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21



(・・・そういえば。)


古川はふと、気になっていたことを思い出した。



「・・・あの、勘助ちゃん?」



勘助は急いで目にたまった涙を拭い去り、


平然を作り上げて古川に返事をする。



「はい。・・・なんでしょう?」



「そういえば、俺、この牧場に来てから一回も馬の姿を見てないんやけど、


バルクとその息子はどこにおんの?」


人差し指で頭をかきながら辺りを見渡す。


やはり馬の姿は見当たらない。


「あぁ、はい。


バルクはこの道を下った小さい放牧場にいます。


病気もありませんし、すごく元気ですよ。


毎日、俺の連れ合いと戯れてます。」



少し笑顔を取り戻す勘助。



(ほっ・・・。)



「うん、そりゃなによりや。」



彼が思いのほか楽しそうに話すので、古川は二つの別種の安堵に包まれた。



「バルクはあれでものすごい繊細な馬やからな・・・。



ちょっとした環境の変化ですぐに暴れだすから・・・。」


結構手ぇ焼いたんちゃう?」



「ええまあ・・・。


おかげさまで全身アザだらけです。」


そういって肩をさする。


事実、勘助は毎日のように噛まれていた。


最近のバルクの日課は、勘助を噛み、そのあと秋華をなめる。


何が楽しいかはよくわからないが、毎日これの繰り返しである。



「・・・やっぱりなぁ!



俺もなつかれるまでは相当時間かかったわ。


ん~。全身アザだらけにもなったなぁ・・・


今となっては懐かしいが・・・」


思い出し笑いだろうか。


遠い目をした古川が少し微笑む。


「・・・。」


勘助は少し申し訳なくなった。


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「あぁ、そうそう、



そんで、その息子はいったいどこにおるんや?


・・・さっきから探してるけど見あたれへんよって・・・」



放牧地を見渡す古川。



「・・・。」



無言で頭を掻いて渋い顔をする勘助。



「ん?



どした?勘助ちゃん?」



「その・・・。


お見せしたいのは山々なんですが・・・。」



「何や?



もしかして怪我か!?


・・・売ってもうたとか?」


古川が眉をひそめる。



勘助は大袈裟に手を左右にふり



「いやいや、あいつ・・・トシローというんですが、


ちゃんとこの牧場にいますし、とても元気にしてます。


インブリード(何代か前に同じ親がいる配合)の割には凄く丈夫そうな子です。」



「そりゃ何より。



・・・で、何でみせられへんの?」



「・・・それはですね・・・。」



苦笑い。






「その・・・僕が呼んでも寄って来ないんですよ。



あいつにはお気に入りがいるようでして・・・。」




「けぇへん、って・・・



いっつも世話してんのは勘助ちゃんやろうに・・・」



「いえ、それが最近世話してるのは―」






「―待たせました!勘助さんっ!」



後ろから声が飛んでくる。


一同振り向く。



厩舎の戸を開けてこちらに走ってきたのは当然―


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「・・・秋華。」



「おぉっ!あれが斎藤さんやな!」



古川が突如、色気(?)付く。


「ええ、まあ・・・」



秋華は少し駆け足でこちらの方へ走ってきて、勘助の前で膝に手をついて息を整えた。



途中、何度も転げそうになったのはご愛敬。



「ちょっと着替えに手間取っちゃって・・・」


「着替えに、ねぇ・・・。」


勘助が含みのある言い方をしたのには訳があった。


秋華の服装は、寝ていたときと全く変わらず、それの上から初めて会った時のコートを羽織っているだけだったからだ。


さらに手元の腕時計を確認したところ、現在の時刻は10時ジャスト。


「・・・秋華さぁ。


実は『北海ど~でしょう!』の再放送見てただろ?」


「な、何でわかったんです!?」


驚愕の顔をあげる秋華。


「あっ!


