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―――いちいち理由はいらん。




息子と娘を救うのが親の運命(さだめ)なら、


死期においてこれほど幸せなことはない。



残り半日のこの命ともなれば。


あいつらの未来の代償として、こんなに安いものはない……そう、心の中に呟いて。




「もともと土地神、あんたに拾うてもらったような命や……対価としてこれほど相応しいもんは無いやろ。



最後まで世話になるようで悪いが、土地神―――」




『助太刀は出来ぬ。


わかっているな?




我は本来、人の生き死にに介入してよい立場には、無いのだ。



見送り、消すだけが我に許された行動なのだ。



だが………そんな理を曲げて、我は貴様を救ってしまった。



秋華、も同様にだ。』




「…………。


嬢ちゃんのことはやっぱりあんたが………」





『そうなるのが解っていたから、


貴様は我のもとへ、あやつを送り込んできたのだろう?』




「………せや。


その通りや。」




目線を伏せる芝山。





『秋華にしろ、貴様にしろ、二度目はないのだ。


そもそも、一度目すら本来はあってはならぬのだからな。




……我があの下衆どもを追い返すことなど、


造作もなきことよ。




望まれるなら……骨片ひとつ残さずに、その存在自体を消し去ってしまうことも可能だ。



だが。



我の業ゆえ、それは叶わぬことだ。


介入は、断じて出来ぬ。




故、この状況……貴様が何とかせねばならぬ。



貴様自身の力で、誰の手も借りることなく、


あの悪意の塊を排除せねばならぬ。




解るな?』





「………解る。」





『心苦しくないかと聞かれれば、


我もそう思わぬことはない。



だが、我は神だ。



この地を統べていた何者かに使命を課され、


その使命のために、この身にあらんかぎりの汚れを纏ってきた土地神だ。



ならぬことはならぬ。出来ぬ、曲げられぬ。






………が、芝山よ。


せめてなら、我は、貴様があの下衆どもに対抗しうる術くらいは授けたいと思うのだ。



貴様のその病弱の体では、あの下衆どもの相手をするのは厳しいだろう。



曲がりなりにも相手は手練れ……』






「…………。」





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確かにそう。



今の芝山は病弱の老人。



連れ去り専門の連中相手に立ち向かって、勝負になるかどうかは聞くまでもなく………。







『よって、貴様にこれを授けたい。』









黙りこくった芝山に対して土地神は、




その喪服のように黒々とした和装の懐から、




一本の日本刀を取りだし、それを芝山に差し出した。



「………?」





一見してそれは木刀のように見える。


柄糸がなく、鐔もない。



よく任侠物の映画などで見るようなドスを、かなり長く、太刀クラスのものにした感じ。




銘打って『黙然』。






「こ……こりゃ一体なんや………?」






困惑する芝山に、土地神はやや自嘲的に笑みを浮かべながら語り出す。





『以前、内地から一人……凄まじい能力を持ち合わせた人間が、我を訪ねてきた。



あれは……人間にあって、人間に無いような、そんな風に感じさせられる雰囲気を持っていた。



鬼神、とでも表現しておくとしよう。』




「人間がか………」




―――世は広いな。



そう頭を押さえる芝山。







『まあ………本題はここからだが。



その者が携えていた刀が……あまりに神々しく、美しくてな。



他人の物は良く見えるもので、我もあのように美しいものを持ってみたいと思うた。




が、奪い取るような愚行は当然論外だ。下衆に成り下がるつもりは毛頭無い。




ゆえに、我は、我自身によってその者の持っていたその刀を、



模造してみようと思うた、無断ではあるが。




それによって完成したのが、


この刀だ。




………無論、本物には程遠い。




贋作を語れたほど良い出来の物ではないし、



そもそも偽物という認識を持つことそれ自体が、


非常に愚かしい行為だ。




だが……そんなナマクラでも、人間が使うには十分すぎる力のあるものであることには間違いない。



貴様に渡すに当たって、我が全身全霊をかけて打ち直した刀だ。



もはやあの者が持っていた物とは駆け離れてしまったかもしれん、だが。



それでも、貴様のその病に蝕まれた体の、不自由を補ってなお、力を与えてくれるはずだ。』




「土地神……」





『持って行け、芝山。




自らの力で見事、あの小娘を助け出して見せろ。


強き意思を持ち、立ち向かえ。



そうすれば《黙然》は必ずや、力を貸してくれるはずだ。



我に出来ぬこと、貴様に託す。



貴様ならできると信じている。』


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刀を持つ手をさらに前につき出す土地神。




―――早く受けとれ。



受け取り、行け。


小娘を救いに。






そんな声が、意志が、正に身に迫るように伝わってくる。



お互いの鼓動のひとつひとつが、言葉になって全身を震えさせる。




彼の手に握られている刀も、芝山の手に収まることを望むかのようにその鞘に霊気を纏っている。





「………。」




だが、芝山はそれを取ろうとはせず。



乱れた群青色の浴衣を整え、それから、自分より遥か長身の土地神を見上げる。




「………ひとつ聞きたい。」



『…………?』




少し眉を潜める土地神。



刀の位置が若干下に落ちる。




『………何だ。』




「何でワシにここまでしてくれるんや?



