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11


「こいつが・・・コスモバルク。」


勘助は、なにも言えなくなった。

なんのことはない。


そこにいるのは確かにサラブレッドで、


古川に鼻面をくっつけて甘えたり、前掻きをしたりして、どうも相当長い間悠々自適の日々を送ってきたようだった。


さすがに体は衰え、僅かに張った馬体が往時の面影を僅かに伝えている。


それでも、さすが最近までアイルランドで現役生活を送ってきただけのことはある。


目からは闘志が溢れ、今にもレースに飛び出していきそうな勢いすらあった。


しかし、繰り返すが、


そこにいたのはサラブレッドである。




普通の人が見ただけでは当然、


あ、馬がいる。程度の感想で


ほとんどなにも感じなかっただろう。



しかし、勘助の場合は事情が違うのである。


少なくとも、自分が高校に進学できたのはこの馬のお陰で、


あえて言えば、今自分が馬産に従事できているのも、


満足に毎日の飯にありつけていることすら、


この馬あってのことだったのだ。

「あ・・・あ・・・」



勘助は、


相変わらず古川に顔を持っていき甘えているコスモバルクの方へ、

ゆっくり歩みを進めた。


(恩人・・・)


勘助はコスモバルクと目と鼻の先といったような位置で立ち止まり


古川の、「ん?勘助ちゃんどした?」


という声は聞かず、


というよりはなにも考えず、


コスモバルクの顔に手をあてがおうとした。


その時―。





「あ!勘助ちゃんそらアカン!」


古川の声は一歩遅かった。




ガブッ。


激痛。




「痛いいいってぇぇええぇぇっ!」


コスモバルクは立ち上がり、いななき、暴れ始めた。


「どうどう!落ち着けバルク!」


古川は暴れ始めたコスモバルクを必死になだめている。


勘助はあまりの痛さにその場を転げ回った。


「痛い!痛い!」


読者の皆様に想像はつくまい。



勘助にはとんでもなく痛かった。


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幸いにも血は出ていなかったが、


骨の二、三本はいったかと思えるような衝撃だった。


「ひぃ、ひぃっ」


勘助は叫びすぎて、行きが絶え絶えになっていた。


するとさっきの運転手がこっちに走ってきて、


「お客人、大事ないですか!


とりあえず包帯巻かさせていただきますきに、手ぇ出してつかあさい!」



と、救急箱を探りながらこちらに手を出した。


さっきは気づかなかったが、この男、顔に無数に傷がある。


で、さっきのしゃべり方。


懐には何か光っている。


(この人ひょっとして・・・)


勘助は痛みを忘れて手を引っ込めた。


「いっ、いえ、大丈夫、結構です!」


「しかし、お客人!」


「いや、ホントに大丈夫・・・痛っ!」


「言わんこっちゃない・・・。


大丈夫です、舎弟の手当てで包帯仕事はなれてますけぇ。」


(舎弟?)


「あっ、あの・。」


もしかしてあなたは、という言葉が喉まで出かかったその時、コスモバルクをなだめ終えた古川がこちらに戻ってきた。


「勘助ちゃん!大丈夫か?」


真剣に心配してる顔である。


「あ、はい・・。なんとか・・・」

「そうか、良かった!


バルクは気が荒いからな、知らん人間に対しては人一倍警戒しよるねん。

これまでもなんも知らんと手ぇだした観光客が、何回も医務室つれていかれてるんや。


先にゆうといたら良かったな。」

心底申し訳なさそうに古川が言う。


「いえ、勝手に手を出した僕が悪いです。」


勘助の方こそ申し訳なかった。


向こうにいるコスモバルクは気が立ったままだし、


古川も相当なだめるのに苦労したのだろう、少ない髪の毛が爆発していた。


「その、すいませんでした・・・

あ、運転手さんも。」



手当てしてくれたのだから挨拶するのは当然だが、この時勘助は妙な緊張を持っていた。


何せひょっとしたらこの人は・・・


ギロッ。


運転手がこちらを睨む。


とんでもない眼光だ。


「ひっ・・・!」


勘助は肩が縮こまるのを知覚した。


(こ、殺される・・・!)