勘助さんさては・・・」



「断じて覗きには行ってないから。」



「・・・ちぇっ。」


再び顔を伏せる秋華。


「ちぇっ、て


の、覗いてほしかったのか?」



「ま、まさか!


そっ、そんなことはないですよ!

ただ、そういうことがあってもおもしろいかな~、と・・・




って、あれ?


そっちの方は?」


勘助の目の前で立ち上がった秋華は勘助の影から顔を出して古川を覗き混む。



「話を変えるな!話を!


・・・まぁ、いっか。



こちらはラージブリーティングファームっていう大きな牧場の会長さんで、国家コーラの社長さんの・・・うぉっ!」


勘助の体が突き飛ばされる。



「おおっ!こらあごっついべっぴんさんやのぉ!


俺は古川っちゅう者や!



よろしゅう!よろしゅう!」



古川は説明する勘助を押し退けて秋華のもとへ行き、握手を求めた。


「あ、はぁ。


よ、よろしくお願いします・・・」


明らかにたじろぐ秋華。


(・・・それはそうなるよな。)



しかし、古川はお構いなしに話を続ける。


・・・秋華の手を握ったまま。


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「いや~。


美人さんとは聞いてたけど、まさかこんなに可愛い子やとは思わなんだ!



どうやって連れてきた!?勘助ちゃん!」



突き飛ばされた勘助は、むくっと起き上がり、



「まぁ、色々ありまして・・・。


自殺が白いシカで芝さんが石狩産の秋鮭だったんです。」



彼は、要所(の単語)のみをかいつまんで話した。


が、当然理解されるはずもなく、


「何を言うてるのかさっぱりわからん。」


バッサリ切り捨てられた。


・・・秋華の手を握ったまま。



「まあ、ここで話すには長すぎる話です。


・・・とりあえず秋華の手を離してあげたら・・・。」



「あぁ、こりゃすまん!


ガハハ・・・」



(絶対確信犯だ。)



「いや~、勘助ちゃんもなかなかええ腕持っとんなぁ~。



一本釣りか?ルアーフィッシングか!?」



先ほどまでの三百倍は楽しそうに古川が話す。



「・・・まぁ、モリでひと突き、


ってことにしといてください。」



どう答えていいものかわからない勘助は、とりあえずそれらしいことを言ったが、



・・・古川にはうけた。



「ええ!ええで!勘助ちゃん!


モリでひと突きか!こりゃあいい!


ガハハ・・・」



古川が勘助の肩をバンバン叩く。


「・・・。」


秋華はなんだか不満そうだ。




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・・・それから勘助、古川、そして秋華の三人は


色々なことを話した。



勘助と秋華の出会いのことや、


芝山と秋華の会話の事。


なぜ古川と勘助が知り合いなのか、


先代がどういう人間だったか、


ここ最近の勘助と秋華の生活、


自分がこれからここをどういう牧場にしていきたいか・・・。




寒中、しかも雪中のこのミニ井戸端会議は


個々の人間に三者三様の影響を与えた。



まず勘助は、


芝山と秋華の会話の真相を知り、


芝山の心意気に改めて感動し、


『自分もあれぐらい立派な人間に!』と、決意を新たにした。




古川は、


久々に聞く若い連中の恋バナ(この言い方にまとめるには彼らには難が多かったように思う)に興奮し、



終始秋華と勘助をおちょくることを楽しんだ。


(二人が数えきれないくらい赤面したことは言うまでもない。)




さて、秋華は。



まず、先代の話から来るこの牧場の経営状況に耳を疑い、


古川と勘助の驚くほどハイレベルな会話に全くついていけず、


トシローに繋がる名牝ラグフェアーの話に

(というよりは勘助の母の行動に)

感激、涙し、



そのあと勘助が持ち出した彼女の謎の行動ベスト3で地獄を味わい


(本人すら知らないこともあった。)


しまいに古川には勘助との関係の事でおちょくられ、


まさに泣いたり笑ったり恥ずかしがったり、



自分でもよくわからない複雑な感情になっていた。






さて、秋華を中心に話はさらに続く。


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「うーん、芝ちゃんが相当な体験したんは知ってたけど、


斎藤さんもなかなか数奇な人生たどってんなぁ。」


古川が腕を組ながら言う。


「・・・。」


「やっぱり今でも辛い?」


古川が聞く。


(あ、あんまり踏み込まないで!古川さん!)


