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15

この頃ファンタジー小説にはじめて触れました。



あれから数時間。



車内では、勘助と秋華がとりとめもない話を続けていた。



北海道の最東端。


勘助はそこへ向かって軽トラを走らせた。


傍らには・・・年下美人。


ずっと可愛い事に変わりは無いのだが、


今の勘助にはそれを感じる余裕は砂の一粒ほどもなかった。




何せ、隣の人は自殺希望者。


勘助は今からこの人を死なせにいくのである。


あの口達者の芝山でも説得出来なかった強者。


もう自分にできることは無いのではないかと勘助は思った。




隣の人は、風にあたりながら


車窓から景色を見ている。




・・・かつて俳優の火野正平は


『日本縦断こころ旅』


において、北海道を通ったとき、


『何も無い・・・』


と、呟いた。


事実そうである。


ただひたすら、草原が続くこの大地。


勘助などはもう見飽きたが、初めて来る人には刺激的なのだろう。



(何でもいい、止めないと・・・)



バックミラーに引っ掻けたオグリキャップ人形が、風にしぶかれて激しく揺れる・・・


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「あ、秋華さん?」


勘助は恐る恐る訊いた。


「なんでしょう?」


秋華はこちらを見る。


勘助は前を凝視したまま


「・・・芝さんとは何を?」


と訊いた。


芝さんは今までも、相談に来たいろんな人を助けてきた。


正月にうちの牧場に来る年賀状がやたら多いのは、その為だろう。

しかも、まさに百発百中。


芝山に説得されて、怒って帰っていったり、諦めて帰ったような人を勘助は見たことがない。




それなのに、今回は失敗だと言う。


一体何を話したのか・・・。


「・・・。」


秋華は少しムッ、として、


そのあとは何も話さなかった


(えっ?)


なんか怒ってる?


勘助はよくわからないまま、


「は、話したくなかったら別にいいんです、はい!」


と急ぎフォローした。


その様子を見た秋華はクスッと笑い、



「冗談です!


芝さんの昔話を聞かさせていただきましたよ。」


と、穏やかに笑った。


「あ、あ、そうなんだ・・・。」



あのジジイめ、まだ酒が抜けてないんじゃあ・・・?



憚らずも、「そんな話をしてなんになる?」と思った勘助は、もしこのまま帰ったら芝山を問いただそうと決めた。


「あ、そうだ、それと・・・」


秋華はおもむろにジャージのポケットを探る。


(え?まだなんかあるのか?)


「これを貰いました。」


「ん?千円札?」


ひいふうみい・・・四千円か?


「でも、何で芝さんこんなものを?」


勘助はキョトンとして訊いたが、


秋華は含みのない微笑みで、



「地獄の沙汰も金次第、と言われました。」




瞬間、


勘助の頭からは血が引ききり、


勘助の顔は真っ青になり、


勘助の手も再び震え出した。


車が若干蛇行したのはそのせいだろう。



「そ、そ、そん、な、こっと、を、し、ばさ、っん、ぐゎ?」


そんな勘助の声を訊いた秋華は、もう可笑しくって、


必死に笑いを堪えながら、


「ええ。」


と返事した。


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(もう、ダメか?)


芝山との会話の概要を知らない勘助はそう思った。


これは結果的に芝山が秋華の自殺を黙認したと言うことにならないか?


あの芝山が・・・



勘助は車のスピードを上げた。



説得は・・・無理かもしれない。


・・・なら俺になにができる?


口下手なこの俺に・・・


無理じゃないか?


・・・。




勘助の車は、珍しく信号に引っ掛かった。



車を止めた勘助は、深呼吸した。





自分はなぜこの人を助けたいのか。


たぶん、人が死ぬのを見たくないからという単純な理由が一番大きいのだろう。


自分が人を殺してしまうようなことをしたくないとも言い換えられる。


………が、たぶんそれだけではないのだとも思う。


単にそれだけの理由ならわざわざ、知床につれていくまで世話焼きをしない。どうでもいいなら勝手にしろとその場で放り出したって構わないのだから。


だとすれば?冷静になって考えてみる必要がある。


何かしら、思い入れがなければ人間そう簡単にそういう行動には移らない。


今、自分には、彼女にどうしても死んでほしくない心持ちがあるのだ。


24時間経たない前まで赤の他人だった相手に、そこまでの思い入れを抱く理由。



………そうそう、可能性は多くない。


ヒントはある。彼女の顔色をうかがう度に跳ね上がる心臓と、からだ全体から沸き上がる熱のようなもの。



………世間一般でこういう状態を、なんというのか、自分は知っている。



要するに、それは……




「・・・。」


「・・・勘助さん?」


「・・・。」


「勘助さん!」


「はっ!」



勘助は、現実に帰ってきた。


「な、何ですか?秋華さん・・・」


「信号が青です。」


「あっ・・・」


なるほど確かに三つのランプは青だけを灯していた。


「あわわわわ・・・」


勘助は急いでアクセルを踏み込み、車を前へ進めた。


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車は交差点を抜け、また再びなにもない道を走って行く。


「どうしたんです?さっきから・・・」


秋華が勘助を心配そうに見つめる。


「だ、大丈夫ですよ、大丈夫・・・」




・・・わかった。


(俺がこの人に死んでほしくない理由・・・)


