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13

いやー懐かしい。もう七年も前かと。(笑)



雨。

大雨。

雷。

雷雨。

突風。

高潮。



北海道は、これらを足して3で掛けたような超季節外れの台風に、

見舞われていた。



午後8時。


山本勘助と芝山雄一は、こたつ机の上で晩御飯を食べていた。


その日のおかずは


秋刀魚の塩焼き

味噌汁

冷奴(芝山希望)

香物


と、中々に質素であった。


醤油をかけた秋刀魚に箸をつけながら、芝山はテレビのリモコンのスイッチを入れた。



・・・どこもかしこも台風情報しかない。


『季節遅れで非常に勢力の強い台風25号は、作者の都合で北海道に進路を変え・・・』


ピッ。


古川は不快とばかりにチャンネルを回すが、


『今、ものすごい風です!


ふ、ふ、吹き飛ばされ・・


ザァーーーー・・・


現場の谷中さん!?谷中さん!?』


ピッ。


『教授、今回の台風はなぜこんな進路をとったんでしょうか?


いや、それが全くわからんのです!


ありとあらゆる科学を無視している・・・。


だいたい発生したこと自体が・・・。』


ピッ。


『作者宅から中継です!


今回の台風・・・』



ブチッ。



芝山は電源ボタンが壊れるかと思うくらいの力でボタンを押した。

「アホッ!揃いも揃って台風台風ゆうてからに!


〇ねっ!ボケッ!」



芝山は、毎週火曜日の

《北海ど~でしょう?》

というクイズ番組を楽しみにしているのだが、


今回の台風でその番組は、緊急特番に差し替えられてしまった。


「ほんまにアホみたいな話や!


おんなじような内容全部が全部うだうだうだうだやってからに!」


大まかなことではそれほど怒らないのが芝山だが、


細かいことで激怒するのも芝山である。


「今日はここら辺の取材でワシも出てるかもしれへんのに~!」


ものすごく無念そうだが、


そうまでしてテレビに出たい理由が、北海道民の勘助にはさっぱりわからなかった。


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「ホンマに内地のテレビ局はΧΧΧでΧΧΧΧΧΧでΧΧΧΧやからのぉ!


なあ、坊っちゃん!?」


芝山は、食事時に聞きたくない言葉ベストテンに入るであろう暴言の数々を吐き続けた。


さすがの勘助も、ちょっと気分が悪くなって、



「まあまあ。

土曜日に再放送するって言ってくれてるじゃないですか。ね?」


となだめることにした。


が、火に油を注いだだけであった。


「もう一回やりゃあエエって問題とちゃうんや!


その考えは甘いで坊っちゃん!


ええか?この時間は今このときにしか・・・」



(やってしまった・・・)


勘助は、芝山を説教モードに入れてしまったことを悟り、


そして後悔した。


芝山は、話の間に酒を挟み、顔を赤くしていく。


「・・・このときの重要さを知るためにはな、坊っちゃん!」


(何時間続くかな、これ。)


酒を飲んだ芝山は話し出すと止まらない。


20年にも及んで同居してきた勘助は、その事をよく知っていた。

こうなると対策はただひとつ。


酔い潰れて眠るのを待つことである。


しかし、この芝山。


酒にめっぽう強く、




同業者との飲み比べでは、


10人中7人が病院に担ぎ込まれる騒ぎのなか、


芝山はただ一人夜通し飲み続け、残った二人に人生論を語り続け


しまいには朝をあけて、倒れることもせず仕事に戻って行ったという伝説が語り継がれている。


ちなみに残った二人というのは、勘助の父兼続と、古川であった。


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勘助は既に、夜を越す覚悟をも持ち始めていた。


古川は立ち上がり、勘助に向かって指を指すようなことを始めた。


「青森松前藩の大軍に対し、我らがアイヌのシャクシャイン公は手に手に武器を取り、そして対抗した・・・」



歴史談義まで出てくると、もういかんともしがたい。


勘助はひたすら聞かれたことに


はい。


と答え続けた。


(高校の生活指導部よりもたちが悪い・・・)