後々考えるとあり得ない話だが、この時は本当にそう思った。


しかし、

その運転手はすぐに顔を緩め、


「気にせんでください、お客人。


これがあっしの役目ですよって。」


と、なんともにこやかに返事をした。


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「あぁ、勘助ちゃん、紹介しとくわ。こいつが俺の秘書の八嶋蘇武輪(やしま・そぶりん)や。


まあ、ヤシマソブリンが好きすぎて改名してな。


そうそう、極道やってた時期もあったわ。なぁ、蘇武輪?」


「旦那、その話はちょっと・・・」


「ん、あぁ、すまんな。」


やってしまったとばかりに古川が口をつぐむ。


「あの・・・、蘇武輪さんはなぜここに?」


さりげなく勘助が訪ねる。


その瞬間、蘇武輪はこちらに向けて殺気のこもった視線を勘助に向けた。


(ひっ・・・)


何で聞いたんだろう?と、勘助は後悔した。


「こいつな、何があったか知らんけど、社長室に転がり込んできて突然

『働かせてください!』っていうんや。


まあ、変わりもんやし、面白そうやから雇うてんねんけどな。


さすがなかなか仕事ができるわ!


腕っぷしが太いのはほんまにエエこっちゃ!」


と、古川は言っていた。


が、勘助はちっとも聞いていなかった。


何せ、視線が全く途切れないのである。


(ほんとに殺す気じゃあ・・・?)


「まあ、とにかく管ちゃん、よろしくやったってくれ!」


「は、い。」


一呼吸おいてしまったが、なんとか返事だけはできた。


「よろしく」


蘇武輪がこちらに手を差し伸べた。


しかし、その手が和気のあるものでないことは古川の目以外には明らかだった。

そして、蘇武輪と勘助は

そのゴツく傷だらけの手と、

ぶるぶる震えながら出した、綺麗な小さい手で(噛まれたのとは逆の手で)

握手をした。


蘇武輪は、殺気のこもった目のまま笑っていた。





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「・・・」



恐怖で微動だにしなくなった勘助を置いて立ち上がった蘇武輪は、


「では旦那、あっしはお先に。」


とだけ言い、車に戻って行った。

「おう、気いつけや。」という古川の言葉を聞いた蘇武輪は中腰で軽くお辞儀をして車へ乗り込み、


そしてその車はもと来た道へと消えていった。


勘助は、あの眼光に一抹の不安を隠せなかった。


「あいつはよう働く。」


車を見送りながら、満足そうに古川が言う。



いや、あの人はどこか危ない。



「しかし、古川さん、

あの人はそんなに信用に足る人でしょうか?」


勘助は素直な感想を語った。が、


古川の顔はみるみる怪訝そうになっていった。


「勘助ちゃん、それどういう意味や?」


これは怒っている。


そう感じた勘助は、これ以上の失点はマイナスだと自分に言い聞かせ、


「いや、極道とだけ聞いたら怖くて・・・


でもいい人ですね!」


となんとか挽回しようとした。


(こんなことで機嫌を取り返せるのか?)


と、思わなかったと言えばそれは嘘になる。


が、古川は実に単純な男で、


「そうやろう、そうやろう!


過去の経歴なんて関係ないんや。

あいついいやつやろう!」


と、ことのほか上機嫌になった。


単細胞、とまで言うと悪口だが、


古川はまさにそんな人種だった。


こういうのを話のしやすい相手と言うのだろうか。







話?







(そうだ、話―)


「古川さん、そろそろコスモバルクの話をしませんか?」


勘助はまだ落ち着かない様子で当歳のように厩舎を駆け回るコスモバルクを見ながら言った。


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「あっ、せやせや、本題はそれやったな!