ここまできて聞くべきことではないんかもしれへんけど、




あんたにとってワシは赤の他人やろ?



60年前もそう、今もそう。



どこの家柄の、どこのどんな事情を含んだ人間も、



容赦なく処理してきたゆうあんたが。




それこそ生きることに薄弱になってたガキに、


くたばりぞこないの爺いに、




一体なんでそこまで………」






―――60年ぶりに再開して、話をして、


純粋に疑問だった。




なぜこの神様は自分にこうも善くしてくれるのか。




60年前の出来事にしても、自分は過去の数多くの自殺者と同じく、ただ個人としての事情から退路を断たれ、彼処へ向かったにすぎない。


神を動かすほどに特別な事情など、あったとは思えない。




土地神は『自分に似ているから』とその理由を話していたが、



年間三万人とも言われるその類いの人々の中に、


自分と同じ境遇のものなどいくらでもいるだろう。




なぜ、自分にそこまでこだわってくれているのかが解らない。





今日のことにしてもそう。


いくら自分が助けてやった相手だとはいえ、


たかが老人が一人くたばろうとしているだけの話だ。



この世に存在したありとあらゆる人間が必ず通る、何百兆何千兆の繰り返しの中のただのひとつであるというのに、



この土地神は、実質的に二度目の救済を自分に与えようとしている。






生きてきた証というか、理由として、最後に大切な人間を守るための手だてを授けてくれようとしている。





………いったい何が彼をそうさせているのだろう?









この芝山雄一という人間に、




彼にとって、そこまで尽くす価値がある人間のだろうか………?


