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………あえてその独り言にも似た勘助の問いに対して、


なんの回答もしなかった古川。





考えても結論も正解も出ない話であるし、






それにいくら何をどう考えても、どのみちやるべきことは一つしかない。






芝山に、


生きていた証と、



そして『生けるもの』として当たり前の日常を。




………つまり、安らかに過ごさせてやるということ。



















チッ、チッ、という腕時計の針の音を、



何百、何千と聞き流し。





顔に微かに当たる風の、それも微かな心地よさを複雑に思う。










―――人が一人死ぬんだがなぁ………











あの病室での一幕の後、どうしても悲しいことなのだと思えない自分がいる。








芝山の死期が、死に様が、どうしても想像がつかない。









当たり前の人の死として、病床で静かにその死を迎えている、芝山の姿が………








「秋華には俺から話をします。」





しばらくの沈黙の後、勘助が言った言葉。






「……わかった。


よろしく頼むわな。」








そう答えた古川は、ポケットからタバコを取りだし、それから火をつける。





「…………」






その先端から緩やかに流れる煙は、放牧地へ向かって




細く、細く伸びていった。










真っ直ぐと闇に消える緩やかな白線は










一つの、一つの時代の終わりを示すようだった。







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―――※―――







同刻―――




『元』ラージブリーティングファームの社長室。





「こんにちわぁああ康本さぁあん!?」




血走った目の八島奈落は、両手で持った受話器に向かって叫んでいる。




「僕ですょおお!孤高の天才奈落でぇえス!」





相変わらず趣味の悪い白スーツと、豹柄の伊達眼鏡に身を包んだ彼は、椅子と机に足を掛けて、立ち上がり、小躍りをしている。





………形容するのも気持ち悪いぐらいだが、その様はまるで、ウジ虫が立ち上がってくねくねやっているような。




『……ああ、八島さん。



いつもお世話になっております。ふふ。



この間は福島七夕(ふくしまななゆ)の発見にご協力いただき助かりましたよ。



おかげさまですっかり従順なよい子になりまして………』




ふふふふふ、と受話器の向こうからはこれまた気味の悪い下品な声。



芸能界で天才producerと持て囃され、その顔に似合わず上品なトークで知られる彼の姿は完全に鳴りを潜め。



康本、と奈落が呼んだこの男は、さらに話を続けた。




『この間ウチの事務所に頂いた……


親の借金のためにカタに貴殿方が連れ去った娘でしたか………



あれも役に立ってますね。』




上玉は使い道が……と高笑いする受話器の向こうの康本。



普通の感覚ならこんな内容の話を聞けば、多少なりとも眉を潜めたくなるものだが。




八島奈落は、違う。





「ひゃあはははは!そうでしょう!?そうでしょうともおおおっ!



この僕が、天才の僕があああ連れてきた女ですからあぁああ!」




興奮しきっていて、人間『だった』頃の面影すらないように思える。



今の彼は、ただのゴミクズ。作者ですらそう思って筆を滑らせている。





『ところで今回はどのようなご用件で?



上玉でも手に入りましたか』



くくく、と噛むような笑いの康本。




「はいいいそのとおりいいぃ!


上玉も上玉あ!」




『ほう………それほどまでに。』




「今一番あなたが『欲しがって』いるぅ人間かもぉおお!?



このアマのことはあ、


たぶんんあなたは、よく知っているはずですがぁああねぇ?」





『なかなか面白い。




聞きましょうか?』







「んふふふふ。



聞かせましょうともおおお!」







そう言って奈落は、顔写真を貼った履歴書の様なものを引き出しから取りだし。


一通りの高笑いの後。



それからそれを天に掲げて読み上げた。



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「康本秋華ぁああああ!」





奈落の叫び。





受話器の向こうで、息を飲んだような感じの康本。









『…………見つかりましたか。



散々手こずらせやがって………』







バキッ、と何かが折れる音を向こうの受話器が拾う。



何が折れたのか………それは解らないが、ともかくも暴力的な破壊音であることは間違いなく。





『特別手を掛けて育てた愛娘ですからねぇ………



回収しないと元が取れない。使える女にしたはずだったからねぇ。



父親として、迎えに行かないわけにはいかないでしょう。』




多少荒ぶったような息遣いで康本。



聞くものをゾクリとさせるほどの冷徹な声。


いや、冷徹な、というよりは不快な、という表現が相応しいか。




………しかし、奈落にはこの声が堪らないらしく。




「ヒィイヤハハハ!そうでぇす!


