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32

ーーーーー




『それで……我か。』



白髪の青年は、そのロシア製のコートを長く揺らして勘助の前へ降り立った。




いつかの記憶に焼き付いた、


ただ真っ白い世界だけが続く、あの訳のわからない空間に勘助は飛ばされていた。


しかし不思議なことに、今日はあのとき感じた恐怖などは微塵もなかった。


変わったことと言えば、あのときはこんなところに薙刀はなかったが―――



「すみません、土地神様。


しかし、今の現状、あなた以外に頼るべきものがありませんで………」



崩れた体勢を整えつつ、勘助が言う。




『……何やら近頃騒がしいとは思っていたが。


よもやそのようなことになっておろうとはな。



あやつ、賢い馬だとばかり思っていたが………』



中に着込んだ蝦夷錦が、風もないのにはためいている。


前に言っていた『気』とかいうやつの影響だろうか?



「いえ、バカじゃないんです。


賢すぎるのがそもそも問題でして………」



土地神の着物の不思議を気にしながらも、


勘助は最近山本牧場を取り巻いていた事情を一から説明し始めた。


トシローがそうなってしまった原因から、これまでの努力、失敗、


そして土地神の力を借りようと思い立った経緯まで全てを。

一通りの話を聞いた土地神は、


その話が終わると同時に勘助に背を向け、少し体を屈めてなにか悩むようなそぶりを見せ始めた。



「どうかしましたか?」



少し心配になった勘助が様子をうかがう。


すると土地神は少しこちらを振り返り、それから再び勘助に背を向けて、今度は何もない『上』を見据えて


ゆっくりと口を開いた。



『手を貸すのは容易いことだ、勘助よ。


我は曲なりに神格を手に入れた者………たかが産み落とされて二年ばかりの子馬に対抗できぬような柔な体を持ち合わせているつもりはない。


たとえ相手がどの様な生物であろうが、負ける道理は、ない。



我が手を貸せば、その問題とやらはすぐにカタがつく。その考えに間違いは、無い。』




……宙に浮く薙刀を手にし、それを彼の正面に寝かせるようにして置いた土地神。





「では………!」



――来てくださいますか?



そう続く筈だった勘助の言葉は、土地神の手に遮られて消えた。


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『―――が、な、勘助よ。



貴様、ここで仮に我を頼ってこの問題を解決したとて、


もし次の障壁が現れた時、どうするつもりか?



我は人間界において絶対的な力を発揮する術を持っている。



金を増やせと言われればそれは可能であるし、馬のことなら骨折を治せと言われればすぐにでも元に戻せる。


我は貴様ら人間の不幸を、幸福にも絶望にもできるのだ。


仮に、だ。勘助よ。



ここで我が貴様に協力をすることを確約したとて、


障害が起こる度………金に困ればその都度我のところにせびりに来たりだとか、馬が疲れる度に癒してもらいに来たりだとか、


そのようなことにならぬ保証はあるか?



我の神格に頼りきって、人間としての努力を怠るようになるようなことがない確証が、貴様にあるか?』



土地神は、特段怒るでもなく、また試す風でもなく、


波を立てぬ水面のような静けさで、そう言った。




―――人間としての努力を怠る。



神、に近い力を手に入れた人間が、多く行き着く先だ。


と、土地神は言う。



そこに行き着くまでは何もかもが上手くいく快楽によって、その人間は世に自らの『生きる意義』を感じることができるのだが、


全てを手にいれてしまったとき、



それはただの一辺も消え去るという。



登り棒を楽しむ子供が、それを登りきった先に見るもの―――


先はない、降りてまた同じことを繰り返す事によるマンネリ感。



何もかもを他力本願に、なおかつ楽に手に入れてきた者達にとってそれは言い知れぬ虚脱感を生み出すきっかけになるという。


そしてそれは、がらんどうの糸釣り人形のような人間を生み出す種でもあって………



『―――我に力添えを欲するなら、それだけの覚悟は不可欠だということだ、勘助よ。


所詮、人間ごとき《器》の小さな者たちは、その誘惑や、そこから派生する虚脱感からは不可避なものなのだ。


そして、勘助。その事、貴様とて例外はない。



我の力を借るということはすなわち、自らが廃人になる可能性を作り出すということだ。


貴様にそこまでの予測はあるのか?


そして、それを踏まえてなお我に力添えを求めるのか?』




的確かつ説得力のある言葉を並べ、静かに勘助を問い詰める土地神。





「……………。」


胸が波音を立てている。


約一年前、初めてここに来て、初めて土地神と対峙したあのとき。


今の彼の心持ちは、そのときのそれによく似ていた。



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(―――やはり試されている。)



