魔王
二章ラストになります
今日も今日とて、森の中で魔物狩りである。正直、こんな対処療法的なことしてては、いつまでたっても魔族を追い返せはしないと思うのだが、仕方のないことだろう。
僕らは勇者だなんだと言われていても、今はただ一般兵に毛が生えた程度の強さしかない。僕らが加わったことで、戦局が大きく変わるほどの力はないのだ。
「はっ!」
いつも通り、カウンターを狙って魔物にとどめの一撃を見舞う。魔物が息絶えたのを確認して、僕は小さく息をついた。
場所はいつも通り、砦から少し離れた森の中。しかし、今日はどこか重苦しい気配を森から感じる。それに、魔物と遭遇する頻度がいつもより多い気がする。神代を加えた九人で交互に戦っているため疲労は最小限で済んでいるが、なんだか嫌な予感がした。
「おつかれ」
一息ついてる僕に声をかけたのは、珍しく寺岡ではなく神代だった。僕は一つうなずいて返す。
「神代、今日はなんか魔物が多くないか?」
「ああ、俺もそう思う」
神代はうなずいて続けた。
「悠里に相談してきた。今日はいつもより深入りせずに、早めに撤退することにしたそうだ。一応報告に班を分けて砦に行ってもらった。しばらくここで休憩しよう」
悠里って誰だっけ?と一瞬思ったが、すぐに野中さんのことだと気付いた。
「分かった」
そう返事して、辺りを見回す。確かに神代の言うとおり、クラスメイト達の姿が少ない。班の半分――四人のクラスメイトと、引率の兵が砦に戻ったようだ。いつもなら声をかけてくるのにおかしいなと思っていたら、その寺岡もいないみたいだ。
引率兼お目付け役の兵士がいなくなるのはどうかと思ったが、まあ、うちの班は神代が加わったことで戦力が過剰気味だし、ここは砦から比較的近い。大丈夫だろう。
ほかの残ったクラスメイト達に習って、木を背にして座り込む。山の斜面の近くの木だから、ここでなら背後を気にせず休めるだろう。もちろん警戒を怠るつもりはないが、一息つけるのはありがたい。
そんなことを思っていると、神代が僕の隣に腰を下ろした。ちょっと待て、お前が横にいたらくつろげないだろうが。
「なに?」
思わずつっけどんに言うと、神代は苦笑した。
「いや、遅くなったけどお礼を言っておこうと思って」
「お礼?」
「この間、霧崎を止めてくれたろう?助かったよ」
ああ、津川が行方不明になったあの時のことか。僕は苦い記憶を思い返して、一つ咳払いした。
「いや別に、お礼を言われるほど大したことはしてない」
むしろ邪魔しかしてないんじゃないかと思っていたくらいだ。僕が視線を落としながらそう言うと、神代は改めて「ありがとう」と言った。
「俺じゃあ多分、霧崎は止められなかったよ」
「そんなことは……ないんじゃないのか?」
僕は反射的にそう返していた。きっと神代なら、あの場もうまく切り抜けただろう。そんな気がする。もしかしたらそれは、願望なのかもしれない。
「俺ならたぶん、霧崎を止められなかったと思う。なんだかんだで霧崎と一緒に、津川を捜しに行ってた気がする。それで、霧崎を危険にさらしていた気がする」
神代はもう、僕の方を見ていなかった。木々の間から覗く空を見上げて、まるで独り言のようにそう言った。
ああ、確かにこいつならそうするかもしれない。僕は納得した。実力もあるこいつ相手なら、霧崎さんも巻き込むことをためらわなかったかもしれない。――だとしたら僕は本当に邪魔をしただけだったかな。別に、後悔するつもりはないけど。
