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まず、読者の皆様に、ことわりを入れておきたい。






………この、リターンオブバルクという小説は、


山本勘助が生きた時代の競馬を記した物語である。


彼の周辺人物がいかにふるまい、どう苦労したかという物語である。



ならば当然この小説は、彼の生産馬である、コスモバルクの子、トシローの活躍を中心に描かれるべき物であろう。




その趣旨というか、方針に、今も昔も変わりはない。



しかし、この小説に於いて、主人公となる馬は必ずしも一頭とは限らない。



冒頭文にもある通り、この物語の主人公は


『世界に遅れを取っていた、小さな日本競馬』


でもあるのである。




ならばこの小説は、この小説としては、



他の馬の活躍を語らないわけにはいかないのである。



……………この小説が、この次、山本牧場を語り始めるのは翌年六月の天皇賞(春)。




現在が大晦日であるから、そのブランクは約5ヶ月ほどになる。




この章では、そのブランクの5ヶ月間、


かたや海外へと羽ばたき、


かたや日本競馬という物を守り抜いた『古馬』と呼ばれるもの達の話題を、



時系列順にまとめていくことにする。




ワールドクロックス。


ミツアキインパクト。


コスモスルーオフ。


そして、もう1頭。



我々は、この四頭の古馬に照準を当てて、




山本牧場が再び動き出す六月まで、


日本競馬を見守らねばなるまい。






競馬ファンの皆さん。



『あなたの、そして、私の夢が走ります!』







―――――――――――

※お知らせ





この章は……



長い目で見守ってください(泣)←たぶん長くはならないと思う


サイドストーリーと思っていただければ幸いです。


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年開けて一月。


山本牧場が年始に沸いている頃。



競馬界にはいろいろな動きがあった。



まずは、無敗の三冠馬ワールドクロックスが、海外挑戦を示唆したことである。


有馬記念を大差で圧勝し、名実ともに日本最強馬となった彼は、もはや国内に照準を合わせる気などなかった。


彼の陣営が彼の次のレースに選んだのは、三月のドバイシーマクラシック(G1・メイダン競馬場芝24)。

あえてドバイワールドカップを選ばなかった理由を池井調教師は、「その先にまだ海外を見ているからだ」と説明。


同時に、


ドバイシーマクラシック(G1)

↓

クイーンエリザベス二世C(G1・香港シャティイ競馬場)

↓

KGⅥ&QEⅡステークス(G1・イギリスアスコット競馬場)




という海外挑戦プラン、いわゆる『ヴィクトワールピサ・ロード』への挑戦も、明らかにされた。



このローテーションなら、当然ながらこの先に日本競

馬の悲願


『凱旋門賞』


というものも見えてくる。



『ディープの再来』とも呼ばれるその圧倒的能力の持ち主である彼の海外挑戦に、日本の競馬ファンが高揚したことは言うまでもない。


そして一部では、そのまま『海外での種牡馬入り』もあるのではないか、との憶測も飛んだ。




もうすでに、日本の競馬ファンはワールドクロックスという酒を見ただけで、その偶像たる彼の爽やかさに酔っぱらっていたのである。






そんななか、早くも海外に飛んでいった日本競馬ファンの魂を、


一気に国内に引き戻す大事件が起こる。




一月一週、京都競馬場。


第9レース


万葉S(OP)


距離三千メートルで争われれ、金杯(G3)と並ぶ年始の名物競走として有名なこのレースに



後に、『芦毛最後のスーパーステイヤー』と呼ばれる明け四歳馬(去年は三歳馬、ワールドクロックスと同期)馬が、



5ヶ月の骨折休養で、昨年の菊花賞(G1)に出られなかった鬱憤を晴らすかの如く


周囲の度肝を抜くレースを見せる。

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『………さあ、万葉S三千メートルも残すところあと八百メートルとなりましたが、


先頭はなんとザラスシュトラです!5ヶ月の休養明け、関西馬ザラスシュトラが大逃げを打っています、


しかも、その差はもう三十馬身は開いたか、



後続勢よどうした!?早く追わないとこの差は縮まらない!


