# 第7話:子ケットシーたちの誕生! 大きなお腹から生まれた、ちいさな
# 第7話:子ケットシーたちの誕生! 大きなお腹から生まれた、ちいさな命
## ◯月◯日(育児日記 90日目)
**タイトル:お隣の生命誕生。ちいさなお手手が紡ぐ、はじめての『お姉ちゃん』。**
「……生まれたにゃーっ!!」
早朝の爽やかな空気を切り裂くように、お隣の丸木小屋からルークの歓喜の叫びが響き渡った。
鳥たちのさえずりもどこか誇らしげに聞こえる朝。
私と天智は、そわそわと落ち着かない心地で丸木小屋の前に立っていた(私はスライムなのでプルプル揺れていた)。
「あう! あーう!」
私に抱っこされた天智が、小さな手をパチンパチンと叩いて目を輝かせている。
そう、今日は記念すべき日だ。
お隣に住む優しき母猫・メイラさんが、新しい命——赤ちゃんケットシーたちを出産したのだ!
「行ってみようか、天智。おめでとうを言いに行こう」
「あぅ! おいわいーっ!」
私がスライム抱っこ紐の形を整え、お隣のドアをトントンと軽く叩くと、中から汗を拭ったルークが飛び出してきた。その顔は、まるで自分の妹たちが生まれたかのように誇らしげで、涙目になっていた。
「天山さん、天智ちゃん! 入ってくれにゃ! 元気な元気な三つ子の赤ん坊だにゃ!」
「三つ子……! それはおめでたい!」
部屋の奥へ入ると、ベッドの上で柔らかい毛布に包まれたメイラさんが、少し疲れた、けれど世界で一番温かい笑顔で私たちを出迎えてくれた。
そして、彼女の胸元には——。
「み……みちゅごちゃん……?」
天智が息をのんだ。
メイラさんの胸元で、手のひらにすっぽり収まるほど小さな、毛根も生え揃いたての小さな毛玉たちが「みゅー……みゅー……」と、か細い声で鳴きながら、一生懸命にお母さんのおっぱいを探していた。
「ふふ、いらっしゃい天智ちゃん。ほら、あなたのお友達よ」
メイラさんが優しく声をかけてくれる。
ケットシーは猫の魔物だ。
人間である天智は生後九十日(三か月)が経ち、ようやく首がすわり、抱っこされながら周りの景色に大興奮するくらいの成長スピード。
対してケットシーの赤ちゃんは、生まれた瞬間からしっかりと足をバタつかせ、生きようとする生命のエネルギーに満ち溢れている。
その中でも、メイラさんの胸元で一際元気に「みゅーっ!」と一声高く鳴いた、透き通るような白と淡い茶色の毛並みを持った女の子。
それが、**ミララ**だった。
「あぅ……ぁ……」
天智はスライム抱っこ紐から「おろして!」と言わんばかりに身を乗り出した。
私がそっと床に降ろすと、天智は膝をプルプルと震わせながら、ゆっくりとベッドの脇へハイハイで近づいていった。
「気をつけてね、天智。生まれたばかりの赤ちゃんは、とってもとっても柔らかくて繊細だからね」
私が横からそっと声をかける。
普段の天智なら、珍しいものを見つけると『順応』スキルのハイハイでロケットのように突進し、ガブッと噛みついたり、ベシベシ叩いたりしてしまう。
だから私は、もし天智が暴走した時にすぐクッションになれるよう、身体の半分を『柔らか衝撃吸収マット』に変形させて身構えていた。
しかし——私の心配は、完全に杞憂に終わった。
「……あぅ。」
ベッドの端に手をかけた天智は、息を殺すように静かに立ち上がった。
そして、小さな小さな自分の手を、そーっと、まるで壊れものを触るかのようにゆっくりと伸ばしたのだ。
つややかな真珠のような天智の爪と、ミララの小さなピンク色の肉球。
二人の手が、ふれあう。
「みゅ……?」
ミララがちいさな手で、天智の指先を「きゅっ」と握り返した。
「……っ!!」
天智の目が、丸く見開かれた。
その瞬間、天智の中に何かが生まれたのを、父親である私はハッキリと感じ取った。
これまで、パパに甘え、ルークに遊んでもらい、世界中のすべてから「愛される側」だった赤ん坊の天智。
その天智の中に、自分より小さく、自分より儚い存在を「愛おしい」「守ってあげたい」と思う感情——**『お姉ちゃん』としての小さな母性**が、パッと花開いた瞬間だった。
「あぅ……あーう……(だいじょうぶよ……)」
天智は、地球で妻が自分のお腹を撫でてくれていた時のように、ミララの小さな頭を、手のひらで「なで……なで……」と優しく、どこまでも優しく撫で始めたのだ。
「あにゃ……天智ちゃん、すごく優しい撫で方だにゃ……」
付き添っていたルークが、感極まったように目頭をぬぐう。
「ええ……本当に。天智ちゃんは、もう立派なお姉ちゃんね」
メイラさんも目を細めて、天智の頭を優しく撫でてくれた。
「あぅ! わたし、おねえちゃん! おねえちゃんだよ!」
天智は誇らしそうに胸を張り、私を見上げてニカッと笑った。
◇
——しかし!