勘助は高校の頃怒られたことなんかを思い出していた。


(俺をどなり散らしたあの先生、元気かな・・・)


こういうときはその先生の顔を思い出したりしただけでも笑えたりするものである。


不覚にも勘助は、クスッと笑ってしまった。


奇しくもその瞬間の話していたことは、


人生と笑いは非常に密接な関係にある、


という5代目桂文士師匠の言葉についてで、


その笑いを微かに聞き取った芝山は、なおいっそう語気を強めた。

「そこで笑うのがわからんのや!坊っちゃん!」


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・・・ヤバイ。


「ワシは、坊っちゃんが何で笑ったかは知らんけどな、文士師匠の言葉を借りたら、

笑いは時に人を不幸にすることも・・・」


もう芝山は、どっちを向いているのかわからない。


しかし、それでもこちらへ話しかけてきていることだけは間違いなかった。




さっきも述べたが、芝山の話しは非常に長い。


「人の不幸を招く笑いはほんとの笑いじゃあない!」


(テーマ変わってるくない?)


勘助は口に出せないため、頭のなかでツッコミを入れた。


屋根裏は、ただただ


ザーザーと心地よい音をたてていた。


勘助の心とは裏腹に・・・



(・・・寝たい)


勘助の頭は極度にぐらついていた。


マグニチュードは8、といったどころか。


しかし、そんな様子がもう見えない芝山は、酒暴走を初めて、


もう手のつけようがなかった。


「寿限無が落語の原点とするならば、2代目笑福亭刷部のたちきえ等は・・・」



この話に一つだけ感心することがあるとすれば、


とんでもなく広い知識の幅だろう。


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午前1時。


雨の強さはし烈を極め、


屋根が決して心地よいとは言えない音を鳴らしていたが、


そんなことは勘助にはどうでもよかった。


芝山の話しはまだ続いていた。


「チンパンジーの脳の容量が350ccなのに対して我ら人類は特に過大な知識と膨大な・・・」


「・・・。」


あんたはダーウィンかといいたくなる。


恐らく芝山は酒が切れるまで喋り続けるだろう。


勘助の眠気はもう限界だった。




まず、頭が下にもたれた。


そのあと、自然とまぶたが落ちた。


体の力がすべて抜けた。


そして、勘助は


無事に床に着地した。


しかし、それだけで勘助は世界一幸せだった。




意識が落ち、勘助は深い深い眠りについた。


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・・・。


どこだここは?


・・・あぁ、砂場だ。


でもやけに細長い。


あれ、向こうからなんか来るな。


あ、馬だ。


へー、公園でも競馬ってやるんだなぁ。


「坊っちゃん、あんたアホちゃうか?


ここ競馬場やがな。」


あぁ、それでか。


でもなんで?




「知らん。」


あれ、親父?


いつこっちに来たんだ?


「そんなもん、一緒に来たに決まってるだろうが。」


そりゃそうだな。ここに来るには車がいるもんな・・・


・・・でも、俺は軽トラの免許をこの間取って・・・。


「16歳で免許が取れるかいな!ハハハ!」


え?16歳?芝さん、それはおかしい。俺は今21歳・・・


『勝ったのはラグフェアー!


クラキンコ以来の牝馬のダービー制覇です!』



え?ラグフェアーが現役?


そりゃそうだな、俺が16歳なのだから。


「ラグフェアーが勝ちましたよ!


勘助さん!


やりましたね!」


うわっ、眩し・・・


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体が光っとる、何にも見えない!


けど、女の人・・・


二十歳くらいの・・・


・・・あれ?


これはいったい誰だ?


えーと。


・・・。


誰?


すみませんが、お名前は・・・


「もう、何を仰ってるんですか!


私はあなたの・・・」


俺の?!