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土地神は、そんな芝山の問いを聞いて


少し顔の表情を緩めた。



その蒼く、深い瞳をそっと閉じ、



大きく息を吸い込み、


そして静かに吐き出す。






『山本牧場の先々代の』




「………親父(おや)っさんの?」




『そう、先々代の………奥方を覚えているな?』





「……。



忘れるはずもないわ。」




―――先々代の奥さん。



芝山が『親父っさん』と呼ぶ、先々代の山本牧場の場長が彼を拾ってきたとき……


幼き彼を暖かく迎え、育て、



実の息子である山本兼続が生まれてなお、


同じく息子同然に育て続けてくれた、




芝山雄一という人間の、母―――




『――貴様の、母たる存在であったはずだ。


世話好きで、裏表がなく、何もかもを平等に判断してくれる………



そして、貴様はあの人の厚意に救われたはずだ。


我には解る。我自身がそうであったからだ。』





「あんたが………?」




困惑する芝山。




『60年前、我が貴様を救ったのは………


貴様を救えと懇願したのが、貴様の父たる存在―――先々代の山本牧場の場長であったがゆえであり、


そして、その先々代の妻が、あの人であったからだ。』




「それは……どういう……?」





『解らぬか。解らぬだろうな。



解らなくて当然だ。


そして、解らなくてもよい。



我以外が、知っていてはならぬことなのだ。



我という存在が、神であるという由縁……理由がそこにある。



人間世界から、我という存在が消えてしまった理由も然り。



それを知るものが我以外にいては、


我はここに存在する必要がなく、その存在自体はあってはならぬものになるのだ。』





「………悪いけど、


一割も理解できひん。」




『解らなくてよいと言っておろう。


……解る筈もないのだ。



だが、これが我が貴様に目を掛けてやっていた理由であり、



もっと言えば、山本牧場自体に目を掛けている理由そのものでもあるのだ。』





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「――――」



もはや芝山には、彼の話が自分の脳の容量の範囲を超えているように思えた。



何も解らない。



理解しようもない。





この土地神は―――先々代の奥さんと、


何か関わりがあったらしいことだけはわかる。



しかし、それがどんな物でいつまで続いていたのか、何一つとして見当がつかない。



そして、その関係について何か感謝していて、


それでいて恩義を感じているらしいのだが、




それに関しても、何に恩を感じているのか、何にどう感謝しているのか、てんでわからない。



それに、奥さんの生前、芝山は実に数多くの昔話を奥さんに聞かされたものだったが、


神様と知り合いだった、なんて話は一度も………




自分に対して、隠しだては一切なかった人だっただけに、


まさかそんな面白い話を、しないわけがないと思うが……





『恐らく貴様は釈然とはするまい。



得体の知れない、我からの厚意を与えられ、



そして、その理由は迷宮に隠った(こもった)ままなのだからな。』




―――まさにその通り。



自分はまだ、質問に答えてもらっていない。



なんだかよく解らない言葉をずらりと並べられただけで、


それがいったい何を意味するのかは解らずじまい。




「……あんたがおやっさんの奥さんに、恩を持ってるのはなんとなくわかった。

そんで、それがワシらに対する厚意に繋がってるっちゅうことも。



けど、まだわからんのや。


神様であるあんたが、あの人の亡くなって随分と経つ今になってまでも、ワシにこうまで目ぇかけてくれんのか、



もっと言うたら、何の関係もないはずの嬢ちゃんや勘助にまで世話を焼いてくれんのか。



もちろん、あんたの厚意を疑ってるわけやないし、


迷惑がって言うてるわけでも更々ない。



せやけど。なんもわからん、知らん状態で一方的に手を貸してもらうような形になってる現状では、


ワシは素直にあんたの厚意を受けとることができん。



……ほんのちょっとの理由で構わん。


何か、理由のつけられる説明をしてくれ。頼む。




ワシは、ワシの中で納得した上で



あんたの厚意を受けとりたいんや。」








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―――端っこだけの納得でもいい。受けとるだけの理由がほしい。



