ユン
一通りの流れができたので、再開します。よろしくお願いします。
パチパチと焚火のはぜる音が、心地よく鼓膜を揺らす。僕はゆっくりと目を開いた。
まず目に入ったのは、木々の間から見える星空だった。きれいだ、と素直に思う。街頭のない真っ暗な森の中からは、星のきらめきが不思議なほどによく見える。――まあ、でかい月が二つ、重なり合うように夜空にあるのは異世界ならではの光景だが。
ぼんやりと空を眺めていると、苦笑するような声が聞こえた。体を起こすと、僕が寝ていた場所から焚火を挟んだ位置で、魔族の女がこちらを見ていた。
「どうしたんだい、ぼうっとして」
「いや、きれいだな……と」
どうもまだ頭がうまく働かない。思っていたことをそのまま口にすると、女の魔族はひょいと片眉を上げた。
「おやおや、いきなり口説き文句とはね。お姉さんは君の将来が心配だよ」
「あー、いや……」
からかわれていることは分かっていたが、こういう時にどんな切り返し方をするのが適切なのか分からない。黙り込んだ僕に向かって、女はうれしそうに笑った。
「あはは、君もユキに負けず劣らず初心だねえ」
僕は軽く頬を掻いて気恥ずかしさを誤魔化した。
「あー……とりあえず、先ほどは助けていただいてありがとうございました」
「気にしないでいいよ、ユキの知り合いだから助けたんだ。恩ならユキに着せとくから」
そんな会話をしている内に、徐々に頭がはっきりとしてきているのを感じる。女が「飲むかい?」と言って渡してきた木のコップを受け取って、中身をのどに流し込んだ。
正直、緑色の液体を口に入れるのには勇気が言ったが、飲んでみるとミントのような鼻から抜ける味わいが心地いい。
「ええと……そうだ、野中さんは?」
「ふむ、君と一緒に倒れていた子かい?彼女なら、ほれ」
女がそう言って指差した先には、すやすやと眠る野中さんがいた。どうやら無事なようでほっとした。あそこまで柄じゃないことやって死なれたら、さすがに報われない。
今更ながら焚火の周りを見回す。どうも、魔族の女は寝ずの番をしていたらしい。焚火の周囲には、知っている顔、知らない顔が寄り添うように寝ていた。
まず知っている顔が、野中さんと椎名。そしてその椎名にしがみつくように眠っている獣人の子供と、少し離れたところに眠っている竜神族の女性が、知らない顔。
種族も年齢もごちゃまぜになった集団が寄り添って眠る姿は、どこか神聖なものに見えた。
「……君は、ユキと同郷なんだってね」
「あー、はい、そうです。……遅れましたが、田中宗一と言います」
「おや、こりゃご丁寧にどうも。私はユン。姓はあるんだけど、長ったらしいからユンでいいよ」
女――ユンさんはそう言って、ニコリとほほ笑む。不思議な気分だった。
「あの、あなたは……魔族なんですよね?」
「ああ、そうだよ。やっぱり、魔族と仲良くするのは違和感があるかい?」
「……すみません」
「いや、良いよ。私たちは他種族から疎まれるようなことをしているんだから、それが普通さ。いきなり殴りかかってこないだけ、君は優しい」
それは違う。僕らは別の世界から来た人間だから、魔族に対してこの世界の人間ほど敵意をもっていないだけだ。そう思ったが、椎名がどれだけ自分の身の上を話しているか分からない以上、僕からそれを言うのははばかられる。
沈黙を返す僕に対して、ユンさんは朗らかに続けた。
「この大陸のほとんどの種族にとって、魔族は敵だ。だから、こうやって私みたいなのと旅してくれる連中は貴重なんだよ」
「仲間、なんですね」
「あはは、面と向かって言われると、むず痒いけどね」
そう言って、ユンさんは照れ臭そうに頬を掻いた。
しかし、仲間か。僕はぼんやりと焚火越しに椎名を見ながら考える。僕はこの世界の人と、そう言ってもらえるほどの関係を作れた自信がない。それどころか、この世界の人間とまともにしゃべったことさえないような気がする。
もちろん、僕の周りに常にクラスメイトがいたとか、この世界の人間はこちらを勇者として扱ってくるから、とか、どういう諸々の理由はあるだろう。そういう意味で、僕と椎名を同列に語る意味はない。
だが、それを抜きにした所で、僕自身がこの世界の人間に対して一線の壁を築いていると思う。
今まで、特に砦で生活していく中で、色んな人物とふと言葉を交わす機会は何度もあった。だが、それはクラスメイト達と接するのとは、違うものを感じていた。
端的に言えば、僕はこの世界の人達が怖かったのだ。自分の常識の通じない相手と接することが怖くて、逃げていた。善良そうな町の人々を化け物みたいな心境で見ていた。
だが、椎名は違う。ユンさんの語り口から、それが分かった。椎名は彼女やほかの仲間の人たちと真剣に接して、自分の目で見極めてきたのだろう。それこそ、魔族であろうが関係なく。それは僕からしてみればすごいことであり、正気の沙汰ではないと思う。
僕の方がずっと環境的には優遇されていたはずなのに、僕にはできないことで仲間を作って、僕がクラスメイト達としか出歩けないような最前線を旅している。そんな椎名に対して、悔しさにも似た感情が湧いた。
しばらく考え込んでいると、ユンさんは軽く苦笑した。
「……ユキも大概だし、私が言えた事じゃないが、どうやら君も、難儀な性格をしているようだねえ」
「難儀、ですか?」
「ああ、難儀だよ。詳しいことは分からないけど、そんなに思いつめた顔で悩むようなことなのかい?君の悩みは」
……どうだろう。僕が椎名や神代に抱いている劣等感は、そりゃあ、生きていく上では必要ないものだろう。でも、目の前で違いを見せつけられたら、やっぱり考えたくもなるもんだ。
僕はどうやったら、彼らみたいな「持っている」側の人間になれるんだろう。こんなことを考えてしまう時点で、僕は「持っていない」側の人間なんだけど。
「どうですかね」
しばらく考えても結論が出ない。最終的に僕は、そう言うしかなかった。ユンさんはその返しに、にっこりとほほ笑む。
「まあ、考えても分からないことは多いさね。だからこそ、ゆっくり悩みな、少年。それが生きてるってことだよ」
「それは、年長者としてのアドバイスですか?」
「おっと、女性の歳について言及するもんじゃないよ」
そう、おどけて笑うユンさんは、焚火の明かりに淡く照らされて、とても魅力的に見えた。ああ、きれいな人なんだな。僕は初めてユンさんのことを、きちんと見れた気がした。
「……ユンさんはずっと寝ずの番してるんですか?」
「ああ、今日は私の番なんだ。んで、明日はユキの番。ジュナ以外の三人で持ち回りだよ」
「少し話に付き合ってもらっていいですか?なんだか寝る気分じゃなくて」
「ぐっすり眠ってたからねえ。もちろん、大歓迎だよ。……じゃあ、ユキの恥ずかしい話でも聞かせてもらおうかな」
「あはは、期待に添えるお話ができればいいんですが」
そんな会話をしながら、ユンさんにもらった飲み物に口をつける。夜の闇が、なんだか心地よかった。
どうも、kimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
少し短い話が続くかもしれません。新しいキャラが増えると、その紹介で話数をとられますね。
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