よし、エエか勘助ちゃん、


こっからは商売人同士の話し合いや。


心してかかっておいでや!」


恐らく古川は勘助を緊張させるためにそんなことを言ったのだろう。


商談になれてほしい、成長してほしい


という、言わば親心の表れであったと思うのだか、


古川の顔は、その言葉とは裏腹にニヤけており、


残念ながら勘助は


その顔を見て、先ほどの「蘇武輪ショック」から来た緊張がどこかへ消え、


逆にリラックスしてしまったということを、ここに記しておく。


「はい!よろしくお願いします!」

なんとも痛快な挨拶である。


「む・・・」


古川は少し不満そうに唸った。





コスモバルクは相変わらず厩舎を駆け回っている。


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それから数分後―。




勘助と古川はやっと落ち着いたコスモバルクの馬房の前のアスファルトにあぐらをかいて座っていた。


両者とも何も話さない。


というのも、勘助は何から話していいかわからず、


古川は勘助が話してくれるのを待っていたからである。




結局、先に口を開いたのは古川であった。


「で、勘助ちゃんは何でラグフェアーにコスモバルクを付けようと(種付けしようと)思ったん?」


「え?そりゃあ・・・」


「あぁ、もちろん血統云々はいらんで。」


勘助は、突然始まった話に対応できなかった。


「え、えーと、その・・・」


「勘助ちゃん血統だけでバルクに決めたんか?


それやったら許可できひんなぁ。

他の人からもオファーはあったわけやし・・・」


「いえ、そういう訳じゃないんですよ!」


「じゃあ、その他の理由とやらを教えてくれるか?」


来るまでは色々考えていた。


が、いざ面と向かった今、何も浮かんでこなかった。


(弱った・・・)