あの時と同じ。追い込まれた状況のなかで、不可避な選択を迫られるこの状況。


決して根性試しというわけではなく。


その知恵と覚悟を同時に試してそれだけの資格があるのか試す。


この神様が、この地で四千年繰り返してきたというその試練。



未だクリアできたものは勘助とその父親のみであると聞き及んでいる。





難しいのは、この試練は二択問題であって、しかし回答はその中には含まれない。


裏をかき、提示された二択を超えた回答を叩き出さねば、このせめぎ合いに結末は『不可』しか存在しない。


かといって都合のいい嘘をつけばついたで、神様の持つ『気』とやらのお陰ですぐにバレてしまい、結局は元の木阿弥になる。


しかも、その行動は時として『記憶の消去』という最悪の事態を招きかねないのだ。




この、儀式ともいうべき試練は、この世のありとあらゆる理(ことわり)と、真意のせめぎ合いと表現してまず間違いはない。



過去に一度対峙し、また、二度会話したことのある勘助は、


その事実を誰よりもよく知っていた。




(こんな心の声も全部聞かれてんだろうな………)



背中に軽い悪寒が走る。



過去二回の会話とは違い、今度は背負うものがある。


トシローや、それに懸ける古川や秋華、そして秀馬や桜花たちの希望。



神様を頼るにはそれ相応の理由があるのだ。




「………廃人にはなりたくありません。


それでも、やらなければならないことがある。」



勘助が顔をあげた。


光の消えた冷酷な瞳に、哀しいまでに落ち着き払った声を添えて。



『………貴様らしくもないな。


我の知る山本勘助は、我の意表をつくような


それでいて我の期待の先を行く答えを出すような人間なのだが。


多少買い被ったやも知れぬ。



よもやここに来て根性論とは――』



「そうじゃありません。」



確固たる意思を宿し、勘助の視線が飛ぶ。



土地神が少し眉を動かした。


『………何?』




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「やらなけりゃならないことがある。


だから、全部の状況を引っ括めて、一番最善の方法を考えたつもりです。



中途半端な考え方で事を進めるほど、今回の事情は甘くない。もう追い込まれてるんです。


入厩(調教師に馬を預けること)までもう時間がない。


そんな状況下でいろんな事を考えた結果………




今回の場合、土地神様。



最善は貴方だった。」




『………それにしては言葉に重みがない。


先も言った通り、廃人になる可能性……計り知れぬ。』



「聞き及びました。」



『―――悪魔と契約すれば最後呑まれる、という話………聞いたことはないか?』



「………悪魔?」




『絶大なる力を手に入れるため、人はしばしば自らの身に悪魔を寄り付かせる。



人間界にあってはならない力を手に入れた依りしろは、


その膨大なる力に高揚し、その力に溺れ自らを失うて、



最後、喰われる。



それが契約だからだ。






悪魔も神も妖魔も、さほど変わらぬ。



違うのは最初に善意があるか無いのかだけ。


最後は、呑まれる。



神格を持つものに力を借るということ、そう安く考えてもらっては困るが。』



蝦夷錦がはためく。


直立不動の土地神と対照的なその服の様子は、


まるで勘助の心の静と動を表現しているようで―――



『それでも最善、かね?』



再度、土地神が聞いた。



その言葉から、オーラから「退け」という意思が見て取れる。


それだけのリスクがあるのだと、土地神が戒めてくるのが、手に取るようにわかる。



勘助自身も、体全体が後退を促していた。



――高くなっても馬を買えばいい。


借りてこればそれで問題ない。



遅くはなるが、調教はできる。




自分の『正常さ』が、自分自身をリスクから遠ざけようと躍起になっているのがよくわかる。


前進を促す『情熱』ですら、それには妥協の意を示そうとしていた。



――行くか、戻るか。



しかし奇妙にも、こんな状況下で。




勘助の『静』には今、


奇妙にもひとつの確証が生まれつつあった。





















この土地神に呑まれることは、無い。






勘助と同じ、善意の血がこの土地神にも流れているのだと―――





「………忠告ありがとうございます。土地神様。



神に力を借るリスク……よくわかりました。」





『…………。』


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「その上で。


それを踏まえて、土地神様。





もう一度お願いします。



協力していただけませんか?」



丁寧に頭を下げ、礼を示した勘助。


さすがの土地神も、これには面食らった。



『バカな………。


我の話をなんとして聞いていたのだ?