あんたいったい俺の何―



ピカッ!


うわっ、再びまぶし・・・


ドガンラガラガッシャーン!


全体が光に包まれた。


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「はっ!」


勘助は飛び起きた。


丸い光が視界で揺れている。


(ここは・・・)


現実と虚実の区別のまだつかない勘助は、とりあえず回りを見渡した。


右、液晶テレビ。


左、厩舎の入り口。


前、



酔いつぶれた芝山・・・。



そこは紛れもなく自宅だった。


「あぁ、夢か・・・」


一升瓶を握ったままぶっ倒れている芝山を見た勘助は状況を理解した。


(えーと、今何時・・・)


勘助は壁掛けの時計を確認した。


3時半。



あれからまだ二時間ちょっとしか経っていない。


あの短時間でよくああまでリアルな夢を見られたものと、自分に驚いた。


(不思議な夢だったな・・・)


夢というのはたいてい不思議なものだが、その夢に不思議以上の不思議を感じていた。


(えーと、なんでかな?


・・・。)



どうしてもそこだけ思い出せなかった。



(まあ、いいや。夢は夢だ・・・)


そう思って、勘助はテレビを付けたが、


今は午前三時三十分。


当然どこもノイズである。


『ガァーーーーーーー・・・』


何かを期待していたわけではない勘助だが、それでも何もやっていないというのは残念だった。




そのときの部屋の状況。


外は暗く、時折雷もなり、風雨も叩きつけられている。


そんななかに


『ガァーーーーーーーー・・・』


である。


こんなとき、ガキの頃にでも怪談を聞いたことのあるやつは、


『アレ』を思い出すものである。



(テレビから手が出て来て腕をつかんで髪の長い女が

「呪ッテヤル・・・」


と・・・。)



いつの時代、年齢に関係なくこういうものは怖いものである。


想像とは恐ろしい。


あり得ないことがあたかも現実のように思えてしまうことがある。

勘助もそのような感覚に教われた人間の一人で、


その恐ろしさから逃れるため


テレビを消し、目蓋を閉じ、


もう一度寝ようとした。


が、皆さんも経験があるだろう。


こういう想像を一度膨らませると、


二度寝ることは難しいのである。


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(落ち着け、落ち着け俺。)


勘助は自分の作り出した想像から逃れる方法を模索していた。


どうしたら寝れるのか。


(よし、よし、数えるぞ、


羊か一匹羊が二匹、羊が三匹・・・


水郷障害を今ジャンプー!


各馬無事飛越を終えました。)


ンフッ・・・。


羊を数えたつもりが障害競争の実況になってしまっていた。


最近の勘助の生活が伺い知れる。

しかしこんなシュールなことでも、



(よし、寝れそうだ・・・。)



ときたのである。






ザァーーーーーー


雨。


(寝れそうだ・・・。)


ザァーーーー


雨。


(寝れそう・・・)


ザァーーーー


雨。


(寝れ・・・)


ザァーーーーー


雨。


(寝・・・)


ザァーーーー


雨。




ドンドンドン!


戸を叩く音。




・・・。





ん?







!?



戸を叩く音!?


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勘助は再び目蓋を開けた。


寝転んでいたので視線の先には厩舎がある。


「な、なに?」


想像のせいで勘助はひびっていた。


極度に。





ドンドンドン!


「ひっ・・・!?」


勘助はこたつ布団に隠れこんだ。

ドンドンドン!


その音は明らかに厩舎の入り口から聞こえてくる。


これは現実か?


勘助は自らほっぺたをつねった。


痛い。


勘助は顔が真っ青になった。


ドンドンドン!


再び戸が鳴る。


「し、芝さん!大変です!」


勘助はこたつ布団を飛び出し酔いつぶれた芝山を揺すった。


芝山はいびきをかいて寝ている。


「芝さん!」


「・・・。」


「起きてくれ!芝さん!」


芝山は起きない。


(こりゃダメだ・・・。)


ドンドンドンドンドンドン!