先頭はザラスシュトラ!先頭はザラスシュトラ!もう残り六百切りましたが、鞍上の川口優雅は持ったまま、余裕綽々といった感じか!



そして、そこから大きく離されてようやく追い出しにかかった後続勢、


二番手はカイザーナックルステイヤーズS勝ち馬、


それに続く三番手が一昨年の菊花賞馬一番人気のウルトラソウル、


鞍上のビーズが激しく手を動かして、


ようやくその差が縮まるか、いや、縮まらない!縮まらない!


残り4百でムチを入れた川口優雅!先頭ザラスシュトラがまだのびるーーーーっ!


直線に入ってまだ伸びるザラスシュトラ!鞍上川口の風車鞭に応えて、


そのリード、まだ二十馬身はあるぞ!?


追い込み勢、いや、先行勢はもう絶対に届かない!


残り二百を切って!うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーっまだ伸びる!


リードを縮めるどころか突き放す!


鞍上川口は既に手綱を引いてガッツポーズ!


残り百メートルあるが!!この勝利は揺るぎないっ!


先頭ザラスシュトラ!先頭ザラスシュトラ!ザラスシュトラだ!



これが馬のなし得ることか!?


ザラスシュトラが、走り流すようにして今先頭ゴーーーールイーーーーン!!!

青雲晴れ渡る京都の空に、火の玉が直撃!


芦毛の怪物再び!



父、シルバーブレイズよ見ているか!


父が世界レコードを叩き出した同じ舞台で!


子は………なんと、去年のワールドクロックスの菊花賞のタイムを一秒更新する日本レコードをぶち上げた!




勝ったのは、二冠馬シルバーブレイズの忘れ形見、ザラスシュトラ!


鉄砲駆けでなんと一線級の古馬たちを完封!



