四十 忍び足
「もう真っ暗だな、空」
息を吐きながらしょうじは背中を丸める。近くのベンチに腰を下ろすと、死神が隣に座った。
「結局何も乗れなかったじゃん!」
死神は怒っていたが、明らかに気にすべきことが他にあった。
「ところで、誰もいないな……」
しょうじは屈んだり、座ったまま背を伸ばそうとして階段の上や建物の下に目をやった。それでも人影はゼロ。
「結構奥まで行ってたかんねー。もう閉園なんじゃん?うち夜ご飯食べてないから早く行こー」
「お前、お腹空いてるとかじゃなくてただ食べたいだけなくせに……」
死神が立ち上がってストレッチを始めた瞬間、園内の電気が一気に消える。
「わっ?!」
辺りが真っ暗になり、目が慣れるまでの間二人は動けなかった。
「ショージ?まだいるよね?」
「……」
「ショージ?ねぇ!」
「……」
死神が前に手を伸ばし、先ほどのベンチがどこにあるかを探る。
「ねぇショージ、置いてかないでよぉ……」
彼女の指先が何かに触れる。
「ギャッ?!」
「俺だって」
「ねぇ、は?」
「悪い悪いって、ちょっと揶揄いたかっただけだよ」
「辞めてよー。てか早く出るよショージ、あんたの夜歩きは他の人よりも危ないんだから」
「おう」
転ばないようにゆっくりと階段を上がると、ひとまずメインエリアに戻って来た。
「あっちだった気がするな」
しょうじが指差す方向から懐中電灯の光が見える。
「おっ、警備員だ!助かったー!」
飛び出そうとするしょうじをしにがみが押さえつけ、口を摘む。
「んんー、おい、何すんだよ!」
「しーっ!他の死神が化けてたらどうすんの?!」
「……そ、そうか。ここで見つかったら旅行が終わりで即牢屋かもしれん」
「でしょ?そんなことになったらあと三日鉄格子の裏で待機なんてうちやだかんね?そんなつまんないの」
「俺もそんな最後は嫌だな。遊園地から帰り忘れただけで実質死刑だからな」
しょうじたちはすぐにポップコーンスタンドの裏に身を隠す。
「誰だ!誰かいるのか?」
懐中電灯と共に足音が大きくなる。
しょうじと死神は息を止める。
お腹が鳴りそうなのを、背中を丸めて必死に抑えようとするしょうじ。お腹の空かない、そもそも体のあらゆる音を出さない死神に比べて、動いたときに靴がコンクリートの上で滑る音や最悪のタイミングで鳴る関節に気を付けなければならない。
空腹を何とかするためにこっそりこのポップコーンスタンドから何か取れないだろうかとしょうじはポップコーンスタンドの車を見上げる。メニューにプレッツェルがあったような気もする。
「うーん、なんか鳥の音だったのかな……」
警備員が頭を傾げて、首に手を当てる。
後ろを向いた警備員の姿をこっそり確認すると、しょうじは頭を引っ込めて安堵した。
「と、どこぞの映画みたいに言うと思ったか!」
警備員が突然振り返り、またもやポップコーンスタンドの近くまで来た。背伸びをし、ポップコーンスタンドの中を確認する。
「どうせ、お腹を空かしたホームレスかなんかが潜んでんだろ?この裏か?」
警備員がポップコーンスタンドの裏に回ると、しょうじは目を瞑って口を押えた。
「ここだな!」
幅跳びのようにジャンプして、警備員はポップコーンスタンドの裏にいる誰かを脅かそうとした。しかし、後ろには誰もいなく、ただコンクリートの歩道があった。
「ありゃ、誰もいない。じゃあほんとに風かなんかの音だったのかぁ……」
しょうじは直前にポップコーンスタンドの下に体を平らにして潜り込んでいた。すぐ隣にあった警備員の茶色の靴が光を失い、声と共に暗闇に戻っていくのを確認して体をねじりながら出てくる。
「あ、危なかった……俺の母親だったら筋肉の軋む音とか何とか言って見つけ出してくるだろうな」
しょうじは思い出し笑いをしそうになったが堪えた。
警備員は間違ってはいなかった。彼には見えなかっただけで、ポップコーンスタンドの裏にはちゃんと死神が立っていた。また、彼女もポップコーン狙いだ。
「やっぱり塩味は最悪だね」
引き続き慎重に進み、建物に体を沿っていくと、やっとのことで園の入り口までたどり着いた。
「あとはこの柵を超えるだけだな」
警備員が向こうにいれば、鉄フェンスを上ることくらい楽勝である。
「ふぅ……あとはできるだけここから離れるか。捕まる前に」




