砦
大陸中部は、険しい山がいくつも連なる山岳地帯だ。大陸を南北に分けるように、標高の高い山がそびえるここでは数々の鉱物資源がとれるため、鍛冶技術が発達したドワーフ族が主な領土としている。他にもこの大陸中部に居を構える種族は多々いるが、そのどれもが厳しい環境を生き抜いてきた屈強な種族である。
それらの種族が、ドワーフ族の高い鍛冶技術から作られた武具を装備することで、魔族の侵攻に何とか抵抗を続けていた。
「はあ……さすがはドワーフといったところだな」
隣の寺岡が呆けたようにそう言ったのに、僕はうなずいた。
幾多の町を経てたどり着いた最前線、その中でも最重要拠点として扱われている砦は、一言で表すと威容だった。
そびえる山の間、谷になっている部分に建つそれは、まるでそこに一つ山が増えているような印象を受ける。城壁は装飾など一切ない武骨なもので、それだけにその堅牢さがうかがえる。さらに城壁の上に可動式のバリスタが見下ろすように設置され、門前にいるこちらを見下ろすようになっている。味方の砦ではあるのだが、身がすくむな。
周りでは馬車から降りたクラスメイト達が、皆思い思いに砦を眺めては感嘆の息を漏らしている。エルーゼ王国の城は最前線から遠いこともあって煌びやかなものだったし、今まで通り過ぎてきた町にもこんな立派な砦はなったからな。せいぜい国境の関所くらいだ。
そうこうしている内に、城門が重々しい音を立てて開いた。引率として僕らに付き添っているメルさんとルークさんについて僕たちが城門をくぐると、ほぼ同時にとてつもない歓声が僕らを迎えた。
「うわっ」
そのあまりの爆音に、思わず敵襲かと身構えたほどだった。城門を抜けたところにある大きな広場のような場所には、所狭しと人種さまざまな人たちが詰めかけていた。全員が屈強な体を持ったいかにも兵士たちで、心強い援軍である僕ら勇者を一目見ようと集まっている。
そんな彼らの熱狂ぶりを見て、逆に僕の心は冷めていた。彼らもまた、ただの学生の集まりにすぎない僕らに期待を寄せている。いや、彼らにとって僕らは学生の集まりなんかではなく、救国の英雄――勇者なのだ。
僕らの本質、生まれ育ちに関係ない、後付けでぽんと与えられたそんな属性に、いったいいかほどの価値があるのか。
「いやあ、すげえ歓迎だな。お、見ろよ、あれ多分エルフだぞ。しかも女。確かに美人だなあ」
隣から話しかけてきた寺岡の声は、歓声で聞こえないふりをして無視する。
寺岡の言うとおり、この城にはさまざまな種族の戦士たちがいるようだ。エルーゼ王国にはほとんど人族しかいなかった上に城に引きこもっていたため、初めて見る種族も多い。
寺岡が言った線の細いエルフを初めとして、背は低いながらも筋肉質な体をしたドワーフ、さらにはさまざまない出立ちをした獣人。珍しいところでは、体の一部に爬虫類のような鱗をもった竜人もいる。
周りを見回しながら歩を進めていくと、僕らの正面から悠々と歩いてくる人族の男がいた。周りの兵士たちも彼の道を開けるように脇によけていく。
誰だ、と僕が思うのと同時に、僕らの先頭を歩いていたメルさんが背筋を正して敬礼し、ルークさんがゆっくりと頭を下げた。
「メル・フローラン、ルーク・エンバリオ、および勇者34名、無事到着しました」
「うん、お疲れ様」
鷹揚にメルさんに言う様を見るに、どうやらお偉いさんらしい。僕らの中からも、神代が進み出た。
「勇者、神代大地です」
あ、神代のやつ、ついに自分で勇者って言いやがった。僕が小さく笑いをこらえるのをよそに、お偉いさんらしい男がうなずく。
「よく来てくださいました。いろいろとお話ししたいことはありますが、まずは自己紹介といきましょう。人族総司令カミナ・レスターです」
へえ、この人が。僕は改めて男を見つめた。特に変哲もない顔つきの、おそらく三十代半ばくらいに見える男。だが、実際この人の戦歴はすさまじい。
数少ない職業持ち、その中でも希少な「瞬剣士」の職業を持つ彼は、単身で魔族を幾度も討伐している。しかも初めて魔族を討伐したのは、若干十五歳の時らしい。大陸でもっとも有名な人族と言っても過言ではなく、エルーゼ王国の王都でも英雄的人気がある人物だ。正直、勇者(笑)な僕なんかより、よっぱど勇者している人物だ。
てかこの人、若作りすぎだろう。確か五十を越えた歳だったはずだが。
「高名なレスターさんにお会いできて光栄です」
「いやいや、こちらこそ勇者の皆様にお会いできて光栄です」
そつなく挨拶をこなす神代に、レスターさんはにこやかに握手をする。そのまま軽く僕らの顔を見回し、一つうなずいた。
「うん、ほんとは一人ひとり挨拶したいところだけど、それは後ほどにしますか。まずは砦の中を案内しますよ」
そう言うと、レスターさんはこちらに背を向ける。――と、ふと顔を再度こちらに向けた。
「ああ、そうだ。これからあなたたち勇者は僕の預かりとなります。そのつもりでよろしくお願いしますね」
そう言って、僕たちの上司はニコリとほほ笑んだ。
「さて、本題といこう」
砦の中の一室――と言っても、かなり広々とした、いわゆる会議室のような場所で、レスターさんは僕らを見回した。ちなみに、レスターさんの言葉遣いは、神代が「年長者に敬語を使われるなんて……」と頼んだために、砕けた感じになっている。まあ、本物の英雄に僕らが気遣われる道理はない。