…………とんでもない馬が現れました。ザラスシュトラです……………』


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本当の衝撃だった。



何か別の生き物を見ているかのようだった。



父は二冠馬シルバーブレイズ。


母は二冠牝馬ノプシズ。



実はシルバーブレイズ産駒は、この世代の計4頭がラストクロック。


既に父シルバーブレイズは行方不明になっており、文字通りの忘れ形見だったわけである。



レースを回顧する。


確かに、前走が一千万下、夏の札幌『五稜郭特別』だったことと、明け三歳馬だったことで斤量は50キログラムと有利だったことは認めざるを得ない。


開幕週で芝が綺麗だったこともひとつの要因。



しかし、だ。


相手は古馬戦線を活躍する菊花賞馬やオープン馬。


こんなところで簡単に負けていい道理はない。


特にウルトラソウル等は、前走ステイヤーズSで二着に食い込んでいる実力馬。さらに、その時の勝ち馬もこのレースに参加していた。



そんな完全なる2強ムードの中。



勝ったのはなんと無名の条件馬ザラスシュトラ。



しかも、二十馬身差の大勝劇。


ワールドクロックスを上回る日本レコード。





日本の競馬ファンはこの時、新たなるスター誕生を喜ぶというよりも、



絶対的な存在であったワールドクロックスの、海外制覇をも阻むポテンシャルのある馬として、


その存在を異端視したという方が適切であった。



その後の調教師のインタビューで、『次走 京都記念(G2)』が発表されたとき、日本のファンが胸を撫で下ろしたことは言うまでもない。




ワールドクロックス陣営も含め、日本の競馬界全体に衝撃を与えたこの馬は、このレースに


後の彼の華々しい活躍を予感させたと言えよう………。




ちなみにこの時、単勝100倍だったこの馬の単勝を、


百万も買い込んで一億円を手に入れた、


『ミラクル兄さん』と呼ばれたジャージ姿の青年がいたことは、特筆すべきところである。




――――――――――――閑話。




山本牧場、居間。


『ザラスシュトラが今流すようにゴールイーーーーーン!』



勘助、唖然。


「あの………勘助さん、これって返し馬ってやつですか?」





「いや…………えっ?違う…………かな?」



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―――2月。



2月一週


年の初めのG1(正式にはJpn1)、川崎記念が川崎競馬場で施行された。


『金色のfalcon』こと、ビストロスマップの回避で、


このレースは完全なる一強ムードになっていた。


その対象は当然、コスモスルーオフである。


引退した柴名大地に替わり、鞍上に佐武幸二郎を迎えた同馬は、


レースで


それまで一貫して守ってきた『先行』を捨て、思い切った後方待機策へ。


3コーナー手前からロングスパートを掛けると、粘る公営岩手のダンシングヤードをあっさりと交わし、五馬身差の快勝。


メンバーの手薄感は少なからずあったものの、新たに手に入れた『自在脚』という武器は、その後の戦いに活かせるものであろう。



レース後、古川秀馬氏から、ドバイワールドカップ(G1・メイダン競馬場)挑戦が明言された。





2月三週。





前走大勝のザラスシュトラが、また大事件を起こす。


京都記念(G2)。


圧倒的一番人気に支持された『怪物』ザラスシュトラは、


いつも通りにいいスタートを切り、


いつも通りにハナをあっさり奪って先頭に立った。


が、いつものように単騎で逃げることができない。


なぜか。



笠松公営ミツアキインパクトが、それをピッタリとマークしていたからである。

そして、鞍上川口は、その二頭によるデッドヒートで前が潰れることを恐れ、大逃げを控えた。



―――これが、ミツアキインパクト鞍上の『策士』紀村の、相手の若さに漬け込んだ作戦だった。



平均程度のペースで進んだレースは終盤4コーナーでミツアキインパクトがスパート。続いてザラスシュトラも追い出したが、


彼の末脚は思ったよりズブかった(エンジンの掛かりが遅かった)のである。


直線、抜群の瞬発力を持つミツアキインパクトの前に、ザラスシュトラはずるずると後退。



結局ザラスシュトラは、勝ったミツアキインパクトからは八馬身離れた七着に沈み、さらに、二着に12番人気のシュリンプリンが入着したことから、京都記念は三連単五百万円を越える、大万馬券となった。



勝ったミツアキインパクトは重賞14勝目(地元重賞含む)。


公営馬の重賞勝利に称賛が送られるなか、





ザラスシュトラ陣営が敗戦コメントに残した言葉が、


再び日本を震撼させる。




――――――――――



敗戦インタビュー。



『敗因を挙げるとすれば…………?』




「うーん。


2200は短過ぎたかなぁ。」



『…………はっ?』

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―――三月。


三月一週。



「今年のクラシック世代は不毛」


との意見が囁かれる中、



ドバイの栄冠を掴むために三頭の馬が日本を飛び立った。


まずはドバイシーマクラシックを目指す、三冠馬ワールドクロックス。


国内最終追い切りは、池井氏が「腰抜かした」と発言するほど素晴らしいもので、


海外連戦に向けて、最高のスタートを切った形になった。



そして、ヴィクトワールピサ以来のドバイワールドカップ制覇を目指す、


川崎記念馬コスモスルーオフと


フェブラリーSを勝ったビストロスマップ。



ことにビストロスマップは、父スマートファルコンの敵討ちがかかるために、盛大な声援に送られて出発した。


――再び世界が動き出した。





そんな中、国内では………




『ミツアキインパクト、遂に念願のG1制覇ーーっ!!


中距離重賞を流浪してきた地方の重鎮が、


なんとここ、中京千二mでG1制覇っ!


高松宮記念、勝ったのはミツアキインパクト!