勘助、心の叫び。


秋華はちょっと怪訝そうな顔をして下を向いた。


「いえ・・・。


今こうしてここに居れる訳ですし・・・。



だから今は私、その事をそんなに悲観してません。


その・・・。それなりに幸せですから、今・・・。」



「秋華・・・。」


微笑みながらも、どこか悲しそうな目。


口ではああ言ってはいるが、恐らくまだ忘れてしまうには時間が足りなすぎるのだろう。


・・・今日の話の流れでは仕方がないが、日常生活では絶対に掘り起こさないこと。


肝に命じなければならない。




「・・・。」


「・・・。」


黙り混む秋華と勘助。



(こりゃあ、マズかったかいな・・・)


古川は突如重たくなった空気に責任を感じ、



「あ!せやせや!本題に戻ろう!


せっかくここ来たのにまだいっぺんも見てへんのや。


その、バルクの息子のトシロー君に会いたいねん!


昨日の晩から楽しみにしてたんや!


呼んでくれるか?勘助ちゃん。」


・・・話題を転換した。


勘助はそれを敏感に感じとり、

急いで話を合わせた。


「そっ、そうそう!


本来の目的はそれでしたよね!


うん、そうだった!


じゃあ秋華、あいつを呼んでくれ!」



「えっ?何で私が・・・」



「俺が呼んでも来ねぇんだな、あいつは。


さっき呼んだら、俺しかいないことを確認するなりどっか行っちまった・・・。」



「ガハハ!勘助ちゃんも嫌われもんやな!


ガハハ・・・」


無理繰り笑う古川。


(ろ、露骨すぎないか!?古川さん!)


秋華が明らかに疑惑の目で古川を見ている。


どうも古川もそれに気づいたが、笑うことしかできない。


(こりゃあ・・・マズいな。)


「秋華っ!」


「えっ?


ひゃっ!?なに?」



勘助は即座に秋華の手を引っ張って、放牧地の方を向かせ、


「というわけで、秋華様の出番であります。



我が牧場王子を呼んであげてください。」



と、促した。


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秋華は一瞬動きを止め、顔だけこちらを向いた。


(真顔!?)


「ど、どした?」



秋華は無言でしばらく勘助の顔を注視し続けたが


そのうちふっと顔を緩めて、



「まぁ、仕方ないですね。


あの子、私にゾッコンみたいだし。」


と言って笑った。



「は、あは・・・」


勘助はほっとするやら、少し腹がたつやら、



でもやっぱりほっとした。



「じゃあ、呼びますよ?」



「ん、よろしく。」



秋華は大きく息を吸い込む。


勘助は、彼女の肩に当てた手が若干上がるのを感じた。


「トシちゃーん!」



秋華の声がこだまする。


古川が秋華の視線の先に目線を写す。



そう、


いつもトシローが上っておりてを繰り返しているあの坂―。



「・・・。」



「・・・。」



「・・・あれ?」


トシローが上がってくる気配はない。


「・・・なんもけえへんやん。」


古川が言葉を失う。


「ありゃ?」


秋華も首をかしげる。



「・・・いつもだったら飛んでくるんだけどなぁ・・・。


彼女はいつもと勝手が違うことに違和感を覚えたよう。


目をこすって何度も確認する。



「あの、勘助ちゃん?」


いつの間にか古川がこちら向いていた。


「は、はい?」


急いで秋華の肩から手を離すが、それを見たときの古川の顔は明らかににやけていた。


(こんの~!いちいち笑うな!)



