第2話:ケットシーの村と、ぷにぷにパパの大災難 ◯月◯日(育児日記 10日目)
いつも作品を読んでいただきありがとうございます。
二つの新作を投稿します。
不定期になったらごめんなさい
題名は
『−300日から始まる転生のんびりスローライフ』
『W転生〜パパがスライムだった件〜』の二本です
お昼前に投稿する予定です
読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします
第2話:ケットシーの村と、ぷにぷにパパの大災難
◯月◯日(育児日記 10日目)
タイトル:抱っこ紐になったまま全身硬直。そして、自家製ミルクの落とし穴。
「……よし、角度は三十度、圧力は分散……これで完璧な人間工学的抱っこ紐の完成だ」
私は今、自らの身体の一部を帯状に長く引き伸ばし、天智の小さな体をすっぽりと包み込む「生体抱っこ紐」へと形を変えていた。
ケットシーの村に身を寄せてから数日。 村長である老猫・クロードさんのご厚意により、私たちは村の端っこにある日当たりの良い丸木小屋を借りることができた。 ケットシーたちはみんな温かく、人間(赤ん坊)とスライムという珍妙な親子を暖かく迎え入れてくれている。
だが、居場所が確保できたからといって、子育ての苦労が減るわけではない。
「あうー! うあー!」
天智がご機嫌で私の胸(スライムの中央部)を小さな拳でバシバシと叩いてくる。 弾力のある私の体は、彼女にとって最高のトイ&ベッドなのだろう。
「ふふ、可愛いねぇ天智。でもね、パパは今、君のための『特製ブレンドミルク』の調合に集中しているんだよ。少し静かにしていておくれ」
私はバイオ学者としてのプライドを燃やしていた。 ケットシーの村には山羊に似た魔獣『シルキーゴート』がおり、そのミルクを分けてもらえるようになった。 だが、そのまま与えては赤ん坊の消化器官に負担がかかるかもしれない。
「シルキーゴートのミルクは脂質がやや高く、タンパク質の分子量が大きい。ならば、私の体内で抽出し消化酵素を微調整した『スライム濃縮エキス』を添加し、地球の母乳の成分組成に近づける……! 完璧だ。完璧すぎるバイオ育児理論……!」
「あぅ……ふあ……」
思考に夢中になること約三十分。 気がつくと、胸のあたりでバタバタ暴れていた天智がおとなしくなっていた。 覗き込むと、私の体温(三十六・五度に調整済み)と適度な揺れが心地よかったのか、すやすやと可愛い寝息を立てて眠っている。
天使だ。間違いなく我が娘は天使である。
「おお、寝たか……起こさないように、そーっとベッドに降ろして……ん?」
動こうとした瞬間、体に異変を感じた。
「動かない……!?」
なんと、天智を起こさまいと三十分間同じ体勢を維持し、さらに『抱っこ紐形態』のまま表面張力と密度を高め続けていた結果、私のスライム細胞が完全に凝り固まってしまったのだ!