回数が増えた!


まさか戸を壊す気じゃあ・・・!

(はっ!)


この時勘助は、あることに気がついた。


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(バルクとトシローが危ない!)


これが仮に現実とするなら、厩舎の彼らが今は一番危ない。


「・・・ちゃだめだ。」


勘助は、自分を洗脳しだした。


「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ


うわぁぁぁっ!」


勘助は、覚悟を決めるなり台所にあったフライパンを手に


裸足のまま厩舎のコンクリートを入り口に向かって駆けた。


(芝さん、僕が死んでもバルクとトシローを頼みます!)


心のなかで遺書を書いた勘助はついに入り口にたどり着き、


間髪を入れずにその詮を外して戸を開けた!


「誰だあっ!」


勘助はフライパンを振り上げた。


するとそこには・・・。


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そこにいたのは、



長いコートを着た、ブーツを履いた


髪の長いずぶ濡れの女―!


勘助の顔から血の気が引いた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!」


勘助は恐怖のあまり、体が硬直して全く動けなくなった。


「出えぇぇえたぁあああああっ!」


勘助は無我夢中でそいつにフライパンを振りかぶり、それを降り下した。


その刹那、蚊の鳴くような声でそいつが喋った。


「あの・・・泊めていただけませんか?」


「えっ?」



ゴイン!


言い終えたその女の頭にフライパンが直撃した。


「あらっ?」


その女は、厩舎のアスファルトに音もなく崩れ落ちた。


当然だが、よく見るとただの人間である。


「あの、もしもし?」


うつ伏せになって倒れている女。

勘助が声をかけたが、全くなんの反応もない。


・・・まさか。


勘助の顔が真っ青から土気色に変わった。



「し、芝さん!


ちょっと来てください!


芝さん!」


当然返事はない。


ヤバい。


この人死んだりしてないよな・・・。


「すいません、起きてください!」

勘助はその女の背中を叩いた。


反応はない。


「ちょ・・・、謝りますから!頼むから起きてください!!」


勘助はうつ伏せになってるそいつの肩を思いっきり揺らした。


するとその拍子に、初めてその女の顔が勘助にもたげられた。


「!!」

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土気色だった勘助の顔は、みるみる紅潮していった。



「かっ、かっ、」




(可愛い・・・)




勘助は、先程までの喧騒を忘却の彼方へとやってしまい、


しばらくその顔に見とれてしまった。


なんともアイドルではないのかと思うほど、端正な顔立ちである。

きめ細かい肌。


小さい顔。


長い黒髪もよく似合う。


歳は同じくらい・・・かな?


「・・・」



牧場に勤め初めて以来、女性との関わり合いと言えば隣の牧場の奥さんとの取引ぐらいだった勘助は、


このとき、感無量だった。



「・・・」



別に下心があったわけではない。

しかし、勘助の指は、その女の顔へと自然にのびていった。


そしてちょうど頬のあたりに触れようかと言う頃に・・・


パチッ。


そいつの目が開いた。


「ん・・・。」


目を擦る女。


(やべっ!)


勘助は焦って、急いで手を引っ込めた。

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その女はおもむろに起き上がり、


勘助を見て、


それからフライパンで殴られた辺りをさすって、


少し渋い顔をして、



「・・・誰?」


と聞いた。







「はっ?」


質問の意味がわからない。


「・・・どこ?」







主語が抜けている。


「え?」


「・・・。」



とうとう黙り混んでしまった。



「・・・。」



「・・・。」



「・・・。」



「・・・。」



「・・・。」






「・・・あの。」


数分の沈黙の後、女が再び口を開いた。




「はい?何でしょう?」



「ここは何処ですか?」



口さえ開いてなければ呆然としている、という感じの顔で女が聞いてきた。




「どこというのは・・・」




「なに県ですか?」




「・・・北海道ですが。」




その言葉を聞いた女は一瞬動きを止め、


それから




「・・・よかった。」



とだけ呟き、ひどく安堵したようだった。




が、勘助には状況が掴めない。

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「・・・あの。何があったんですか?」


「え?」


「いや、なぜうちの牧場に来られたんです?