奥さんが自分に遺したものならば、その正体の一部でも知りたい。




勘助と秋華に後ろ楯のできる理由か何かが解るのならば、その理由と確証を冥土の土産に持っていきたい。





「頼む。……何でもいい。」



『…………。』





見下げる長身な土地神と、見上げる小柄な老人。



彼らの視線はぶつかり合い、火花をあげて。




まるで鍔迫り合いのように両者が譲らない、視線の飛ばしあい。




……そこには争いがあるわけではない。


ましてや彼らは敵どうしではない。


怒りあってる訳ではない。



何かを競り合って散らしている火花ではなく、



土地神の守らなければならない秘密と、


芝山のプライドと親の意地、



それらの水面下での、激しいぶつかり合い。





長く長く続く沈黙。



止まった時間の中でも、彼らの息遣いだけは刻々と時の経過を示し。




呼吸と鼓動に示された、幾ばくかの時間が過ぎた後、





屈したように溜め息をついて、沈黙にピリオドを打ったのは






知床の土地神の方だった。








『………よかろう。



貴様の言い分、尤もだ。




これより死を迎える貴様になら、話しても構わんと判断しよう。



全ては語らん。




だが、『理由』は具体的に示してやる。




だから芝山、亜とは貴様がそれをどう判断するかだ。



真実と見るか、虚空と見るか。


それは全て貴様次第。




それでもよいのだな?』





「構わん。




………これから聞く話がどういう物であれ、どういう結果であれ、


ワシはあんたの手を借りる。



ただそれに理由がほしい、それだけやから。




たとえそれがどんな奇想天外な内容でも、



ワシはそれをあんたが持つ理由……真実として、飲み込む。」




『よろしい。


そこまでの覚悟があるならば。』


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そう言った土地神は刀を差し出していた手を下ろし。



『では、貴様にだけ話すとしようか。



我が貴様らにこうまで執着する理由(わけ)を――』




そう言うと土地神は、ゆっくりと畳に膝をつき、



その手中にある刀《黙然》を床に置いた。



刀身と鞘がぶつかり、カチャリ、と乾いた金属音がする。





『我が全てを語り終えたら、これを取れ。



貴様の意識は、この刀と共に半日に限り戻り、



そして時は動き出す。』




―――その時には、我と貴様が再び会うことはあるまい。



そう言った土地神の顔には、前髪によって影が射す。







「……わかった。」




―――必ず、あんたの厚意を無駄にはせん。




そう心の中で呟いた芝山は、そうして土地神の言葉を待った。



背負うものをひとつ増やし、自分の決意をもうひと段階上に持っていこうとするがごとく。















『――――先に、斎藤秋華と勘助のことだ。』




芝山の待った言葉は、いつ始まったのかわからないほど穏やかに、


そう切り出された。



土地神の視線の先は、居間だった。




『我は、あやつらに関しては………純粋に将来を見てみたくなったゆえに救った。


山本勘助の持つ善意の血を羨んだ。


斎藤秋華の根の強さに希望を持った。



あやつらの、その数奇な運命を見届けてやりたいと思ったのだ。


そこに他意はない。




実際、あれから考えても勘助は見違えるほどに強くなった。



驚くほどの成長を見せた。



初めて会ったときとはまるで別人のように――な。




………斎藤秋華の存在が奴を変えた。



同じく奴の存在も、斎藤秋華を変えた。



あれを見れば、我の判断は間違っていなかったのだと思える。



我に変革をもたらしたあの連中の、行く末を、見てみたい。


そう思えるのだ。




……だから、貴様はこの事に関して何ら案ずることはない。




山本勘助が斎藤秋華を想い続ける限り、奴等は大丈夫だ。必ず上手くやっていける。



そして、そうある限りは我も、奴等を救った者として、目をかけてやらねばならんのだ。



………我が、見守っておる。



奴等には言うておらぬが、我は、奴等を見守る義務がある。



故、先のことを貴様が案ずる必要はない。




貴様は、貴様らしく最期を迎えることだけを考えろ。』





「土地神―――」


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『そして、最後貴様のことだ。





我は、貴様の「義母」……つまり先々代の奥さんに、


多大な恩がある。



故に、その夫である勘助の先々代が貴様を引き取りたいと申し出たとき、



我は、貴様の記憶を消すことなく、そのまま明け渡した。



………その時、我は貴様が、我自身の代わりになることを望んだ。』





「ワシが………あんたの代わり?」





その問いに、コクリとうなずく土地神。






『貴様の「義母」は、貴様を拾う以前にも、


同じような境遇の子を拾おうとしたことがあった。



………戦後の東京駅で、ただ見かけただけの見ず知らずの孤児を、


自らの「弟」として育てようとしたことがあった。




結局その子は、一度は姉弟の契りを交わしたものの、その後「姉」に迷惑をかけることを恐れて自ら彼女の下を去って行方不明に。


そして彼女も「弟」のことはすっかり忘れたのだが………』




「そ、そんな話が………」






―――聞いたことの無い話だった。



弟がいた?あの「義母」さんに?



全くもって知らない。



「義母」さんは、自分にそんな話を一度もそんな話をしてきたことはない。




遠い遠い過去の記憶、


膝の上、車の後部座席、布団の中、食堂、居間、腕の中、




どこで聞いた話にも、そんな内容があった記憶はない。





しかも、自分と同じ孤児だと。



どうしようもなくなって、知床にその身を投げに来た、孤児だと。



そして、「義母」は、


そんな子を弟として育てようとしたと。





弟と息子の違いこそあるが、


これではまるで自分と全く同じ境遇ではないか。




……………。






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待てよ。






同じ境遇?





………同じ境遇!?








芝山は、


初めて土地神と出会ったあの日の知床での彼の言葉を思い出していた。




土地神が自分を救った時、彼が自分に発したあの一言を。








『貴様は、我によく似ている―――』









似た境遇…………土地神………弟…………知床…………



まさか!?









「と、土地神、あんたまさか!?」






ふ、と表情(かお)の緩む土地神。







「まさかあんたが、あんたがその弟――――」







『―――貴様の「義母」は、貴様を家に迎える際、



貴様が自分にとってどんな存在であると言ったか、



覚えているか?』





薄い笑みを浮かべた土地神は、それは流暢に落ち着いた声で聞いた。




知床の荒れ狂う海を思わせるようないつものあの荒々しさは、


微塵も感じられない。





「ワシが……来た時………」







―――来た時のことは、もはや記憶には無かった。



あの時は錯乱状態で気も動転していて、



自分が何をしようとしていたのかすらわからないほどだったのだから。





だが、


「義母」は常々言っていた。





実の息子でないことを気にして、常に彼女の実の息子である兼続に遠慮をして生活していた自分に、



優しく明るく微笑んで




こんなことを。














―――――――――――








『雄一も、兼続も、



あしの息子やきね。




二人は兄弟ながやき、


雄一、あんたはなんも気兼ねする必要はないき。



の?』






―――――――――――
















「ワシが………自分にとって、大事な息子や……


言うてた。」






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「つまり―――実の息子やと。」





朧気に芝山がそう呟くと。





それを聞いた土地神は、



少し目を細めて懐かしそうにしてから。





芝山に目線をあわせ、



穏やかな、そして、「義母」と同じくらい優しい眼で、こう言った。






『ならば貴様は、




我の甥っ子だ。』











「――――!」






その瞬間、




記憶と事実、


断片的な『線』が一本に繋がった。




………受け入れるには余りにも衝撃的な事実。




土地神が、自分を救う理由―――







彼もまた、「義母」との繋がりの中に自分を救われ、



「義母」に『家族』と認められた人だった。




つまり自分とこの人は…………



信じがたいことに…………







………親戚だったのだ。







「あんたが、お、叔父貴―――」





しかしその言葉が最後まで発されることはなく。







『心に留めよ。墓までもって行け。




もはや刻限だ。』






そんな整然とした言葉に、芝山の言葉は遮られたのである。






『取れ、芝山。《黙然》を。



もはや貴様と語るべきことはない。



我の甥であるなら、物分かりよくあってくれ。』




「――――」






語りたい。




自分はまだ話したいことがある。




こうまで聞かされて、経緯も何も語らず終わるつもりか………



「義母」の事を、もう少し………!