・・・とは流石に言えない。


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相変わらずどこか顔の緩む古川。

「若いって、えぇなぁ。勘助ちゃん。」


「はい?」



「・・・いや、こっちの話。」


鼻で笑う古川。


「せやなしに、バルクの息子・・・


トシロー君か?」


「はい、トシローです」



「そう、そのトシロー君。



どこいったん?」


雪中では視界があまりきかず、前後五メートルくらいしかはっきりは見えない。


それゆえに勘助もトシローの姿は確認できなかった。


「おっかしいなぁ・・・


いつもなら秋華が呼んだらすぐに飛んでくるんだが・・・


なぁ?あき・・・秋華!?」



傍らにいたはずの秋華の姿はこつぜんと消えていた。


「あれっ!?秋華?」


回りを見渡したが、それらしい姿は見当たらない。


「古川さん!秋華どこいきました?」


「あぁ、今あっちへ走っていったで。」


厩舎の方を指差す古川。


「厩舎に!?」


(いったい何をしに―)



「あぁ、あれちゃうか?」


古川は厩舎の入り口の方を指差した。


するとそこには、軽やかに雪の上を『滑る』秋華の姿があった。


両手に長い棒を持って、長い板をはいて、こっちに滑り降りてくる。


そのスピードの早いこと早いこと。


勘助はその姿を呆然と眺め、古川は「なかなやるなぁ」などと呟いている。



厩舎道を外れ、坂の下りに入りさらにスピードを増したそれは、


そのまま勘助の方に突っ込んできた。


「勘助さん危なぁぁぁぁぁい!」



超スピードで滑ってくる秋華。


「顔笑ってるだろうがぁっ!」



勘助は避けるために雪にダイビングヘッド!


「ぶっ!」


再び冷たいっ!


「冷たっ!!


こら、秋華っ!」


勘助は急いで起き上がって秋華を見た。


すると、


「・・・なにやってるんですか?


いきなり雪に飛び込んだりして・・・」


(へっ?)


よく見ると秋華は勘助の立ち位置のすぐ手前できっちり停止しており、すでにゴーグルを上げていた。


「いやぁ、斎藤さんなかなかの腕前や。


難しいんやで?急停止すんのは・・・」


古川が腕を組ながら秋華に話しかける。


「ええまあ。


まだアイドルやってた時代に番組で・・・


先生には鍛えれば全日本目指せるって言われました。


まぁ、本当か知らないですけどね


あはは・・・」


誉められたのが嬉しいのか、満面の笑みの秋華。




その時、勘助は自分の行動が徒労だったことを悟り、同時にものすごい恥ずかしさを覚えた。



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「いてて・・・


首が・・・」


立ち上がりざま、勘助が呟く。



・・・なんと情けないことだろう。


訳もわからず雪に飛び込んで冷たい思いをしたあげく、むち打ちのようになっているのである。


秋華と古川は、相変わらずスキーの話で盛り上がっている。


(・・・こっちに関わってくれないのが唯一の救い・・・)


雪を払いながら勘助は思った。




勘助が起き上がったことに気づいた秋華。


「あ、じゃあ、勘助さん。


トシちゃん探してきます。


三分もすれば帰ってきますので。」



スキー板を回転させ、こちらを向く。



「・・・まぁ、大丈夫だと思うけど気をつけて。」


自分の肩についた雪を払い落としながら勘助が言う。


秋華はにこっと笑いかけ、

敬礼をしてから放牧地を滑り降りていった。


後ろから見ていて、なんの心配や不安も生まれない、見事に安定したフォームである。



「ほんにええ子やなぁ・・・


俺みたいなじいちゃんにもまともに接してきよる。


・・・しかしまぁ、よう勘助ちゃんのところになんか来たもんやなぁ。


斎藤さん・・・。」


同じく見送った古川が、秋華の消えていった方角を見ながら呟いた。



「内地にもっとええ男がおったやろうに・・・」


(・・・悔しいけど反論できない。)



勘助は自分が今どんな顔をしているのかわからなかったが、古川が


「あっ、いや、勘助ちゃんに全く魅力がないわけではないんやで!


