第1話:声だけの世界から、緑の森へ ◯月◯日(育児日記 1日目)
いつも作品を読んでいただきありがとうございます。
二つの新作を投稿します。
不定期になったらごめんなさい
題名は
『−300日から始まる転生のんびりスローライフ』
『W転生〜パパがスライムだった件〜』の二本です
お昼前に投稿する予定です
読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします
『W転生〜パパがスライムだった件〜』
第1話:声だけの世界から、緑の森へ
◯月◯日(育児日記 1日目)
タイトル:私がスライムになった理由。それは、身を削ってでもこの子を育てるためだった。
「……天智、聞こえるか?」
暗闇の中で、ずっと覚えていた声があった。 温かくて、少し低くて、いつも私に話しかけてくれた優しい声。
『あ、パパだ』
私――天智は、本当ならこの世に生まれてくるはずだった赤ちゃんだ。 ママのお腹の中にいた時、外から聞こえるパパとママの声を聞くのが大好きだった。ふたりが私に会えるのを、とっても楽しみにしてくれていたのを知っている。
でも、私はお腹の中で息をひきとってしまった。 世界が明るくなる前に、私の旅は終わったはずだったのだ。
なのに――。
「う、うあー……あう?」 「天智!? 天智なのか!?」
目を開けると、眩しい木漏れ日と見渡す限りの緑。 そして私の視界を覆っていたのは、プルプルと青く透き通った……大きなゼリーのような生き物だった。
「ああ、よかった……! 生きている、ちゃんと息をしている……! 神様、仏様……ありがとうございます……!」
そのスライムは、プルプルと全身を震わせながら、泣くように私をそっと包み込んだ。 冷たくない。不思議なくらい温かくて、大好きなパパの匂いがした。
『パパ……! パパだ!』
私は声にならない声をあげて、パパのスライムボディに小さな手を伸ばした。 弾力のある身体が、愛おしそうに私をぎゅっと抱きしめ返してくれる。
――こうして私は、命を落としたはずのパパと、異世界の森で奇跡の再会を果たした。
◇
(ここからはパパ……風海天山の記録である)
改めまして、私の名前は風海天山。 元・寺の住職であり、大学でバイオ学(生物学)を教えていた男だ。
私の記憶は、海外出張中の事故で途切れている。 妻が流産したという悲報を受け、失意の中で現地を歩いていた時、道路に飛び出した幼い子供が見えた。体が勝手に動き、その子を庇ってトラックにはねられたのだ。
気がつくと、私は手足も骨もない『スライム』になっていた。 だが、そんなことはどうでもいい。 目の前に、あの日抱きしめることすら叶わなかった愛娘・天智がいたのだから。
「天智……無事でよかった……!」
核のあたりがキュッと熱くなる。 妻の待つ我が家へ連れて帰ることはできないが、こうしてもう一度出会えた。ならば、私のやるべきことはひとつしかない。
どのような世界であろうと、この命にかえても天智を育て上げてみせる。
だが、現実は甘くなかった。 ここは見知らぬ巨大な樹木が立ち並ぶ『ケットシーの森』。 人工物はなにもなく、目の前には生後間もない素裸の赤ん坊。
「ふあぁ……あー、うあぁぁぁん!!!」
突如、天智が大泣きを始めた。 お腹を空かせているのか、それとも肌寒いのか。さらには生理現象――おしっこをしてしまい、冷たさに怯えているようだ。
「オムツも服もない……! どうする!?」
焦る私に、ふと天智が小さな手を伸ばしてきた。 私の青いスライムボディに触れると、天智の泣き声がほんの少しやわらぐ。
その時、私は自分の体質とスキルの本質を悟った。
『変化』――身体の形状、密度、性質を自在に変える力。 『子育て』――己の存在すべてを捧げて子を守る力。
「そうか……そういうことか……!」