……よもや、


廃人になってでも、などと貴様は―――』




「俺は、廃人にはなりませんよ。


土地神様。」




『…………。




不可避なものだと何度も言ったはずだが………



しかし、それに勝る確証があるとでも?』




「ええ、あります。」




『………即答とは。』



呆れ半分、疑い半分といった様子の土地神。




しかし彼は、心のどこかで『らしい勘助』の姿が自分のイメージに帰ってきたとも感じていた。



この、意表を裏返すような発言こそが、土地神のイメージの中の勘助の真骨頂。


彼の曾祖父、曾祖母から続く、善意の血が織り成す、思いやりからなる彼自信の知能の枠を越えた閃き。




面白い。




そんな感情を、自分に抱かせた、唯一の存在。




―――それが、それがあったからこそ、我は理を曲げてまで。



自らの役割を捨ててまで―――――



『……よかろう。聞いてやる。



貴様が廃人にはならぬということのその根拠、話してみせよ。


そしてもし、我がその話を聞き、貴様の根拠とやらがまこと合点のいくものであるなら、





我は貴様らに力添えすることを、誓おう。』



きっぱりと言い切り、静かに口を閉じた土地神。


その身に纏われた蝦夷錦は


動きを止め、辺りは静けさを増す。


それは、土地神が何かを自らの中に暗示したことを示すようで。





「………即決はしてくれないんですね。」



多少意地悪そうに勘助が言う。


彼だって本当は、そんな簡単に力を貸してもらえるだなんて思ってはいない。



長きにわたり、人間への非協力を協力とし、それを生業として来た土地神。


物事を最外面から見渡し、最終的に全体を見て結果的に人を救う彼に、


勘助は一度助けられている。


人間世界の理を曲げてもらってまでも。



そんな状況で、再び土地神に頼ろうなどと、本来なら図々しくて口にも出せないだろう。



だが、今回は違う。


その図々しさを掻き消すほどの、ゆゆしき事態が展開しているのだ。



先にも書いたが、勘助は相当の覚悟でここへ来ている。



忌みごとのひとつや二つくらい、口にしておきたいと思うのも、また自然だった。


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『当然だ。



繰り返し言うが、貴様にそれだけの資格がないと見れば我は絶対に手は貸さん。


だがそれは、何も我が力を出し渋っているからではない。


………惜しいのだ、勘助よ。


こんなことで貴様を失うのは惜しい。


貴様は、ここで呑まれるべき人間ではない。



貴様の中に生きる善意の血は、この世に燦然と輝く一筋の希望。


―――特に、あの小娘…………秋華とやらにとってはな。だから未だ我は、最善の策は引くことと勧めておる。



貴様にはまだまだ先がある。


我は疫病神ぞ。



原石を屑にしてしまうには十分すぎる存在なのだ。』




長身の土地神は少し顎を上に向け、勘助を一瞥した。


見下ろされてるようで、だが蔑まれているような感覚はない。


『原石』とまで言われた勘助は、何やら少し身の縮むような思いがした。




「その言葉は本当にありがたいんですけど。



………そこまで言いますか。」



失礼だとは思いながらも、照れ臭くなって若干頭を掻いた勘助。


苦笑混じりのその表情には、しかして土地神への感謝も混じっていたに違いない。


「………神様に誉められたのは初めてだな。」




『見ていて――面白いな。


なぜか貴様の前では《気》を使えぬ。

我が、我自身が面白さを求めているのが解るからだ、勘助よ。


我が人間同士としての対話を、楽しもうとしているのだ。



だから、我は思う。



貴様という、山本勘助という感性を失うにはまだ早すぎる。』



「……………。」




『言うてみよ。


貴様の言う、「自分が廃人になることがない」その根拠とやら。




貴様のその口達者で、我を説き伏せてみせよ!』






ごおっ、と今度は本物の風が吹いた。


後ろから吹き込んだその風の方向を振り替えると、その白い空間にぽっかりと穴が開き、深緑の世界が広がる原生林が顔を見せていた。



―――退路は用意してある。



そう語るかのような土地神。



『自信がなければ、引くがよい。


責めはせぬ。』




これが、この土地神の精一杯の思いやり。


勘助の曾祖父から続くという《善意の血》のみに見せる、彼の善意。




引けば、勘助という人格が崩壊することはまずない。



逃げの一手を残してくれた土地神。



だが勘助は…………




「ありがとうございます。



………ですが。












ここで引くぐらいならもとからここには来てませんよ、土地神様。」



にや、と勘助が笑った。


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『………自信はある、といった顔だな。』



「あります。」




『浅はかに見ればすべてを失うぞ?』




「大丈夫。


絶対に廃人には成り得ないんですってば。


事態がどう転ぼうが、ね。」




『…………よろしい。



申せ、勘助。』






深く息を吸い込んだ土地神。


もとより呼吸の必要はなく、呼吸器も存在しない。


が、それでも空気を吸い込んだわけは………


張ったように動かない体。


《む……。》





「俺の知る限り土地神様は。」



勘助が口を開き、土地神はゆっくりと目を閉じた。







「人の記憶を消したりして、表だけを見れば人間の邪魔をしているように見える。


けど、結果的にそれはその人の今後を考えてのことで、決して人を嫌ってやってる訳じゃない。


そうでしょ?」




『………………。』




「俺は土地神様にこそ善意の血が流れてると思うんです。


ま、『表』でも助けられた俺だから言えることかもしれませんが。



いつもピンチになったら何かしら現れてくれる。


俺の善意の血ってやつを羨んだから、なんて土地神様は仰いますけど、


そもそもあなたの中に善意がなければ助けるも助けないも無いわけで………」




『…………だから?』




「そんな善意をもって俺に接してくれる土地神様が、


いつも物事を律をもって解となす土地神様が

















俺を崩壊させるような元凶…………


私欲のための願いなんて、聞くハズがないんですよ。」






『…………………!』




土地神の心に電撃が走る。





「違いますか?」




『ぬぅ…………!』





―――返す言葉がない。




まさか、そう来るとは………




確かにそう。奴の言う通り。


我ははいそうですかと何でも聞き分けよく手を貸すような者ではない。自覚がある。



人を想うがため――という言葉には少し語弊があるかもしれないが、その者を『結果的に』救くことが我の役目…………


その為我はこれまで、手を貸せる者にまでもあえて何もしなかったことが多かった。



我が力を貸せばその人間は壊れてしまう可能性が高くなるからだ。



自殺する者を止めぬ、というのもまたひとつ。


死するものを救うことなどは容易い。


だが、その後。あとの生活に於いて半端な意識しか持たぬものが、果たして死に至るほどの相手の心の傷に耐えうるだろうか?