ただほら、斎藤さんと天秤にかけたら美女と野獣・・・


いっ、いや、な、何でもない!」


と、必死にフォローをしてきたところを見ると、


とてつもなく不機嫌な顔をしていたのだろう。


まぁ、確かに言われようは酷い。





・・・暫し沈黙が流れる。


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ふと古川が話し出す。



「斎藤さんは、競馬についてどう思てんのやろ?」



・・・なんとも微妙な問いだった。


「そう・・・ですね。


・・・。


・・・まだ、なんとも言えません。


俺・・・競馬の話は芝さんとしかしてませんし、


この間の有馬記念でも、あのワールドクロックスのレースっぷりを見てもあまり関心が沸かないようでした。


馬が好きなことに間違いは無さそうなんですが・・・。」



今の秋華を一言で表現するなら『謎』である。



性格や、趣味などの一端はだいぶん見えてきたが、


この牧場での生活に不満があるのかないのか、


トシローの行く末についてどう思っているのか、


競馬についてどの程度の知識があるのか、


・・・自分のことを先を見据えてどう考えているか、など。



全くわからないところは多々ある。


ワールドクロックスの一件にしてもそう。


あれだけのレースを見たら、競馬ファンでなくても、


ましてや馬を見たことがない人でも、


『あ、強いんだナ。』『速いな。』 くらいの感想は持ってもいいものである。



が、秋華は首をかしげて『何も理解ができない』といった風に座っていた。


あれは本当に競馬に興味がないのか、それとも


他に何か思うところがあるのか・・・。



「ほんと、どうなんだろ・・・。」


柵に寄りかかって肘をつき、頬にてを当てて思案を巡らす。


(結局俺ってあいつの何も知らないんだよな・・・)



そんな考えが顔に出ただろうか。


古川はふふっと笑いこちらに近づいてきた。


そして勘助の背中をさすり、



「まだわからんで当然や。


一ヶ月しか一緒に暮らしてないんやろ?」


勘助と同じ方向に視線をなげかける。



雪のカーテンである。


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「人間を完璧に理解できてる者なんざ、


おれは居らん思てる。



心理学者、精神学者、生物学者、聖職者、いろんな人間を理解しようとする人間がおるけど、


そんな人らが解るのって、外面的な事やんか。


ほんまに相手が内面そない思てるかなんざ


わかるはずないんや。


本人の問題やねんから。



でも、あの人らは必死にわかろうとする。


・・・尊敬せなあかんよな。」


「・・・。」


それでや。


そんな努力の人らがいつまでも探求し続けてることをやで。


会って一ヶ月でわかるやつがおるかいな?」


「・・・?」


「おらんねんて。そんなやつ。


勘助ちゃんはなんも悩むことない。


当然の事や、斎藤さんの事をまだわかってないのは。


だって、会ったばっかやねんから。




まぁ、俺なんか見て見ぃ!


嫁はんと四十年一緒に住んでても、時たま『なんでそんなことで怒んねや?』って思うことはある。

あいつの事はほんまにわからん!


ガハハ・・・」



「ふーん・・・。



そんなもん・・・ですかね?」


体制を崩さない勘助。


「そんなもんやで!



何回も何回も、繰り返し繰り返し付き合うことでなんか見えてくるからな、人間て・・・


特に女は厄介やけど、それを崩していくのもまたおもろいと思たらええ!



