椎名雪
すみません、遅れました
これからどんどん書き溜めを開放していきます
パチパチと音を立てる焚火の炎を、ぼんやりと眺めていた。辺りは静寂に包まれていて、時折どこからか虫の鳴き声が聞こえる。
ふと、吐き出した息が白く濁っていたことに気付いて、この世界に来てからの時間の長さを感じた。僕らが召喚されたときは、まだ夏前だったはずだ。
「……寒いか?」
白い吐息をなんとなしに目で追っていると、焚火を挟んで向かいにいた椎名が尋ねてくる。僕は軽く首を横に振った。
「大丈夫だよ。ただ、もう冬なんだなって思っただけだ」
「そうか」
短く返すと、椎名は手元に広げていた紙切れを軽く振って見せた。
「良く調べたな、こんなの」
「まあ、場所が場所だからね。そこらよりも詳しいことが書いてある本は、たくさんあったよ」
椎名が読んでいたのは、僕が城の図書室で調べたものをまとめたものだ。ちなみに、僕が椎名との交渉で使ったものとはまた別だ。
内容は、魔法について。この世界に当たり前に存在している、魔法。それが、どんな原理に基づいて発生させているものなのか。そして、僕のような魔法系の職業を持たない者にも使えるのかどうか。
結論から言えば、僕のような職業「剣士」の異世界人でも、魔法は使える。と言うか、この世界の人々は、大なり小なり、みんな魔法を使える。それこそ、まだ小さい赤子でも。
魔法の発動手順は簡単なもので、そこに小難しい魔法陣や呪文は必要ない。魔法によって出現させたい現象を想像し、発動する意志を発する。たったこれだけのことで、魔法は発動する。
もう少し細かく言えば、この世界には魔素という物質が存在し、人を含める生物の中にある内魔素と、空気中に存在する外魔素に分けられるのだが、そのうち俗に魔力と呼ばれる内魔素が、人の意志によって外魔素と反応して魔法となるらしい。
まあ、なんにせよ魔法と言うものは、発動それ自体は簡単だということだ。実際、まだ幼い子供が親の真似事で火の魔法なんかを出してしまい、火事になったりすることがごく稀にある。
では、魔法系の職業の何が有利かと言うと、彼らの魔法は発動速度と規模が、一般人の比ではなくなる。
魔法は発動の意志があれば出せるとは言ったが、何でもかんでも制限なしで出せるわけではない。まあ、当たり前だが。
強力な魔法を発動させるためには、発動させる事象について詳しい必要がある。起こしたい事象をより詳しく想像し、意志を込めることで、魔法はより大規模で強固なものとなるのだ。
そしてもう一つ―、魔法を使う上で大切になるのが――
「で、お前は魔法使えるようになったのか?」
「いや、使えなかった」
椎名の問いに、僕は短く答えた。
魔法を使うためには、先ほど言ったように、自分の意志を魔素に伝える必要がある。そして、この意志を魔素に伝える段階で、変換効率の良し悪しが個々人に存在するのだ。
要するに、まったく同じものを想像し、意志を込めて発動したとしても、変換効率の良い人は想像した通りの――下手をすると想像以上の魔法を発動させるのに対し、変換効率の悪い人は望んだ事象よりも小規模のものしか発生させられない、ということになる。
そして、ごくごく稀にではあるが、魔法の変換効率が異常なまでに悪く、魔法を全く発動させられない人が存在する。どうやら僕もこの中の一人なようで、いくら意志を込めようとも、魔法は全く発動しなかった。
まあ、これは別に僕に限った話ではない。寺岡やほかの剣士組の何人かにも試してもらったが、だれ一人として魔法を発動させることはできなかった。
おそらく、僕ら異世界から来た人間とこの世界の人間は、体のつくりだか精神のつくりだかが異なっているのだろう、と言うのが僕の考えだ。
「しかし、その癖に魔法系の職業をもっている連中は、この世界の人間にはできないほどに魔法を使いこなす、か……」
「うん。だから、結局のところよく分からないって結論なんだけどね」
あれだけの時間調べたのに、結局そんな形で落ち着いてしまっているのは、情けない限りだ。僕が苦笑すると、椎名はもう一度、手元の紙を一読して僕に返してきた。僕はそれを受け取って懐にしまう。
「ん……しかしもう夜も更けたな。ちょっと熱中しすぎたか」
「あはは、そうだね。もうみんなぐっすり眠ってるよ」