コスモバルクは不思議そうに二人の様子を見ている。


勘助もコスモバルクの方を見た。

自分はなぜこの馬をラグフェアーに付けようと思ったのか。


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勘助は、

自分の想い、

父の思い、

コスモバルクとの関係、

古川への感謝、

芝山との約束、



そして何より


ラグフェアーへの贖罪の気持ち


それらを整理してみることにした。



確かに、自分がコスモバルクを知ったのは経済的側面があったからである。


うちが裕福であれば、コスモバルクや古川さんとの巡り合わせも無かっただろう。


しかし、お袋が死に、勘助の父が経済難で苦しんだとき、助けの手を伸ばしてくれたのは古川であり、コスモバルクだった。


本来なら、ろくに学校にも行けなかったかもしれない勘助を、学校に行かせてくれたのは、


紛れもなくこの二人だった。


そして、親父。


あれほど生活が苦しくなっても、勘助の育児を諦めず、その上、牧場を必死に守り抜き、勘助に託してくれた。


俺はこの三人にお礼がしたい。


全部を返すことは出来なくても、


できるだけのことをやらせてもらいたい。




―そう、恩返しがしたい。



コスモバルクという馬を大切にしてきた古川に、もう一度夢を見せてあげたい。


その血の系譜による子で、夢を見てもらいたい。


コスモバルクという馬に、もう一度光を当ててあげたい。


コスモバルクという馬が、いかなるものだったか、記憶を思い起こさせるような子をつくってあげたい。


そして、天国の親父を安心させたい。




結局は勘助の独りよがりかもしれない。


もう一度迷惑をかけることになるのは間違いない。


しかし、それでも、最後には


ラグフェアーのため。


死産させてしまった今年。


来年は、必ず、生ませてやる。


そして、その馬が活躍する様を見届けてもらおうと思う。




繰り返すようだが、全ては独りよがりだ。


しかし、勘助という人間が恩返しをしようと思うことに変わりはない。


迷惑をかけるが、


押し付けの恩返しを




彼らに受けてもらいたいのである。




勘助は、自分の思いを


まとめあげた。


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「感謝、です。」



「?」



古川は、ずっと何も言わなかった勘助が、突然話し出したことにたじろぎ


そして、その言葉を聞いて驚いた。


「それはどういう意味?」


きょとんとしたままの古川が尋ねる。


勘助は一呼吸ついてから、再び話し出した。


「・・・おととい、古川さんとコスモバルクと僕との関係を芝さんに教えていただきました。


あの、その節は・・・。」


勘助は軽く頭を下げた。


古川は、ふむ、と唸り、


「わかった、続けて。」


と、話の進行を促した。


「はい。



それで、なぜコスモバルクかという点ですが・・・」


ついに核心。


勘助は背筋をぴんと伸ばす。


「古川さん、親父、コスモバルク、芝さん、ラグフェアー。


僕がこの約20年間お世話になってきた人々に、


恩返しをする“チャンス”を手にいれることができると思ったからです。」


「チャンス?」


「はい、あくまでチャンスです。


確実に恩返しできるという確証は競馬ですからありませんし、

走るのは生まれてくる子であって、僕じゃありません。


・・・そこいくと、結局のところ恩返しのつもりが迷惑をかけることになるかもしれません。


ですが、僕がこれだけお世話になりながら

その恩を返すことにチャレンジしないというのは



自分という人間としてどうかと思うんです。


結局は自分のためかもしれません。


ですが、それでも、


やらなければ納得いかないこともあるんです。





矛盾してますかね・・・。


でも、古川さん。




僕に機会をください!


コスモバルクを種付けさせてください!



お願いします!」

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勘助は

もうほとんど土下座といった感じで頭を下げた。


それを見た古川は慌てて、


「いや、勘助ちゃん、頭をあげてくれ!


