二十六 人間は別れたくない
良き外国人カップルに写真を撮ってもらった。そのあとすごくお似合いのカップルだとか、ここは最高のデートスポットだとか言われた。死神に会ってから毎回すぐに否定していたが、今回しょうじは何も言わなかった。言われすぎて諦めたのか、それとも死神とデートしていると言われるのが今になって嬉しいのか。
死神は何も言い返さなかったしょうじを見てニヤニヤしている。
そのまま通天閣の真下まで行くと、登るためのチケットを買う行列ができていた。列は曲がりくねってロープの道を通っていた。その辺りは異常に人が少ない。皆通天閣の入った写真が欲しいがために、少し遠いところにいるのかもしれない。
死神はぬいぐるみを抱えて、しょうじはスマホを返してもらって、二人はチケットを買いに列の最後尾に並ぶ。並んだ前のカップルがものすごくいちゃついていてなんだかしょうじは気まずく感じた。
「さっきのアイスクリーム、おいしかったね」
「ねーっ!」
「ねーっ!」
「お土産いっぱいかったし、帰ったらあーんしながら食べよ?」
「ねーっ!」
「ねーっ!」
女性が男性の腕に絡みつき、男性も顎を女性の頭に乗せている。
ダランダランと揺れる女性のポニーテールを引きちぎってやろうかとしょうじは思った。
死神がしょうじの袖を引っ張る。
「何?」
死神はしょうじに何も言わずに、カップルをじっと見つめたまましょうじの手首を片手で掴んだ。
しょうじは何も言わず、振りほどかずにそのまま掴ませてやった。顔が見えないようにかぬいぐるみを高く抱えていて恥ずかしがっているみたいだった。少し弄ってやろうと、しょうじは手をくねらせ、死神と手のひら同士繋がせる。さらに顔を隠したので、しょうじは勝ったと思った。
モミモミ。
死神がしょうじの手を強く握り、骨をゴリゴリと動かしてくる。さすが殺し屋なだけあって体のことを完璧に理解しているのか、急所をいとも簡単に刺激する。
「分かった分かったごめん!痛い痛い痛い痛い!」
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死神が、上がないとは言ったが、下はそういかなかった。そのため、体的に無理だろうと、高校生プライス。しょうじは通天閣チケットを大人二枚、三千円も払うことになった。
「京都タワースキップしてよかったわ。夜景に三千円はやばいだろ」
「確かに三千はチョベリバじゃんね。うちならもっと高くまで行けるのに」
「俺は飛べねぇんだわ」
エレベーターにほか数人、さっきのカップルとも一緒に乗り、展望台にあがる。
「夜景見ながらエモい写真撮っちゃお?」
「ねーっ!」
「ねーっ!」
このラブラブカップルはいつまでこんな関係でいるのだろうか。絶対付き合って間もないだろうとしょうじは判断した。こういうべったり系は長く続かないのだ。と、恋愛経験がほとんど零の男が言っている。学生時代、クラスにいた数ペアのカップルがそうだったのだ。
チーン。
エレベーターから降り、展望台に出る。
ガラス越しに、大阪の街が広がっている。昼間に建物や道路だった場所が、夜になると無数の光の粒に変わっていた。遠くの車のライトが川のように流れ、人の時々見えるスマホの画面であろうものが蛍のように見えた。
「綺麗だな……」
しょうじは夜景の光が踊るのを言っているのではない。
人間が、一人の寿命を掛けてできるだけ成し遂げ、残し、後世に託す。人類が何万年もかけて築き上げた文明、焼け野原になった土地を世界的な大都市に、ここまで仕上げた人たちの努力を指して言った。これぞ、人類が生き生きとしているという価値。街だろうと、流れる車だろうと、人だろうと。それが綺麗だと、しょうじは深く感じていた。
死ぬ時がもうわかっている人の着眼点は普通の人とずれてしまうんだろうか。
夜に賑わう街。時々のスーパーカーの音やバイクの大きな音が展望台の仲間で聞こえる。そのカオスを見下ろしているのがどこか安心する。神様はこんなふうに下界を見下ろしているのだろうか。
死神が言っていた通り、これ誰の人の数を見れば、しょうじも自分がいても、いなくても、変わらないんじゃないかと思う。だがそのちっぽけな存在が皆協力し合って偉大なことを成し遂げられる。昔の人では想像もできないような技術が発明される。人間は集団社会で生きる生物。集団で生きたい。一人にはなりたくない。
死ぬのが怖いというのは、集団から外れることが怖いのではないか。
この時になってしょうじの頭はいろんな考えを巡らせた。徐々に迫ってくるカウントダウン。スマホを見る。あと四日と四時間半。そしてもう一度、窓の外を見る。当たり前だが、景色は変わっていない。この街の夜景なんて、東京で見るのとそこまで変わらないだろう。毎日建物の光と車の光、街灯が人々を照らす。細かい部分が違っても、大まかな景色は同じだ。しかし、今夜。しょうじの見方は変わったのだ。
「他の人を殺そうとしてる死神が、にーしーろーやー」
「ムード壊すなよ」
死神によりしょうじの感傷タイムが終わった。
「はい、センチメンタルショージ終了でーす!続きはサブスクでお願いしまぁ~す」
「払わねぇわそんなもんに。なんだよセンチメンタルしょうじって」
「それよりさー、うちお腹空いたんだよね」
「死神はお腹空かないんじゃなかったのか?」
「察しなさいよ!早くショージの言ってた次のところ行こ?そんなんじゃあ彼女出来ないぞー?」
「絶対お前だって彼氏いなかっただろ。あとお前ちゃんと夜景見たか?お前の分千五百円払ったんだからよ。こういう時くらい透明になって展望台のトイレから出てくればいいのに」
「体験だよ体験!」
「俺の金を無駄にする体験か」
「やだなぁーそんなわけあるかも知れないじゃん」
「うん?」
「ほらショージ、早く行こうよ~」
「しょうがないなこいつめ」
そういえば、あのイチャイチャべったりカップルはどうなったんだろう。しょうじは辺りを見回した。突然大きな怒鳴り声が聞こえる。
「お前なんて最初から好きじゃなかった!」
「私もあなたなんてどうでもいい!」
「ああそうかい、ならさっさと消えろ!」
「喜んで!私も二度とあなたの顔が見たくない!」
そう叫んで女性はしょうじたちと同じエレベーターに乗ってきてしまった。
気まずい。
エレベーターはゆっくりと下がり、しょうじはそのあいだ視線を天井と床へ交互に送った。右が見られない……だが、エレベーターの音の中で、彼女の泣き声が聞こえる。女性の、霞んだような泣き声。
「ひっく……んーうう……ひっく……」
地上に降り、三人がエレベーターから出る。
女性はしょうじたちとは反対方向に歩いて行ったが、しょうじはその姿を見えなくなるまで目で追っていた。
「あちゃー、死神が憑いちゃったね今。チョベリバだわ」
そう告げるしょうじの死神。
あの女性が別れのせいで自殺でもしてしまうんだろうか。あんなことを言っていたけれど、本当は彼と別れたくなかったんだろう。今となっては、しょうじには何もできない。