地方馬としては、実にコスモバルク以来の芝のG1制覇です!』




………ミツアキインパクトが、まさかの短距離挑戦で、



勝利していた…………。




地方競馬ファンが狂喜乱舞したのは言うまでもないことだが、


その陣営のインタビューは想像以上にしんみりしたものになっていた。



「瞬発力のある馬だったので、この距離もなんとかなると思っていた。



高松宮記念を勝てたことは素直に嬉しい。が、こんないい馬に乗せてもらっていて、中央クラシックを勝てなかった。今はそれが後悔。」


紀村騎手 談




「芝のG1制覇は為した。


だから私は、次の世代の地方馬たちに、


クラシック制覇の夢を託すよ。」


日開調教師 談




この話から見えてくるのは。


彼らがいかにミツアキインパクトという馬を愛し、


中央クラシック制覇という夢に懸けていたか、ということである。



「次の世代に託す」



この言葉に、地方のホースマンたちはいたたまれないほど感動した………


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三月四週。


阪神大賞典(G2)


芝、三千メートル。




奴が、帰ってきた。



『さぁ最後の直線っ!



先頭はザラスシュトラですが、


後続はまだ4コーナーを回りきれていません!


万葉Sを彷彿とさせる大逃げ、鞍上川口はまだ持ったまま!


逃げる逃げるザラスシュトラ、後方からはラピュタインザスカイがようやく二番手追い出しにかかるが、



ザラスシュトラはまだ伸びるッ!


先頭はザラスシュトラ!先頭はザラスシュトラ!


そのリードは十五馬身と広がったが、



なんと鞍上の川口まだ手綱を動かさない!


残り百!


二番手争いは熾烈だが!


その遥か前方を火の粉をあげて突き抜けるザラスシュトラ!



これは間違いない!この距離なら世界最強だッ!


ザラスシュトラが今先頭ゴールイン!



世界レコードの血が騒ぐ!

三千メートルで血が騒ぐ!



芦毛のスーパーステイヤーが、ここ、仁川のターフにも降臨しました!



勝ったのはザラスシュトラ!』




距離を三千メートルに戻したこのレースで、


ザラスシュトラは前走の大敗を全く無にしてしまう、圧逃劇を見せつける。



………三千メートルの世界レコードのおまけ付きで。


このレースを見ていた人間からは、とうとう、


『三千以上ならワールドクロックスより強いのではないか』


という意見まで聞かれ始めた。



それを裏付けるように、次

の日の新聞の競馬面は、ワールドクロックスの挑戦記事を差し置いて


『三千(燦然)と輝くザラスシュトラ!』


の見出しが踊った。



イギリスのレーシングポスト誌も、


『ジャパンにクレイジーな長距離馬がいる』という特集記事を組み、



ついで米国サラブレッド誌も、『なんだあの馬は』という動画を、Youtubeに投稿するという騒ぎをおこすなど、



ザラスシュトラはG1未勝利ながら、ワールドクロックスについで日本で二番目に有名なサラブレッドになった。




しかし、これほど世界的に報道されたというのに、その記事の内容は殆ど誰の気にも留まらなかった。


なぜなら。



――――――――――

調教師インタビュー



『重賞初制覇おめでとうございます。


いやぁ、見事。


やはり、三千が適距離ですか?』



「んー。まだちょっと短いかなぁ……」



『……………ハッ?』



――――――――――



世界の背筋が凍結した。


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三月五週。



サラブレッド誌が全世界にばらまいた、『なんだこの馬は』は、ドバイのクロックス陣営にも届いていた。



「くそっ、サラブレッド誌め……いらんことを………」


佐武幸二郎は、ここで、やりきれない思いを胸にしていた。



ワールドクロックスは最強なのである。


最強として、ドバイに挑戦することに、意義があるのである。


それなのに、米国サラブレッド誌がYoutubeに動画を垂れ流したおかげで、


最高の出来の筈のワールドクロックスの評価が、地元紙に『なんか微妙』とかかれていたのである。


何と比べてるかは言うまでもなく、ザラスシュトラである。



「見とけよ……次元の違い見せたるからな………」



―――――――――――




当日、ドバイシーマクラシック。




『ナチャーラ!カチャーラ、モスキーノ!


(モスキーノが先頭で直線を向いた!)



モスキーノ!ガ!ドーシタコーシタ!?