という・・・。」


「さぁ・・・?」



「さぁ、って・・・。」


「なにか不都合がありまして?」


「え?


いっ、いえ、特には・・・。」


「そう・・・。ならよかった・・・。」


「・・・は?」


(いやいやいや、なんにもよくないし。)


勘助はミステリーゾーンにでも入ったような気分だった。


・・・まったく話が噛み合わない。


えーと、どう聞けばいいのか・・・。


勘助のスキル(話ベタ)が発動した。


頭を片手で抱えて動かなくなった勘助を女は不思議そうに見つめ、



「あの・・・。


何をしてらっしゃるんですか?」


と聞いた。



(いや、それはこっちの台詞で・・・)


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「すみません、もう一度聞かさせてもらってもいいですか?」


勘助は頭に当てた手を下ろして聞いた。


「・・・はぁ。」


相変わらず何を考えているのか判らない。


が、


可愛い。


「・・・コホン。


あの、こちらに来られた用件を覚えてらっしゃい・・・ますか?」


勘助が言葉につまったのには理由がある。


その女の後ろの馬房には、


コスモバルクがいた。


もうすでに目をさましている。


(頼むから暴れてくれるなよ・・・)


勘助は念じた。


それに女はまだ気づいていない。




「ここに来た理由?



ええと・・・」

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「うーん・・・」


それっきりその女は顔に手を当てたまま黙り混み、


本気で悩み出した。


「あ、いや、答えたくなければいいんですよ!?」


勘助は少し気を使ったが、


女はたいして気にしておらず、


「いえ、今思い出しますから。


ええと・・・。」


そう言うなり、女は今度は両手で頭を抱え始めた。


今の勘助には、その動作の一つ一つが刺激的で、いつまでもみていたい気分だったが、


このままでもらちが明かないので、


「じゃ、じゃあお名前は?」


と、とりあえず名前を聞くことにした。


すると女は頭を抱えたままこちらを向き、


「秋華(あきな)、です。


よろしく。」


と、答えて、それからまた考え込み始めた。


勘助は、半笑いだった。


(まるで源氏名だな)


「あっ、の、名字は?」


勘助が申し訳なさそうに聞くと、

女は「はっ?」と言いたげな顔をこちらに向けてきた。


「それ、必要ですか?」


「えっ?」


勘助は名前の返しでこんな回答を聞いたことがなかった。


「ですから……どうしても必要な事柄ですか?


でなければ、その……事情が事情なので、お答えしたくないのですが」


(なっ・・・)


なんじゃそれ、といいたくなった。


が、相手のペースに圧倒されていた勘助は、


「いっ、いえ、別に・・・」


と、気弱な回答をするに留まった。


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「あっ!」


女がひらめいたように叫んだ。


勘助は後ろに転げそうになった。


「ど、どうしました?」



「思い出したんです。ここに来た理由・・・」


「そうなんですか!?」


「はい。


お話しした方がよろしいでしょうか?」


「ええまあ・・・」


勘助は体をたてなおし、正面に向ける。


女はそのままの体勢でこっちをじっと見つめながら、口を開いた。


「死のうと思ったんですよ。」




「・・・はぁ!?」

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勘助は呆然としたが、女はなに食わない顔で続けた。



「そうです。


ほら、あそこで死のうと思ったんですよ、


世界遺産の・・・。」


「・・・知床?」


「そう!知床です!ご存じですか?」


勘助は北海道生まれ北海道育ちであった。


「ええ。たぶんあなたよりは・・・」


その瞬間、なぜか女の顔が輝いた。


「ほんとですか!?


じゃあ、明日つれてってください!」


「へっ!?」


知床に?