焚火の周りには、野中さんや椎名の仲間たちが寄り添い合って眠っている。今日の夜の番は僕だったのだが、椎名が僕の持っていた魔法の資料に夢中になっていたせいで、二人で夜の番をする形になってしまっている。
しかし、女の子の寝顔っていうのは、どうして見ているだけで罪悪感が湧いてくるのだろうか。僕と椎名以外はみんな女の子で、みんな顔が整っているから、正直目のやり場に困る。
僕が視線をさまよわせていると、椎名は焚火に燃料を足しながら息を吐いた。
「しかし、こうして二人で見張るっていうのはいいかもな。話し相手にもなるし」
「そうだね。ひとりだと結構退屈だからね」
「これからは二人体制にするか。今までは人数が人数だったからできなかったけど、お前ら二人も組み込めばいけるだろ」
「うん、いいんじゃない」
そんなやり取りを、椎名と交わす。確かに、こうやって会話していれば眠気に襲われることも少ないし、見張りを二人にするのは良いことだろう。
だが、椎名の様子が変だ。いつもはこんな風に、積極的にこちらに話しかけてきたりしないし。ときおり、様子をうかがうようにこちらをちらちら見てきたり、分かりやすく挙動不審だ。らしくない。
椎名も自分がらしくないことをしている自覚があるのか、あきらめたように息を吐いた。
「……さっきは、悪かったな」
「は?」
「いや、ヒョウカのことだ。別にあいつも、悪気はなかったと思うんだが……」
ああ、そのことか。僕は軽く視線を宙にそらした。
ヒョウカさんに、模擬戦でぼこぼこにされた後言われた「才能がない」って言葉。確かに傷つかなかったかと言うと、嘘になる。僕自身、分かっていたことではあったが、あんなふうに面と向かって言われたのは初めてだ。
だが別に、ヒョウカさんを恨んでいるわけでもない。ただ、やっぱりそうか、というあきらめに似た感情があるだけだった。
こんな世界に来て、なんだかんだで勇者ともてはやされて、期待されて。心の奥底で、どこか夢を見ていた部分が僕にもあったんだろう。そんな夢から覚めてしまった。それだけのことだ。
僕がそう言うと、椎名は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「才能、ね」
「……違うっていうのか」
少しカチンときた僕がそう言うと、椎名はまっすぐにこっちを見据えて「違うな」と言った。
「才能なんてもんは、努力が足りない奴の言い訳だ。あいつは才能があるから、なんて言って、自分の努力の不足から目をそらしてるだけだろ」
「でも、努力できる――し続けられるってのも、一種の才能じゃないか」
たとえば勉強だってそうだ。本当に成績がいい奴の中には、休日や休み時間を削ってまで勉強している奴もいた。僕にはとてもではないが真似できない。ああやって、一つのことに熱を傾けられるのも、一種の才能じゃないのだろうか。
だが、椎名は僕の言葉に首を横に振った。
「それは、お前が今までそうする必要性に駆られなかっただけのことだ。それは、嫌味じゃなく羨ましいと思うぞ」
「羨ましいって……」
「だってそうだろ。お前らは城で安全に訓練ができたんだろうが、俺は違った。強くならなければ死ぬ。そんな状態だったから、必要に駆られて強くなった。それだけだ」
椎名はそう言って、つまらなさそうに笑った。ちなみに僕は笑えなかった。
確かに、椎名の言うとおりな面もあるだろう。生まれや周囲の環境によって、必要に駆られて何かを追い求めなければならない。もしくは、何かを努力し続けることが当たり前になってしまう。そんなこともあるのかもしれない。
しかし、それならばなぜ、椎名はわざわざ城を出たのだろう。楽な道を選ぶことをせず、自らいばらの道に足を踏み入れたのだろう。そこに、僕と椎名の大きな違いがある気がするのだ。
「なあ、なんでわざわざ城を出たんだ」
僕がそう聞くと、椎名はちょっと意表を突かれたように視線をさまよわせた。
「ああ?言ったろ?城の連中は信用ならなかった。あいつらの言うとおりにしても、使い潰されて終わる未来しか見えない。だからだ」
それは確かに、召喚された日の夜に聞いた。でも――
「それって、わざわざ危ないことをしてまでのことか?一歩間違えば死んでただろ?」
地球でただの高校生だった奴が、見知らぬ土地に一人で出て行って生き残れる可能性は限りなく低い。それくらい、椎名にはわかっていただろう。
