四十六 生と死
しょうじは死神に誘導され、ベンチに座り込む。死神がさっきまで座っていたところには温もりが残っている。
死神はしょうじの隣に座り、ギリギリ方が触れ合わない距離にいる。
「その、あの、死神……」
しょうじが彼女に話しかけようとすると、死神は楽しそうに足をぶらぶらさせながら前の景色を見ていた。
「んー?」
死神は前を向いたまましょうじに反応する。首を左右に振りながら謎のリズムに乗っている。
「いや、うん」
今の死神を見て、喉に出かけていたことをしょうじは言うのを止めた。
「はい、これ」
しょうじが死神の膝に置いたのはギョロ目の鹿キーホルダー。死神が落として行ったものだ。
「あっ、ありがと。えっと……」
受け取る死神だが、このあとなぜ彼女が急に彼を置いて行ったか問い詰められそうで、少し躊躇った。
「言いたいことは分かる」
しょうじが言うと、死神は一瞬心が読まれたのかと思った。
「へっ?」
自分がどうして彼を置いて行ったのか、それについて話されるかと思った。
「今日一日中、朝から変だったからさ。今は元通りそうでよかったよ」
「えっ、ああうん。もう元気だよ。心配しなくっても……」
「うん、ごめんな。俺、ちょっと押してたよな無理に」
「あ、謝るだなんて!別にうち怒ってないよ?」
「それでもだ。俺が俺に怒ってるんだ。実を言うとさ、お前はちょっと特別な気がしたんだよ」
しょうじが自分のキーホルダーをおそろいの服の上で見ながら語る。
「お前が来て、殺されるって話になって、いつの間にかいっぱい旅行してる。結構楽しい、いや一番楽しい旅行だったよ。それも、楽しかった部分には必ずお前がいた。死神ってもんだからさ、俺も嫌われるとか、好かれるとか、何も気にせず開けてすっごい気持ちが良かったんだ。お前も人間だったわけだし、元のお前がきっと中に入ってるんだ。とんでもない奴だからさ、いくら死神でも心があるって、ジェットコースターみたいに気分が上がったり下がったりするんだなって忘れてたみたいだ」
そこまで自分のことを思っていてくれたんだと、死神は顔を赤らめた。自分が殺そうとした人間にここまで気に掛けられて、その上彼女が死神なのに、死んだ身なのに生きているように接してくれる。それが途轍もなく彼女にとって嬉しかった。
「ショージも頑張っててくれたもんね?」
鼻をすすりながら死神は自分の感情を抑える。ここで取り乱してどうするのだ。彼女はしょうじにこれ以上心配させないようにと、嬉し涙も引っ込めた。
「てかそれって……告白?」
「えっ?わっ?ん?そんな、そんなじゃないって!」
しょうじの慌てる姿を見て死神は安心できた。
「ほんとー?ほんとのほんとー?怪しいなぁ……」
死神がしょうじを続けて揶揄う。
「本当だって!うるさいなぁ」
「ごめんごめんめんごめんご~」
「絶対何も微塵にも思ってないわ」
「おうおうショージくん、喧嘩は一日一つで十分じゃん?」
「っ……今回は拳骨を見逃してやるか。喧嘩するほど仲がいいって言うけどな」
しょうじの言葉に死神は立ち上がり、崖端に寄る。
「仲がいい、ねぇ……」
死神の目は寂しかった。しょうじといることが、寂しい。そんな感情を自分でも気づかず抱きながら奈良の街を見下ろす。
「なんかあんのか?」
しょうじが死神の隣に並ぼうと崖に近づく。
「ちょっとショージ!覚えてないの?崖はどっかの死神に崖崩れ起こされて死ぬかもしれないんだから」
死神の注意にしょうじは二歩下がった。
「あっぶね!そうだったな」
未来起こるかもしれない危険を回避したところで、想定外のシナリオに遭遇する。しょうじが振り返った途端、目の前にいたのは雄鹿だった。
「えっ?」
崖から十分に離れていたしょうじは、興奮した鹿の突進にバランスをくずす。
「おわっ!」
両腕を宙に浮かせ、バランスを取ろうと円を仰ぐ。
しかし追い打ちをかけるように鹿がまた突っ込んできて、しょうじにとどめを刺した。鹿の角に押され、しょうじは二メートル先の崖から落ちてしまった。
「こんな……ひでぇ」
しょうじは何かを掴もうとするが、何もつかめない。そのまま落ちるしか……
「ショージ!」
死神が猛スピードで崖を追いかけ、しょうじに追いつく。
「うちに捕まって!うちが下になればいいから!」
死神がしょうじの服を掴み、自分を下にして両腕と両足を絡める。急降下で堕ちていく二人は途中で地面にぶつかりそうだった。
その時突然自分が下だったはずの死神が上に来ていた。しょうじ本人が、生身の人間の彼を無理やり下にし、上を死神にしたのだった。
「ショージっ?!」
すぐに背中を山の斜面に叩きつけられ、死神としょうじは二人一緒に抱き合いながら転がり落ちていく。
やっと止まり、しょうじが痛みと疲れで休めると思ったその時。
「大丈夫か、死神」
パチィィィン!
頬がジンジンと痛い。彼を見下ろすのは怒った顔の死神。しょうじは訳が分からぬという顔で彼女を見つめ返した。
「あんた死にたいの?!」
あと二日で彼を殺す人が言ってもあまり説得力はないが、事実そう思われるだろう。死神を下にしていれば二人とも無傷で助かったはずなのに、しょうじはわざと自分自身を犠牲にした。
それはしょうじの背中を傷めても、傷んだ二人の関係を強く繋いだ。
「バカ……ショージを殺せるのはうちだけなんだかんね?」
そのまま死神はしょうじの上に倒れ込み、彼の両腕が彼女を抱える。
「ありがと。バカショージ」
最後に死神が言うと、彼女は彼の胸に頬を擦り付ける。死神なのに、しょうじに守られたことが、大切にされているようで凄く嬉しかった。
涙が流れ始める。この時、死神は明白にしょうじを生かしておいたことを後悔していた。
「全く……いつも一言余計なんだからさ」
しょうじは優しく彼女の頭を撫でる。薄々気づいていたことだが、やはり彼女に体温はない。こんなになってまで、殺さなければならないしょうじを助けるために飛び降りてくれた。自分なんかよりもよっぽど生きるにふさわしい。そうしょうじは思っていた。そんな彼女の手が冷たい。頭が冷たい。密着して乗っているのに、暑苦しくない。
二人は互いに見られないように涙で視界を曇らせて顔を伏せた。