―――そう思っているのに。







その混線し、拒否反応を起こす頭に反して、手は刀の方に動き。






『強くあれ。芝山雄一。』





そう土地神が言ったのと同時に、




芝山の手はその刀の柄を握ったのである。















――――刹那、




芝山の視界は暗黒に落ち、



目に写っていた一切の情報は全て闇に消えた。










部屋が消え、自分の手足も体も消え、土地神の姿も消え去った。










「――――!」






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本当の、




本当の意味での無の空間。




全くもって、何もない。







何も見えなければ、何も響かない。






無感覚の空間。






上下左右もわからない、曖昧な状態は相当長く続いた。





静止しているのか、




回っているのか、




うつ伏せなのか、




仰向けなのか。







それとも立っているのか。









ああ、思考が止まる。






考えることもできない。








こんなわけのわからない状態が………いつまでも続くのか。






再び遠くなる意識。





底無し沼に潜っていくように、





下へ、下へ、下へ…………






………そんな、遠くなって行く一方の意識とは正反対に、




徐々に近づいてくる声がひとつあった。












『………あっ、今ようや………トスカイが収まり………!


絶対…者不……馬場、


再…王座へ…挑戦…を手にい……のはど…馬か!』









芝山ほどのホースマンが、





それが競馬実況だと気づくまでに時間がかかるはずもない。





このわずかなフレーズで、



彼は、今日が天皇賞のその日であることに





気がついたのだ。













『………欅の先にある盾の栄光へ、





秋の天皇賞、






態勢完了―――!』

』









「………体制完了、か。」


















……芝山雄一も、







待ち受ける最後のレースに




ゲートインしたのだった。




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―――*―――




………ふとしたことで、


芝山雄一は目を覚ましたらしい。





起きた際、「はっ」と声をあげたことが、


それを何より如実に語っている。





人工的な光源が、フラッシュのように彼の目を襲い、




彼は思わず目を細める。







「ここは………




…………



現実か。」







目の前には襖、背後に仏壇、右に窓、左に土壁、



天井を仰げば蛍光灯。





そこが、自分の寝ていた和室であることを理解するのにさほど時間はかからず。




「…………。」






ああ、帰ってきたのか。




そう理解したのもまた、同時のことで。





彼は無意識のうち、襖の上に掛かる壁掛けの時計を見上げた。




―――3時46分、曇り空ではあるが、


所々から日差しが差し込んできているところをみれば、午後で間違いないか。





「………。」





現実と夢が交差したような感覚。



―――どっちが現実なんだかよくわからない。



芝山の今の気持ちを言葉にするならこういった所だろうか。





痩せこけた膝に手を置き、それを台にした芝山は、



無言のまま、勢いよく立ち上がる。




と、同時に、


彼の腹の上から何か棒のような物が転げ落ちた。





「がチャリ」、と重厚感のある鉄の音がする。





『ん………黙然。




……………。




…………!?』





それを見たとたん、彼は体験したことの全てを一気に思い出した。









さっきまで土地神に会っていたこと、



勘助が今ここにはいないこと、



秋華が予想の範囲の遥か向こうを越えるほどの危険を伴っていること。





「じ、嬢ちゃん!



