十六 降り
下り始めて五分。楽勝だと宣言した死神の言葉は撤回されることとなった。
「痛ぁーい」
死神が言った。
膝を手のひらで抑えながら、ガニ股で降りる。死神が苦痛を感じながら歩くと言うその姿は、惨めでしかない。いや、面白い。
「早いな」
しょうじは少し笑いが出てしまった。
「いや、だって下りってめっちゃ膝に来るじゃん」
「死神にも膝ってあるんだな」
「あるよ! なんだと思ってたの?!本の幽霊みたいにフワフワ浮いてる訳じゃないんだし!あーなんでうち、あんたなんかに着いてきたのー」
「シンプルにバカだな。死神も運動不足じゃ無いのか?」
その十分後。
「ねぇほんとに痛い」
「まだ四分一も行ってないぞ」
「膝が両方とも引退したんですけど」
「今すぐ現役復帰させろや」
死神は存在しない手すりを右手でフワッと掴むそぶりをしながら階段を降りる。もう疲れすぎて幻覚が見ているのだろうか。
「ねぇショージ、ちょっと休憩しようよ」
「死神の癖によ。お腹は空かない癖に食べたがるし、疲れたって言うし。お前は子供かよ」
「えーだってぇ。女の子と男を比べちゃあダメでしょ」
死神はぶつぶつ文句を言いながら歩く。
「あっ!」
「どうした」
「木がない!」
死神は勢いよく駆け出した。
「うおおぉぉー景色ぃぃぃ!木の無い景色じゃん!」
その先にあったのは岩のゴツゴツした切り開かれた場所。登り降りする人の休憩所になっているのか、観光客が多く座っている。
「おい落ちるなよー」
死神は崖の端まで行き、街を見下ろす。眼下には京都の街並み。東京とは少し雰囲気の違う建物が遠くまで続いている。
「おお……」
近寄ったしょうじが思わず声を漏らした。もちろん、他の死神の事故に遭わないために数歩残して。
死神も目を輝かせる。
「やっとだよ……!」
「やっとだな。これは来た会があったもんだ」
「でもこれ、最初からここ来ればよくない?」
「それ言うな」
「二時間くらい木見てたんだけど?」
「いや山頂まで行くのも一部だろ。ハイキングだと思ってさ」
「木しかなかったんだけど?」
「よし、処刑」
しょうじは死神の頭を軽く小突いた。
「あうっ!」
それでも死神は笑いながら景色を眺める。
そしてぽつりと言った。
「まぁ、凶のち吉の吉がこれなら……」
「いや、それ俺のな。お前はこれから凶が来るんだよ」
「あれインチキだし!あんなの信じないし!次また同じの出たら山ごと燃やしてやるわ!」
ゴチンと拳骨をもう一発。
「あうっ」
「アホか」
死神は頭を押さえながら、むぅと頬を膨らませた。
「暴力反対」
「山を燃やす方が暴力な」
「正論反対」
「じゃあ何に一体賛成なんだよ」
「んー、ショージがうちにアイスを買ってくれること!」
「ハア……もう昼に食べたじゃないかよ。ほら、行くぞ」
休憩を終え、二人は再び階段を下り始めた。
景色の良い場所を過ぎると、また木々に囲まれた道へ戻る。
だが先ほど休んだおかげか、死神は少し元気を取り戻したらしい。足取りはまだ怪しいが、さっきほどではなかった。疲れたことにもぶつぶつ言わなくなった。
しょうじがそう思った直後だった。
死神の足が階段を踏み外す。
「うわっ!」
ぐらりと身体が前に傾いた。彼女の全身に浮いたような感覚と寒気が走る。目は大きく開き、腕は何かを掴もうと必死だ。
しょうじは反射的に肩を掴む。
「おい!」
「ひゃっ!」
二人とも一瞬固まった。
死神は数秒まばたきを繰り返し、それからへなへなと力を抜く。
六十度ほど傾いたところをしょうじが下から受け止めてくれた。
「し、死ぬかと思った……」
「死神が言う台詞じゃねぇだろ」
「死ななくても痛いのは怖いんだから!」
押さえられながら抗議する。
「ありがと」
「おう」
「でも……」
「でも?」
「その、抑えてるところが……あの」
死神に、自分が支えているところがよろしく無いところだと指摘される。
「わ、悪い」
しょうじは前を向いたまま答え、死神の体勢を戻してから手を離した。
「あれ?でもなんだか平べったい……」
死神はニヤニヤと笑った。
「嘘だよーん」
「なんだよ。驚かせやがって」
「って平べったいって言った?」
「いやなにも」
やがて木々の隙間から、人の声や車の走る音が聞こえ始める。
「あ」
石段の先には大きな鳥居が見えていた。
登山口だ。
長かった山道もようやく終わる。
死神はその姿を見つけた瞬間、最後の力を振り絞るように拳を突き上げた。
「勝ったぁぁぁ!」
「何にだよ」
「山に!」
「お前ほぼ負けてただろ」
「でも疲れたぁー。今度は本当にもう動けない……」
そう叫んだ直後、死神の膝が再びガクッと折れる。
「あ、だめだ」
「ほら見ろ」
鳥居の向こうには観光客の姿が見える。売店からは甘い匂いが漂ってきていた。
「ショージ」
「なんだ」
「団子が欲しい!」
「元気じゃねぇか」
「膝は死んだけど団子は食べられるじゃん」
「都合のいい身体してんな」
死神はえへへと笑う。
しょうじは小さくため息をつきながら、売店の並ぶ参道へ駆け寄る。
「ほら、買ってきてやったぞ」
しょうじは今日二つ目の団子を死神に渡すと、彼女をおんぶする。
「あと何日と何時間?」
「あと五日と八時間くらい……ってまた怒ってる?」
「いいや?怒ってないよー」
「ねぇ怒ってるならごめんってばぁ」
しょうじはまたもや死神にいじられっぱなしになるのだった。