迎えにいくべきでしょうお?



是非そうしてもらいたいんでぇすねぇ、僕はぁ!」





狂人、と人が呼ぶ由縁は一重にここにあると言っても過言ではない………



狂った感性を持ち、なおかつ他人の狂った感情を好む。



八島奈落は、正に、狂人である。






『で?モノはどこに居るんです?



早ければ一週間以内にも連れて帰りたいが』




平然と康本。こちらはこちらで相手の様子の異常性をも利用したがる狂人。




「んひゃひゃひゃ!そーこなんですがねぇえ!



実はぁ、僕はぁ、そこの住人にすこぶる恨みがありましてぇえ!」





グシャッ、と紙を握りつぶした奈落。



その手中には、勘助と、そして秀馬の顔写真が。





「どうやらそこの住人とあなたの娘の秋華さんはぁ、



イイ関係なんですょねえええ!」




『ほう………親に断りもなく。』




「けしからんでしょうぉ!?


腹立つでしょうぉ!?」




『確かにけしからんことだ。



これはきついお仕置きが必要というわけだ………



………で?私にどうしてほしいと?』





「そのキツイお仕置きでえええっ!



奴を絶望させてやってくださぁああぉい!



秋華さんを連れ去り、あいつに地獄を味わわせてくれれば僕はそれでぇえええ――――」




『つまり、それが情報料ということかな?』




くく、と康本。



―――そんなことならいくらでも、というような意志が伝わって来るような自信たっぷりのその声に。





やはり奈落はさらに興奮し。


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「相変わらず物わかりがお早いぃいい!


そうでぇす、そのとおりでぇすすぅ!



いつものようなお金は必要ありませんからぁあ?



奴らに絶望を見せてやってくださぁああい!!



それが僕にとってはあああ、僕にとってはああああああ」




『………必ずその泣きっ面を貴方の御前にかざして見せましょう。』




その言葉に。




さらに奈落が興奮したのは言うまでもない。




「泣きっ面あああひゃあはははは!見える、見える、見える、山本のクズの泣きっ面がああああああひゃあはははは!



是非ともよろしくお願いしますよぉおお!天才producer康本さあん!



この手に、この手に、奴の泣きっ面の写真ほおおおお!」






『必ず。



では、場所をお教え頂けますかね?』




相変わらずの噛み締めるような笑いで、康本は言う。



同時に、パソコンのキーボードがカタカタと音を立てるのも聞こえる。





「それは後程メールでぇええ!



だから今はあああああああああ!






『山本牧場』






とだけ言っておきましょうかあああああああああ?」





一瞬、小気味よくリズムを打っていたキーボードの打鍵音が、ピタリと止まった。




『山本………




牧場?




なぜそんなところに』




意味がわからない………とばかりに康本。



恐らく、都会から外には出ていないとでも思っていたのではなかろうか。



しかし、案外というか、この話には奈落は付き合わず。




「そこは僕にとってはどうでもいいことですのでぇえ?



ではあ、これにて失礼しますねぇええ!?」






『ああ、それは失礼。




貴重な情報をどうも。



…………では。』








ガチャリ、という音と共に途切れた康本の声。




それと時を同じくして、興奮しきった奈落によって



テーブルの上、電話機本体に受話器が投げつけられる。






「ひゃあはははは!



これで奴の地獄行きは確定だあああああっ!」




テーブルから飛び降り、絨毯の上で小躍りを再開する。



その手に握り締めた写真二枚と、秋華の履歴書を振り回しながら。



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これなら自らの手を汚すことなく。


棚ぼたのごとく手に入れた馬主業を捨てる必要もなく―――つまり馬による秀馬への復讐も引き続き可能で。


しかも、自分を殴った秋華に対しては、彼女にとって最悪のパターン、


もっと言えば勘助にとって一番絶望的なパターンを見舞うことができるのだ。





「これで!奴らは!地獄におっちっるっ!ひゃあはははは――――」





自分が考えうる最高の形の嫌がらせが今自分の手中に―――



そう彼が高笑いを始めた刹那。







「―――お止めくだせぇ。」





傍らからのそんな一声。



野太く、嗄れた、いかにもその道の者の声。


奈落の雰囲気が一気に険悪なものに変わる。




「…………あ?なんだぁ?