どこや!?居間か!?玄関か!?」


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弾けるようにふすまを吹っ飛ばし、




芝山は玄関に向け駆け出した。






……が、彼は三歩ほど足を走らせてすぐに倒れこんでしまった。




すでに余命半日である彼の体は、すでに病魔に蝕まれ、



人並みに動くことを不可能たらしめていた。




「ぐ………」






すると今度は立ち上がることすらできない。




足に力が入らない。手ばかりが僅かに動くだけ。





―――なんと弱い体になってしまった事だろうか。


立つこともままならぬとは……







ごほっ、と重たい咳と共に、ドス黒い血を吐いた芝山は、




薄れゆく意識の中に思った。




―――こんな体では、嬢ちゃんを救うことなど到底ままならない。




守るだ、救うだと土地神の手前で豪語していた癖に、


これほど無力では何も………






再びの吐血、畳が赤黒く染まる。









倒れ混んだ床の、視線の先に、『黙然』が転がっているのを芝山は見た。




血飛沫がかかって、所々に赤い斑点が付いている。










―――あれを掴めば………なんとかならないか。




自らの血で塗れた手を、前へと繰り出しながら、薄弱な呼吸とともに芝山は思った。





―――たしか、土地神は言った。






『貴様の、病弱の体を補ってなお、貴様に力を与える―――』







「くっ………」




半ば匍匐前進のように、伸ばした手の二メートル先の『黙然』を目指す。




その間の、外界からのあらゆる情報は、あの無の空間と同じく、



ゼロに等しいものだった。





激しい吐血によって、もはやほとんど何も見えず、



何も聞こえない。




内からの情報……痛みだけが、彼の体を蝕み続ける。



そんな中でも………僅かに目に写るのは、『黙然』ただひとつ。




そして、それだけを目指して、あらんかぎり手を伸ばす。






「くおっ………」






三度目の吐血。





畳が血の絨毯と化す。




意識がもうろうとし、呼吸はほとんど無に等しい。






だが、それでも彼は、前進を止めなかった。




背負うものが違ったのだ、以前とは。






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勘助の未来。



秋華の未来。



トシローの未来。



牧場の未来。





そして、叔父………土地神に託された希望。








「待っとれよ………嬢ちゃん………!」





ギリリ、と噛み締めた歯の合間から、血が漏れだす。



口の中が鉄の味で満たされる。





手から力が抜ける。





もう、限界が近い。








「ぐううぅぅああああああっ!!!」








正真正銘、彼は、最後の力を雄叫びと共に振り絞った。






今にも地に落ちようとしていた腕が、再び力を盛り返し、





ぶるぶると震えながらも精一杯『黙然』を目指し、




血管が浮き出るほどになるまで、伸びる。





聞こえてくる体の悲鳴は、毛細血管がぶちぶちと切れて行く音か。





だが、それでも彼は諦めない。




息子のため、娘のためにその腕を前へ前へと繰り出し続ける。





刀を握ればこの状況が打開されるという確証は、無い。




無いが、叔父が言った言葉を信じるまで。





自分と同じ境遇だったというあの白髪の青年を、信ずるまでのこと。







だから、彼は諦めない。







その腕を、一メートル、二メートルと前へどんどん距離を詰めて行く。





そして最後の最後―――彼のその大きな掌は、


力尽きると共に、『黙然』の柄をむんずと握り締め―――――











「―――――」









一筋の光茫が駆け抜けた。








彼を中心に、部屋中が優しい光に満ち溢れた。















そしてその中心たる柴山雄一は―――











彼自身も、淡く輝く光を身に纏って。















「………もう、不自由は、ない。」



















柴山雄一という一介の老人は、





そこに溢れんばかりの霊気

を依りつかせ、












再び、血の海に舞い立った。















「その首洗うて待っとれよ。




人間のゴミども。」

































五感の研ぎ澄まされた、



まるで生まれたてのように生き生きとしたその体に、





新鮮な空気と、









そして、先程まで居間を支配していた天皇賞の実況が流れる。










『――さあ、二コーナー回ってこれからバックストレッチですが、


先頭はザラスシュトラ、後続に五馬身、六馬身と差をつけて、



爆炎の前の狼煙といった感じか!


早くも大逃げの様相を見せております!』









そう、




レースはまだ、始まったばかりだった。














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8




――――――――




ほぼ同刻。



某国道。







「しっかし、よく降りますね………」





ハンドルを操り、軽トラを駆ける勘助は、



フロントガラスを叩く大粒の雨を憂鬱に感じながら、


助手席の柴名にそう言った。




出発からもう二時間ほど経ち、東に向かうほどに勢いを増す雨。



まるでフロントガラスにシャワーをかけたかごとく吹き付けるそれは、彼の前方の視界を遮ると共に、




その手元のハンドル操作を困難たらしめていた。





「止む気配もありませんね。



大丈夫ですか?勘助君。」




柴名は、鬼のような目付きで眉間に皺寄せ前方を睨み続ける勘助に不安をおぼえつつ聞いた。




―――よければ変わりますよ。と、そんな意思を含んでのその言葉だったが、


勘助はそれをやんわりと断る。



「大丈夫ですよ。


特に急いて運転してるわけでもありませんし、



この辺りは人の動きが皆無ですから、誰かが飛び出してくる心配もありませんしね。


結構安心して走れる道なんですよ。」




おおよそその形相からは全く信用できないその言葉に、柴名の不安はさらに増大する。




………家を出た時から、何をそこまで急ぐ必要があるのか、彼は一分一秒でも早く帰りたいらしい。



雨の降っていなかった頃は、滲み出る笑みというか、はち切れそうなほど上機嫌で、「早く帰って天皇賞見たいっすねー」とかなんとか延々呟いていた。



そしてそれが、今このスピード運転に繋がっていることは、言うまでもない。




まあ、おおよそ出発前に何があったのかという察しはつくが、




間の悪いことにそれは雨の下では「早く帰りたい」というストレスの一因にしかならない。




(斎藤さん……完全に裏目ですよ………)














平坦ながら山道に差し掛かり、急な坂、急なカーブの多くなるその道は、



その滑りやすさから何度も何度も大きく車体を揺らす。




勘助はその都度、「くそっ!」とか「うわっ!」とか言って、イライラを募らせて行く。






―――雨の日にストレスは禁物……やはり代わってやった方がいいか。


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ここに来てさすがにスピードを緩めた勘助だったが、それに反比例するようにイライラも増大していくらしく。