(モスキーノ先頭、モスキーノ先頭!後続勢は追い込んでくるのか!?)』





「………五馬身差で、残り三百、か。


よし!今や!」



佐武幸二郎は、渾身の一発を、ワールドクロックスの肩に入れた。


「行けえぇぇぇッ!世界最強馬っ!」





…………。





結果は、言うまでもなくワールドクロックスの勝利だった。



………しかし、その日のワールドクロックスは何かが違っていた。



いつものワールドクロックスなら。


五馬身程度の差なら一瞬で交わしてしまってゴールする頃には六馬身は差をつけて入線するものである。



が、この日に限っては。




『………危なかった、危なかったワールドクロックス。


二着には地元のモスキーノ。


ここで足踏みはできない!


ゴール前残り百メートル四頭での競り合いを、


なんとかハナ差交わしきりました、勝ったのはワールドクロックスです。


………しかし、危なかった。


無敗の帝王が、世界に初めて苦しい顔を見せました…………』




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――何が原因かは、佐武幸二郎にもわからない。


最高のタイミングで、最高の位置から追い出したし、馬自体の反応もよかった。


が、弾けなかった。いつものように飛ぶ感じがなかった。硬かった。


最後は地力の違いで押しきったものの、デビュー以来最低の着差だった。



「こんなんじゃ、次の香港は厳しいな………」


インタビューを受ける前、佐武幸二郎に池井師が呟いた言葉である。


それだけ、勝ったとはいえ、今回のレースの内容は悪かったということである。


それは、乗っていた佐武幸二郎が一番感じていることでもあった。


だから彼はその言葉に、「はい………」と頷くことしかできなかった。




絶対王者の、あまりにも弱々しい勝利。


このレースを境に、これまで誰もが『一強』であると信じてやまなかった日本競馬は、彼とザラスシュトラ、そしてミツアキインパクトの三頭を引っ括めて、


『三強』と呼ばれるに至ってしまった。




当然、ワールドクロックス陣営としては不本意である。


海外G1制覇を含めた無敗の三冠馬が、



いくら強い勝ち方をしたとはいえ重賞一勝のポッと出のオープン馬や、


G1を勝ったばかりの馬と、


同格にみられていい道理はないと思っているからだ。





『危ない勝利でしたが?』

とある新聞記者は、帰国後の佐武に踏み込んで聞いた。


すると彼はすぐにこう答えた。





「危ない?



冗談やない、あいつが最強だから勝ったんや。



ただそんだけのことやろ。」






そういいつつも、国内の二頭のことを思うと、彼の心中は穏やかではなかった………


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時間を戻し、ドバイシーマクラシックの一時間後、



ドバイワールドカップ。



『さあ先頭はビストロスマップ、しかし、この手応えはどうか、


もうリードは半馬身ほどしかない!


直線に入った!



ここで先頭は早くもアグレッシブヒストリー、連れて上がってきたキングオブサクソン、並ぶようにしてセイントバレンタイン!


さあ先頭は粘るアグレッシブヒストリー、逃げた日本のビストロスマップはズルズルと後退、一杯か、コスモスルーオフも中段から伸びてこない!



残り二百、ここで先頭はキングオブサクソンに変わったか、



しかし、大外回って突っ込んできたのは、オーストラリアンカプチーノっ!オーストラリアンカプチーノが先頭集団とらえる勢い………』




ビストロスマップ鞍上佐武豊と


コスモスルーオフ鞍上佐武幸二郎の兄弟は



揃って同じことを思ってい

た。



AW(オールウェザー)コースは、日本のダート馬には厳しい、と。



この競馬場の、この特殊な馬場は、簡単に言うとプラスチックの破片のようなものをグリスで塗り固めてできている。


だから、芝ではないし、どちらかと言うとダートに近い感じではある。


そういう点では、日本の2頭に適正があるように見える。


が。しかし。



ダートと明らかに違う点がひとつある。



メイダン競馬場は日本の競馬場の、砂場のようなダートコースと比べると、明らかに浅い。


脚抜きがいい。


だから、パワー型よりもスピード型が有利なのかもしれない。


事実、芝のレースの勝ち馬が意外にも好走するのがこのレース。



日本の―――ことに大井の、重たい馬場に慣れてきた『パワー形』の、スルーオフとビストロスマップにとっては、この脚抜きの良さが、逆に足かせになったのだろう。



一度は負かしたはずのアグレッシブヒストリーが遥か前――――――



追えども追えども伸びないコスモスルーオフの背中で佐武幸二郎は、


自分の無力を嘆いた。



そしてそれは、兄、佐武豊も同様であった。




『―――勝ったのはオーストラリアンカプチーノ!


