四十二 奈良公園
朝になると、しょうじと死神の二人は奈良行きの電車に乗っていた。始発のため、車両をまた独り占めしている気分だ。まるで電車が自分のためだけに走っているかのように。
「ずっと背中側変に凹凸してるなと思ったらやっぱり入ってたのかよ」
しょうじは背中に一番近いリュックのポケットから取り出し、死神に見せてみた。
彼女は花火を見ると、ふふっと小さく笑っただけで再び窓の外へ視線を戻した。
なんだか気持ちの悪い朝だ。まだ丸三日残っているというのに。それとも……
「なあ死神、まだ朝食べてないだろ。最後のグミ一袋あるんだけどさ」
しょうじは袋を開ける自分を止め、破り目の入った袋を死神に渡そうとした。
「ううん、大丈夫。ショージが食べてもいいよ」
しょうじはきょとん、として袋を差し出すのを止めた。
「そ、そうか」
グミを一つずつ食べながらも、しょうじは死神から目を離さない。
「メロン味かー。なあ、本当にいいのか?」
「うん」
少し強めの返事に嫌味を覚えながらも、彼女を邪魔しないように一人で食べ終えた。
電波の弱い山奥の電車。死神と向かい合わせ。しょうじは話しかけることに抵抗があり、時にスマホの画面から見上げて彼女の顔色をうかがうも、大半の時間をスマホの設定画面で過ごした。
「あ、着いたっぽいぞ」
どこかボーっとしている死神をホームへ連れて行く。大阪からの移動時間のせいで、着いた頃にはラッシュアワーになっていた。空っぽの電車に人の波が入るのを避けながら改札まで歩いていく。
「おい死神、ここピザあるっぽいぞ?」
駅の中にある小さなピザ屋を指して、しょうじが死神に教える。
「えっ?あ、うん。食べれば?」
「え?」
「え?」
「いやだからお前が食べたいか聞いてるんだって」
「あ、そうなの。じゃ、じゃあちょっとだけ」
「どうしたんだぁ?死神の癖にお腹がいっぱいなのか?昨日の夜のが消化できてないんじゃないのぉ?」
しょうじは死神をからかってみるが、彼女の反応がないと見て止めてしまった。腕の力が抜けて口が下がる。
「ちょっと……そういう気分じゃないだけ」
小さな六枚スライスのピザを買ったものの、死神は冷めた一枚しか食べなかった。朝だし、天気も曇りだし、気分がよくないのではないかと気にするしょうじだったが、声をかけても返ってきたのは「大丈夫」。
「ほら、奈良公園だぞ?」
しょうじは公園に入るとすぐに大量の鹿を目にする。
「え、あ、そうだね」
そんな死神を元気づけようとしょうじは鹿煎餅を数枚買ってきた。
「ほら、食べさせてあげなよ」
しょうじが自分で鹿に食べさせたから死神にもやらせようとする。目の前の鹿が煎餅を地面に落とし、ペロペロと舐めている。
「お前なら万が一噛まれても痛くないんじゃないか?まあちゃんとやれば噛まれることはないんだろうけど」
しょうじは彼女に煎餅を差し出す。
「しょうじがやった方がいいよ。しょうじのお金なんだし」
きっぱりと死神に言われ、少しカッとなったが、彼は抑え込む。深呼吸をし、気分が悪いであろう彼女を元気づけるために笑顔を作る。
「ちょっと早いけど、昼何食べたいとかあるか?奈良の名物調べてもいいしさ、何なら一食くらい全部お菓子やスイーツなんてのも良いんじゃないか?」
「しょうじが決めていいよ」
ここまでくると、本当に何かあったんじゃないかとしょうじは思うようになった。
「……なあ、俺なんか言っちゃったか?もしそうだったら謝っておきたいんだけど……俺が何をしたか知らないが、傷ついたなら教えてくれてもいいんだからな?」
「ううん、しょうじのせいじゃないの。あ、いやしょうじのせいだけど……」
死神がボソボソと声を小さくする。
「忘れて!楽しむから。大丈夫だって、もう大丈夫」
「そう……」
死神を信じ、彼はもう一度鹿煎餅を渡す。
彼女が魂の抜けたように無表情で鹿に食べさせるところをずっとしょうじは見つめる。五日目の朝、それは今までとは別人の死神のようだった。




