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三 行こうか

 部屋に静かな空気が落ちた。

 

 男はしばらく死神を見つめたまま動かなかった。

 

「……で?」


 死神は首を傾げた。


「あんたは、この一週間で何すんのさ。もう始まってるんだから」


 死神は呑気なようだった。それはそうだ。彼女はすでに男のような人間を数多く見送っている。


 男は視線を床に落とし、スーッと歯の間から息を吐いた。


「……急に言われてもなぁ」


 頭を掻く。

 一週間――それは長いようであまりにも短い。


「ショージ、あと六日と14時間」


 死神は警告のように彼の名前と余命を告げた。


「なんで俺の名前を……って」


「そりゃまぁ名簿に載ってるから」


 死神はクシャクシャの紙切れをしょうじと言う男に渡した。


「これが年齢で、これがアレでアレがこれで」


 しょうじは個人情報の量、正確さに少し不快感を覚えた。

 全てが筒抜けのような、管理されているような。

 自分より立場が上の者にはプライバシーは存在しないのかもしれない。


「……じゃあ、とりあえず旅行にでも行ってみるか」


 死神は一瞬きょとんとした。

 

「旅行?」

 

「ああ。どうせ最後なんだ。最後くらい足を伸ばしたいからな」


 仕事に追われる日々。

 休みはあっても、結局は寝て終わる。

 どこかへ行こうと思ったことすら、あまりない。


 余命が一週間。それに縛られた今とは裏腹に、自由を感じる。


 皮肉なものだと、しょうじは思った。

 時間が無限にあると思っていたときには、何もできなかった。


「……どこに行くのさ」


 死神は腕を組みながら聞いた。


「さぁな。遠ければいい」


 しょうじは部屋をぼーっと見渡すと、クローゼットに歩み寄って、無造作にハンガーをかき分けた。

 機械的な動きで取ったのは、少し色のくすんだ白いワイシャツ。ズボンもまた、裾が少し汚れている黒いスラックスを取り出す。

 同じように服を取り出し、ベッドの上に並べ始めた。


 次も、その次も。


 気づけば、同じようなセットが何着もベッドから垂れていた。


「え、うそでしょ?」


 死神は指をビクつかせながら、明らかに旅行に行こうというものではない、ビジネス服が次々出てくるのを見ていた。


「これで足りるかな、七日分」


 他方で、しょうじは満足そうであった。


「いやいやいや……」


 納得いかなさそうに、死神は一着のスラックスを手に取る。


「全部同じじゃん!」


「同じじゃねぇよ」


 しょうじは言い張る。


 そしてしょうじは死神の手からズボンを取り戻すと、彼は腹を立てているようにズボンを抱えて持った。


「これは紺、それでこっちが黒。こっちはちょっと青みのかかった――」


「いや、誤差じゃん」


 死神の言葉にしょうじは言葉を失う。


 休みの日を寝間着で過ごし、平日はスーツ。そんな彼はファッションに興味が歩かないか以前に、普段着がスーツといういわゆる「私服」が無いのであった。


 死神はベッドの上をジロジロ見る。


「いやー、最後の一週間でこれはないね。うちだったら恥ずかしくて行けない」


 死神は自分の衣装を見せつけるかのように腰を軽く出した。


 彼女はシャツを一枚摘まみ上げる。


「これもう旅行じゃなくて仕事じゃん」


「じゃあどうしろっていうんだよ」


「もっとさぁ、こう……あるでしょ?テンション上がるやつ!」


 死神はしょうじの前を通り越して、クローゼットの中に顔を埋める。


「うっ、強力な洗剤の臭い……」


「俺が服持ってないことくらいあのメモみたいな個人情報のやつに乗ってんじゃないのか?あんなにびっしり書いてあったし」


 死神は一歩下がって例の紙を取り出す。


「無いね。ショージが今まで着た中で一番ダサかった服ならあるよ!」


「おい、なんでそんなモン記録してあるんだよ!」


 死神は構わず読み上げる。


「小学三年生、オリジナルTシャツイベントに参加し、自分で考えたキャラクターのナイトマン?の自作絵で作ってもらった。その後友達に見せびらかしたが、しばらく誰も彼と話したくなかったという。って、ダッサ!超おもろいじゃん、ウケるんですけど!」


 死神は笑いをこらえていたが、次の瞬間唾を吐きだして笑った。


「なにこの写真!やっばぁー!」


 猫背になって腹を抱えて笑う。


「おいー、もういいって」


 しょうじは恥ずかしさのあまり、シャツを持って自分の顔を隠した。


「いやいや無理むりむり、これほんと無理」


 死神はまだ笑いが止まらないらしく、ヒーヒー言いながら手の中で紙をひらひらさせている。


「てかさ、ナイトマンってなに?ネーミングセンス小三すぎるでしょ」


「小三なんだから仕方ねぇだろ……!」


 しょうじは顔を隠したまま反論する。


 死神は涙を拭いながら、まだくすくすと笑っていた。

 

「どう見てもパジャマじゃん!」


「そんなことないって、それが流行ってたんだよ……手か恥ずかしいから止めてくれよ」


「でもほら『見せびらかしたが誰も彼とは話したくなくなった』ってマジ地獄じゃん」


「読むなって言ってんだろ!」


「いや記録だからね?公式記録」


「そんな公式いらねぇよ!」


 死神はようやく笑いを落ち着かせると、ベッドの上の服に視線を戻した。


 そして、ぴたっと動きが止まる。


「……で」


 ゆっくりと振り返る。


「本当に旅行にスーツを着てくつもり?」


 ベッドの上を指差す。


 無機質に並んだシャツとスラックス。


「いやぁ、あれほどダサくは無いって」


 じれったくなった死神はある提案をする。


「じゃあさ、今からパッと買いに行こうよ!旅行始まる前にさ」


「うーん、じゃあまぁ、何着か買って行くか」


「よぉし!」


 死神は遊び心でしょうじの二の腕を殴った。


「テンション高ぇな……まぁ、じゃあ時間もったいないから先全部持ってく物スーツケースに入れて服かったら入れて即旅行かな」


 先のクローゼットから黒いスーツケースを取り出し、部屋の中央で開けた。

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