神代は視線をこちらに戻して、気遣うように言った。
「あれから、霧崎とうまくいってないんだろ?」
「そりゃあな……」
うまくいっていない、というか避けられてる。まあ、その前まではうまくいっていたかと言われると疑問なのだが。
霧崎さんにしてみれば、僕は津川を見殺しにした主犯みたいなもんだろう。仲良くしろというのが無理だ。むしろ、面と向かって憎悪を向けられないだけマシである。
そんなことを神代に言うと、神代は苦笑した。
「そんなことはないと思うけどな……」
「そんなこともあるんだよ」
そう返す。僕はあの選択に後悔はない。同情も憐憫もノーサンキューだ。それに、あの一件で霧崎さんを危険から遠ざける形になったのなら、それでいいんじゃないかと思ったのだ。
そういう風に、折り合いをつけたのだ。
森の中は涼やかな風が吹いていた。澄んだ空気が心地いい。これで魔物との戦いなんて考えずにいられれば良かったのだが、それがなければこんなところにいなかったのだから、何事も善し悪しだ。
目を閉じて、森の空気を吸い込む。
――その油断がいけなかったのかもしれない。災厄はいつも、油断につけ込んでくる。
「ほう、おぬしたちが勇者か。聞いてたよりも人数は少ないようであるが」
僕が目を閉じたのは一瞬。その一瞬の間に、いつの間にか目の前にひとりの女性が表れていた。
カラスのように黒い、つややかな長い髪を無造作に背に流した、きれいな女性。歳のころは僕らよりも少し上と言ったところか。黒のゴシックドレスを身にまとった黒づくめの女性。日本で見かければ、十中八九目を奪われる美人だったが、僕は今それどころではなかった。
目の前の女性の背中に、漆黒の羽。それは紛うことなき、魔族の証だった。
「なっ……」
「魔族かっ!」
思わず固まった僕の隣で、神代が臨戦態勢をとる。僕もあわてて立ち上がった。周囲にいるクラスメイト達も、じきに集まるだろう。いつもより人数が少ないとはいえ、こちらには神代と野中さんがいる。魔族一人なら、それほど絶望的でもない。
油断なく構える僕と神代に対し、目の前の魔族は同じた様子もなく言った。
「まずは自己紹介といこうかのう。――私は魔王。魔族を総べるものじゃよ」
その言葉に、空気が固まったかと思った。魔王……?なんでそんなラスボスが、こんな最前線になんでいるんだ?
思わず足がすくんだ。――と、その瞬間に僕の隣の神代が唐突に、キレた。
「そうか、お前が……お前を倒せば!」
神代から放たれる殺気を受けて、魔王はいっそ可憐なまでにコロコロと笑った。
「いい闘気じゃ……遊んでやろう」
「うおおおっ!」
爆発的な勢いで神代が魔王に切りかかっていく。魔王はどこから取り出した大鎌でそれを受けた。
繰り返される剣と鎌の応酬。同時に飛び交う神代の白い閃光と、魔王の黒い閃光。魔王と勇者の戦いは、不思議なほどにその扱う力が似通っていた。その規格外の力の応酬は、余波だけでも僕の足を止めるのには十分だった。
「くっ……」
まばゆい閃光と、目で追えない速度で繰り返される剣戟に、僕は目を細めた。無茶苦茶だ。あんなもん、混ざっただけで百回は死ねる。
生半可な近接職では、あの戦いに近づくことすらできない。そこまで考えて、僕ははっと辺りを見回した。近接職では無理でも、遠距離でなら……?
