凡人の手札
投稿ペースが落ちてますね。
気合入れ直して頑張ります
野中さんに現状を説明するのは、かなりしんどい作業だった。冷静で落ち着いた人だと思っていた野中さんだが、どういうわけか椎名が絡むと途端に感情があらわになるらしい。そのせいで話が全く進まない。
椎名は野中さんをわずらわしそうに見るだけで助けてくれないし、ジュナは状況がよく理解できていない様子だ。ヒョウカさんも割と感情的な人で、しまいには野中さんとにらみ合ってしまう。唯一助けになってくれたユンさんには頭が上がらない思いだった。彼女がいなかったら、どこかで僕の心が折れてしまっていただろう。
「……なんで女の子ばっかり。しかもみんな美人……」
僕の必死の説明に対し、野中さんがまず言った言葉はそれだった。膝から崩れ落ちそうになるが、まあ、状況が分かってくれたならそれで良い。
「それで、野中さんは椎名の知り合いだったの?」
僕の問いに、野中さんはぱっと椎名の方を向いた。
「雪くんは覚えてないかもしれないけど、私は昔、雪くんの家の近所に住んでたんだ」
「へえ」
僕は無感動な返答を返すしかなかった。椎名はしばらく眉根にしわを寄せた後「覚えてないな」と言った。
「そっか……うん、そうだよね」
野中さんは少しさびしそうにそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
「急にごめんね、久しぶりに雪くんのこと見たから嬉しくて……助けてくれてありがとう」
どうやら、野中さんも自分の感情がコントロールできてなかっただけらしい。いつも通り――とまではいかないが、先ほどとは変わって神妙な態度だ。椎名も少しばつが悪そうに鼻頭を掻いた。
しかし野中さんの反応は、ただ近所に住んでいただけにしては過剰だ。僕が野中さんにそれを問うと、野中さんは椎名の方をちらりと見て言った。
「私、昔は内気で虐められてたんだ。でもそんな時、椎名くんが助けてくれたの」
「へえ……」
僕は少し意外な面持ちで椎名を見た。この他人をどうとも思わないような奴が、近所の女の子を助けてあげるとは。誰にだって純粋なころはあるもんだ。
そんなことを考えていると、椎名がこちらを胡乱げに見てくる。
「……なんだ?」
「……何も」
短く答えると、僕は声を潜めた。
「で、実際どうなんだ?」
「何が?」
「野中さんを助けた覚え、あるのか?」
「ああ……」
椎名は遠い目をすると、しばらく考え込んだのちに頷いた。
「そういえば、ガキの時にそんなこともあったな」
「へえ……」
「そんな微笑ましい目で見るのはやめろ。ていうか、あの時の俺は助けたって感じじゃなかったと思うが」
「と、言うと?」
僕の問いに、椎名はゆっくりと思い出すように言う。
「いや、ただ単に公園で昼寝してたのに、周りでやいやいうるさかったから、怒鳴っただけだぞ。ついでにこっちに向かってきたやつ全員殴った」
「……なんでそんなとこで寝てたんだよ」
そう返すしかなかった。いやまあ、そんなことだろうとは思ってたけど。
僕は小さく息を吐いて、ちらりと野中さんを見た。彼女はひそひそと話す僕と椎名を不審そうに見ている。
「それ、野中さんに言うなよ」
「分かってる、それぐらい」
不機嫌そうにそう返す椎名に僕は息を吐いて、野中さんに向き直った。
「野中さん」
「なに?」
「えーと、これからどうする?」
僕がそう問うと、野中さんは一瞬、意表を突かれた顔をしたが、やがて「そうだね……」とつぶやいた。
「まずは、砦に戻って無事なことを知らせないといけないんだけど……田中くんはここがどこだか分かる?」
野中さんの問いに、僕は首を横に振った。斜面をどれだけ落ちたかも定かじゃないし、再びあの斜面を登って、元の場所に戻るのは現実的じゃない。
そうなると、別のルートから砦に戻るか、神代たちと遭遇できるようにするしかないのだが……。
「問題は、戦力だね」