勘助ちゃんの言いたいことはようわかった。


正直、そこまで俺とかコスモバルクに対して恩返しの気持ちを持ってくれてるとはおもわなんだ。


感激してるわ。


こいつも嬉しいはずや。


勘助ちゃん、ありがとう。」


勘助は即座に顔をあげた。


「じゃあ―!」


「まあ、待った。




勘助ちゃんは思いの丈を語ってくれたな。」


「はぁ・・・」


「じゃあ今度は俺の番や。」


「え?」


勘助が眉をひそめる。


「うん、次はな、俺が今回のことについて話す番やって言うこと。



・・・そうさな。コスモバルクを種牡馬にせえへんかった理由を話すか。今となっては古い話になるが・・・」




古川は、とうとう来るべきものが来た、と言いたげである。



「・・・」


結論に達するのはまだ早い。


ここからが勝負。


古川の意思という牙城を崩すことができるか。


そもそも、その牙城の正体とはいったい何なのか。


見えない敵に挑むドンキホーテのよう。


勘助は引き続き“挑戦”を迫られる。






勘助の心に火が灯った。



コスモバルクが頭上でいなないた。


ゆっくり古川の口が動き出す。






「・・・こいつには、思い出が詰まってるんや。


兼続とのな・・・。」


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「親父・・・ですか。」


勘助はそっと尋ねる。


「・・・」


古川は無言で肯定するという方法をとった。




「バルクはな、


俺と兼続の友情の結晶や。



・・・確かに、あの馬は俺が作った馬やし、持ってたんも俺や。


しゃーけど、そもそも売るつもりでおったあの馬を俺に買い戻させたんはあいつなんや。


結果的に俺は、あの馬の30%の権利をタダ同然の価格であいつに売った。



それは聞いてるな?」


「はい。」


「うん。


ところが俺は、バルクがほんまにあれほど活躍するとは思ってなかった。だからこそ、惜しげもなく権利を渡せたんや。


中央の五百万下クラス買っただけで入学費くらいは払えるようになるからな。


それが、見てみ。

こいつは中央で重賞三つも勝ってくれて、

しまいに海外ではG1まで勝ってくれた。


こんな言い方はいやらしいかもわからんけど、そもそも3百万で売るつもりやったあの馬が

億万ホースになった。」


「はい・・・」


「あのセリの時に話を戻そう。



あの時兼続は、別に俺があの馬の権利を譲ってくれるとか、そんなことはこれっぽっちも思ってなかった。


せやのに『絶対活躍するから』って俺に買い戻しを進言してくれた。


わかるか?あいつには利がないんやで。」


そこまで聞いて、

勘助は古川の思惟を明確に感じとることができた。


「つまり・・・古川さんは、うちの親父が自分のためではなく、古川さんのためだけにコスモバルクを買い取るように進言してくれたことに『友情』を感じた訳ですね?」


図星・・・という感じではない。


どうも勘助に気づいてほしかったらしい。


「その通りや。」


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「だったら、ラグフェアーにコスモバルクを付けることで山本牧場が救われるなら、その友情に報いたことにはならないでしょうか?」


我の口上見事!といいたくなるぐらいのひらめきだった。


改心の一撃、とも思った。


が、しかし。


「もう山本牧場に兼続はおらんねや。」


「!!」


「後継人には芝ちゃんが居るし、本来はもう関係ないって言うてもおかしないところや。


だから、その口には乗れんな。」


勘助は失意した。


いわば、切り札だったのだ。


親父との絆、を武器に振ればいくら古川でも落ちると思った。


ところがそれを今回、勘助としては抜群のタイミングでオープンし


勝利を確信したところ


それが全く無意味に変貌をとけだたのだ。


勘助はほぼ絶望といった感じに打ちひしがれた。


エースは、ジョーカーの前に破れたか。


形成は完全にひっくりがえってしまった。




ほぼ諦めかけた勘助は、最後のつもりで古川に問いかけた。


この質問が帰ってきたら、帰ろうとすら考えた。


「・・・なら、なぜ今日僕を呼んでくれたんですか?」


切り札のないポーカーには勝ち目がない。


そんな風な感じで勘助は古川に聞いた。



すると、そんな様子を感じ取った古川は、ニヤッと笑い


膝に手を叩きつけ、


背筋をピンとはり、


「だって、




勘助ちゃんは商談をしにきたんと違うんか?」


「!!!」




勘助は、はっとした。


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「今日俺は、兼続の息子とちゃう、


山本兼続という人間が商談をしにくるというから、真剣に出迎えたんや。


死んでしもた人間は関係ない。


要は勘助ちゃんがどうしたいかや。」


「俺が・・・どうしたいか・・・」


勘助は自分の手を見つめた。



「勘助ちゃんが今から山本牧場をどういう牧場にしていきたいか。


そのためにコスモバルクを貸してもらうために何を条件として俺に提示してくんのか。


ええか?


勘助ちゃんの覚悟を見せてくれ。」


「覚悟を・・・?」



「商談の基本は条件提示や!


山本牧場は、コスモバルクの代わりに何を出すんや?」







あまりに唐突ではあったが、古川の言っていることは正しい。



商品に対して、代金を要求するのと同じである。


それを友達の子供だからとまけてやるのは理不尽である。


勘助は、ポイントを見謝ったと思いながらも、

今はそれを悔やむべきではないと割りきっていた。





見せなければいけないのは、覚悟と決断。


古川にしてみれば、これまで守りとおしてきたポリシーを売りに出すことになる。


これは本人にとってはものすごく重要なことなのは明確だった。


ならば、こちらもそれと同等かそれ以上の決断を下さなければならない。


そうしないと古川が納得しないのもまた、先ほどの言動からも明らかだった。


(それに足る代償・・・)


今、自分の手元にある、


決意の証、


決断の証拠、


そして、それだけの価値のあるもの―





「どうや!?


結論は何や?



それともやめとくか!」


勘助の目の前には商売人がいた。

古川は詰め寄る。


しかし、勘助は臆さなかった。


「はい!



我が山本牧場は―


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―代償として、ラグフェアーをラージブリーティングファームに譲渡します!」


「なっ!?・・・えっ?」


なんでやねん。


古川が明らかにたじろいだのがわかった。


「勘助ちゃん何言うてんねん!?