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だから我は、例えそれがどんなにまともな願いであろうと、


後を見て、相応しくないと判断すれば力を貸すことはない。




…………まともな願いでさえそれであるのに、


まして私欲に力添えするようなことは―――。




『………つまり。


貴様の問題ではなく我自身の問題であると………』




「ええ。」



微かに勘助が微笑む。



『…………。』




完全に裏をかかれた。と、土地神は思った。



争点は勘助の意識だと思っていた土地神。


それに対し、


ハナから土地神の性質を見抜き、それを味方につけていた勘助。



多少邪な道であると土地神は憤ったが、しかして勘助の確信の至るところは、


土地神による問いかけの、要点―――ポイントを、的確に捉えていた。




―――なるほど確かに奴が廃人になる可能性はなかった。


いや、未来永劫無い。



なぜなら、助けを求めた相手が我であるから。



奴の言う通り。私欲のために手を貸すほど我は安くない。


何度も何度も応えてやるほどの甘さも持ち合わせていない。



そして、それにより彼らが崩壊するような危険性があるのであれば、


確実に対象をそこへは近づけない。




『…………。




勘助よ。』



多少顔をしかめた土地神。


はい、と勘助が返事するかしないかのタイミングの時、



土地神は目の前におかれた薙刀をグッと握りこみ、それを先程開いた穴に向かって投げ飛ばした。



それが勘助の顔のすぐ横をごおっ、と音を立てて通過し、波動が風となって勘助を打つ。


背後に消え行く薙刀の気配と次第閉じて行く下界への道。



もう退路は必要ないな?


そう再確認するかのごとく――――




『概ね貴様の持つその考えは、正しい。



上に、貴様が廃人にならぬという確たる証拠でもある。


もはや貴様に言い返す言葉などない……が。』




長い白髪をさらりと揺らして、青年の出で立ちの土地神はふわりと舞い上がった。



「?」



『なぜ、そうまで我を信用できる?


我は、一度は貴様の記憶を消し去ろうとした者ぞ。



貴様にとって我は、


この上ないほどの疫病神であると、


何度も云った筈だが?』




「いいや。


だから信用できるんです。」




『……どういう意味だ?』


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眉を潜め、静かに問うた土地神。


勘助はそれに対して、口許を少し緩めてこう言った。



「俺の過去………ってか、ここ最近のことですけど。



凄くいろんな人が俺の人生に関わってきました。


秋華や芝さん、桜花さんに秀馬さん。


古川の社長に柴名さん。



みんなそれぞれいい人です、俺にとっては。


理由はいちいち言いませんけど。




………でも、そんな人たちに共通して言えることがひとつあるんです。





みんな、何かしらひとつクセがある。



鈍感だったり、お喋りだったり、早とちりだったり、酒飲みだったり、すごい焼きもち焼きだったり……。」



『………。』



「でも、よく言えば人間くさい人たちなんですよ。みんな。


自分をしっかり持っている人たちなんです。多分。



さっき言った癖だって、見方によればいいものに見えますよね?


視点を変えれば見えてないものが見えてきて、それを好きになれればその人を信用できる。




クセのない人間なんて、俺は信用しません。


つか、できません。






だから土地神様。


これまでの付き合い、短いけどわかるんです。



あなた相当な曲者だ。





でも。



俺はそれだからこそあなたが信頼できる。



神様であろうとなんだろうと、しっかりあなたも持ってんですよ。


疫病神ってクセを、ね。」






『我が………疫病神であるが故に…………と?』



―――貴様は言うのか。





「はい。」







『……………。』






もはや何一つ言い返す言葉はなかった。


大馬鹿者だ、こいつは。



浅はかだとか、綺麗事だとか、そんな言葉が通用する人間ではない。



―――我を信用しきっている。



そしてその理由は、『我が疫病神である』がゆえ。



信頼されている―――




初めて得た『感動』を薪にして




心を熱く燃えたぎらす彼に、驚いている彼もいて。




その葛藤が産み出した新しい意思によって、



土地神の思惟に、雷に打たれたような衝動が走る。




―――この大馬鹿者に、手を貸してやりたい。



我の中にもわずかに流れるという『善意の血』を、こやつにくれてやりたい。



別に、どこかに所属したいがためだとか、そんなことは毛頭考えないが。



だがしかし、目の前にいる山本勘助という人間にだけは、理由もなく手を貸したくなる。





自らが浅はかだとすら思うが、しかし、




こちらも信用せずにはいられない。



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土地神としての彼が生まれて以来、こんなことを思ったことはなかった。



こちらから相手を信用し、自分から救ってやりたいと思うことなど。




『これは、ナンセンスだ……!』




《葛藤》が叫ぶ。




いまだに自分が本当にこれでいいのかわからない。



が、彼の心持ちは、既に決したに等しかった。



……彼の地へ行く他はない。



ただ、対象でしかなかった人間という生き物が、今、意思という形になって彼の心を大きく揺さぶり―――











『………よろしい。』





「!!