僕が言うと、野中さんはこくりとうなずいた。
体調も万全とは言い難く、さらには武器もない僕らにとって、それは大きな問題だった。僕の職業は「剣士」で、野中さんは「弓術士」。それぞれ対応する武器を持たないと、僕らの職業は機能してくれない。今のままでは、一般の兵にも劣る存在だ。
そして、よしんば武器が手に入ったとしても、僕と野中さんの二人では戦力的に心もとない。前衛と後衛でバランスは取れているし、魔物の一匹や二匹なら何とかなるが、魔族なんかに会ってしまったらお手上げ状態だ。
なんにせよ、僕ら二人ではいろいろと無理がある。僕は椎名に目を向けた。
「椎名。僕らがいた砦までの道とかわかるか?」
「あ?知るわけないだろ」
「だよな……。じゃあ、僕ら転げ落ちた斜面の上まで行く道は?」
僕がそう聞くと、後ろで黙って聞いていたユンさんが声を上げた。
「ああ、それなら私が知っているよ。でもねえ、かなりの大回りになる上に、あの辺は魔族の連中も多い。君たち二人じゃ死ににいくようなもんだよ」
「そうですか……」
これはあれだな。詰み、ってやつなのだろう。僕はぼんやりとそんなことを思った。
もしここにいるのが僕じゃなくて神代なら、彼は無理を押してその危険な道を行ったかもしれない。そしてなんだかんだで、無事に砦までたどり着いてしまうのだろう。
でもそれは、あいつが特別な何かをもっているからで、僕には同じことができようはずもない。こんな世界に飛ばされて、チート能力をもらったところで、僕は僕でしかなくて、こんなにも小さい。
僕は小さく息を吐いて、懐に手を入れた。大丈夫、まだ手は残っている。
「なあ、椎名」
僕が声をかけると、椎名はめんどくさそうにこっちを向いた。
「なんだ。言っとくが、砦まで送れ、とか言い出したらぶっ飛ばすぞ。そんなことをする義理はない」
だろうな。それが最善ではあったが、椎名は自分の行動を阻害されることを何よりも嫌う。だから、最初からそれはあきらめていた。
「椎名たちはどこに向かってるんだ?」
「あ?」
「こんな危ない場所で散歩してたわけじゃないだろう。どこを目指してたんだ?」
僕がそう問うと、椎名はめんどくさそうに眉をひそめた。と同時に、後ろでにやにやとこちらを見ていたユンさんが口を開く。
「魔族領だよ。魔王が治める魔都が目的地だ」
「おい」
抗議の声を上げる椎名にも、ユンさんはどこ吹く風だ。僕は苦笑してユンさんに頭を下げると、野中さんに向き直った。
「野中さん。僕らが自力で帰れない今、椎名についていくのが最善と思う。砦のみんなには悪いけど……どうかな?」
「いや、でも……」
野中さんが迷うように僕と椎名のあいっで目線を行き来させる。椎名がそれを許可するはずがない。その目線はそう言っていた。
「おい、勝手に決めてんじゃねえよ、田中」
その声に振り向くと、椎名は凍りつくような視線でこっちを見ていた。ひるみそうになるのをぐっとこらえる。そういや前にも、こんなことあったな。
あの時と違うのは、椎名が僕に対して怒っているという点だ。あと一歩踏み外せば、椎名は完全に敵となるだろう。そして多分、そうなったら彼は容赦なんてしない。
ああ、確かにあのとき椎名が言った通りだ。僕と椎名はクラスメイトであって、それ以上でも以下でもない。そんな希薄なつながりでは、僕が椎名に与えられるものなんて何もない。
「田中、俺はお前らを連れていく義理なんて持ってない。連れて行ってほしいのなら、連れていけるだけの何かを示せ」
椎名の射殺すような視線に、僕は唾を飲んでから口を開いた。
「これ」
「あ?」
僕は懐に入れていた小さく折りたたんだ紙を取り出した。肌身離さず、城を出た時からずっと持っていたものだ。斜面の途中で落としてなくて、本当に良かった。
椎名は僕の取り出した紙をめんどくさそうに一瞥し――その表情が固まった。
「おい、お前これ……!」
「そこまで」
