崩壊
本日2話目です
投稿が安定せずに申し訳ない
眼前に迫るのは、醜悪な見た目の生き物。かろうじて四足歩行の見た目をしているが、意味もなくぼこぼことした黒い体表と、頭部には赤い眼窩とぽっかり空いた口蓋。その口からのぞく、鋭い牙。まるで幼児が作った粘土細工に、いたずらに生命を施したような、そんな見た目。
これが魔物。魔族が使役する、僕たちの敵だ。
こみ上げる吐き気をこらえて、魔物と対峙する。初めて見たときは身がすくんで動けなかった僕だが、今ではそれも大分マシになってきている。とは言っても、その醜悪さに嫌悪感を抱くのは止められないが。
「グルァッ!」
どこから出しているのかも定かではない鳴き声とともに振るわれたその前足を、両手に持った剣で冷静に対処する。
大丈夫だ、目で追えない速さではない。体が普段どおり動くのならば、ついていける。魔物の膂力はすさまじいものがあるので、刃を少し斜めにあてて、そらす。
「……ふっ」
軽く息を吐いて、魔物の前足をさばき切った。同時に体のひねりを加えて、魔物のわき腹に一太刀浴びせる。
「ァァっ……!」
魔物の苦悶の声を確認すると、後ろに跳び退る。急所がどこかもわからない剛力の相手に対し、常に間合いの内側にいるのは危険だ。カウンターを主とし、常に有利な位置で立ち回る。メルさんから習った、低知能な魔物の対処法を丁寧に行う。
その後、三度の交錯を経て、魔物はついに動きを止めた。二秒ほど集中を途切れさせることなく構え、魔物が息絶えたことを確認する。
「……ふう、何とかなったな」
思わず声が漏れた。いくら対処法を知っているとは言っても、恐ろしいものは恐ろしい。
額の冷や汗をぬぐっていると、後ろからぽんと肩をたたかれた。
「お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
僕の返しに、声をかけてきた寺岡はにっと笑った。
「ひとりでも狩れるようになって何よりだ」
「あー……迷惑かけたな」
「別に迷惑なんてかけられてねえよ、おめでとさん」
寺岡とハイタッチを交わして、僕は少し息を吐いた。
砦に到着して、早一週間がたつ。その間に僕らは、事前に決められた班で、砦から前線に出ていた。
現在の魔族との戦いの形は、ゲリラ戦に近い。大陸中部の地形は起伏が激しいうえに、ところどころに森があるため、見通しが非常に悪い。そのため、魔族は魔物を放って出くわした人間を襲いつつ、自身たちもそのゲリラ戦に加わることで、戦線を上げる構えを見せている。
大陸同盟(魔族以外の種族で構成された僕らの陣営はそう呼ばれている)からすると、こちらも少数の部隊を展開させて魔物に対処したいところだが、ここでネックになるのが魔族の存在だ。
魔物への対処であるならば、訓練された兵士二、三人で何とかなるのだが、魔族が相手となれば職業持ちが二桁近く必要となる。
そのため、ある程度のまとまった戦力で対抗しなければならない大陸同盟側は、対応が後手に回らざるを得ず、現在魔族側に押し込まれる形となっていた。
僕ら勇者はその戦線に加わり、魔物との戦闘訓練を実戦でつんでいる。幸いなことに、魔族にはまだ遭遇していない。まあ、いずれは通る道な以上、遅いか早いかの違いな気がするが。
初めは魔物を見ただけで恐慌状態に陥っていた僕ら勇者だが、僕らの班に一人ずつ付いてくれていた兵士の方のフォローもあって、魔物相手ならば一対一で対処する力がついていた。もともと地力はあったので、あとは気持ちの持ちようの問題だ。
軽くあたりを見回すと、周囲を警戒しているクラスメイト達が見える。僕の班の面々だ。どうやら僕が一対一で魔物を倒せるよう、周囲を見張ってくれていたらしい。後で感謝しとこう。
「……終わった?」
「おわっ」
思わず悲鳴に似た声が漏れた。吹き出して笑う寺岡に蹴りを入れつつ振り返ると、野中さんが立っていた。マジで気配がないな、この子。
「うん、終わった。見張っててくれてありがとう」
「ん」
野中さんは言葉少なに返すと、不思議とよくとおる声でクラスメイト達に言った。
「そろそろ日が暮れる。夜は危ないから帰ろう」
山の中であるこの場所は、夜になればほとんど視界のきかない暗闇になる。魔法職を持つクラスメイトもいるので視界が完全に閉ざされることはないが、それでも昼間ほど視界に頼れないので、危険ではある。何より、昼前から何度か魔物と遭遇を重ねていたために、疲労があった。
随伴の兵士の案内に沿って、砦にたどり着いたのは、日がかなり傾いたころだった。結構ギリギリだったな。
いくつかの確認ののち、門が開かれる。そこをくぐった先で、妙な光景が繰り広げられていた。
「どういうことですかっ!?」
「……申し訳ございません」
「……すまない」
頭を下げるルークさんと、うつむき気味に表情を落としている神代。その二人に詰め寄る霧崎さん。その周囲を囲むクラスメイト達も、お通夜のような空気を漂わせている。おいおい、マジでどういう状況だ、これ。
