四十三 何がしたいの!
死神はそのあと楽しもうとした。また、しょうじも彼女が楽しんでいるか確認する。
鹿と並んで変顔の写真を撮ったり、暑い中溶けて手をベトベトにするソフトクリームを食べたり、謎の目の飛び出た鹿のキーホルダーも買った。
「あ、可愛い」
死神がそう呟くので、しょうじは自分のやっていることが正しいと思えた。
「ほら、服と一緒にキーホルダーもお揃いだな」
昨晩、死神があまりにもUSJで買った服を気に入っていたので、しょうじが二人の服を急いで洗ったのだ。そして、キーホルダーをリュックに付けたしょうじが死神のポーチに付けようとする。
「ほら、その魔法のポーチみたいなの出してくれよ」
「うん」
カチャリとフックを通し、死神のポーチにもびっくりしているような鹿のキーホルダーが着けられた。
「ありがと……」
「よし、じゃあ次は東大寺に行ってみようぜ。ならと言えばこいつと奈良の大仏だからな。多分……あとは鹿か」
二人は奈良公園から駅まで歩くが、しょうじは死神がいつもよりも後ろで歩くような気がした。歩きにくいほどくっ付いて次のアトラクションを楽しみにしていた昨日の彼女とは別人のように。
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「東京みたいな感じでこいつも東がついてるから大寺の東だと思うか?西大寺もあるのかな。寺とか詳しくないから知らんがありそうだ。北と南もあったら面白いな。なぁ死神」
大きな寺を見上げながら、しょうじは死神の肩を軽く叩く。
「へ?あ、うん」
死神は先ほどのキーホルダーを握っていた。
「おっ、気に入ったか?」
「うっ、まぁ、うん」
次に奈良の大仏。仏教のシンボル、そして日本一の大きさ。仏教を信じないしょうじだが、この大仏からは魂を見透かされているような凄まじいパワーを感じる。夢に出てきそうで怖い。
しょうじと死神はアングルを使って巨大な奈良の大仏を持ち上げたり、潰したりしているポーズの写真を撮る。
「おお、結構いいんじゃないか?死神が仏像を食べてるように見えるぞ!」
しょうじが無理やりにでも、普段エネルギーいっぱいの死神を真似るように盛り上げようとする。だが、死神もまた、全ての写真で無理やりにでも作り笑顔をし、しょうじはそれを知っていた。どの写真でも彼女の考えは上の空。しょうじと一緒にいないかのようだった。
「そうか、悪かったな。奈良は今日と明日の昼くらいまでしかいる予定なくってさ。いる時間が短いから予定詰っめ詰めで回るところ決めてたんだけど、もっとゆっくり見たいよな。このあとの予定はいいよ。やめだ。死神、お前が生きたいところにしよう。な?」
しょうじが自分のスマホで奈良の観光スポットを調べ、死神に渡す。
死神は受け取るなり、すぐに彼に返してしまう。
「もういいのか?」
「しょうじの行きたいところでいい」
死神はキーホルダーを握りつぶしてしまいそうだ。
「ど、どうした、具合悪い?暑いもんな、ちょっと休むか?」
しょうじが死神の顔を覗き込むと、彼女はそっぽを向いた。
「ううん、大丈夫だよ」
「そ、そうか?あ、分かった。朝ご飯も、昼ごはんもまともに食べてないから不機嫌なんだ?待ってろよ、きっと近くに良いレストランがある……和食でもいいな、奈良は」
「……」
「あっ、死神は何の気分だ?」
「……」
「ほら、この景色とか綺麗じゃん。」
「……」
「ここも人気らしいぞ。」
「……」
「じゃあ甘い物でも食う?」
「……」
「鹿もう一回見に戻る?」
「……」
「死神?」
「……いい」
「え?」
「いいってば」
「ごめん、死神。なんて?俺どうしたらいいか……」
「だからいいってば!」
死神はただ地面を見ている。
だが、朝からの積み重ねのせいで、その言葉はしょうじに深く刺さった。
「は?なんだよ!俺がこんなにやってやってんのにさ。逆ギレか?マジでなんなんだよ!」
しょうじが両腕を挙げて死神を怒鳴りつける。
大きな声に死神は目を瞑ってしまう。
「あうっ……」
死神が鼻をすする。目が赤くなり、今にも泣きだしそうだ。
しょうじは少し落ち着いたはずだったが、周りの人がジロジロ見てくるのが気に食わなくて、また苛立ってしまった。
「女はいいよな、泣きゃ勝ちなんだからさ!俺が泣いたら変な奴だとしか思われないだろうにっ!」
思わず口走ってしまう。
呆れた顔でしょうじは死神に背を向ける。こちらからも彼のことを見ている人が沢山通り過ぎる。
死神のしゃっくりが背中の後ろから聞こえる。
死神は涙で滲んだ視界の中、しょうじの背中へ手を伸ばした。指先が震えている。蒸し暑い夏なのに、乾燥した唇。開きかけた口の隙間からはただ空気が通る。
「いい加減泣き止んでくれたら……」
しょうじが振り返った時、半秒前まであった死神の気配が姿ともにその場から消えていた。
「おい!」
彼女を呼ぼうと、背伸びをし、辺りを見渡す。
しかし彼女らしき人物は見当たらない。
振り返っても、あちらを見ても、こちらを見ても、彼女の姿はない。
ただ、彼女が立っていたところに、土埃を被った鹿のキーホルダーが落ちている。
「死神……」
彼女を小さく呼びながらしょうじはしゃがみ込み、そのキーホルダーと自分のリュックについている全く同じキーホルダーをぎゅっと握った。
「俺は、俺はどうすれば良かったんだ?教えてくれ……教えてくれよ、死神」
しょうじの膝に、一滴の涙が垂れた。
「ちくしょう……なんで俺は……なんて俺は……」
暑い夏。湿気で蒸し暑い曇りの日、しょうじのつま先にひんやりとした感触が流れる。
彼は、再びひとりになった。




