進路
すみません!遅れました!
魔族の宿、と言うと字面がおどろおどろしいが、実際のところは清潔で普通の宿だった。まあ、恐怖の館みたいなところではおちおち休んでもいられないだろうから、当たり前と言えば当たり前か。
大通りに面したかなり雰囲気の良い宿だったが、客はそれほど多くないようで男女二部屋は簡単にとれた。魔族っていうのは旅をする者は少ないのだろうか。だとしたらこんな立派な宿なんか立たないと思うのだが。
魔獣討伐を終えた僕は、ギルドへの報告はユンさんに任せて宿に帰ってきていた。男部屋の方を覗いてみるが、どうやら椎名はまだ帰ってきていないらしい。荷物を置いて、隣の女子部屋の方をノックする。
「あっ、おかえり――なさい」
扉を開けたのは野中さんだった。どうやら椎名がいると思っていたらしく、扉を開けた瞬間の明るい表情が、僕の顔を見た瞬間にいつもの無表情に戻っていく。……なんかごめんなさい。
僕が勝手に落ち込んでいると、ジュナが邪気のない表情で出迎えてくれた。
「お兄ちゃん、お帰り!」
「うん、ただいま。野中さん、何か困ったことはなかった?」
「ううん、大丈夫」
先ほどの自分の態度が露骨すぎたことが気恥ずかしいのか、野中さんは若干うつむき気味でそう答える。相変わらず、椎名にご執心のようだ。僕は少し苦笑した。
「ねえ、お兄ちゃん。ユンは?」
「ああ、ユンさんは――」
僕が言いかけた時、後ろから宿の階段を上る足音が聞こえてきた。ユンさんかな、と思って振り返ると、そこにいたのはヒョウカさんだった。
「おや、田中殿。早かったな」
「今帰って来たばかりですよ。それに僕たちの方が近場でしたからね。ヒョウカさんの方こそ早いですね」
「椎名がすぐに魔獣を見つけてくれたからな。倒すことより移動の方が時間がかかった」
流石だ。結構遠くに行ってたはずだが、速攻で椎名が見つけてヒョウカさんが一瞬で倒してしまったのだろう。
「どうでした?魔獣は」
「ふむ、まあ期待していたほどではなかったな。確かに強かったが、あれならば私一人でも余裕を持って狩れる」
自信あふれる言い方だが、実際そうだったのだろうと分かるから反応に困ってしまう。しばらくヒョウカさんに稽古をつけてもらっていた影響で、天井が見えないながらもヒョウカさんの腕前は分かっている。今日僕が対峙した魔獣程度なら、苦労はしないだろうな。
しかし、魔獣を討伐して言う台詞が「期待外れ」とは、やはりどこかずれている。
「ところで田中殿の方はどうだった?苦戦はしなかったと思うが……」
「はい、ユンさんに助けてもらってですけど、上手くいきましたよ。ヒョウカさんのおかげです」
「いや、私は大したことをしていないが……」
頭を下げて礼を言うと、ヒョウカさんは照れたように頬をかいて、部屋の中に入っていった。僕はヒョウカさんにお世話になっていると思っているのだが、それを言うとヒョウカさんはいつも照れてしまう。いずれしっかり、お礼を伝えたいものだ。
僕らが女子部屋で談笑していると、椎名とユンさんが連れ立って戻ってきた。椎名はどこか険しい表情をしている。
「おかえり、2人とも。何かあった?」
そう野中さんが尋ねると、椎名は軽くうなずいて口を開いた。
「田中もいるならちょうどいい。少し厄介なことになった」
「厄介?」
「ああ。どうもこの魔族の国は、どうやら今、内乱中らしい」
椎名の話によると、僕らがこの世界に呼ばれる少し前、つまり魔族が謎の侵攻を始めたころから、この国では国を大きく二つに分けての戦いが起こっていたらしい。
現魔王の率いる魔王軍と、多数の魔族からなる反乱軍。その二つの戦いが魔都周辺で頻発しており、実質的に魔都へ向かう道は閉鎖された状態になっているらしい。どうりで、宿の客が少ないはずだ。
「でも、そんな中でなんで大陸全土に向けての戦争なんかしてたんだろうな」
僕の疑問に答えたのはユンさんだった。
「どうやらそっちの戦争をしてるのは反乱軍の方みたいだね。彼らは魔族以外の種族を滅ぼそうとしてるのさ」
「それはまた……」
まあ、そういう戦争を魔族が仕掛けてきたから僕ら勇者が呼ばれたわけだけれど……。こうして改めてほかの種族を滅ぼす、なんて言葉を聞くと、何ともテンプレじみているというか、そんな悪役今どきいるのかと思ってしまう。
「ていうかユン。お前は知らなかったのか。一応自分の国のことだろう?」
ヒョウカさんがユンさんにそう問うと、ユンさんは困ったように頬を掻いた。
「いや、確かに他種族を滅ぼすべきだ、とか言ってた連中はいたよ。でも、魔族の中で選民意識を持つ輩がいるのはいつものことだったし、私が魔族領にいた頃は数も少なかった。いつも通り、行き過ぎた連中は魔王軍によって簡単に黙らされる……はずだったんだけどねえ」
実際に反乱軍と呼ばれる規模になっているからか、ユンさんも自分の言葉に自信がなさげだ。彼女にしても予想外ではあったのだろう。
「それよりも問題は、魔都に入れないことだ」
話を戻すように椎名が仕切り直す。――て、おいおい。こんな時期に魔都に入るつもりか?