斎藤さんの競馬に対する意識も、そのうち崩せるときが必ず来る。

まぁ、その時を楽しみに生活していくことやな。


一緒に生活してる限りは、終わりがないゲームやから。


何回も挑戦できるのもエエとこや。」


「古川さん・・・。」



見上げた古川の顔がずいぶん楽しそう。


人生の先輩の助言がこれほど心強いものとは・・・。




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「俺が勘助ちゃんらを見て楽しい理由のひとつやな、それは。



他人はよく『苦しみもがいて関係を作る。』って言うけど、


俺はそうは思わん。


もがいてるように見えて、実はそれってお互いが何かを探りあってる。


そうは思わんかね?勘助ちゃん?」



古川は背中を一喝、それから元の立ち位置へと帰っていった。


「・・・。」




勘助は驚いていた。


正直、古川がこれほどの人生論を持っているとは思ってもみなかった。


ただ、人生を流れに任せて生きているように見えていた古川が、


自分が思う人生の説明書を持っていて


それに束縛されるでもなく、全く無視するでもなく、


じぶんと相手にほどよい距離を保ち続けた。


だから楽しそうに生きてこれた。



(これもまた発見、か・・・。)



勘助は心に溢れてきた充実感に浸っていた。


古川の言っていることがよくわかる。


(相手を『見つける』って


楽しいんだな!)


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目の前はさらに降る量を増やした雪による視界1メートル程度のふぶきで、


雪のカーテンと言うよりは雪の壁になっていた。


「これ・・・


斎藤さん大丈夫か?」


顔に吹き付ける雪を手でガードしながら古川が言う。


「あれ・・・スキーウェアとちゃうかったやろ?」


「・・・。」


まさしく。


秋華が来ていたのは再度書くが、

寝ていたときに着ていた厚手のジャージに


出会ったときに着ていた黄色のコート。(膝下まで長さのある旅行用。)


・・・スキーをするにはちょっと事足りない気がする。


ましてやここは凸凹で、スキー場のように整地されているわけではない。


それに加えて強さを増したこの雪である。


いくら上手いとはいえ・・・



(てゆーか、早く馬房にいれないとトシローが危ない。)


勘助は、自分の着ていた服の襟を立て、防寒体制を整えた。


「古川さん!


俺、ちょっとあいつら探しにいってきます。


古川さん先に厩舎に戻っててください!」



「えっ!?


その格好で探しにいくんか!?」


「『子供は風の子元気の子』ですよ!


もう二十歳過ぎですけど!


じゃあいってきま・・・」


そういって柵に足をかけ、乗り越えて行こうと思ったそのときだった。



「勘助ちゃん!待った!」


猛然と走ってきた古川は、齢60とは思えない力で勘助の首根っこを捉え、


「でぇい!」


まさに今柵を飛び越えようとした勘助を雪の上に引きずり下ろした。


「がっ!」


本日三度目の冷寒&二度目の衝撃。


「いってぇっ!


せっ、背中が・・・!


ふ、古川さん!?何するんですか?


こんなの、いくら俺でも死にます―」


「待て!よう見て見い!」


古川は、勘助の真正面を指差した。


「えっ?」




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「お待たせぇぇぇぇぇぇっ!!」


勘助の声を遮って、目の前の雪を蹴散らしながら勘助の視界に滑り込んできたのは


秋華の姿だった。


「わっ!」


「おう、お帰り!斎藤さん。



で、どうやった?トシロー君は?」


勘助の首根っこを置き去りにして立ち上がり、秋華の方に歩み寄る古川。


秋華がゴーグルを上げる。


「はい!


バッチリ連れてきましたよ!


坂の下で駆け回ってました!


私の声、聞こえてなかったみたいで・・・


・・・トシちゃん!」



「ひゅひゅん!」


秋華の声と共に


雪が織り成す銀の壁から、トシローの漆黒の馬体が現れる。


・・・やっぱり足から血ぃ出して。


(説明でもすっか。)


どっこいしょ、と立ち上がった勘助はまず秋華に、


「ありがとう。おつかれさん。」


と、労いの言葉をかけた。


満面の笑みと敬礼で返す秋華。


(可愛い・・・今さらだが。)