つまり、自殺させに連れていくと・・・。


「・・・ダメですか?」


「だっ、ダメに決まってるでしょ!!」


「……なぜですか」


「何故って、いや、あの、えっ、だって」


「…………」


「と、遠いですよ!あそこ!マジで!


むちゃくちゃ時間かかりますし、さすがに……」


「そう、残念・・・」


勘助は、あっけにとられた。


この人、どんな思考回路してるんだ!?


・・・こんな可愛い顔して。


「ちょ、ちょ、秋華さん!?」


純粋に、なんでしょう?と言う顔をこちらに向けた秋華は


「なんですか?」


と答えた。


(そもそも「なんですか?」はおかしいだろ・・・)




「そ、その、死ぬとか死なないとか、そんなこと言わないでくださいよ、


ね?


お願いですから・・・」


「なぜですか?」


キョトンとしている秋華。


「なぜって・・・。」


勘助は困った。


なんと言えばいいのかわからない・・・


自殺幇助?は、理由にならんか・・・


でも、死んでもらっても困る。



「なぜって、なぜって・・・」


勘助は顔を伏せてしまった。


その様子を見た秋華は


「まあ、つまりあなたは


私が死ぬのを止めると言うことですね?」


「そ、そうですよ!


死ぬなんて考えないで・・・」


勘助のその言葉を聞くなり秋華は立ち上がった。


「・・・。」


「・・・どうしました、秋華さん?」


勘助は秋華を見上げた。


秋華は明らかに勘助を見下していた。


「あなたも・・・そうなんですね・・・。


お世話になりました。」


そう言うなり入ってきた入り口に向かって足を踏み出した。


「では・・・。」


勘助はこれをみて立ち上がり


「秋華さん、どこへ!?」


秋華は少しの微笑をこちらに返し、


「知床にいくんですよ。」


とだけ言って足をさらに進めた。

外は台風である。


大雨である。


暴風である。


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勘助は、先ほど見聞したニュースの一場面を思い出した。


『《今ものすごい風が・・・


うわぁっ!》


谷中さん!?現場の谷中さん!?』




そのときの秋華は、かなり衰弱していた。


風雨に耐えてここに転がり込んだくらいである。


そして、北海道の秋は寒い。


・・・恐らくこのまま独り身で外に出たら、


間違いなく、死ぬ。






(と、止めないと!)



「あ、秋華さん!ちょっと待って!」


秋華はこちらを振り返った。


「まだ何かあるんですか?


止められる筋合いは無いと申し上げたはずですけれど・・・。」



勘助は頭をフルプラウザで回転させた。


止めたらこの人は出ていってしまう。

↓

死。


ならば、説得しなければ・・・

↓

時間がほしい。


時間稼ぎか。

↓

この家に残りたくなる条件を述べる。




・・・よし、これで行こう。



勘助は姿勢をただし、秋華に向かってこう提案した。


「・・・わかりました。

知床に案内します。」


秋華の顔が一気に好転する。


「ほ、ほんとですか!?」


(絶対にそんなとこに連れていかねぇよ。)


内心はそう思いながらも勘助は

、


「ええ、そうです、知床に案内します。


ですから、今晩だけうちで泊まって行ってください。


汚いところですが・・・」




―頼む、食いついてくれ!


勘助は、

釈迦、キリスト、アッラーフ、天照大神、大川慶次郎、その他ありとあらゆる神に


願をかけた。


罰当たりな話だが・・・。


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「ええ、ぜひお願いします!


私一人じゃ心もとなくて・・・」



このときの勘助は、恐らく世界一安堵した人間だろう。


「ええ、ぜひそうなさってください!」


(良かった!)


とりあえず秋華の命は明日へ預けとなったのだ。


(明日か・・・。どうしよう。)


勘助は同時期に極度の緊張までも味わうはめになった。



そんな勘助の心労をよそに、


秋華は、心底感謝しているように見える。


なんとも屈託のない笑顔である。


(かぁあわいいっ!)