門をくぐったところで、僕らが呆然と立ち尽くしていると、霧崎さんが急にこちらをめがけて走り出した。どうやら、門をくぐって外に出ようとしているらしい。って、もうすぐ日が暮れるってのに危ないだろ。しかも、霧崎さんの職業って「治療術士」だったような……。
今まさに門をくぐってきた僕たちが、門をふさぐような形になっている。幸か不幸か、霧崎さんの進路は僕の近くをとる道筋になっていた。……仕方ない。
僕はため息を吐くのをこらえながら、横をすり抜けようとした霧崎さんの前に体を割り込ませた。
霧崎さんは目の前に現れた僕に驚いたようにつんのめったが、すぐにきっと僕を睨んだ。その剣幕に思わずのけぞりそうになるが、何とかこらえる。
「……どいて、田中くん」
「……いや、そういうわけにもいかないよ。何があったの?」
「そんな暇……っ」
霧崎さんは強い口調で言いかけたが、僕に当たっても埒が明かないと思ったのか、ぽつぽつと話し始めた。
「……津川君が、砦の外に一人で」
「なんだって!?」
隣にいた寺岡が素っ頓狂な声を上げる。僕は動悸とこみあがる吐き気を抑えて努めて冷静さを保った。
「なんでそんなことに……?」
「それは俺が」
霧崎さんを追いかけてきた神代が、沈痛な面持ちで語った内容はこうだった。
僕らが砦への今日の昼を過ぎたころ、別の位置で魔物を狩っていた神代の班は、魔族と遭遇したらしい。
即座に随伴していたルークさんと神代が対処にあたったが、不運なのか相手の策略だったのか、すぐ近くに別の魔族がいた。みんなをまとめる役割の神代、ルークさんは一人目の魔族の相手で手が離せず、残ったクラスメイト達は、戦意を喪失してしまい、散り散りに逃げるしかなかったという。
そして現在、奇跡的に全員が無事に砦に帰ってくる中、津川一人だけの行方が杳として知れないらしい。
津川とは別の班だった霧崎さんがそれを知って神代たちに説明を求め、神代とルークさんが誤っていたところに僕らが帰ってきたわけだ。
「田中くん、津川君を……みてない?」
「いや……」
見てない。それを口に出せば、まるで津川が死んでしまったことを裏付けるようで、僕は口ごもった。霧崎さんはそれを聞いて、表情に焦りを強く出す。
「だったら、やっぱり助けに行かないと……っ」
確かに、津川がまだ生きて外に一人でいるとしたら、助けに行かないと危険だ。戦闘職ではない彼一人では、魔族はもとより魔物と遭遇しても危険だ。でもなあ……。
僕は霧崎さんが駆け出したりしないか注意しつつ、神代に目を向ける。神代は沈痛な面持ちで顔を横に振った。
「……捜索は出せない。俺たちは夜間での戦いに慣れていない。この時間から外に出るのは自殺行為だ。それに……」
「それに?」
霧崎さんが殺気交じりの視線を神代に浴びせる。神代はその視線をまっすぐ見返し、一つ息を吐いた。
「それに、津川の生存は絶望的だ。俺たちの班は魔族に追われて、津川以外のメンバーは戻ってきた。津川は魔族に殺された可能性が高い」
その命をもって、ほかのメンバーを救った。そんなことを言っても、霧崎さんは納得しないだろう。神代もわかっているようで、口にしなかった。
「分かった、なら私一人で行ってくる。……田中くん、そこどいてっ!」
やはりそんな理屈では、霧崎さんは納得しないらしい。悲鳴に近い霧崎さんの声を聞いて、僕は覚悟を決めた。
「神代、クラスメイト達は出せないんだな」
「ああ、クラスメイトは無理だ。夜間警備の兵を出してもらうようレスターさんに頼んではみるが……」
まあ、正直難しいだろうな。夜間の魔物との交戦は本当に危険だ。すでに生存が絶望的な非戦闘職のために大事な兵を割くかというと、疑問が残る。僕は一つうなずいた。
「霧崎さん」
「田中くん、どいてよ……っ」
「霧崎さんが一人で行くなら、僕もついていく。君が何と言おうと、着いていくよ。どうする?」
僕がそういって瞬間、霧崎さんは動きを止めた。その瞳が驚愕から徐々に色を変えていくのを、僕は無表情で見ていた。耐えろ、これが正解だ。
やがて、霧崎さんはくしゃりと表情をゆがめて、大粒の涙を流し始めた。それは当然、喜びの涙なんかじゃない。
……ああ、僕は卑怯だ。こう言えば、霧崎さんが外に出れるはずがないことくらい、分かっていた。彼女は優しいから、自分のわがままで僕を巻き込むなんて、できやしないのだ。
「……すまん」
神代が何とも言えない顔で僕に言った。僕は何も言わず、無言でうなずいた。……こんな時にどんな顔をすればいいのか、誰か教えてくれ。
結局、砦の中からレスターさんが表れるまで僕は、泣き崩れる霧崎さんの前で、ぼうっと空を眺めていた。
記憶の中の、あの日王都を二人で歩いた時に霧崎さんが見せてくれた、花のような満面の笑顔を、ため息とともに頭から追い出しながら。
たった一つの、好きな子との約束も守れない自分が、情けなくて仕方ない。
どうもkimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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