感動的な空気のまま終わらないのが、我が家の育児である。
「よし天智、メイラさんも赤ちゃんたちも疲れているからね。パパたちはお祝いの特製ミルクを作ってあげよう」
私はバイオ学者としての本領を発揮すべく、メイラさんの産後の体力回復と、子猫たちの健やかな成長のための『特製ハーブブレンド授乳エキス』の調合を始めた。
「フッ……産褥期の母体には鉄分とカルシウム、そして消化吸収の良いタンパク質が不可欠。私のスライム細胞から抽出した高栄養エキスを、山羊ミルクに一・五%の黄金比率で配合し……」
「あぅー! わたしも! お世話するーっ!」
自分も「お姉ちゃん」としてお世話がしたい天智が、私の調合台(スライムボディの横)に割って入ってきた!
「あ、コラ天智! 調合中のフラスコ(スライムで作った容器)に触ると——」
「あむーっ!」
天智が「わたしもあげるの!」とばかりに、私が精製していた特製エキスの容器を力まかせに引っぱった!
**ポコォォォンッ!!**
「ぬわぁぁぁぁぁっ!?」
気体と液体が急激に混ざり合い、私の体内で**「微炭酸ハーブスライム泡」**が大爆発!
シュワーーーーーッ!!
「にゃあぁぁぁっ!? 泡だらけだにゃーっ!?」
部屋中に、ピンク色の甘いハーブ泡がシャボン玉のように弾け飛んだ!
私とルーク、そして部屋の壁に至るまで、全身甘い泡まみれに!
「う……うう……またやってしまった……圧力計算のミス……」
泡まみれで落ち込む私。
「みゅー?」「みゅー?」
ベッドの上の子猫たち(ミララたち)が、飛んできた甘い泡の香りに反応して、鼻をくんくんと鳴らした。
天智は自分の顔についた甘い泡をペロッと舐めると——。
「あははっ! あわあわ! おいちいね、ミララちゃん!」
自分が失敗したくせに、泡を小さなお手手ですくって、ミララたちに見せびらかして大はしゃぎ!
「天智ちゃん……お姉ちゃん気取りはいいけど、最初から大爆発させるのは勘弁してくれにゃ……」
拭き掃除に追われるルークが、呆れ顔で溜息をつく。
◇
夕方。
泡の掃除も終わり、お腹いっぱいミルクを飲んだミララたちは、メイラさんの胸元で丸くなってスヤスヤと眠りについていた。
天智はベッドの脇にぴたりと寄り添い、ミララの小さな背中を、ずっと「トントン、トントン」と一定のリズムで叩いてあげていた。
「あぅ……ん……すー、すー……」
子猫たちを寝かしつけているうちに、天智自身も眠くなってしまったらしい。
天智の小さな頭が、こてんとベッドの縁に落ちる。
私はそっと『変化』スキルで自分の身体をふんわりとした毛布に変形させ、天智と子猫たちの身体を優しく包み込んであげた。
「お疲れ様、小さな小さなお姉ちゃん」
手足もなくて、失敗ばかりのスライムパパだけど。
これから成長していく天智と、新しく生まれたミララたち。
二人の小さな命が織りなす、賑やかで温かい毎日が、今まさに始まったのだった。
(第7話・完)