ラグフェアーにコスモバルクを付けるために交渉しにきたんやろ!?」


古川は予期せぬ言葉に戸惑いを隠せない様子だ。


しかし勘助は、畳み掛けるように続けた。


「いえ!ラグフェアーはコスモバルク種付けの代償としてラージブリーティングファームに譲渡します。


ただし、今年一年間と、コスモバルクの子が生まれてからの一年間は我が山本牧場にラグフェアーを『貸与』してください。


コスモバルクの種付け料、


そして譲渡したラグフェアーのリース料、


それらをすべて込みでラグフェアーの売却金としたいのです!」


渾身を通り越して、捨て身の一撃だった。


牧場が抵当に入ってしまっている山本牧場にとっては、唯一の財でもあったが、


勘助はそれを売ろうと言うのである。


大博打。


いつの間にか勘助は立ち上がっていた。


それだけ勇気のいる発言だったのだろう。


「ぬうぅぅぅうっ!!!」


古川は感心とも、たじろぎともとれる声を絞りだし、


頭にてをやって、


考え始めた。



勘助はその時、初めて自分の息が荒いことに気がついた。


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を片手で抱えたまま、低いトーンで

古川が


「・・・それやと、山本牧場は馬産は続けられへんで・・・。


結果的に勘助ちゃんは牧場を潰すことになるやろ・・・。


元の木阿弥や。」


「いえ、馬産は続けます。」


古川はそれを聞いて、


「繁殖馬がおらんのにどうやって馬をつくる!?」


と、怒声に近い声で勘助に問うた。


しかしこの時、勘助は


根拠はないが将来に対する自信に満ち溢れていた。


「ラグフェアーは必ず買い戻しに来ます。


・・・ここは、古川さんお願いです。


もし、ラグフェアーの子が活躍してお金に余裕ができたら、




その時の評価額の倍の値段で買い戻しに来ます。


その時は、絶対にこちらに売ってくれることを約束してください!」


「ぬぅっ!・・・。」


(こうまでになるとは。)


勘助の勢いに押された古川は、もはや考え込むフリしかできなかった。


勘助もさすがに疲れて、


その場に正座し、


呟くような声にテンションを落とし、




「・・・いかがでしょうか?




これが我が山本牧場の出す条件です。」



やれることはやった。


あとは身を天に任せるのみ―


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凄いすごーい!!\(^o^)/

「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「・・・古川さん・・・!」


「・・・よし。」



「!!」




「勘助ちゃんの熱意はよう伝わった。



その条件を、飲もう。



勘助ちゃん。よくぞ決意した!」



古川は満辺の笑みで勘助の肩を叩いた。


・・・


やった。―


その言葉を聞いた勘助は地面にひれ伏し、


「ありがとうございますっ!」


ついに交渉成立。


「ありがとうございます・・・」


不安とプレッシャーに押し潰されそうだった。


これでいいのかと自問自答もした。


未だにこの決断がよかったのかはわからない。だが、


勘助の胸には安堵が広がっていた。


(芝さん、やりました・・・。)