思った通り、神代と魔王の激しい戦いに紛れる形で、野中さんが音もなく魔王の背後に回り込んでいる。今この場で、彼女の存在に気付けたのは僕だけだったろう。
――だから、僕しか気づけなかった。彼女のさらに背後から、別の魔族が疾走してきていることに。
まずい。そう思った瞬間には、反射的に駆け出していた。視界に、野中さんに向けて右腕を振りかぶった魔族の姿が映る。
「間に……合えっ」
「――えっ?」
野中さんの驚きの声と、僕が魔族と野中さんの間に体を滑り込ませるが、同時だった。瞬間、魔族の右腕がでたらめな速度でふり払われた。剣で防御できたのは、完全に運だった。
しかし、運がついていたのもそこまでだったらしい。魔族の拳は、僕が想像していた何倍も重かった。
「う……あ……」
押し負ける、と思った瞬間、体がふわりと浮く感覚がする。背後にいた野中さんも巻き込んで、僕は木の葉のように吹き飛ばされた。
「あん……?」
僕を吹き飛ばした男が、いぶかしげな顔をしたのが一瞬見えた――と思った瞬間、再度僕を浮遊感が襲う。やばい、と思って地面に剣を突き立てようとするが、体勢も定まらない中、しかも野中さんも一緒に吹き飛ばされている状態ではそれすらままならない。
どうすることもできないまま、僕と野中さんは山の斜面を転がり落ちた。
「何しておるんじゃ、お主は!」
「いや、思ったより脆くてよ……」
「ちっ、使えん奴め……ちょ、それどころではないと言うに!しゃらくさいわ、小僧!」
「いや、お嬢!そんな場合じゃ――」
そんなやり取りが聞こえたのを最後に、僕の意識は暗闇に落ちていった。
………
……
…
「――――――うぐっ」
ひときわ強い衝撃で、僕は閉じていた目を開いた。斜面を転がり落ちている最中に、強く頭を打って気絶していたが、どうやら落下の衝撃が逆に気つけになったようだ。
「いってぇ……」
全身が悲鳴を上げている。体の節々が痛い――と言うより、痛くない場所を探す方が難しい。特に頭が、割れるように痛かった。
軽くあたりを見回すと、僕のそばに野中さんが倒れていた。意識はないようだが、呼吸はしている。目立った外傷もないようで、ほっと息をついた。
――しかし、こうしてまじまじと見るときれいな子だ。もうちょっと表情豊かにしていれば、日本でもさぞかしモテただろうに。人形みたいな野中さんの寝顔を見て、そんな益体もないことを考えていると、野中さんが小さくうめいた。僕はあわてて顔をそらした。
さて、現実逃避もここまでかな。
「グルゥ……」
「はは……」
思わず乾いた笑いが出る。僕らの目の前には、ここ最近ですっかり見慣れてしまった、醜悪な魔物がいた。
あー、これは詰んだかな。そんなことをぼんやりと思う。体調も最悪で、さらに背後には気絶したクラスメイトの女の子。剣は斜面を転がり落ちている最中に手放してしまったようで、手元にない。
何とか野中さんだけでも逃がしてやりたいが、それも無理だろう。僕は諦念とともに息を吐き出すしかなかった。なんでこうなったのかねえ。
あきらめて眼前の魔物を見据えた――と、その瞬間、閃光が迸った。
「グアアッ!」
赤い一筋の光が、魔物の胴を走り抜けて両断する。魔物と言えど、さすがに胴体を真っ二つにされては動けないようで、その場にどうと倒れた。
「な……にが……」
反射的につぶやきつつ、痛む体を抑えて、閃光の飛んできた方に目を向ける。そこには赤い髪を緩く結った女がいた。その背中に見えるは、黒い羽根。
「ま……ぞ…く……?」
「あらまあ、ボロボロだけど意識はあるみたいね。後ろの子も死にはしないでしょ。……で、ユキ。これからどうするんだい?」
魔族の女のその声とともに、彼女の後ろの木の陰から姿を現した男は、見慣れた学生服を着ていた。
「椎……名……」
その言葉を吐くのが精いっぱいだった。視界がぐにゃりとゆがむのと同時に、僕の体から力が抜けていく。
そうして僕はまた、意識を失った。
どうも、kimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
正直、ただのその他大勢ではない動きを田中くんがしてしまっているとは思います。
しかし、やはり椎名くんをずっと出さずにいるのもどうかと思いまして、この形となりました。
感想・誤字の指摘・評価等していただけると、泣いて喜びます。よろしくお願いします。