二着にはアグレッシブヒストリー、三着地元のヒィズマイデスティネーション!


日本のコスモスルーオフは八着、ビストロスマップは最下位に沈みました……………』





日本の冬は、まだ続く。


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――――4月。




皐月賞は混線のなか、5番人気のゴールドシップ産駒の、ゴールドジェネラルがしぶとく伸びて勝利し、


今年のクラシックは乱立傾向で、これといった馬がいない、と世間の評価が固まりつつあった。



そんななか、いわゆる『クロックス世代』の古馬四頭と、ミツアキインパクトを加えた、『芝ダートの雄』達の次走報道が、世間を賑わせた。




ドバイワールドカップ大敗の


コスモスルーオフ、ビストロスマップの二頭は


揃って帝王賞(Jpn1、統一G1・大井ダート二千)へ。


ビストロスマップに関しては、間に東海S(G2・中京ダート二三)を挟む可能性も明言された。





そして、世間が今最も注目している、いわゆる『三強』達の次走は。



まず、高松宮記念を勝ち、晴れてG1馬の仲間入りを果たした『笠松の風』ことミツアキインパクトは。


その先の種牡馬入りも見越してか、そのマイティ性を存分に発揮するローテーション、


かしわ記念→宝塚記念


の、変則古馬路線を発表。


短距離で実績を残している以上、マイル挑戦はなんの疑問もないし、もとはダート馬だし、その先の宝塚記念は一度走って三着に好走している舞台。



はっきり言ってこのプランに、この馬に不可能を感じさせるものはなかった。


まして調教師の発言、


「六歳にしてとうとう完成した」


との言葉があれば、なおのことである。



笠松はじめ、彼に陶酔する地方競馬ファンたちは、中央ダートの古馬たちを完封する彼の姿を想像し、待ちきれない思いでかしわ記念を待った。





二強目、阪神大賞典世界レコードのザラスシュトラは…………



『先生、次走をどの様にお考えですか?』



「小倉サマージャンプ。」


『………………



………………


………はぁ!?』



「はぁ、って何?」



『ななな、何って!?


彼は平地の重賞馬でしょうがっ!


何で今さら障害なんです!?』



「ええ?


やっぱ、ダメかなぁ………。


面白いと思うんだけど………。」



『おおお面白い!?



三千で世界レコードの馬でしょ!?