「魔都に行くのは見送った方が良いんじゃないかな」
野中さんも僕と同意見なのか、遠慮がちに声を上げる。椎名はしばらく考えるようにあごに手を当てたが、やがて首を振った。
「いや、今向かう。見送るとしてもいつまでか分からない。ここにとどまるにしても、いつまでも宿代を魔獣討伐で稼げる保証がない」
確かにそうだ。いくら魔族領が魔獣が多いと言っても、ゲームか何かのごとく自動でリポップするわけではないだろう。内乱が長引けば、宿代が尽きることになる。
「とはいえ、危険なことは確かだ。だから、ここに残るというなら別に止めない。俺は一人でも魔都に向かう」
強い意志を込めためで、椎名がそう言って残りの全員を見回す。真っ先に反応したのはヒョウカさんだった。
「私もついていくぞ。もともと、危険を承知で着いてきた旅だ」
「私も同行するよ。なにより、あんまり他人事じゃないからねえ」
「ジュナもいく」
続いて、ユンさんとジュナも声を上げる。まあ、彼女らは椎名とともに魔都を目指して旅してきた仲間だ。ジュナが即答したのには少し驚いたが、おおむね予想通りだった。
椎名はそれに軽くうなずいて、残った僕と野中さんに目を向けた。
「お前らはどうする?」
「えっと……」
椎名の問いに、野中さんが迷ったように僕と椎名の間で視線を交互した。僕は軽く考え込む。
たぶん、野中さんは椎名に着いていきたいだろう。それでも迷っているのは、僕のことを気にしているからだ。
僕一人では魔獣討伐は荷が重い。だが、野中さんが手伝ってくれるのならば話は別だ。仮にも神代ハーレム(この呼称も大分的を外していたが)の一員。なんちゃって勇者の僕よりもよっぽど実力がある。その野中さんが手伝ってくれるのならば、魔獣討伐もできるだろう。
魔獣討伐の報酬を考えると、下手に散財せずにいれば、野中さんと僕が暮らしていくには十分だ。だが、そうしたところでまったく先が見えない。魔族の町と言う神経を使う町で、僕と二人で無為な時間を過ごすのは野中さんも嫌だろう。
魔獣討伐も魔都に向かうのも、危険は同じようにある。もちろん魔獣討伐の方が難易度は低いだろうが、椎名たちの手を借りれないことを考えると、危険度は同じくらいじゃないだろうか。
しばし悩んだ後、僕は顔を上げて椎名を見た。
「椎名」
「なんだ?」
「椎名は何でそこまで魔都に行きたいんだ?」
僕がそう問うと、椎名は一瞬意表を突かれた顔をして、僕の顔をまじまじと見た。
「それ、言う必要があるか?」
「今まではなんとなく着いてきていたけど、これからは命の危険を冒して向かうんだ。理由くらい聞いてもいいだろ」
「てことは、着いてくる気なんだな」
「ああ」
僕がうなずくと、椎名は「はあ」と息をついた。
「別に、たいそうな理由はない。ただ、俺たちが呼ばれた訳、こんな世界で俺が何をしていくのか。それを決めるためには、一度はっきりとしとかなければならないと思ったからだよ。俺がこの世界でこの先生きていくのに、避けては通れない」
そうきっぱりと、椎名は僕の目を見て言った。彼が彼なりの信念に基づいて城を飛び出した、そのけじめみたいなものなんだろう、と僕は思った。
その自分にまっすぐなあり方に、尊敬にも似た念を抱く。と同時に、一抹の疎外感と寂しさを感じたのも事実だった。
ああ、こいつはすでに、この世界で生きてるんだな、と。
「そういうことなら、僕だって無関係じゃない。それに、セシリア様が言っていた、帰還の方法は魔族領にあるって言葉が、まだ嘘だと決まったわけじゃない」
「はっ、信じてもない癖によく言う」
「まあ、そういうわけで、僕もついていくよ。またいろいろ世話になるけど、よろしく頼む」
僕がそう言って頭を下げると、野中さんもそれに続いて頭を下げた。椎名が照れくさそうに視線をそむける。
「どうせ今まで勝手についてきたんだ。好きにしろ」
そう言う椎名を、ヒョウカさんとジュナ、ユンさんの三人が微笑ましそうに見る。椎名はますます居心地悪そうに身をよじった。
「そう言うわけで、全員明日から動き始めるからそのつもりでいろよ!じゃあ、俺は寝る!」
捨て台詞のように言い放って、部屋から出て行く椎名。それを見送って、僕らは思わず吹き出した。
やっぱりあいつ、ツンデレだな。
どうも、kimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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