勘助のハンドルに込める力がいっそう強くなった。


「秋華さん・・・」


「何ですか?」


「僕はあなたに死んでほしくない。


・・・わかりますか?」


「昨日の晩から百回は聞いています。」


「う・・・。


ま、まぁ、それはそうなんですけど。


とにかく、僕はあなたに死ぬようなことはしてほしくない・・・。


うちはスタッフが二人しかいません。


その・・・行くところが無いんだったらうちに滞在してくれても構わないですし、


別にお金のこととかは気にせず―」


「―もう、決めたんですよ。」


秋華はきっぱりと言う。


勘助がハンドルに込める力は一気に半減した。


看板が見えた。


《知床まであと五キロ》


・・・時間がない。


勘助は焦った。


こうなれば、今、自分の胸のうちに潜む熱量を……そのまま伝えるくらいしか、不器用な自分には選択肢がない。


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「・・・秋華さん。」


「はい?」


「僕はあなたがうちに助けを求めてきたとき、


今してやれることは何でもやってやろうと思った。


死にたいと言い出した時には、


死んでほしくないと思った。


人間として・・・」


「はぁ・・・」


「それは今も変わらない。


死んでほしくないし、


助けたいと思っている。


でも・・・」


「でも、何ですか?」


「今のこの気持ちは・・・


その・・・違うんですよ。


あの・・・昨日の晩と・・・。」



また勘助はハンドルをぎゅっと握った。



「え・・・?」


秋華はゆっくり勘助の方に視線を移した。




「よくわかんないけど、その、


あなたが・・・」



勘助は目線を落とす。





秋華の顔が一気に困惑の色に染まる。


当然だろうと思う。


まだ会って1日。


いきなりそんなこと言われても・・・


気持ちの整理がつかないはずだ。




北海道の地に、また雨粒が落ちる。


昨日の残り雨・・・。





秋華はあからさまに混乱した様子で言葉を絞り出した。




「その気持ちは………


たぶん、同情が産み出した……幻だと思う。」

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「………かも、しれません。」


勘助は厳しい顔をして頭を掻いた。


「自分でもよくわからないことを言っている自覚はあります


でも、だけど………」


秋華は、早鐘を打つ自分の心臓の音が聞こえるのではないかと心配した。


「………はっきり、今はあなたのことしか考えていない。」


秋華は心臓が飛び出すかと思った。


孤児院、芸能界からこっち、


後にも先にもこんなことを言われたのは初めてだった。


―この人は正気か?


そうも、思った。


「そんなこと言われても……


それは………今から死にたいっていってる人間に言う言葉じゃない………。」


「でも、このまま送り出したら、あなたは死ぬつもりじゃないですか?