「な、なんだと……! ゲルのチキソトロピー(流動性)が失われ、架橋構造が固定化されている!? 元住職の精神集中が裏目に出て、身体が解脱(硬化)してしまったというのか!?」
私は現在、複雑に交差した「青いゴム製の巨大クロス抱っこ紐」の形のまま、微動だにできなくなっていた。手も出せない。足もない。液体に戻ることもできない。
「た、天智を起こさずに自分を解凍(流動化)させるには……くっ、温熱代謝を上げ……」
「やあ、天山さん。調子はどうだい……って、なんだその恰好は!?」
木小屋のドアが開き、薪を抱えたケットシーの青年・ルークが飛び込んできた。 硬直した抱っこ紐型の怪物体(私)を見て、猫耳をピンと立てて目を丸くしている。
「ル、ルーク殿……声を落としてくれ……天智が寝ている……」
「い、いや、声以前にどうしたんだよその体! まるで知恵の輪か複雑な彫刻みたいになってるぞ!?」
「説明すると長くなるのだが……要するに、娘を想うあまり身体が硬化してしまった。頼む、薪で私を少し炙ってくれないか……? 適度な熱で流動性を取り戻したいのだ……」
「スライムを炙る育児なんて聞いたことねえよ!?」
結局、ルークが連れてきた村の猫たちに寄ってたかって温かいタオルで拭いてもらい、三十分かけてようやく元のプルプルしたスライムに戻ることができた。 猫たちからは「相変わらず不器用なパパだなあ」と爆笑された。情けない……。
◇
だが、私の失敗はそれだけでは終わらなかった。
その日の夕方。硬化事件の反省を生かしつつ、私はついに『特製バイオミルク』を完成させた。 シルキーゴートのミルクをベースに、私の身を少々削って抽出した必須アミノ酸とビタミン、そしてカルシウムを大量に配合した自信作だ。
「さあ天智、パパ特製の最高級ミルクだよ! これでお前の骨も筋肉も、すくすくと健やかに育つはずだ!」
スライムの手先を哺乳瓶のニップル(乳頭)の形に変形させ、天智のお口へ。
「あむ……ちゅー……」
天智がミルクを吸い始めた。 よし、成功だ! バイオ学の勝利だ! と歓喜したのも束の間。
「……ッ!? ぺっ!! ふぎゃあぁぁぁぁぁぁん!!!」
天智が勢いよくミルクを吐き出し、火が付いたように泣き出したのだ!
「ええっ!? なぜだ!? 栄養計算は完璧だったはずだが!?」
慌てて自分の身体に残ったミルクの成分を再分析(味見)してみる。
「……あ。」
甘みがない。というか、ドロッとしすぎている。 成長に必要なカルシウムとタンパク質を限界まで凝縮しようとした結果、浸透圧と粘度が跳ね上がり、「練乳とセメントの中間のようなドロドロの激マズ液体」になっていたのだ。
「あうー! うあー! ふぎゃー!」
「ごめん! ごめんよ天智! パパが悪かった! 理屈ばかり先行して、赤ちゃんの『飲みやすさ』という一番大事な要素を忘れていたよー!!」
激怒した天智は、小さな手足をバタつかせ、私のお腹をペシペシと叩き始めた。 申し訳なさのあまり、私は平べったい座布団のように潰れて謝罪するしかなかった。
◇
さらに夜。本当の地獄(育児の登竜門)がやってきた。
「夜泣き」である。
「うあぁぁぁぁぁん! ふぎゃぁぁぁぁん!」
昼間の激マズミルク事件のトラウマか、それとも赤ん坊特有の「理由なき黄昏泣き」なのか。 未明の二時、天智の大泣きが始まった。
おでこに触れても熱はない。オムツ(私の体の一部)も綺麗だ。 抱っこしてゆらゆら揺らしても、優しく声をかけても、一向に泣き止む気配がない。
「うぐぐ……天智、どうしたんだい……? パパはここにいるよ……」
生前、妻から「夜泣きの時期は本当に精神が参る」と聞いていたが、まさかこれほどとは。 スライムには睡眠が不要なはずなのだが、絶え間なく脳(核)に響き渡る赤ん坊の泣き声に、私の精神力がゴリゴリと削られていく。
「いかん……このままでは私の核が精神疲労で割れてしまう……! 何か、何か対策を……!」
焦った私は、ある暴挙に出た。
「そうだ! 自分の身体を切り離して『耳栓』を作ればいいんだ! 聴覚刺激を遮断し、冷静さを取り戻してから抱っこに集中するのだ!」
私は『変化』スキルを使い、自分のスライムボディからピンポン玉ほどのサイズをふたつ、プツンと切り離した。 そしてそれを自分の疑似耳孔に詰め込もうとした――その時である。
パチンッ! プニッ!
「えっ」
切り離されたふたつのスライム片が、突然意思を持ったかのように自立して跳ね回り始めたのだ!