及川サトル師の名実況を拝借しよう。


『今日もときめきワンダーランド!』


である。


勘助はちょっとの間、秋華の顔に見とれていた。


それを不審に思ったか、秋華は勘助の顔を覗き込み、


「私の顔になにかついてますか?」


と聞いた。


「いっ、いいえ、何も・・・。」


「そうですか?ならいいのだけれど・・・」


秋華はあまり気にしない様子である。


(よかった・・・)



勘助は、さっきの安堵とはまた別の安堵に、


身を落としていた。


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「ヘックシュ!」


秋華はコートで口を覆った。


「どうかなさいましたか?」


「いえ、少し寒くて・・・


その、ずっと雨に当たっていたものですから・・・。」




勘助ははっとした。


そりゃあこの気温でびしょ濡れのコートを着てりゃあ風邪も引く。


「あ、ちょっと待っててください!


タオル、持ってきますね!


あ、あと着替えも!」


秋華は初めて申し訳なさそうな顔をした。


「いえ、何もそこまで・・・」


勘助は社員寮に戻りながらグッドラックのサインを返し、


「うちの家系はお節介なんです!


気にしないで!」


と、返事を返した。


「は、はい・・・」


秋華は立ち尽くしたままだった。








タオルを取りに向かった、


勘助は厩舎の中を駆けながら考えていた。


さて、明日にどうするか・・・。



あの人は今普通じゃない。


知床に連れていったら本当に死んでしまうかもしれない。


何とかして止めねば!


じゃないと、俺・・・




勘助は急に苦しくなった胸の空気を、


「しゃ!」



という気合いの声と共に吐き出した。



あの人を救わねば。


勘助は使命感に燃えた。


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勘助は風呂の前のタンスで比較的きれいなタオルを探した。


「えーと確かこの辺りに・・・」


あった。




同級生の結婚式に貰った引き出物が!


(これなら使えるだろう。


あとは・・・)


服であるが、こちらは残念ながら作業服しかなかった。


勘助のものなのでそう大きくはないが、果たして入るかどうか・・・。


(まぁ・・・いっか。)


勘助は新品のタオルと作業服を持って、脱衣場を出た。


早く持っていかないと

彼女風邪引いちゃうかも・・・



てかもう引いてたか。









あれ?







待てよ・・・






何で今から死にたいって言ってる人間が、


自分の風邪の心配してるんだ?


どうせ死ぬならそんな心配は要らないはず・・・





・・・よくよく考えれば、



そもそも何で自殺願望のやつが、


何で助けを求めてこんなとこに来るんだ?



そのまま死んでしまってもおんなしことだ・・・








・・・あの人、ひょっとしたら。


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(ほんとは死にたくないんじゃ・・・?)




勘助はこのとき、わずかな疑念と希望を持った。


この説明で、すべての状況が解決されるわけではない。


今なお彼女は、言葉で見る限り、死に対して何の恐怖も持っていない。


しかも荷物はひとつも持ち合わせておらず、


風貌だけを見たら、完全に自殺希望者である。




しかし。



こんな状況でも彼女は我が身を心配した。


勘助の心に、ひょっとしたら説得できるかもしれないという希望も……確かに沸いた。








勘助は、


ならば今は風邪を引かさないことが先決と、


風呂を沸かしなおし、ストーブの電源を入れ、


着替えとタオルを持って、秋華の元へと駆けた。






チャンスはつかんだ。




明日が勝負、と。

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勘助は、


秋華が自殺希望者だとかはあまり考えないように、


今日は不審に思われないよう平然を通そうと心に決めた。



そして、


必ず彼女の命は救うと





どこかも知らない神に誓った。










しかし


この時の秋華が、


勘助の想像を超えて、のっぴきならぬ精神状態であったことを、





勘助は知らなかった・・・





波乱の第三コーナー、



北海道の夜は明ける。



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