蘇武輪?」



動きを止めた奈落。



刃物を舐めるような視線が床に飛ぶ。



蘇武輪、と奈落に呼ばれたその巨漢は、そのふかふかの絨毯に傷だらけの拳をつき、頭を体ごと伏せていた。




「ここは動かねぇのが得策だと」




「ああ?蘇武輪?てめえが意見かああああ?



てめぇの小さいオツムで何がわかると言うのかなぁあああ?



この天才のボクに意見するからにはそれなりの覚悟があってぇええぇ――――」




「康本は策士です、若頭。


裏で何を考えているか解らねぇ。



利用するだけしたら使えなくなるまで使い続けて最終的に綺麗さっぱり手を切る………これが今までの奴の商法です。




奴をあんまり信用しすぎると、終わった頃には取り返しのつかねぇことに――――」




言葉半ばで、蘇武輪の口は動くことをやめた。



奈落が上から足で頭を思いっきり踏んづけたからである。



「がっ……………!」




「あれ以来随分と山本の奴らの肩を持つよねぇえええ蘇武輪?


どうしちゃったのかなぁ?ん?君ほどバカ親父にバカみたいに尽くしていた男があああ?」




「『バカ親父』とは先代のことですか若頭……ぐっ!」



ボディに一発。蘇武輪は苦しそうにそこへ突っ伏す。

端から見ても相当苦しそうではあるが、奈落はさらにその上に足をのせ。




「んなこたぁああどうでもいぃいい!



いいか?コラ?クズ蘇武輪よぉ?ん?



てめえあの時あの小娘に『俺に似ている』とか言ってたらしいじゃねぇかあああん?」




「わ、若頭、なぜそれを………ゴフッ!」



次は顎に一発。




蘇武輪の体は後ろに弾け飛び。



ドゴッ、と鈍い音を立てて壁に激突し。



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「何でも聞こえてくるんだよボクの耳にはなああああっ!



コラ、蘇武輪。



てめえがあの秋華って小娘に何を思ったか知らねぇがなぁあああ」




そう言った奈落は、さっきの蘇武輪の壁への激突の衝撃で


手元近くに転がってきたドスを手に取りそれを蘇武輪の首もとに当て。




「これ以上庇うんならああああっ!?



次、首、飛ぶよぉおおおっ?」




「若…………頭!」




「ンフフフフ!クハヒャヒャヒャ!



わあったかこのクズ!



この僕を止められるものなどなにもなあああああい!」









奈落はそのあとも蘇武輪にあらんかぎりの暴力を振るい続け。





狂気の男は、その足で、




壁を蘇武輪の血で染め上げた。










高笑いが止むまでには、相当に時間がかかったと言う…………


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―――※―――




「愛娘が見つかった。」




受話器を置いた康本は、傍らに控えていた黒いスーツの男に話しかけた。



その風貌から………秘書であるらしいことはわかる。



「何番目の愛娘ですか?」



ニヤリ、と黒スーツ。





「秋華だ。15番目。」



フフン、と鼻を鳴らす康本。


キーボードの打鍵音はその間も続く。




「15番目………若葉の姉ですね?


ということは、かえでの妹………」






「…………東京周辺にいると思っていたが、まさかあんなに遠くにまで逃げているとはな………



あいつには他の奴と違って金がかかっているからな。




すぐにでも連れ戻しにいかなければ………」





カタッ、とエンターキーを押した音を最後に、康本は席を立つ。



そして、本体に差していたUSBケーブルを引き抜きポケットにしまい。




「北海道へ飛ぶぞ。



力自慢を五人ほどつれてこい。




力づくで連れ戻す。」





にたあ、と顔を歪め、その部屋を出ていく康本。



「はっ。」と呼応した黒スーツの秘書もつれて部屋を出る。









部屋に残されたパソコンの画面には、




大きな地図の上に、『山本牧場』と書かれたピンが立てられている様が写し出されていた。


住所までバッチリ記載されている。






























ギリギリのところで張りつめていた『均衡』という名の糸は、今、








音を立てて弾かれ、






そして、切れてしまった。





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