手に取ってみようとした椎名を制して、僕は再度紙を懐にしまう。椎名のいらだった視線が僕に刺さる。
「何の真似だ、田中」
「これを渡すことが、僕らの同行を認める条件だ」
僕がそう言うと、椎名は呆れたように息を吐いた。
「そんなもん隠し持っていやがったのか……。だが、お前から俺が無理やり奪えば、それで済む話だろう」
「でも、お前はそんなことしない」
僕がそう言うと、椎名はガシガシと頭を掻いた。伊達に半年近く同じ教室にいたわけじゃない。椎名がそんなことしない奴だってことくらいは分かっている。
椎名はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと息を吐いた。
「着いてくるなら好きにしろ。飯くらいは出してやるが、それ以外は知らんからな」
椎名がそれを行ったとき、野中さんが驚き半分喜び半分の顔をするのが視界の隅に映った。
「ああ、ありがとう。夜番くらいは手伝うよ」
僕は膝から力が抜けそうになるのをこらえてそう言った。ああ、怖かった。
僕がゆっくりと息を吐き出していると、ヒョウカさんがこちらに手を差し伸べてきた。
「これからよろしく頼む、田中殿」
「ええ、よろしくお願いします、ヒョウカさん」
「これから共に旅をするなら、時間もたくさんあるだろう。ぜひ手合わせを願いたいものだ」
「あはは……」
あー、そういえばそうだった。これは逃げられそうにないが、仕方ない。
僕が頭を掻いていると、ユンさんが近づいてきた。
「ユキ相手にうまくやったもんだねえ、少年」
「あはは、しばらく厄介になります」
実際、うまくいったのは半分くらいユンさんのおかげだ。こりゃ、頭が上がりそうにないな。
最後に話しかけてきたのはジュナだった。
「お兄ちゃんも、私たちと一緒に来るの?」
「あー、うん。そうなるね。急でごめんね。お世話になります」
子供を相手にした経験がない僕は、ついしどろもどろになってしまう。そんな僕に、ジュナはニコリとほほ笑んだ。
「うん、よろしくね。それでね、お兄ちゃんの名前、なんていうの?」
「田中宗一だよ」
僕がそう返すと、ジュナは「むむ」と難しい顔で唸った。
「タナカ……?ソーイチ……?」
どうやら発音が難しいらしい。まあ、この世界の名前とはかなり違うし、聞きなれないだろう。
「あはは。呼びづらかったら、別に僕の子はなんと呼んでもいいよ」
「じゃあ、お兄ちゃんはお兄ちゃんだね。よろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
そんな椎名の仲間たちとのやり取りを、椎名は無関心に見ていたが、やがって声を上げた。
「顔合わせが済んだなら行くぞ。今日中にこの山は抜けたい」
その発言に、椎名の仲間たちはてきぱきと動き始めた。さすが長く一緒に旅をしているだけあって、野営の片付けの手際が良い。どこを手伝っても邪魔になりそうだ。
僕が手伝うべきところを探していると、軽く肩をたたかれた。振り返ると、野中さんだ。
「なに?」
「えっと、ありがとう。田中くんのおかげで、雪くんと一緒に行ける」
「うん、どういたしまして」
僕がそう返すと、野中さんは迷ったように視線をさまよわせた。
「えーと、それでね。……さっきの紙は、なんだったの?」
「ああ……」
僕は懐に手を入れた。かさりと紙の感触が触れる。これは僕が持っている精一杯の切り札だ。今は僕だけのものにしておきたい。切り札ってのは、知っている人が少ないほど、切った時に効果を発揮する。
「今は秘密で」
僕はそう言って、少し笑った。
どうも、kimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
これより主人公は、椎名一行に加わります。目指すは魔族領。
新たな土地に新たな仲間。まあ、田中くんは変わりませんが……。
感想・誤字の指摘・評価等していただけると、泣いて喜びます。よろしくお願いします。