僕の問いに椎名は黙っていたが、やがてゆっくりと言った。
「死んだとしても、だ。それでも、あのまま城にいることはできない」
「なんで?」
「俺の生き方は俺が決める。それだけだ」
ともすれば、そっけないともとれる言葉。それだけに、そこに込められた感情は濃密だった。
なるほど、椎名にとって、誰かに行く末を任せるというのはそれだけ許しがたいことなのだ。自らのいく道、自らの行動原理は自分で決める。ただのプライドと言ってしまえば、それまでなんだけど。
椎名はその、僕から見ればちんけに見えてしまうプライドのためならば、自分の命すらかけれるのだろう。そうありたいと願い、そうあろうと努力し、そうあっているのだろう。
「そっか……。やっぱお前はすごいな」
「別にすごくはない」
そっけなく、椎名はそう返す。その頬が、焚火の火の影響か赤く染まっている気がして、僕は笑った。
椎名が何と言おうが、やはり椎名と僕は人間の出来が違うようだ。僕はそんな風に、自分自身を信じてやることができない。自分の道は自分で選ぶ。それが最善だとはどうしても思えないのだ。
自分自身を信じてやること。それが、才能ってやつなんじゃないだろうか。まあ、こんなことを言っても、また小馬鹿にしたように笑われるだけなんだろうけど。
くつくつ笑っている僕を、椎名は不機嫌そうに見ていたが、やがて眉根にしわを寄せたまま言った。
「そういや、俺も一つ聞いていいか?」
「なに?」
「お前は逆に、なんで城を出なかったんだ」
冗談を言っているかと思って椎名の顔をまじまじ見たが、椎名はこちらの答えを黙って待っている。僕はまた少し笑った。こいつ、やっぱりどこか抜けてるよな。
「普通に考えて、あそこで城出た後にどうやって生きていくのか、何もプランがなかったじゃないか。何も考えず飛び出して、野垂れ死ぬのは勘弁だったからだよ」
「つまり俺は、何も考えず飛び出したアホだ、と言いたいのか」
「……まあ、死ななかったんだから、お前は正しかったのかもしれないけどな」
僕がそう言うと、椎名は考え込むように唸った。
「別にどっちが正解ってわけじゃないだろうけどな。だが、お前がいろいろと調べているのを見ると、俺もあそこで短気を起こさなかった方が良かった気もしてくるな」
「どうだろうな。結局、お前がいなかったら野垂れ死んでいたのは僕の方だったわけだし」
僕はそう言って「それに……」と続けた。
「調べた内容も、特に今のところ役に立ってないからなあ」
魔法の知識も、椎名との交渉につかった方も、調べただけで終わっている。既存のものを調べるのは割と簡単だが、それを使えるものに変えることは難しいものだ。
僕が軽く息を吐くと、椎名は思いついたように顔を上げた。
「それなんだが、その資料――あともう一個の方もユンに渡してみないか?」
「ユンさんに?」
「ああ、あいつはああ見えて、魔法の研究なんかをやってるからな」
なるほど、それはいい手かもしれない。僕みたいな素人が下手に考えるより、よほどうまく活用してくれるだろう。人族の王城の図書館の知識を魔族に教えるのはどうかと思うが、別に口止めされたわけではないし大丈夫だろう。
魔法の方はそれでいいとして、問題はもう一つの方か。本職の研究者に見てもらった方が良いのはそうなのだが、これを渡してしまうと、椎名が僕たちを連れて行く理由がなくなってしまう。こんなところで放り出されるのはまずい。
考え込んでいると、椎名が小さく笑った。
「安心しろ。今更放り出したりしないから。ジュナのやつもお前らに懐いてるしな」
「……そっか、ありがとな」
「気にするな、かなり今更だから」
椎名の言葉はいつも通りそっけないが、その声音はどこかやわらかい。なるほど、こいつこんな表情もするんだな。
日本にいたころなら、こんな風に椎名と話すことはなかっただろう。そう考えると、この世界に召喚されたこともそれほど悪くないのかもな。
パチパチと燃える焚火に燃料を足しながら、そんなことをぼんやりと思った。
どうも、kimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
これにて3章も終了となります。話は佳境に入ってまいりますので、よろしくお願いします。
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