スライムとは本来、あらゆるものを包み込み、取り込み、浄化する存在。 そして私のこの体とスキルは――子育てをするために神から与えられた試練であり、祝福なのだと。
「天智、じっとしていなさい。パパが包んであげるからね」
私は『変化』を発動させた。 己の体の一部を平たく伸ばし、柔らかいシルクのような質感に変形させる。そして天智の下半身を優しく包み込み、完璧な「スライムオムツ」へと変化した。
「あうー?」
「よし……これで排泄物はパパの体が吸収して、一瞬で自浄分解する。かぶれる心配も、濡れて冷える心配もないぞ!」
さらに体の一部を優しく伸ばして服のように上半身を覆い、天智を冷たい外気から守る。 だが、本当の戦いはここからだった。
「う、あー……あうぅ……」
天智がお腹を空かせて、私の体をちゅうちゅうと吸い始めたのだ。 赤ちゃんにはミルクが必要だ。しかし、この森に都合よく粉ミルクや母乳があるはずもない。
「私の……養分を分け与えるんだ」
私はバイオ学の知識を総動員し、体内の魔素と水分、そして自らの生命力を分解・再構築した。無害で、赤ん坊の成長に最も必要な栄養が含まれた「疑似ミルク」を身体の表面から滲み出させる。
ちゅぅ、ちゅぅ……と、天智が夢中でそれを飲み始める。
(ぐっ……! なかなかに……体力が削られるな……!)
体の一部をミルクに変えて与えるということは、文字通り「自らの生命(体積)を削る」ということだ。天智が飲むたびに、私の体は一回りずつ小さくなっていく。
だが、天智のお腹が満たされ、満足そうに「ふにゃ……」と笑った顔を見た瞬間、そんな痛みも疲労も吹き飛んだ。
「いいんだよ、天智。パパの体なんて、いくらでもあげよう。お前が元気に育ってくれるなら、いくら小さくなったって構わない……」
◇
身を削りながら服になり、オムツになり、ミルクを与える日々。 いくつかのアクシデント(天智が足をバタつかせて、おしっこのついた葉っぱを蹴り飛ばした際、パパの体で拭こうとして一瞬で浄化されたり)を乗り越えながら、私は必死で天智を守り続けた。
そして、私の体が本来の半分ほどの大きさにまで縮んでしまった、ある日のこと。
「にゃ? なんだあのプルプルした生き物は……?」 「おい、赤ん坊を呑み込んでいるぞ!? 助けないと!」
森の奥から現れたのは、二足歩行をする猫の姿をした魔物――『ケットシー』の狩人たちだった。 彼らは私が赤ん坊を襲っていると勘違いし、槍を構えて飛び出してきた。
「待ってくれ! 違う、私はこの子の親だ! 襲っているんじゃない!」
必死でスライムボディをパタパタと揺らし、天智を優しく抱っこするポーズをとる。 天智も「あうー!」と声をあげ、私の体に嬉しそうにすり寄った。
ケットシーの族長らしき老猫が、驚いたように目を丸くした。
「ほう……スライムが自らの身を削って、人間の赤子に授乳し、服となって温めているのか……? なんという慈愛……」
「頼む……! 私はどうなってもいい! この子に……この子に、本物のミルクと暖かい場所を分けてはくれないか……!?」
声を振り絞って訴える私に、ケットシーたちは槍を降ろした。
「……いいだろう。お前さんのような奇特で強い愛を持った父親を、我らケットシーは見捨てん。来なさい、村へ案内しよう。山羊のミルクならいくらでもある」
「あ……ありがとう……ございます……!」
その言葉を聞いた瞬間、緊張が解け、私の体はへなへなと地面に広がった。
良かった……本当に良かった。 これで天智に、ちゃんとした栄養をあげられる。
小さくなった私の体の上で、天智が心配そうに「パパ?」と顔を覗き込んできた。
「大丈夫だよ、天智。パパはここにいる。……さあ、新しいお家へ行こうね」
失敗ばかりで、命がけのスタートだったけれど。 この森で、私たちの本当の「子育て」が始まろうとしていた。




