ジュナ
ふと気づくと1万PVをいただいていました。
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うっそうと茂った山道は、想像以上に歩く僕たちに不快感を与える。圧迫感がある、と表現するべきだろうか。空気が重く感じるのだ。
そんな山道を、椎名一行に僕と野中さんを含めた面々は歩いていた。先頭に椎名がいて、その後ろにヒョウカさんとジュナ。さらに後ろに僕と野中さんが続き、最後尾をユンさんが歩く形だ。勝手についてこい、と言ったわりにしっかりと僕らを守ってくれる布陣になっている。
椎名は黙々と歩き、その後ろでヒョウカさんとジュナが楽しそうに会話している。前3人の様子を眺めながら、僕はのんびり歩いていた。
「ところで宗一よ」
後ろからユンさんが声をかけてきた。同時に横の野中さんが身構えるのが分かる。僕はため息をこらえて首を振り向かせた。
「なんですか?」
「ふむ、聞きたいことがあったのだが……その前に」
そう前置きしてユンさんは野中さんを見た。
「悠里、とか言ったかな?」
「……はい」
野中さんが短くそう返す。その顔は、僕のよく知る無表情だった。
「そんなに私がユキのそばにいることが不満かい?」
「……いえ、そんなことはないです」
「そうかねえ」
茶化すような声に、野中さんは睨むような視線で応じる。が、その程度で動じるユンさんではない。彼女はにやにやとした表情をさらに深めた。
「まあ、私は魔族だからね。君がそう思うのも仕方がない」
ユンさんがどこか自嘲するようにそう言うと、野中さんはさっと表情をこわばらせた。
「……やっぱり、魔族なんですか?」
「まあ、こんな羽が生えた種族、他にいないだろうからねえ」
ユンさんの口調はどこまでも軽い。反対に、野中さんは吐き捨てるように言った。
「……私たちの友達――仲間は一人、魔族によって殺されました」
「――へえ」
一瞬、見間違いかと思うほどわずかな瞬間、ユンさんの表情が固まった。野中さんは続ける。
「あなたは、その魔族と関係ないとは思います。でも、やっぱり割り切れないです」
そう言って、野中さんはうつむき気味に視線を逸らした。ユンさんが困ったように腕を組む。
「面倒な問題だね、これは。……まあ、私が言っていいことじゃないのかもしれないけれど」
確かに、根が深いか浅いかはとにかくとして、面倒な問題だった。なにせ、明確な回答と解決方法が見当たらない。
ユンさんに求めるものは何もない。彼女から謝罪をしてもらうなど、正しく筋違いってやつだ。
ただただ、野中さんと僕の感情の問題だった。折り合いをつけて割り切らなければいけない所を、うまくできていないだけだ。日本の平和な社会に慣れ切っていた僕らは、死と言うものにうまく折り合いをつける術を知らなかった。
――いや、そんなもの誰も知らないのかもしれないな。だったらこの問題は、先送りにして、先延ばしにして、いつか時間が風化させてくれるのを待つしかないのかもしれない。
「どうしたの?」
「うわっ」
びっくりした。声をかけられて振り向くと、ジュナが僕を不思議そうに見上げていた。
どうやら、僕ら3人はいつの間にか立ち止まっていたらしい。少し離れたところで椎名が不機嫌そうにこっちを見ていた。ヒョウカさんは、ちょうど僕らと椎名の中間ぐらいでこちらを見ている。……迷惑をかけてようで申し訳ない。
ジュナは僕ら3人を交互に見回して、首をかしげた。
「ねえ、お兄ちゃん。何かあったの?」
「あーいや……」
僕が思わず言葉を濁すと、ユンさんがにっこりとほほ笑んだ。
「いや、なんでもないよ」
「またそうやって、ユンは誤魔化すんだ」
ジュナはそう言って頬を膨らませて見せた。どうやら、ユンさんはいつもジュナをはぐらかしているらしい。ジュナは信用ならない、と言いたげな目線で僕ら3人をもう一度順番に見て言った。
「……喧嘩?」
なかなか鋭い。僕が驚いていると、ユンさんは困ったように苦笑した。
「……まあ、それに近い何か、かねえ」
「喧嘩は駄目だよ!」
「そうだね。でも、仲良くするには、いろいろと難しい問題があるのさ」
降参、とでも言うように両手を軽く上げたユンさんの言葉に、ジュナは「難しい問題……」とつぶやいて唸っていたが、やがて勢いよく声を上げた。
「でも……でも、みんな仲良くしないとダメなんだよ!」
ジュナのその発言に、僕は思わず頭を撫でて笑ってしまった。
「はは、そうだね。ジュナの言うとおりだ」
僕がそう言うと、ジュナは満足げにうなずいた。言いたいことは言い切ったのだろう。ユンさんも苦笑気味ではあるが笑って頷く。
「……まあ、私もできる限り仲良くするさ。さあ、そろそろ行こう。ユキが怒ると面倒だからね」