………では!」








『行こう。山本牧場へ。』









辺りを埋め尽くしていた白い風景が弾け飛ぶようにして消え、



一瞬にして原生林に姿を変た。



図ったように海がうねり、



ごう、と風が吹いた。







土地神と勘助がガッチリと手を組んだ、


丁度そのときのことだった。




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―――閑話――――





『………紹介しよう。


名を、レクサ。


齢200年と言ったところか。』




土地神が、十歳くらいの女の子を抱えあげて言った。


これでもかというくらいに派手な蝦夷錦を着込み、その上から見た目にも完全に土地神の物と思われるコートを


だぼだぼに羽織っている。


どこか、日本人と思えない感じが漂う、幼い美少女だった。






が。






それを見た勘助は目を点にしてあっけにとられていた。




「すみません………あの………ひょっとして……



さっきまで土地神様が握っていた薙刀って………」



『いかにもこのレクサだが。』





―――そう。


彼女はつい二、三分前まで薙刀だったのだ。



ところが下界に降りて、土地神と勘助が握手を交わしたところ、


その薙刀が突然二人の間に割って入り(顔を切りそうになった)、




さらに、


ポン!という可愛らしい音と共に薙刀は煙をあげ、


いきなり女の子に姿をやつしたのだった。





で、土地神様はそれを『レクサ』というのだと紹介し始めたのだ。




勘助の唖然とするのも当然だろう。





「あの…………」




「よろしく。勘助。」



レクサ、と呼ばれた女の子は、笑顔で手を勘助に差し出した。



(よ、呼び捨て!?)



一瞬勘助は、「なんだこのクソガキ」と思ったが、




そういえばさっき土地神が齢200年と言ってたな、と、寸前思いだし




「え、あ、よろしくお願いいたします………」



と、手を握り返した。




するとレクサは満足そうにニコリと笑い、



「一度、会いたかったんだ。」



と満足そうに言った。




「……俺のこと、知ってるんですか?」



「うん。


いつも勘助の監視はあたしの役目。」



「…………監視?」



「これで、いっつも勘助たちの行動見てる。


暇潰しに。」



水晶玉を差し出すレクサ。


そこには、勘助の家が映し出されていた。





「へ?」




「勘助、ヘタレだと思う。

一年も一緒にいて、


秋華って子まだモノにできてない。」




「…………は?」




「秋華って子、その気になってそうなことたくさんあるのに、勘助、キスで済ませちゃう。なにもしない。



ヘタレ。」




「な」




「水晶玉、便利。



全部、見れる。」



ケラケラと笑うレクサ。



「ば………」



相手が神様でなければ、フルボッコのレベルだが………


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「と、土地神様!?


あんたこんなことやらせてんですか!?」



焦った勘助は、土地神に憤慨するが………



『いや、我はそんなものは使わないし、見る必要もない。』




「そうなんですか?」




『ああ。


なぜなら、《気》があればそんなものに頼る必要などないからだ。』




勘助の背筋が凍りつく。


どいつもこいつも揃って頭おかしい。




「じゃああんたも覗いてんですか…………」




『ごくたまにな。



レクサの意見に関しては、概ね我も同意する。』




深く頷いた土地神。


レクサはさらに満足げ。








「な、あ……は…………」





真っ白に成り行く頭の片隅で勘助は思った。








こいつらはやっぱり疫病神だ。



と。







その後土地神は、レクサと言う名前の由来が、



アイヌの『レサク』(名無し)という言葉のいい間違えである話や、




この間内地から人間が訪ねてきた話や、



勘助が世界遺産である知床に車で入ってこれたのは、レクサが勘助のためだけに一時的に道を作っているからだ。


感謝せよ。






等というはなしを彼にしていたが、



彼の頭には何一つ入らなかった。




微かに頭に残ったのは、彼らへの別種の恐怖だけ…………






――――閑話休題――――








作者より


レクサについては、応援特典『からころむ』や『闇』を見ていただければさらに身の上ハッキリします。



宣伝です。(笑)


