三十 フラッシュバック
たった今、しょうじの目の前には一台の黒い車が向かってきている。手を伸ばしたらグリルに触れられそうだ。それほどに、しょうじの死は近かった。
今までの一週間の件は一体何のためにあったんだろう。死の時期が決まったしょうじは怖かった。しかし、時間から物理的な死を目視できるようになった今怖いも、何も、感情が一切ない。
この時、しょうじは気づかずに初めて走馬灯を見たのだった。それも、記憶の一部。とてもはっきりとした、その場面をもう一度体験しているような感覚。あの懐かしい思い。過去の温もり。
…………
……
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夏休み前。しょうじは教室で独り、リュックに教科書を詰め込んでいた。
小学校から上がった時に、両親からの勧めで中学受験をしてみた。それは受かった時には嬉しかった。家族そろって跳ね上がり、しょうじの成功を祝った。父側の家族とは縁を切っているので、母側のおじいちゃんからとても褒められた。なんだか殿様みたいな恰好をしている人だ。よく変な動きをする、変な髪形と変な服装の、変なヒトだった。
身内で祝った時は楽しかったものの、小学校卒業時に知ったのはしょうじの小学校の友達は皆同じ公立に行くということだった。しょうじは新しい学校で独りぼっちになるのだった。
最初のうちはとても辛かった。話す相手がいなく、軽いリュックの重さを自分の存在の浅さと結びつけてしまうため、わざわざ教科書を持ち帰ったりしていた。
そんなある日、少しお話ができる相手程度の男の子がやって来た。
「明日、遊ぶか?」
そこまで仲良しでも無い奴だったが、たまたま家が同じ方向なので、駅までは一緒に歩くことがあった。
小学校の時とは違い、中学校は校則が明白に記され、教員から守らされていた。小学校で思う、「先生だって廊下走ってるじゃん!」の何ランクか上のものばかり。
その中に制服や指定のリュックがあった。お金の格差をなくすため、平等にするため、などと言われていたが、そんなのが嘘なことは皆知っていた。スマホ、筆箱、キーホルダーと様々なものですぐにその子の親がお金を持っているのかがわかる。高い制服に巻き上げられた一般家庭は子供が古いスマホでいじめられるのを見ているしかなかった。
幸いにも、しょうじはそんなことを気にする必要がなかった。どこからもなく湧いてくるお金で両親は彼を支えていた。
「しょーじっていいスマホ持ってるよな。お小遣いいっぱいもらえるんやろな」
毎日帰る時、しょうじは両親に連絡を送っていた。年度の初め、中学に入りたての頃に少し残って遅く帰ったら、パニックになった母親がどこからもなく教室に現れ、しょうじを連れて帰った。あんな辱めをクラスメイトの前で二度と晒したくなかったしょうじは、学校に残らず、欠かさず連絡をするようにした。
「うん。お母さんに壊したらダメだよって言ってもらった。お父さんも羨ましがってたよ」
既読がついたのを確認し、しょうじはスマホをポケットにしまった。
「でも、お小遣いはもらってないよ。ほしいって言ってもいらないでしょって」
「嘘だぁ~。今度俺のためにお菓子買ってや。友達やろ?」
男の子は冗談だととらえたようだ。お菓子の要求にも、しょうじは不満そうな顔をした。
「だからもらってないって。僕もほしいくらいだよ」
小さい子同士のお金の上下関係トラブルは主に二種類ある。貧乏な家庭の子と、それを虐める、親がお金持ちかつ子供を甘やかしている家庭の子の関係と。
「でも金持ちやろ?」
「そうかなぁ……あんまりお金ないよってよく言われるし」
「あんなでっかい家に住んでてそんなわけなくね。ね、いいだろ?親に頼めばくれるって。俺にもゲーム買ってくれよ。なぁ、いいだろ?」
育ちのいい、トラブルに巻き込まれたことのないある程度お金がある子を、狩り利用する子の関係。しょうじが友達だと思っていた優しさは、彼の裕福そうな過程を見てのものだった。
「そんなの嫌だよ。なんで買ってあげなきゃいけないの?」
「友達だろ?だってさ、友達じゃん。助け合うんだよ友達は」
「でも……」
「買ってくれないと友達止めるぞ」
その言葉にしょうじはポケットのスマホをぎゅっと握った。気づかされてしまったのだ。この友情は薄っぺらな嘘だということを。舌を噛みそうだ。
「ほらスマホで連絡とってんやろ?言えよ。お金くださいって」
男の子の口調はフレンドリーなものから、いつの間にか脅迫に変わっていた。
「い、嫌だ」
しょうじは抵抗する。隣を歩くのを止め、先に出る。早歩きが徐々に走りになり、一緒に帰っていたが逃げているに変わる。
「おい待てよしょうじ!」
赤信号。しょうじに逃げ道がなくなってしまった。
振り返ると、そこには飢えた獣のように腕を伸ばした中学生が、今にも跳びかかって来そうだ。
「ほら、千、いや五百円でいいからさ!」
しょうじは後ろに下がった。横から向かってくる車を見ないまま。
瞬時に男の子が追いかけるのを止め、青ざめた顔でしょうじのことを見る。音のする方を見たしょうじは、自分の反射を車で見た。腕を伸ばしたら届きそうなくらいに車が迫っている。
しょうじは死を覚悟した。十二歳、もうすぐ十三歳。短い人生だった。
なんだか見覚えのある人物が現れる。瞬間移動のような速さでしょうじを車の前から救い上げ、反対側の道路へ運んだ。そのとき、しょうじは腕に激痛を感じ、そのまま気を失ってしまった。
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