勘助はちょっと恥ずかしくなって顔をそらし、古川の方を向いた。


「あぁ、古川さん。


こいつがトシローです。


幼名(牧場での名前)は三船敏郎から取りました。



どうです、なかなかの馬格でしょ・・・


って、えっ・・・?」





勘助が言葉につまったのには訳がある。




古川は魂のこもっていないような表情でトシローの方を呆然と見つめていた。


「あの・・・古川さん?」



刹那、古川のつき出した手が勘助の言葉を遮った。


「!!」


まるで、天使でも見ているかのようである。


「ふふーっ!」


ずっと見つめられているトシローも何だか気まずそうだ。


ゆっくりゆっくり首を上下している。



古川は一言も発しない。



秋華と勘助は顔を見合わせた。


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幾ばくかの時間が過ぎた。


全く動きのない古川であったが、




つき出した手を戻すと共に、古川が久しぶりに言葉を発した。


「・・・勘助ちゃん。」



「はい?」



「この馬・・・どこぞのオーナーに売る契約とか・・・した?」



相変わらず古川はトシローを見続けたまま。



「いっ、いえ・・・。


うちの牧場には誰も・・・」


その瞬間、突如古川の顔がこちらを向いた。


「1億出す!



俺にこいつを売ってくれっ!」



「・・・


・・・


・・・


・・・


・・・


はっ?」



「1億で足りんかったらもう1億足してもかまへん!


だから、こいつを、トシロー君を俺に・・・」


勘助の肩をつかみ揺さぶる古川。


目が血走っている・・・。



「ま、待ってください!



しょ、正気ですか!?」


古川をとりあえず引き剥がす。


が、再び飛び付いてくる古川。


「これが正気でおれるかっ!」


「どわっ!」


押し倒される勘助。


四度目の冷寒&三度目の衝撃。


けれども古川はお構い無し。



「こいつは・・・この馬は・・・間違いなく世代トップの馬になれる!


成長したバルクを見たとき、こいつやったらG1勝てると思た。


トシロー君にもそういう相が見えたんや、今!


こいつはまだ当歳(0歳)やで!


バルクが二歳馬の時に感じたのを今!


おんなじようにこいつにも感じた!


こんなん四十年この世界に生きてて初めてや!


ましてやバルクの子・・・。



頼む!俺の競馬人生の終わりをこいつに捧げてもええ!


金やったらなんぼでも出す!


だから、だから、トシロー君を俺に―」


「―ちょちょちょ、ちょっと待った!」


古川を手で制する勘助。


「あかんのか!?」



「そうじゃありません!


とりあえず落ち着いて家ん中で話しましょう!


ここで話すにはちょっと動く金が大きすぎます!」



古川ははぁはぁ息を切らしている。


「それも・・・せやな。」


「でしょう!?


とりあえず、家にいきましょう!


話はそこからです!」



「・・・よし。」


古川は勘助の上から退いて立ち上がると、家の入り口に向かって歩き出した。


そのスピードの早いこと早いこと。


勘助は唖然とその姿を見送った。


「・・・1億ぅ?


トシローが?





んなアホな・・・。」


ちょっと想像もつかない金額に、勘助は頭を掻いた。


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「1億・・・想像できるか?


秋華・・・




秋華!?」



振り返って彼女を見た勘助は驚愕した。


もう今にも泣き出しそうな顔で、こちらを凝視している。


「な、なんだ?


どうしたんだ?秋華?」




とりあえず目の前まで駆け寄る。

とうとう涙がこぼれ出した。




「な、何があった!?」



「うぅ・・・ぐすっ・・・ひっく・・・」



「な、何て?」




次の秋華の言葉で、勘助は再度ひっくりがえる。











「トシちゃん・・・。


売っちゃうんだ・・・?」







(ゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑゑ!?


そこぉっ!?)








「えっ・・・えーと・・・」



泣き崩れる秋華を前にどうすることもできず、ただ、立ち尽くす勘助。





それを見たトシローが飛んできて勘助に体当たりをかましたことも



特筆せねばなるまい。







さぁ、これで話がややこしくなる・・・。


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