失意
すみません!日付変わるまでに上げたかったのですが……
津川雄也――クラスメイトの一人が行方不明。それが僕ら勇者に落とした影は大きかった。
あれから一週間がたったが、いまだに津川は死体すら見つかっていない。それを生存の証ととるか、死の証拠ととらえるかは人次第だが、大半のクラスメイトは後者だと思っている。前者を信じているのは、それこそ霧崎さんと神代くらいだ。
いや、二人ともわかっているのだろう。ただ、それを認めてしまった瞬間にすべてが崩れてしまうのが分かっていて、自分や周囲に言い聞かせているに違いない。
僕が心配していた、クラスメイト達に蔓延する緊張感のなさは、非常に悪い意味で解消された。今やクラスメイト達は戦いに対して、緊張感を通り越して恐怖心を抱いている。
特にひどかったのは、当然ながら神代の班の面々だった。一度自分ののど元に突き付けられたナイフの感触を、忘れられる奴はそういないと、そういうことなのだろう。中には魔物の姿を視界に入れたとたんに、一目散に逃げ出す連中もいたらしいが、少なくとも僕は、彼らを笑う気にはなれなかった。
結局、神代の班は一度解散され、神代を除いた面々は砦の中で、戦闘とは関係ない作業に従事している。一時的な措置、とレスターさんは言っていたが、実質、戦力外になったのと変わらない。ひとりあぶれた神代は、現在僕たちの班に組み込まれていた。
「グルアッ」
「はっ!」
白い閃光とともに、魔物のわき腹に穴が開く。神代の放った、聖騎士の力だ。それだけでも致命傷に見えたが、神代はさらに踏み込んで、右手の剣を振るった。
「……!」
もはや声もなく、魔物が文字通り細切れにされる様を、僕は少し離れたところから、当たりを警戒しつつ見ていた。隣にいた寺岡が小さく苦笑する。
「相変わらずすげえな。いま、一体何回剣振ったんだ」
「分からん。たぶん五回は振ったと思うけど……」
僕が答えると、寺岡は「しかし」と続けた。
「まだ、うちの大将の機嫌は良くないみたいだな」
「当たり前と言えば当たり前だけどな」
「だなあ……」
自分の班が実質的に壊滅してしまったことは、神代に相当に応えたようだった。と言っても、剣が振るえなくなるとか、そういうことではない。
戦いに関して、神代の中に今まであったのは、おそらく義務感だけだった。クラスメイトを、僕らを勇者と呼んであがめる人たちを守らなければならないという、使命感。ただその一心で剣をふるっていたように見える。
だが、津川の死を経て、神代の中に別の感情が出てきたようだ。それはおそらく、私怨とかそういうものに近い何かだと思う。魔物に対して、魔族に対して、個人的に滅ぼしてやろうという気が、剣から見える。
魔物に遭遇するたびに、親の仇でも見るかのような鬼気迫る表情で剣をふるうその姿は、僕らからすれば頼もしくもあるのだが、やはりどこか危なっかしかった。
結局その日も、現れた魔物のほとんどを神代が倒す形で、日暮れを迎えた。野中さんが木々の合間から見える空を見上げて周囲に声をかける。
「日が落ちそう。帰ろう」
「まだ、後何匹かはいけないか?」
魔物を狩って軽く息をついていた神代がそう言うが、野中さんは軽く首を横に振った。
「帰り道で魔物に遭遇するかもしれないから、多少早めに帰り始めるべき。違う?」
「……いや、その通りだ。ごめん」
「ん」
少し意外だったのは、野中さんの態度だった。神代ハーレムなんて言われているから、神代の言うことには従う子かと思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
今回のように、暴走しかける神代を言葉少なに諭すシーンが、最近何度もある。神代も自分の感情を持て余しているようで、野中さんの発言には静かに従う。
あんなことがあっても冷静さを失わなず、いつも通りな野中さんは、意外と指揮官向きなのかもしれなかった。
夕暮れが落ち切る前に砦に戻ってくると、残りの二班はすでに帰還済みだったようで、門を抜けた広場に集まっていた。僕らもそこに合流する。
「今日も、全員無事みたいだな」
「ああ」
隣の寺岡が安堵の息と同時につぶやくのに、僕もうなずく。津川の一件があってからは、ずっとこの嫌な緊張感が続いていた。次は誰になるのかと誰もがおびえている。
とそこに、聞きなれた声が響いた。
「大地様!」
その声に、クラスメイト達はざわりとざわめき、呼ばれた神代は驚いたように顔を上げた。ここで聞くはずもないと思っていた声だったからだ。
「……セシリア様?」
神代のつぶやくような声にうなずきながらこちらに歩いてくのは、見間違えようもなくセシリア様だった。後ろには、相変わらずにこやかなレスターさんもいる。しかし、一国の王女ともあろう人が、なぜこんな戦場の最前線に出てきているのか。
僕と同じ疑問を神代も持ったようで、軽く礼をしつつ尋ねる。
「なぜ、ここに?」
「皆さんの状況をお聞きしましたので、無理言って来させてもらいました」
後ろでレスターさんが苦笑いしているのを見ると、本当に無理を言ってきたらしい。神代は軽く頭を掻いた。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「そうじゃないです」
意外にも鋭い返しだった。神代が驚いたように顔を上げると、セシリア様は険しかった表情を一転させて、ほほ笑んだ。
「皆様をこちらの勝手な都合で呼び出したのは、私たちです。皆様に何かあった時、その責任は私たちにあります。本当に、申し訳ありませんでした」
そう言って、セシリア様は地面に膝をついて深々と頭を下げた。一国の王女にあたる人物が、ほぼ土下座に近い形で謝罪を行ったのだ。クラスメイト達からも、先ほどとは違うざわめきが起こる。
あわてたのは神代だ。
「セ、セシリア様!顔を上げてください」
「いいえ、上げませんよ。これは私が頭を下げるべきところです。私の責任です。あなたの責任ではありません」
その言葉を聞いて、神代は不意を突かれたようにひるんだ。
「い、いや……俺は、守るべきだったクラスメイト達を守れなかった。あれはあの場にいた俺の責任だ」
「ふふ……お優しいのですね」
神代の言葉を聞いて、セシリア様はゆっくりと立ち上がった。
「あなたは勇者です。そして、津川様も勇者です。あなたがどんなに力をもっていても、それは変わりません。あなたは全力を尽くして守ろうとした。その結果がこれならば、あなたはそれを受け入れるべきです」
「で、でも……」
「大地様。あまり自分を責めないでください。私に戦う力はありませんが、それでもあなたを支えたいのです」
セシリア様は慈愛を感じさせる笑みでそう言うと、ふわりと神代を抱きしめた。僕らはもう、ざわめくこともできずに、その光景を眺めるしかできなかった。
どれほどそうしていただろうか、やがて神代は自分から体を離した。
「ごめん、ありがとう……いや、ありがとうございました、セシリア様」
「あら、さっきまでの言葉遣いでよかったのに……。でも、あなたの助けになれたのなら、うれしいですよ」
セシリア様はそういってはにかんだ。――と、周りに僕たちがいることに気付いたのか、急速に顔を赤くして言った。
「さ、先ほどの言葉は、この場の皆さんに向けたものです。皆さんも、困ったことがあれば何でもおっしゃって下さいね」
若干早口になりながら言ったセシリア様に、砂糖を大量に飲み込んだような顔をしていた僕らは、ただうなずくしかなかった。
……もう、おなかいっぱいです。
どうもkimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
甘いものは苦手ですね……
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