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――――*―――――




翌日、山本牧場。



800mトラックにて。





「「「「…………」」」」




秋華、秀馬、柴名、桜花。


今、彼ら彼女らは、四者四様に驚いている。


スプラッシュしている。


唖然としている。


呆然としている。





「あの………勘助さん?」



開いた口が塞がらない秋華が、何とか顎を動かし、勘助に質問の言葉を絞り出した。




「シカは………どこに行ったんですか?」




「何処にも行ってない。


シカが、この人なんだ。」




「いやいやいやいやいや。


んなわけねーじゃん。


勘助っち、頼むから人間の感覚に戻って…………」



何言っちゃってんの?とばかりに桜花も口を挟む。



「……………。」



何も言わない秀馬と柴名でさえも、



半ば狂人を見るような目で、


勘助とその横に立つ青年と幼女を見つめていた。




………無理もない。




―――以下、状況整理。



「知床に行く」と言ったっきり軽トラと共に行方不明になっていた勘助は、


朝になって、ようやく帰ってきた。


携帯も繋がらず(例の場所はdocomの中継基地がないため)、行き先も知床以外の情報がなかったため、



「ひょっとしてどこかで事故に遭っているのでは?」


との心配のあまり秋華は半狂乱になっていたらしい。



「心配させるなよカス」


帰って来るなり桜花の鉄拳制裁を受けた勘助だったが、



ひとたび併せ馬の相手が見つかったことを知らせると、桜花は今度は「よくやったカス」と抱きついてきた。



その状況からなる秋華のジト目に耐えながら、勘助は、その相手はもうそこまで来てくれいることを説明。


山本牧場のメンバーもさすが粒揃い。




すぐさま調教の用意が始まり、三十分弱で態勢が整うと、


客人の待つ(と思われる)トラックへと急いだ。




―――その親切な人はどんな方で、


相手はどんな馬だろうか。





勘助を除く四人はそんなことを思い期待に胸を踊らせ――――







………待っていたのは鹿と薙刀だったのだ。


しかも、鹿に至っては青白い。



アルピノ種と説明がつけられない(発光現象)まである。






「なんだこの異様な物体は」


秀馬がうめいた一言に、



「神様を物体とは何事か」


と、レクサがキレて変化し女の子になってしまったからタチが悪い。



彼女を押さえるために変化を解いた土地神様見た彼らの目は




点だった。







鹿→人間






薙刀→幼女








常人にこれがどうして理解できようか…………。


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―――――――



「えーと、じゃあ、紹介する。


こちらが知床にお住まいの土地神様で名前は―――」



そこまで言って、勘助は言葉に詰まった。



(あれ?名前は……?)



口を開けたまま無言の勘助。



(名前、わからん………)




そんな勘助の様子を感じ取った土地神は、勘助の一歩手前にフワリと躍り出て、



『我に名はない。


知床の地に生まれ出る時より、土地神、という以外に存在意義はないのだからな。』



と、ロシア製の長い赤コートを翻しつつ言った。



勘助の体を、波動の余波が打つ。




『勘助には土地神様、と呼ばれている。


だから我の呼び名は、それでよい。


貴様らも、そう呼べ。』





土地神様にそう命令された、秋華たち『貴様ら』は、


目の前で起こり続ける奇怪な現象に、ただただ目を丸くするしかなかった。




「う、浮いてますよ……この人………」



やはり怪人を見るように秋華。




「じ、磁石っ、かっ、なんっか、じゃね?」



必死に現実主義を保とうとする桜花。




そして、




『おじちゃんは、そんなトリックを使わない。



おじちゃんは、本物の、神。』




その二人を、200年の年の功で説教するレクサ。





唖然したままちっとも動かない秀馬と柴名も含めて、



その場は異様な雰囲気に包まれていた。






「鹿が、人間になった。」





この、人間の理解の範囲を越えた現象からはや5分。



しかし彼らの脳は、その五分前に置き去りにして来たかのように思考を停止していた。




「あり得ない」






この一念が、



今起こる状況の全てを、非科学現象として処理することを不可能にしていた。




「あの………勘助さん………その………」



桜花の陰に隠れつつ、秋華。


そろりと顔だけを出して土地神を見る。




『なんだ、小娘。』




すかさず土地神が返答するが。




「ひっ………!


ご、ごめんなさい!違います!用事があるのは勘助さんです!


見たことは謝りますから!


だから殺さないで!」







『………………。』




次第、土地神の顔が険しくなってゆく。




『勘助よ。』




「あ、ハイ。」




『こやつらは、なにか大きな勘違いをしているようだ。


特にこの小娘に至っては、我を妖魔か何かだと思い込んでおる。





………我がここに来た理由、しっかり説明せよ。』


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「すみません、わざわざ来ていただいたのにこんな感じで……」



心底申し訳なさそうに勘助。


そりゃあ誰だって――神様だって、


根も葉もないことを勝手に想像されて拒絶されれば、少なくともいい気はしないだろう。




こんなところまでわざわざ来てもらっている客人に対して、


確かにこの扱いはひどいと勘助は思った。




「……えーと、みんなちょっと聞いてくれるかな?」



勘助が、土地神に並ぶようにして一歩手前に出る。



それに対して、『貴様ら』一同は即座に身構える。




「な、なにする気っ!?」




――来るなら来い!といった感じの桜花。



その体から敵意が滲み出すかの如く。




「いや、桜花さん、ちょっと話を………」




「言っとくけどね、あ、あたしはつっ、強いわよ!


小学校の頃合気道やってて全国大会で優勝したことだってあるんだから!


てかまー、あのときは凄惨だったね、うん。マジキチだったわ、ホント。相手の選手なんかさ、ホントにあたしと同じ重量でやってんのかなって疑問に思うくらいでかくてさ、ちょっと勝てる気がしなかったわ、うん。だからさ、あたし考えたんだ!これはもう相手の気を反らす方法を考えてそれを中心にせこーーく攻めてった方がいいんじゃないかって。で、考え付いたのが、胸んとこにアイドルグループ『カラシ』の三ノ宮君の写真張り付けて試合中に向こうに見せてやるって作戦。実は試合前にカラシの曲を大音量で聞く相手の姿を見てたんだよ。だから絶対食いついてくるはずだと思って。え、何?じゃあ、何でそんな写真を持ってたのかって?だってそれはふはははははははははははははははははははは」




