三十七 びしょびしょ
ジェットコースターからギフトショップへ来るまでの間にひとつ見かけたものがあった。ジェットコースターではない乗り物。それはこの恐竜エリアのまさにあれだ。
「なぁ死神、これなんかどうだ?」
しょうじが地図を指差すと同時に地面と垂直にスマホを持ち、乗り物の方に向けた。
「あんまり混んでなさそうじゃないか?どれどれ……三十分待ちだ!チャンスだぞ?」
「涼めるんだ」
死神はしょうじの読んでいた待ち時間の隣の看板を見る。涼めるので夏にぴったりと書いてあるのだ。
「それなら行くしかないじゃん!」
白い生地のTシャツを風に揺らしながらしょうじを引っ張っていく。
「それで、どれに乗るの?」
列の最後尾に着くと、しょうじが死神のために外を指した。大きな河川路のようなところをボートが流れるように落ちる。水上ジェットコースターは勢いよく水面をかすめ、大量の水しぶきが順番待ちの客の方まで襲いかかる。
「やっばぁ~!ちょー楽しそーじゃん」
死神が言うと、しょうじに渡されたレインコートを見て嫌な顔をする。
「え、ちょっと待ってナニコレ」
レインコートを死神に渡すしょうじは彼女が何を嫌がっているのかを疑問に思い、透明のコートを持ち上げた。
「え、だってずぶ濡れにならないためにさ」
「え?」
「え?」
「うちいらないよ、こんなの面白くないじゃん!」
「ええ~?」
「濡れなきゃ意味ないっしょこれは」
「そうか?」
レインコートを一着だけ戻したしょうじから死神が彼の手から二着目をはぎ取り、列が進む寸前に戻したせいでしょうじがレインコートを取り戻すことができなくなってしまった。
「ちょお前?!」
「へへん、これでショージもずぶ濡れ確定だね!一番濡れるところに座るから」
少し嫌そうにするも、スマホをロッカーにしまって彼女と列に着いて行くしょうじだった。
「多分前の真ん中あたりが一番濡れるぞ」
「それなー」
と、死神が周りの人が話していたのを耳に入れると、順番が回ってきた際、真っ先にしょうじを最前列、死神の隣に座らせた。
「なんで真ん前なんだよ……」
「楽しみなってぇ~きっと涼しいよ?」
「絶対寒いわ」
水上ジェットコースターの乗り物は発射し、ゆっくりと進んでいく。湿気の多い日本の夏だが、こう水辺にいるとよりムシムシしている。
「バッシャーンはまだぁ?」
死神が前に手を伸ばし、水を触ろとする。
「最後の最後だよ」
「えー早く濡れたぁーい!」
死神が手を伸ばしていると係員にアナウンスで注意される。
「手や足、頭は乗り物の外に出さないでください」
死神はピクリと動きを止めて腕を引っ込める。
「はーい……」
ライドの横にはセットが置いてあり、恐竜の模型や近未来の建物や施設などが作られている。
「ワァオ、リアルだねぇ」
少し進むと、この乗り物のロールプレイが発動し、ボートが「禁止エリア」に入っていってしまう。
「あー、うちは手を出しちゃだめだけど、ボートはいいんだ?」
死神がノリノリで楽しんでいる。
「やばいぞー!やばいよー!」
彼女はすごくウキウキしている。
ボートはやがて不気味なくらい通路をどんどん上っていく。
「ここはちょっと怖いんだよな」
しょうじがぼそっと言ったのを死神が聞き取る。
「ええ?ショージ怖いの?これただの乗り物なのに?本物じゃないんだよー?」
「う、うっせぇよ!お前だって……」
その途端、ボートが勢いよく下がり始める。
ガオォォォォォーーーー!
ティラノサウルスの頭部が頭上に現れ、今にも食べられそうになるかと思わされながらボートが急降下していく。暗い通路を抜けてパークを見渡せるいい景色が広がるが、死神は両手を挙げていて、しょうじは恐怖のあまり安全バーにしがみついているのでそれどころではない。
「うぎゃあああああー!」
「わあぁぁぁぁーい!」
二人の叫び声と歓声が重なって、やがて水しぶきの音に打ち消される。
「バッシャーン!」
死神のタイミングの良い掛け声とともに大量の水が二人に覆いかぶさる。まるで大きな津波のように。
「ゴホゴホッ」
しょうじは水を吐きながら死神が濡れた手で彼の膝をペチペチ叩く。
「ほらね?レインコート無しの方が良かったっしょ?」
「絶対そんなことなかったわ」
水が彼らの顎から滴る。
ある程度水を服から切ると、しょうじは死神を見る。
「あっ、ああっ!」
彼がすぐに目を逸らしてしまったので死神が不思議そうに下を見ると……
「あっ!」
彼女の真っ白な服が水にぬれ、完全に透明かのように透けていたのだ。しょうじも透けてはいるが、彼は男でよかったと思うことランキング四位により、透けても問題がない。それに対し、身体はもちろん、心も女性であろう死神は服が透けている。
「きゃっ!」
「ほうほう、そうなっているのか」
しょうじは透けた服の下に見える下着を前にして感想を心の中で述べた。
「ショージ見んなし!」
彼女はすぐに両腕を使って体を隠す。
「変態!」
そう叫んだ死神は、しょうじと共に笑っていた。
彼女はしょうじに背中を向けるよう命じると、先ほどまでの茶色いローブを羽織った。
「身体も濡れてるんじゃ、これくらいしかできないじゃん……」
死神はローブが濡れた服につかないように少し浮かせて歩く。
ライドを降り、ロッカーから荷物を取ると、真っすぐ先にあるのはまたまたギフトショップであった。
「ライドフォト売ってますよ~」
店員の呼びかけに死神が釣り寄せられ、カウンターに置いてある電子画面を触る。
「見て見てショージ!これうちらじゃん?」
死神が腕を縦に振りながら指差したのはボートが滑り落ちている時の写真、死神が両腕を高く延ばしてニコニコしているのに対し、しょうじは口と目を大きく開けて安全バーを固く握っていた。
「うわっ、ブサイクだね~通常時でこの顔だったらパスだなぁ」
「ひ、ひどいなおい。パスってなんだよ」
「それよりさ買うの?」
しょうじは死神に電子フォトフレームで映し出された自分の顔をよく見る。値段にいくつものゼロが並んでいるが、しょうじはポケットの中に手を入れる。
「買うか」
「えっ、嘘?!」
しょうじの決断に死神は驚愕する。何かしょうじが取りつかれたに違いないというような。
「今日ほんとにやばいよショージ!」
「何だよお前、自分で買うか聞いてきたくせに。お前は元からやばいからな」
「たかが四日間の付き合いで決めちゃって~」
「やばくないって言うのか?」
「うちはただショージが高いお金使って写真買うのが変だなぁって思っただけだしー」
しょうじは話の合間に会計を済ませる。
「だって、ここに来たんだって言う証拠を残すんだろ?」
しょうじのその言葉に死神が止まった。
「お、覚えてたんだ……」
「いや昨日だぞ、鶏じゃないんだから」
「読者にとっては十二話も経ってんの!あと鶏が可哀そー」
「分かったよ。ほら、もっと証拠を残しに行くぞ」
「うんっ!」
しょうじは写真を死神に持ってもらうように渡す。その写真のしょうじが一瞬、目の前のしょうじと同じように笑っているような気がした。
そんなふうに笑わないでよ……ショージ。最後が辛くなるってば。