普通は天皇賞(春)に―――』



「………そんなもんか。


じゃ、そうするわ。」



『………えっ?』



「まだなにか?」



『あっ、いや、その………


いや、あまりにあっさりしてらしたので………』



「………三千二百か。



短いんだよな………。」



『………何がですか?』



「ん?距離がな。」



『……はい?』


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………というような掛け合いが記者との間であり、


結局次走は4月四週、天皇賞春に決定した。



そしてさらに師は、「ま、ミツアキインパクトも宮記念勝ったし、うちのザラスシュトラもやれるかな。」と、その先の宝塚記念への挑戦も示唆した。




ファンは、世界標準時(ワールドクロックス)不在の宝塚記念で、


地方の雄と芦毛の怪物の対決が見られることに高揚し、


「このレースの勝者が絶対的王者のワールドクロックスへの挑戦権を手に入れる。



そして、ワールドクロックスとの決着は凱旋門!」



というロマン溢れる話に、胸を踊らせた。









が。





この構図はある出来事がきっかけで見事に崩壊する。



何があったか。



当のワールドクロックスが当初の予定の香港に向かわず、ドバイミーティング終了後、すぐに帰国してしまったのだ。




国内の関係者も、ファンも、あまりに唐突な、しかも世界制覇ローテの破棄という極度の消化不良に戸惑い、呻き、


「一体何があったんだ」



と、池井調教師の話を、真実を求めた。




『突然の帰国=故障』




誰もが最悪のパターンをイメージした。


もしこの時期に故障したとすれば、キングジョージや凱旋門などへの出走などもっての他である。



馬の骨折というのは人間とは違い、重ければ命に関わってしまう。


そして、治りが遅く、慢性化しやすい。



だから、怪我の程度によれば半年ないし一年の休養を必要とする。


そうなれば当然、


今が4月のはじめであるから、晩夏に海外で行われる凱旋門賞に間に合うはずもない。




「日本史上最強馬が走れもせずに………」



何千人というファンが、同じように落胆したことだろう。




むしろこの時期の帰国など、怪我以外に考えられることがなかった。









…………しかし、帰国したての池井師の口から聞かれたのは意外な言葉だった。


――――――――――――

記者会見。



「ワールドクロックスを突然帰国させたことについて、皆様にご心配をお掛けしたことを深くお詫びします。



えー、まずワールドクロックスですが、至って普通の状態です。怪我をしたなどという事実は、あー、微塵もありません。」




『でっ、では、なぜ帰国を………


ファンは海外での活躍を楽しみにしていたと思うのですが……』




「詳しくはお話しできません。


が、次走には宝塚記念を考えています。」



『宝塚………!』


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「はい、宝塚記念です。



………前走ドバイの際に、あの馬らしい走りを見られなかったことについて、いろいろ検討した結果のことです。


調子は良かったのに伸びなかった。


あの走りはワールドクロックスにとっては負けも同然です。


………あってはならないことだ。


ですから、一度体勢を立て直す意味も含めて、


改めて国内から。再スタートでしっかり宝塚を勝ちきって、王者として凱旋門へ向かいたいと思います。」



『しかし………今の日本にはザラスシュトラやミツアキインパクトがいます。



最早、ワールドクロックスと言えども安泰では………


その辺りの強豪については――――』



「――――問題ない、大丈夫です。



誰が何を言おうと、彼が国内最強馬であることに変わりはありません。



彼は、無敗の三冠馬。最強たる資格があるのは彼だけだと断言します。


それを彼自身が宝塚で証明してくれるでしょう、いや、させます!必ず!




もう一度、最強馬ワールドクロックスをご覧に入れてみせます………!」





『…………………』



――――――――――――

ワールドクロックスの次走は、宝塚記念になった。


そのことは、凱旋門賞へと向かう『日本代表』を選考するレースに


宝塚記念が選ばれたことをも意味した。



特に、凱旋門賞出走に際して宝塚記念を勝っておかなければならないという規定はない。


が、しかし。



ミツアキインパクトはG1馬とはいえ短距離G1を勝っただけなので、実績に事足りず。


ザラスシュトラはG1未勝利、中距離重賞未勝利。



そして、ワールドクロックスは無敗での挑戦を望んでいる。





正に三強全員が、


世界のホースマンの夢とまで言われる凱旋門賞への切符を手に入れるために必要な『宝塚記念』というグランプリレースのタイトルを



死力を尽くして奪い合う必要が生じてきた。




ザラスシュトラは天皇賞から。


ミツアキインパクトはかしわ記念から。


そして、ワールドクロックスは直行。



それぞれの道を通って迎える『三強』初戦の舞台が


阪神、芝、2200、



宝塚記念に、決まった。




再び、国内競馬が沸き上がる。


国内での三強対決。



地方も、中央も、クロックスファンも、アンチクロックスも関係なく、



その馬たちの織り成すであろうドラマに、




競馬ファンが興奮せずにいられた道理はなかった。








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そして、それは。







山本牧場とて例外は無かった。






四月四週、天皇賞・春。









止まっていた物語の針が再び



コツコツと音を立て始めた。





いずれ競走馬としてその舞台に立つであろう、




トシローのために。




秋華、勘助、芝山、



そして、もう一人………



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