僕らが再び歩き出したのを見て、椎名も軽く息を吐いて歩き始めた。ヒョウカさんもそれに続き、先ほどの3人にジュナを加えた僕ら4人がそれに続いた。僕とジュナが並んで歩く形になり、その後ろに野中さんとユンさんが並んでいる。
しばらく歩いている内に、ユンさんと野中さんがぽつぽつと話す声が聞こえてきて、僕はほっと息を吐いた。
ああ、確かにジュナの言うとおりだ。みんな仲良くしないとダメで、だからこそ、人とかかわるのは難しい。
初めから、何もないまっさらな状態で出会えたならば、誰かと仲良くすることは難しくないだろう。でも、そんなことはありえない。野中さんにはここに至るまでの過去があって、ユンさんにも同じように過去がある。だからこそ、お互いがお互いだけに配慮することはできなくて、折り合いがつかなくなる。
それでも、集団の中ではみんな仲良くしなければならない。誰かと誰かが険悪になれば、周りが迷惑するからだ。さっきの野中さんとユンさんのやり取りで、僕が困ったように。
……椎名辺りは「周りを気にして自分を殺すなんて下らない」とでも言うかもしれないが、それは椎名だから言える台詞だ。誰から嫌われても、自分の足だけで立って歩く力と自負心があるからこそ言える台詞だ。
僕は凡人だから、誰からも嫌われたくないと思ってしまう。人から自分を否定されたとき、それでも自分を肯定できるほどの根拠を持ち合わせてないからな。
それは窮屈な生き方だが、その窮屈さに守られているとも思うのだ。
「ねえ、お兄ちゃん」
「……ん?」
ジュナの呼びかけに僕の反応が一瞬遅れたのは、またぞろ考え込んでしまっていたからと言うのもあるが、何より彼女の声が驚くほど低かったからだ。いつもにこやかなジュナとは思えない声だった。
「お兄ちゃんの友達は、魔族に殺されたの?」
……聞いてたのか。僕は詰まりそうになった息を慎重に吐き出す。どうやら後ろの二人には聞かれていないらしい。
僕は迷ったが「そうだよ」と答えた。
「じゃあ、お兄ちゃんは魔族が嫌い?」
「んー……」
どうだろう。恨み、と呼べるほどの感情はないと思う。その場にいたのならとにかく、僕は津川が死んだのを確認していない。そもそも、まだ死んでいないかもしれないのだ。
だから、魔族を恨んではいない。ただ、今までさんざん敵として見てきた存在を、すぐに受け入れることができていないのも確かだった。ユンさんに関しても、命の恩人でとてもいい人だ、とは思っているが、やっぱりどこか壁を作ってしまう。
僕はジュナの問いに、しばらく考えて「分からない」と言った。
「……私のパパとママはね、人族に殺されたんだよ」
ジュナがぽつりと、前触れなくそう言った。僕は沈黙を返すしかなかった。
何かがあるとは思っていた。ジュナみたいな幼い子が、親ではなく椎名と同行しているのだ。何か理由があるのは当然だろう。その理由は、想像以上に重いものだったが。
「パパとママを殺したのは人族で、ユキとお兄ちゃんたちも人族」
ジュナはまるで詩でも諳んじるかのようだった。
「でも、ユキとお兄ちゃん、そして多分、お姉ちゃんもいい人。パパとママを殺したのは悪い人」
そう言って、ジュナは少しさびしそうに僕に言った。
「……それじゃダメなのかなあ」
「……駄目じゃないよ、きっと。ジュナの言うとおりだ」
僕はそう言って、またジュナの頭を撫でた。
きっと、僕もそうやって折り合いをつけなくちゃならないのだろう。僕なんかより、ジュナの方がずっと大人だ。
でも、その折り合いをつけるために、ジュナはどれだけ苦しんだのだろう。
僕の場合、こう言ってはなんだが、津川はただのクラスメイトでしかなかった。どうでもいい、と言えるほど薄情ではないつもりだが、津川がいなくなったことでそれほど大きな喪失感はなった。それほど大きな感情の動きはなかった。
だが、ジュナは両親を殺されている。まだ、両親にべったりな年頃だろう。そんな両親を失ったとき、彼女はどれだけ寂しかっただろう。どれだけ辛かっただろう。こうやって笑えるようになるまでに、どれだけかかっただろう。
――いっそ、人族全部を憎んでしまった方が楽だったろうに。
そんなことをぼんやりと考えていたせいで、足元の注意がおろそかになってしまっていた。道端の木の根に足を引っ掛けて、思わず転びそうになる。
「っとと……!」
何とか転ばずに踏みとどまると、呆れたようにこちらを見る椎名と目があった。
「ボーっとしながら歩くな、馬鹿」
それだけ言って、椎名はすたすたと歩きだしてしまった。その後ろにいるヒョウカさんが困ったように口を開く。
「あー、田中殿。ここらは魔物もでる。あまり気を散らしていると危険だぞ」
……面目ない。
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