ろして店員を待つ。
「でもそれは誰のせい?ショージのせい~」
死神が弄る。
「まぁ風呂でちゃんとバスの時間考えなかったのは俺のせいだな」
「えっ、嘘!認めちゃったんですけど。ニセモノじゃないの?」
「本物だわ!」
しばらくして二人は席に案内された。
「わぁ肉がいっぱい!焼き肉としゃぶしゃぶってにてるよね」
死神が箸で豚肉をつまみ上げる。
「そうか?」
しょうじも彼女に続いてつまみ上げた。
「あっ、肉が取れちゃった!」
死神が箸を湯の中から持ち上げた途端、豚肉がちぎれて箸には小さな一部だけが残った。
「もう何してんだよ。ほらこうやってな……」
しょうじが手本を見せようとしたとき、彼女を長く見すぎたせいか自身のも落としてしまった。
「ショージ、そういうのフラグって言うんだって」
「うっせぇ黙れ。ハァ喉かわいたわ」
茶色のウォーターピッチャーを持ち上げ、コップに注ぐしょうじ。
「麦茶か最近飲んでないな」
「うち麦茶キラーイ」
死神の言葉にしょうじは目を丸くする。
「お前本当に昔人間だったのか?麦茶が嫌いなんて一体どんな宇宙人だよ」
「なんで宇宙人になるん?!」
しょうじは死神に麦茶を差し出すが、彼女は受け取らない。仕方なく自分だけ注いで飲んだ。
「うおっ!なんだこれ」
しょうじはあまりのしょっぱさに麦茶をそのままコップへ戻した。
「これ麺つゆじゃね?」
しょうじは袖で口元を拭きながら舌に付いた麺つゆを取ろうとする。
「ぎゃはははははっ!」
死神が腹を抱えて笑う。涙が出て椅子から転げ落ちそうだ。
「まじウケるんですけど!やばすぎ!」
死神の笑い声が店内に響く。
「この人麦茶だと思って麺つゆ飲んだんですけど!」
「声がデケェ!まじで黙れよおい!なんでウォーターピッチャーに麺つゆ入ってんだよもう……」
五日目終了。
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