『………。』




……さらに険しくなる土地神の表情。



側溝に溜まって腐り果てたゴミでも見るかのような冷ややかな視線が、彼女を貫く。




『一体何だ?この糞喧しい小娘は。』




その土地神の問いに、



勘助を含めた秀馬や秋華たち『貴様ら』は。



彼への恐怖も忘れてがっくりと肩を落とした。




秀馬に至っては、顔を手で覆っている。



「………一応、秘書らしいです。



こちらの、秀馬さんの。」




秀馬の方に手を指す勘助。



土地神は彼を見ると少し眉を動かし、





『………社長は上品なのにな。』



と呟いた。





この土地神の発言は、桜花を除く全員の満場一致の支持を受け、





これをきっかけに、



思いがけず彼らの距離は縮まった。




桜花、恐るべしである。


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――※――




「へー……



じゃあ、土地神様さんはホントに神様なんですね。



こんなことってホントにあるんだ………」




土地神の、その長くすらりとした白髪に触れながら、


驚嘆と感心の入り交じったような声で、秋華が呟いた。



ついさっきまで土地神のことを警戒対象としか見ていなかった彼女だが、



危険な相手じゃない、


というよりむしろ、自分達とよく似た感性も持ち合わせていると知ると、



そこは元アイドルの人懐っこさ。



直前までの非礼を詫びるとすぐに、


たわいもない事を話せるくらいの関係を築いていた。




たまに人見知りすることもある彼女だが、いつになく今回は積極的だったように思う。



秀馬の時もそうだったが、彼女はある一定の条件が揃うと、その人との絡み方がやたらと濃くなる。



……理由は、


辛いから勘助は考えないが。




要は秀馬も土地神様も、勘助に比べて、


アレがアレなのだ。




「………。」




いつになく楽しそうに話す秋華を見守る勘助の心境は、どれほどのものだっただろうか…………。





「うわ!指が!指が透き通る!


ほんとすごいですね!この髪!



どこのシャンプー使ってるんですか?」




『……………。



………メリットとでも言えば納得するのか?』




「えっ!?メリット!?


弱酸性の!?」




『そんなことまでいちいち確かめぬわ。


それがどうしたというのか?』




「それ、私とおんなじです!!


安い割に結構心地いいんですよ。



………でも、私の髪はこんなにサラッとならない………」




『我の髪は貴様ら人間とは出来が違うのだ、小娘。




生物学的な伸び方をすることもなければ、


そもそも本来手入れも必要ない。



他の連中は知らぬが、我の場合は………


趣味だ。』




「えっ………



じゃあ、神様って基本お風呂には入らないんですか?」




『知らぬと言っておろうが。



我は他の神とあまり交流を持たぬのだ。』




「あー。


お友だちいないんですね………」




『いや………いないではないが………



………遠いからな、あそこは。』



「あそこって?あそこってどこですか?」




『風羽町………



って、



余計なことを言わせるでない!』




「風羽町だって勘助さん!



今度旅行にでも行きましょうよ!ね?」




たっぷり嘱望の眼差しで秋華が言う。



「え、あ、ああ………」




『行くでないぞ!絶対に!



世話好き同士で遠慮の仕合が関の山だ………』


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………とまあこんな感じに土地神様やレクサと仲良く(?)なっていった山本のメンツ。




特に珍しさが先行したせいか、


結局、ろくに調教もしないままにお喋りばかりで二時間ほどが経過し、






核心のトシローの調教に至る頃には、既に時計は昼を回っていた。



珍しく秀馬が積極的に会話に参加したりして




その間も会話は続いていたのだが、




それを終わらせたのは業を煮やしたトシローの一声だった。





「ひゅぶふっ!」




―――俺にも少しは構えよ!


この鞍何のために乗っけてんだ!




………そうでも言うかのように尻っパネして体をうねらせ、


何とか鞍を外そうとするトシロー。




『怒ってるね……この馬。』



暴れるトシローの鼻面を、どうどう……と撫でながらレクサが言う。




『だいぶ、イライラ、してるみたい。




そろそろ、走らせてあげたら?』




「あっ…………。」



その時になってやっと、山本スタッフたちは本来の目的を思い出した。



――『トシローの暴走グセの矯正』。




そう、そのために勘助はわざわざ知床まで行き、


この土地神様を連れてきて―――



「あー、すみません、土地神様。



そろそろ調教の方に………」




別に持ってきたもうひとつの鞍を、よいしょ、と持ち上げた勘助は、それを土地神に差し出しながら言った。




しかし、土地神はそれをやんわりと払い除けると、一瞬で鹿の形態に変化し(柴名達から驚嘆の声)、


ちょこんとレクサを背にのせてこう言った。




『我は準備などいらぬ。




いつでも始められるものを貴様らが始めようとしないだけだ。』




「は?何?人のせい?」



フン、と鼻で笑った桜花。


このメンバーの中で、唯一打ち解けることができなかったのが、彼女だった。




『失礼極まりないな、前髪女。



そもそも貴様があんな訳の解らぬ長ったるい話を持ち出しさえしなければ、このような事にはなっていないのだぞ。』




「はあ!?