俺は死んでほしくない。もし、俺の言葉ひとつがその足に枷を嵌めることができるのなら………」


その言葉は、秋華の胸を強烈に貫いた。


語気を強めた勘助は早口になった。


「俺があなたの人生に介入したのはほんの20時間前、


だから俺はあなたの苦悩も苦痛も苦役もなにもわかりません。


・・・その胸のうちだってわからない。


今あなたが何を考えているのかわからない、


あなたの名字すら掴めていない、


どこに住んでいたかもわからない、


何をしていたかもわからない………」


「だったらなぜ!?」


秋華が絶叫したとき、


車は急停止した。


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「それを解れるだけの時間がほしいから!!」


勘助は力一杯ハンドルを殴り付けた。


知床の空に大音量でクラクションが響き渡り、


そしてそれは、霧散していった。


いつの間にか、外はどしゃ降りになっていた。





車内に残ったのは、


息を切らして、頭を肩の下へ潜らせた勘助と、


それをただ呆然と見つめる秋華の姿だった。




それは、


五分だったか、十分だったか。


二人は車内でなにも語らず、


勘助はハンドルをつかんだままうなだれ、


秋華は手で顔を覆っていた。




その曖昧な空気は緩和されることなく、時間を止め続ける。



時間が流れない。



勘助は………このまま時間が凝固してもいい、とすら思ったが、


しかしそれでは話がどの方向にも進展しないこともよくわかっていた。


重い口を開かざるを得ないことを、知っていた。




「目的地の知床は、ここです。」





ゆっくり窓の外を見る。


そこは写真や資料で見たことのない、また違った場所だった。


目の前には丘。しかし、その向こうに海が見える。


勘助は、頭を沈めたまま、続けた。


「芝さんに、ここに行けと言われました・・・。


『あの場所』とだけ、伝えろと・・・。」



「あの場所・・・。」



秋華は全てを察したような表情でいた。


芝山との会話のなかに、何かしらそういう感情にさせるものがあったのだろうか……




暫しの沈黙の後、どしゃ降りの中、秋華はドアを開いた。




「・・・降ります。」


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勘助は頭を上げなかった。





「行くんですか?」


「・・・ええ。」


「どうしても?」


「・・・ええ。」


「・・・そうですか。」



勘助は、自分の声が震えているのがよくわかった。それが悔しさから来るものか、悲しさか、不甲斐なさか……たぶん、全部なのだろうと思う。



「あなたの気持ち・・・


嬉しかった・・・


でも、私は・・・」



「皆まで言わないでください。」



「!!」



「聞きたくない、です。」



「・・・勘助さん。」



「・・・。」



「あなたが私を思ってくれたことは、本当に嬉しかったです


だけど、今の私にそれを受け入れるだけの余裕が………


これは、私の中の、私の問題で、その……」



「………。」





「お願いがひとつ……


私のことは忘れてください。」




「……!」



「私はあなたの心に入り込んでしまったみたいです。図々しくも………


でも、私自身は、あなたみたいな人の心に介入していい人間じゃない。


だから、お願い。忘れてください……。」


全てを言い終えた秋華・・・。




微動だにしない勘助の様子を見て、彼女は最後にこう呟いた。



「さよなら。勘助さん。


あなたに会えたことは、本当によかったです。」




それだけを言い残した秋華は、車の外に出ようとした。、




「でも………それでも。」


突然勘助が顔を上げる。



「!?」


秋華は振り返った。


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頭は上げたものの勘助は前を見据えたままだった。


「心のなかに入ってこられてどう思うかは、こっちの勝手じゃないですか。


あなたの決めることじゃない」



「………自覚、だと思います。それは……」



「・・・。」



再び曖昧な空気が流れ出した。


永遠に続くかと思うほど長い時間が流れたが、


それをと切らせたのは、やはり秋華の方だった。




「勘助さん……もういいんです。


私のことは忘れてください……」



そういうしかないのだ、とばかりに心苦しそうに、秋華はそう呟き。



そしてもう一度勘助の方に身をのりだし



固まって動かなくなった勘助の頬に唇を押し当てた。



勘助の体が跳ね上がる。



秋華はそこを手で拭い



なにも言わず、外へ出た。



雨が冷たい。



秋華は急いで外に出て、丘へ向かって歩き始めた。




そんな体力が残っていたのか、とかすかに驚きすら覚えるほどのスピードで、彼女の背中は小さくなっていく。


コインほどの大きさから、豆粒へ、豆粒から、米粒へ、と。







足の底から冷え上がるような感覚は、しかして心臓の鐘を激しく打ちならす。


後悔するぞ、との警告がピークに達したとき、勘助は車外へ飛び出した。








「秋華さんっ!」


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秋華は後ろを振り返らなかった。


が、立ち止まりはした。


既に米粒の欠片ほどにしか見えない背中。だが、届くとしんじて勘助は叫ぶ。




「ここで待ってます!!


帰ってくるって、信じてますから!!」




微かに、彼女が首を横に振ったように見えた。



よろよろと崩れるようにして丘の向こうに消えていく彼女を、


勘助は今度こそ見送る他になかった。




ーーーーー



芝山は、厩舎にある仏壇の前に正座して、


数珠をもって座っていた。


「南無大四辺浄金剛・・・」




あの嬢ちゃんは―


死なないはず。




あのとき握り返してきた腕に、未来への希望を感じた気がした。



坊っちゃんの言動にも、明らかな好意が見てとれた。




坊っちゃんがうまくやれば、あの嬢ちゃんを救うこともできる。



あそこは―


そういう場所だ。




芝山はちぃーんと鐘をならして、


それから合掌した。



「親っさん、先々代。


あいつらを助けてやってください・・・」








ズキッ。


(うっ・・・)


芝山は胸を押さえて倒れこんだ。


「ぐうっ!」



芝山はしばらくのたうちまわり、

それから落ち着くまでかなり時間がかかった。


「ハァっ、ハァ・・・」


芝山は胸を押さえながら起き上がる。


落ち着いた芝山は、


ふう、と息をついて


再度仏壇の前に座った。


「最近、多いな・・・」



芝山は仏壇に笑いかけた。




「たまに迎えが見えるときがあるんですわ・・・ハハ。」



そう言い残して、芝山は居間へと帰っていった。








芝山は、二人の無事を、ただひたすら願っていた。




仏壇の前には、血が残る・・・。




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