およそ八回目の「くそっ!」を聞いた柴名は、勘助ではなく自分の身に危機を感じ、


再び彼に代行運転を提案した。




「勘助君、やはり代わりましょう。


端から見ればわかりますが、今の勘助君は相当疲労してますよ。



運転中のストレスは事故を招くだけ―――」











―――相当なスピードで走っていた彼の軽トラが、ドーン!という大きな破壊音と共に、



何かと激しく衝突して、暴力的に停止したのは



まさにその時の事。





「ぐぁっ!!」



「うぉっ!?」





ブレーキを全く踏むことなく衝突したそれは、乗るものの体を大きく前につんのめらせる。




フロントが大きくひしゃげ、力の向けるべき方向を失った軽トラは、



キュキュキュ!と大きな音をたてながらぐるぐる回りつつスリップし、軽くガードレールを擦った挙げ句、



最後何か標識のようなものにぶつかって、


やっと停止した。





「………はぁ、はぁ。」



ハンドルは握ったまま、しかし顔面蒼白の勘助。


目の前のフロントガラスには幾筋もの亀裂が入っている。










………暫くは何が起こったのかもわからない状態が続いた。



隣の柴名も、怪我はないものの半ば呆然としたようすで。




「事故りました……よね。俺………」




呟くように勘助。当然落ち着いているのではなく、放心態である。




「………何に当たったかわかりますか?


僕には何も………」




同じように柴名。



彼も、『何かに車が当たった』という事実だけは理解できても、



何に当たったかはわからなかったらしく…………




「と、とりあえず、俺、事故現場に……」




――――いったい何にぶつかったんだ?






ドアを開け、半ば脱出するように軽トラの外に出た勘助。



足下のアスファルトには、黒々とスリップとブレーキでできたタイヤ根が。








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「…………。」





一度軽トラに戻り、エンジンの停止と柴名の脱出を確認した勘助は、



その生々しいタイヤ根のみを頼りに事故現場へ向かう。



不幸中の幸いか、衝突の際の軽トラへの影響は、その衝突の激しさの割には軽微で、


乗員二名共々にケガはなく。




それでも、やはり事故は事故。



車は少なくとも30メートルはスリップしたと思われ、


しかも濃霧のために10メートル先の視界はほぼ無いに等しい。




よって勘助は、唯一の手懸かりである足下のタイヤ根のだけを頼りにして、事故現場を探す。









「一体、何と…………」






………勘助は、自分が事故を起こした原因が何一つわからなかった。





ここの道は、山の中の割になかなか広く、濃霧であるとはいえ、そこそこに見晴らしがいい。



そんな状況下での運転、前方に障害物の類いは何も発見できなかったし、




対向斜線に車は居なかった。



当然人も居なかった。




かといって、ガードレールに突っ込んだわけでもない。



ハンドルミスをしたわけでもない。












――――本当に何とぶつかってこうなった?






事故をした焦りより、事故自体が信じられないといった風な感じに足を進める勘助。






その道のりは、軽トラから向かって下り坂………つまり今の勘助からみて登りの坂であったが。




タイヤ根はその登り坂の頂上付近一歩手前、



頂上付近まであと5メートルといった所で途切れており、




そしてその先に見えるのが事故現場であることは、揺るぎのない事実であった。







「ここか…………」






衝突の衝撃か、じんじんと痛む額を少し撫で、



それからその手のまま前髪をゆっくりと掻き上げる。


上方の見晴らしが急に良くなり、同時に顔には大きな雨粒がかかるようになってゆく………。











そんな中に、真相究明のため歩みを進めた勘助は。











頂上――――つまり事故現場をその目に確認したとき













驚愕の息を呑むと共に言葉を失った。












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軽トラと『何か』とぶつかった時の衝撃は、ある一点から放射状に広がったらしく、




軽トラの破片は、まるで扇を広げたような形で飛び散っていた。




そしてそれらの破片が地面を擦って出来たと思われる、



アスファルトを焦がした線が収束する先に………










「勘…………助………」








「――――!?」










―――その小柄な体に、蝦夷錦を身に纏った幼女が一人、




片腕を押さえて、フラフラと立ち尽くしていたのだった。








「レクサ!?」









見知ったその少女の姿を確認するや否や、



自分の事故のことも忘れて、彼は彼女のもとへと全力で駆け寄った。





よく見ればその衣装は縦に大きく裂け、


右腕には大きな青黒いアザがあり、


そして、



その肩もとの髪は何かによって暴力的に引きちぎられていた。





「何やってんだ!?こんなとこで!」





そう勘助が叫ぶと、彼女は一瞬ほっとしたような表情を見せ、



そのまま音もなくその場に崩れ落ちた。




「!!」






水溜まりに倒れこんだ彼女を、急ぎ抱き上げる。




「おい!?レクサ!」





ざあ、と雨足がいっそう強くなる。





うっすらと目を開けるレクサは、物苦しそうに肩で息をしながら、こう言った。




「少し……乱雑な止め方した。


気づかなかったから、勘助………



大丈夫?」





「………止めた?止めた!?