今度はあたしのせい?マジ腹立つんだけど。


それにあの話だって、あんたの身の上話よりよっぽど面白いしタメになると思うんだけど。



………ってか、前髪女って何!?あたしのこと!?」




『鬼太郎の方がよければそうするが?』



のっぺらぼうの土地神だが、その顔が若干上に歪んだ気がした。



鞍上のレクサは大爆笑。





これで桜花の頭の欠陥………もとい血管が二、三本切れたことは言うまでもない。


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「きたろぅーーーーっ!??


マジ意味わかんね、初めて言われたわそんなこと。すると何か?あたしは妖怪か?髪の毛が針になって飛ぶの?親父が目玉?ふざけんな!斎藤桜花はれっきとした人間だっての!なんなら出生記録でもみる?あたし自身も見たことないけどね!なんなら取ってきてやろうか、今から!市役所までここから百キロぐらい………つか、あれ?出生記録って市役所で貰えたっけ?つーか、書類とかろくにさわったことないし、あはは!あたし全然ワカンネプギャー――――」




「馬鹿野郎」



奇声を発したところで、

秀馬の手が素早く彼女の口に回った。



「むぐっ……ちょ、若………!」




何とか口を動かそうと必死に抵抗する桜花だが、時既に遅し。


秀馬の掌は、もはや蚊の鳴くほどの音すら外に漏らさなかった。





「バカ秘書がすまなかった、勘助くん。


遠慮なく話を続けてくれ。」




暴れる桜花を必死に拘束しながら、無理やり笑顔を作る秀馬。



……哀れなるは頭のおかしい部下を持った上司か。




その技が妙に手慣れているところを見ると、


一体何度同じ目にあってきたのだろうかと、同情の目すら送りたくなる。




「………ありがとうございます、秀馬さん。」




恥を忍んで犠牲になってくれた彼への、心からの感謝を胸に、勘助は話を続けた。




「えーと、じゃあ土地神様、よろしくお願いします。



鞍上はレクサさんでいいんですよね?」




『任せて。勘助。』




―――どうせしがみついてるだけでなにもしないから。


とレクサ。




「はは……



わかりました、お願いします。



で、具体的にどういう風に走って欲しいかと言いますと……」




『―――トシローとやらの二番手を離れて追走、のち、力尽きた所を一気に差し返す。


これでいいな?』




無表情――というより目以外は顔のパーツが存在しない土地神様だが、


一瞬眩く発光したその体が、表情の代わりに意思を表しているような気がする。




「何でそれを知って………って、



『気』ですか。




流石ですね……」





『気は関係ない。


我なりに貴様の考えを考察した結果だ。』




若干見下ろされるような形になった勘助。


蝦夷鹿と言えば、奈良やらそこらにいる鹿に比べると相当に大きいが、この土地神はその蝦夷鹿よりも一回りは大きく見える。


本来それだけで期待値はMAXだが、


その上に頭もいいと来れば………




「………なおのこと流石です。」


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『しかし、勘助よ。


ここの、このコース、


一周700メートル前後と見たが?




それだけで足りるのか?』



―――競馬は1000メートルからしか無いと聞くが…と、土地神。






1000メートル以下のレースは無いわけではない。


地方競馬五場による、スーパースプリントシリーズ(通称SSS)というものがあるが、この中の


『名古屋でら馬スプリント(SP1)』



というレースは、


なんとダート800メートル戦である。



過去、このレースを二年連続で制したラブミーチャンという笠松の英雄は、


1400は長いという強烈な個性を持つスプリンターだった。


彼女は抜群の持続性とそのスピードで他馬を圧倒。二年連続でSSSの総合優勝にも輝いている。


いかに800メートルをフルに走れるかが焦点となるレースが、まさにこれである。





『じゃあトシローもそこ走らせば勝てんじゃん』




と思った諸氏もいるだろう。



が、しかしそれは大きな間違いである。



まず、はっきり言うとトシローはスタミナ血統である。


母父マンハッタンカフェ(主な勝ち鞍天皇賞春・米系血統)に父母父トウショウボーイ(在来血統)。


そしてそのトウショウボーイは3×4のクロスと来ている。


海外系短・中血統(母父サンデーサイレンス)×日本在来血統は、総じてステイヤータイプが多い。




かの二冠馬、ゴールドシップは、有馬記念(中山2500・G1)を


3コーナー手前から強引にまくり、外を回って直線突き抜けるというチートレベルのステイヤーだが。



彼もまた海外系(ステイゴールド・父SS)×日本在来(母父メジロマックイーン)の産物である。




近年、この組み合わせ(特にステゴ×マックイーン)の活躍が目立つが、


あくまで作者の見解として、これはサンデーサイレンス他の短中距離巧者の種牡馬の輸入が相次ぎ、血統的に息切れを始めた海外血統系の日本馬に、


スタミナ豊富な日本在来血統が配合されることによって、ある程度の距離は持つ馬が産まれるようになり、



その馬たちが、未だクラシックディスタンス主流の日本競馬において、


短中距離血統が濃くなった海外系血統の馬たちを圧倒するようになった事がひとつの要因と見ている。




……詰まるところ何が言いたいかというと、




恐らく中長距離が適正と思われる血統のトシローに、800メートルのスプリント戦が勤まるかと言えば、


いかに能力があってもそれは甚だ怪しいということである。





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