三十一 痣
しょうじは目を開けた。目の前は中学の景色ではなく大阪。そして横断歩道の真ん中に少女を抱えて座り込んでいた。彼はまだ死んでいなかった。
「死神?!」
死神が彼女の大きな鎌を持ち、両手を使って車を抑えている。鎌が出ているということは、今は他人には見えないということだ。
「お前人の前でいきなり消えちまったのか!」
死神が歩道にいたことを思い出し、今までの経路を考え直す。
「しょうがないでしょ!」
死神が踏ん張ると、車は完全に止まり、彼女は鎌をしまった。
「おい、ここに女の子がいなかったか?」
「あの車急に止まったぞ!」
死神はあたりを見渡した。もう周りの人はしょうじらに全注目を浴びせていた。
「うちここで戻るとまずいからとりあえずどっか逃げといて!」
死神の顔は真剣だった。阿呆極まりない性格だったのが、随分と頼れそうだ。そして、なんだか邪魔してはいけないような感じだ。
「わ、分かった……!」
しょうじは幼女から手を放し、大衆をすり抜けて現場を後にした。
▼▲▼▲▼▲
「ハァ……ハァ……なんとか巻いたぞ。誰も着いてきてないな」
高架下に身をひそめると、死神が影から出てきた。
「いやぁ~とんだ災難だったねー」
死神は明るく言った。本当は彼女が一番しょうじのことを心配していたのに。しょうじ本人よりも、その時は一週間の最後まで生きてほしいと思ったのだ。
「で、レストランはどこ?まだ朝食べてないのにショージいっぱい動いたからお腹ペコペコなんじゃない?」
死神がしょうじの腹を指差す。もういつものテンションに戻っているようでしょうじは一安心した。
死神を連れてレストランの方向に行く。先ほどの交差点のエリアを避けるようにした。
「ショージ、走馬灯見たでしょ?」
「えっ?うん」
「うち、見たことないんだぁ」
死神が後ろから羨ましそうに言う。少し辺りを見回して、キョロキョロしながら続ける。
「走馬灯を見てるような目だったよ、ショージ。どんなだった?いろんな思い出?」
「いや、中学のときにできた痣の」
「あー、あのハゲって書いてあるやつね?」
「しーっ!黙れお前」
死神はクスクス笑いながら続ける。
「あれね、うち聞いちゃったんだけど、ショージ死ぬはずだったんだよ」
彼女の声は明るい。死神だからあんまり気にしないのだろうか。だとしても本人の前ではもう少しもう配慮して話してくれよとしょうじは思った。
「どういうことだ?」
「その痣、お母さんから聞かなかった?」
「うーん」
しょうじは思い出そうとする。走馬灯の続き。
▼▲▼▲▼▲
学校を休み、入院中母が隣にいた。確か、看護師と話していた。
「当たってないんですか?」
看護婦は言った。
「当たっていないぞ。私が助けたのだからな。かすってもいない」
母は答えた。腕を組んで、しょうじの寝るベッドの隣に立っている。
クリップボードを持った看護師さんが何かを書き記す。
「不思議ですね。何かのアレルギー反応か何かでしょうか?いったん様子を見ましょう」
そう言ってしょうじは入院させられた。
▼▲▼▲▼▲
「変な痣だって」
「ショージ。ショージはあの時死ぬ運命だったんだよ。でも、ショージのお母さんがなんだか早すぎて救っちゃったの。痣は、なんか反動みたいな感じらしい」
死神はまた周りを見回す。何かを探しているように。
「絶対誰にも言わないでね?」
「……」
しょうじは自分が死ぬ運命だった話、と痣のオリジンについて呆気にとられ、言葉を返すのを忘れていた。
「言わないでね?」
「あ、ああ」
閻魔大王が犯した、そして隠そうとしているミス。それはしょうじのお母さんがしょうじの人生を救ったことだった。
「なら、なんで今の今まで何もなかったんだよ!なんで今になってお前が殺しに来なきゃいけないんだ!」
しょうじは死神に怒っているのではなく、自分が死ぬ運命に、そして今になってミスをただそうとする閻魔大王に向いていた。
「ショージの痣の事ちょっと盗み聞きしただけで、それ以外のことは詳しく知らないんだけど……」
死神が少し小声になる。
「宇宙丸ごと破壊できる破壊神に手を焼いていたって話だよ~?」
しょうじは彼女の微妙な囁き声にビクついた。
「閻魔様の彼女の妹らしいよ」
「それが片付いたから今度は俺の番ってことか」
「そー。らしいね」
なんという理不尽な話だろうか。としょうじは思ったが、どうせ歯向かったところで死神かその閻魔大王に殺されるだろう。
あと閻魔大王彼女いるのかよ。いったいどんな女神だ。美人かな。美人じゃなかったら女神と認めないぞ。
しょうじと死神はもう一度辺りを見回す。こんな話をしていたらいつ他の死神に殺されるかわかったもんじゃない。しょうじには分かっていても死神のことは一切見えないが。
「死神がほかにいるのか?」
しょうじが死神を見習って、高架下を歩きながら頭上や横を見る。
「いない……」
「なら良かったじゃないか」
「いやでも、普通は一人くらいいてもいいと思うんだけど。妖怪もいないし、なんだか嫌な予感がする」
「嘘だろ?俺もう何も食べてなくて腹痛いんだが」
ボソボソ言いながらお腹を抱えるしょうじ。リュックからあのグミを取り出そうと思ったが、止まっているところに、USJで、邪魔だろうと置いてきたのを忘れていた。
「うーんもうとりあえず早くレストランに行こう。もうそんな遠くないはずだ。あと、五分くら……い」
スマホから見上げたしょうじは誰もいなかった高架下の奥に、一人の少女が現れたのを見た。交差点で先程助けたはずの、あの女の子。