ってことは、ぶつかったのはお前か!?



いや、今はそんなことはどうでもいい、




見りゃわかるが、俺よりお前の方が相当重症だ!



お前が大丈夫か?



というより、何でこんなことした?



土地神は一体何を―――」



勘助の口からは矢継ぎ早に彼女への質問が繰り出されるが、


しかし、彼女は答えようにも息をすることすら苦しいらしく。



次第、息遣いも荒くなってゆく。






あとを追って坂を上ってきた柴名も、



勘助と彼女、彼女の容態、そして、その周囲の状況を見るなり


顔を青ざめさせてこちらに駆け寄ってくる。





「か、勘助君、これは一体!?」






「わかりません、何も!



けど、僕らの車に当たったのはどうやらこの子らしくて!



何故かは知らないけど、俺らの車を力づくで止めようとしたらしくて―――」





「――――勘助、聞いて。」






「「…………!?」」



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ヒュー、ヒューと気管の笛を鳴らしながら、


息づかい荒く話す彼女に、勘助と柴名は口をつぐむ。



すると彼女は、その小刻みに震える手をゆっくりと勘助の目に当てて。





「耳だ……に、集中……て。


聞こえてくることだけが、真実。」




「なっ……ちょ、レクサ!?」





真っ暗になった彼の視界。



だが、妙なことに、そんな中でも何かが見えるような感じがする。




微かに伝わる彼女の手の震えが、



彼女の不安を彼の脳裏に伝える。









「秋華………康本………来た。






連れてかれる、危ない。」






「…………!?」







――瞬間、勘助はすべてを理解した。




秋華、康本。


そのワードが繋がる出来事があるとすれば、



それは間違いなく、奈落の、反撃。




勘助が最もおそれていた、


あの日の予告の、延長線にあるもの。







「康本が!?



連れ戻しに来たのか!?」






―――康本が来るとしたら……そして、これが奈落の反撃だとしたら、



可能性はそれしかない。




そして、『それ』は恐らく、


勘助からは彼女を奪い、


そして彼女からは幸福を奪うもの。




連れ去る………つまり、彼女をあの地獄のような裏の芸能界に引き戻すということ。



ようやく忘れようとしていた過去を、再び掘り返すということ。




つまりそれは………



康本と奈落、二人の狂人の、それぞれの『悪意』が重なり織り成す、絶望への序章。






「康本が………!」




「行って、今すぐ。




でないと………手遅れ……なる。



間に合わない。」






「――――」






瞬間、彼の頭は一気に沸点に達した。





―――奈落、康本……


しまった、今日だったか!


………今日?



違う、『今日』なのではない、


自分と柴名の外出を狙われたのだ、恐らく。



失態だ、やってしまった!


あるまじき油断があった………!



やはり秋華を一人で置いて来るべきではなかった!




いや、今そんなことを考えても仕方がない……!



そうだ、秋華が、秋華が今この瞬間に危ない!



対向しうる術など、どこにも持たない秋華が!



家には、芝さんしかいないというのに………!


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「今からで間に合うか!?



レクサ!!」




「わから……ない。



でも、急いで……



とにかく。」





「!?」





「おじちゃんも、いない。




………芝、寝たまま。



救えるの、勘助しかいない。」






勘助の目に当てていた手を、ゆっくりと下ろすレクサ。



そしてその手は……今度は小さな握り拳を作り、



今度はそれを、彼の胸の辺りにコツンと当てて。









「間に合うって、信じて。」












「――――」








………その次の一幕には、


勘助は柴名に、レクサのその小柄な体を預け、一つ会釈を残して坂を駆け降りていっていた。




「勘助君!?一体どこへ!?」と、柴名が叫ぶのが聞こえるが、


しかし、勘助はそれを気にも止めない。




ただその雨濡れに滑るアスファルトの坂を、ひたすら、無心に、



大破した軽トラへ向かって駆け降りる。







―――何故、神様であり、剛体であるはずのレクサが、たかが軽トラの衝突程度でああになるまで怪我を負ったのか。



今の勘助には、それが何となくだがわかる。










………彼女は恐らく、軽トラと自分がぶつかった後も動けるように、その衝撃を一身に受けてくれたからに違いない。



あれだけ飛び散った破片の中に、


内部の部品は見当たらなかった。



あれは……たぶんそういうことなのだろう。






「――――」






………無我夢中のまま、勘助はドアを勢いよく開け、運転席に飛び乗る。




ひび割れたガラス窓を打ち付ける雨は、さらに勢いを増し。





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