同時に不安も去来した。


もしかしたら、この決断は牧場はおろか、自分が崩壊する可能性もはらんでいるのだ。


しかし、これで勘助は、スタートラインに立つことができる。


それに違いはない。


山本勘助は、牧場崩壊の危機を受けると同時に、


僅かな希望の光を見ることにも成功した。







競馬というギャンブル要素のスポーツのなかに、一世一代の大博打を勘助は打った。


下手をすれば借金地獄であえぐことにもなるかもしれないし


路頭に迷うこともあるかもしれない。


が、しかし。


山本牧場の状況を見る限り、勘助の判断は間違いではなかった。


はっきりダメ元だと言ってしまうとそれまでだが、


そんな言葉で片付けてしまうにはあまりにも苦しい状況だと言うことを、読者の皆様もお分かりだろう。




勘助は若い。


加えて家族もいない。


そんな状況も後押ししたから


あんな条件を出すことも可能だった。と言える。




正に勘助の賭けは、


常識では考えられないような、


我が身をも滅ぼしかねない


超大博打だったのである。




そんな勘助の覚悟に古川は動いたようだった。


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「まさか、勘助ちゃんがあんな条件を提示するとは・・・


夢にも思わなんだ。


………ワシの完敗やな。」


参ったと言うような感じで古川は頭をかいている。


勘助は、言葉の争いというのはこうまでに神経を使うものかと感じ、そして、学んだ。


「いや、僕の敗けです。


僕は結局、古川さんの言った通りにことを進めただけだ・・・」


「そんなことはない。」


「?」


「あそこで勘助ちゃんは断ることも出来た。そうやな?」


「ええまぁ・・・。」


「でも勘助ちゃん、あのとき、もう諦めるって考えはなかったやろ?


大切なんはそこや。」


古川は気付いたか?とでもいいたげである。


勘助はなにも言わず、古川の話に聞き入った。


「商談終わったから言おう。


お前の親父、兼続が存命の頃、病院を訪ねたとき、


俺はあいつにこう頼まれた。


『勘助がお前に助けを求めに来ても、絶対に優遇したりしないでやってくれ』、ってな。」


「親父がそんなことを?」


勘助は身をいっそう乗り出す。


「うん。せやねん。


もちろん勘助ちゃんに成長してもらいたいが為やで。


はっきり言うて、話の途中何回もOKを出したくなった。


勘助ちゃんが相手なんや。


せやけど、兼続との約束は未来永劫絶対や。


だからあんな風に突っぱねた。


・・・それはこれからも守っていかなあかん。


勘助ちゃんにだけ優遇措置を取るわけにはいかんし、


さっきの条件を変えるわけにもいかん。」


仁王のような顔をしながらも、どこか申し訳なさを感じさせる古川。


その心中を察する勘助は、


「それは覚悟していました。


僕も今さら変えてもらおうとかは思っていませんから。」



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正直、この返答に古川は感動した。


五年前、初めてあったときのあのおどおどした感じ。


そこから見る限り、勘助の成長は進化と言うに近い。


これほどに人は変わるか。


そこには成長した青年の姿があった。


むしろ、その様が古川は痛快であった。


「その意気やよし!!」


古川は立ち上がり叫んだ。


「コスモバルクをラグフェアーに種付けする!


それでええねんな!!?」


これに呼応して勘助も立ち上がる。


「はい!!!」


負けない剣幕で古川は勘助に叫ぶ。


「後戻りはでけへんぞ!!?」


勘助も負けない。


「はい!!!」


「後悔せえへんな!!!」


「はい!!!」






「よおぉぉぉぉぉぉし!


種付けを許可する!」



「よろしくお願いしまぁす!!!」


勘助は深々と頭を下げた。



勘助のはじめての商談は「成功」であった。


古川と勘助は、がっちりと握手を交わした。










もう一度、牧場を再生へ。


勘助が、スタートを切った瞬間だった。


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コスモバルクがいななく。




それはまるで、その血を継ぐ馬の活躍を予感させるかのようだった。


ラージブリーティングファームの特設馬房前。


勘助にとって、そこは、忘れられない特別な場所になった。












コスモバルクとラグフェアーの種付けは、その一週間後に敢行。



他多数の種付けの申し込みがあったが、古川は頑としてそれを承諾せず、



結果、コスモバルク産駒は、ラグフェアーの子、ただ一頭となる。


その事実は、山本牧場とラージブリーティングファームを巻き込む新たな問題を産み、



新しい競馬史の局面へと、勘助をいざなう・・・

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そして一年後―。


















ラグフェアーの子は、



山本牧場で無事誕生した。












ちょうど、次の年の


この日のことであった。











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