「君たちにはこれから、この最前線で魔族の迎撃にあたってもらうわけだが、いきなり単独で魔族と渡り合え、というつもりはない」
その言葉に、僕はほっと息を吐いた。どうやら彼は、僕らを無条件に強者としては扱わないらしい。そのほうが気楽だし、何よりも安全だ。まあ、実戦になる以上、安全なんてどこにもないのかもしれないが。
僕含め大半のクラスメイトは、いきなり戦場に行って来いと言われずほっとしていたが、一部は不愉快そうに顔をしかめている。あれは津川を虐めている連中だな。
レスターさんも彼らの空気に気付いたのか、一つ咳払いを挟んでつづけた。
「いや、君たちの力を疑うわけではないんだ。ただ、勇者の力がどれほどのものか私たちには想像もつかないのでね。まずはその力を見せてもらわないと、今後の作戦を立てれないわけだよ」
言っていることは至極まっとうなので、一部の不愉快そうにしていた連中も黙らざるを得ない。それを確認して、レスターさんは言う。
「勝手ながら、君たちの訓練の記録を見させてもらった。それを元に、君たちを班分けしたから、確認してくれ」
その言葉とともに配られた資料に目を通す。ふむ、かなり順当な班分けだ。実力だけを見た場合、こうなるのは納得できる。
八人班と九人班が二つずつ。神代ハーレムの面々はそれぞれ別の班に組み込まれているようだ。具体的には、神代、月川さんが九人班に、野中さん、宮野さんが八人班にいる。彼らが実質的に残りの僕らを率いる形になるのだろう。僕は野中さんの班員のようだ。
ただ、問題が一つある。九人班の名簿の最後に津川と「鍛冶師」の男子生徒の名前があることだ。神代もそれに気づいて、声を上げる。
「レスターさん。おおむねこれでいいと思いますが、非戦闘職の二人は――」
「ああ、それなんだけどね」
レスターさんは困ったように頭を掻いた。
「彼らが非戦闘員ってのは妙なんだよ。勇者召喚ってのは、別に職業持ちを集めるものじゃない。だったら自分の世界でやれって話だ」
「と、言うと?」
「勇者召喚ってのは、魔族を討つ勇者を召喚するもの。ならば、彼らにも何らかの勇者としての力があるに違いない。だからこそ、彼らにも城での戦闘訓練を受けてもらったわけだ」
確かに、津川は城での訓練を受けていた。僕らと同じメニューではなかったが、最低限の戦う力は身に着けているだろう。てっきり自衛のためと思っていたが、そういう意図があったようだ。
レスターさんは津川と「鍛冶師」の男子生徒を見て続ける。
「とはいえ、君たちが今のところ戦闘に向いていない職業であることは確かだ。だから、どうするかは君たちに任せる。もし戦闘に出たくないのならば、それはそれでいい。君たちには、砦の中で職業にあった仕事をしてもらう。さすがに、ほかのみんなと同じ待遇とはいかないが……」
どうする、と問うレスターさんに「鍛冶師」の男子生徒は首を振った。
「僕は、戦闘はちょっと……」
「そうか……そうだろうね。すまない、無理を言った。君は鍛冶師ということだから、ここのドワーフたちのところでいろいろ学んでくると良い。そしてその力で、私たちを助けてくれ」
「はい、すみません……」
小声で返事をする男子生徒ににこやかに笑いかけたレスターさんは、次に視線を津川に向けた。
「君も無理する必要はない。この砦には人が多く詰めているが、彼らの多くは戦闘員だ。食事事情の改善は十分私たちの力になるよ」
津川はレスターさんの言葉を、俯き気味にじっと聞いていたが、やがて声を上げた。
「僕は……いや、行きます。行かせてください」
「それは、戦うということでいいんだね?」
「はい」
津川の声に、クラスメイトからはどよめきが漏れる。かくいう僕も驚いた。
僕の知る津川雄也という少年は、穏やかでおよそ戦いとは縁遠い人間だ。虐めを受けていても、彼がそれに抗ったところを見たことがない。いつも困ったような顔でいる、そんな男。
そんな彼が、自ら戦いに身を置こうとは。視界の隅に、心配そうに須川を見ている霧崎さんの顔が見えた。
「良いんだね?命の危険もあるんだよ」
「分かってます。それでも……僕にも誰かを守れる力があるなら、僕はそれを見て見ぬふりはしたくない」
「そうか……」
レスターさんはそう言って、眩しいものでも見るかのように目を細めて笑った。
「分かった。心強い助力、感謝するよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
深々と頭を下げる津川に、レスターさんはうなずくと、視線を僕ら全体に向けた。
「これから、君たちは命のかかった戦場に出てもらう。しばらくは先ほど渡した班での行動になるだろう。仲間を信じ、助け合って、僕らの大陸を救ってほしい」
深々と頭を下げるレスターさんに、僕らは否が応でも戦いへの予感を募らせていた。
どうもkimeraです。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
いよいよ本編――魔族との戦いに入っていきます。遅々として進まなかった物語も、徐々にテンポを上げていきますので、どうぞお付き合いください。
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