そう、私の『子育て』スキルの副作用なのか、本体から分離したスライム片は、私の「焦り」や「困惑」の感情をコピーした『ミニスライム』として独立行動を始めてしまったのである!
ポコン! ポコン! ピョンピョンピョン!!
「な、なんだと!? 戻れ! 私の中に吸収されなさい!」
「あう……? うあーっ!(キャッキャ!)」
暗闇の部屋の中、青く光るミニスライムふたつが、まるでゴムボールのように壁や天井を跳ね回り始めた。 それを見た天智は、それまでの泣き顔が一変。涙を浮かべた目のまま、目を輝かせて大喜びし始めたのだ!
「ちょっと待ちなさい! そっちの壁には貴重な乾かし葉っぱが――ああっ! ルーク殿から貰ったツボに落ちるな! うわあああ待て待て待て!!」
泣き止んだ天智は大興奮で「あうー! ばぶー!」と手を叩き、ミニスライムを追って高速ハイハイを開始。 スライムパパ(本体)は、跳ね回るミニスライムを回収しようと必死に床を這い回るが、手足がないのでドジを踏んでツルッと滑り、壁に激突して平たく潰れる。
ドタンバタン! ガラガラガッシャン!!
「にゃ、にゃんだ!? 敵襲か!?」
隣の小屋から、包丁と鍋のフタを持ったルークと村人たちが飛び込んできた。
そこで彼らが目撃したのは―― 部屋中で跳ね回る謎のミニスライム、 それを笑顔で追いかける全裸の赤ちゃん、 そして壁にべったり張り付いて「助けて……」と呟いている巨大スライムの姿であった。
「……天山さん。お前さん、夜中に何やってんだ……?」
「ルーク殿……申し訳ない……ミニスライムの捕獲を……手伝ってくれ……」
◇
翌朝。
朝日の差し込む丸木小屋で、私は驚くほど小さくなっていた。 昨夜の狂乱の末、ミニスライムを回収して体内に吸収したものの、天智をあやし、オムツになり、大量のエネルギー(魔素)を消費した結果、私の体積は「サッカーボールサイズ」から「リンゴサイズ」にまで縮んでしまっていたのだ。
「ふぅ……ふぅ……」
体の中心にある『核』が透けて見えそうなほど薄くなっている。 これ以上小さくなったら、私は意識を失ってただの原生スライムに戻ってしまうかもしれない。危険だ。
だが、私の横では、天智がすやすやと心地よさそうに眠っていた。 昨夜、ミニスライムを追いかけて満足するまで遊んだおかげで、今は熟睡している。
「あう……ん……パ……パ……」
寝言のように、小さな口が動いた。
「……! 今、なんと……!?」
気のせいかもしれない。ただの赤ん坊の口の運動かもしれない。 けれど、私には確かに「パパ」と聞こえた。
リンゴサイズに縮んだ体で、私はそっと天智の頬にすり寄る。
「……うん。パパだよ、天智。ここにいるよ」
扉が開き、呆れ顔のルークが温かいスープとシルキーゴートの(本物の)ミルクを持って入ってきた。
「ほらよ、ドジなスライムお父さん。村長からの差し入れだ。お前さんも森の果実をいっぱい食べて、早く元の大きさに戻れよ? そんな小さな体じゃ、天智ちゃんを抱っこもできないだろ」
「ルーク殿……感謝します……!」
私は泣くようにプルプルと体を揺らし、差し出された森の甘い果実(バイオ学的に還元率の高い糖分)に飛びついた。
シャクシャク、モグモグ……。
果実の栄養を吸収するたび、私の体が少しずつ、本来の大きさと青い輝きを取り戻していく。
よし、体力が戻ったら、次は失敗しない。 完璧な離乳食の準備と、ミニスライムを作らないための『分裂抑制トレーニング』だ!
スライムパパの育児戦記は、まだまだ始まったばかりである。




