第17話:高所恐怖症を跳ね返せ! 樹上の野外授業と木登りドタバタ奮闘記
第17話:高所恐怖症を跳ね返せ! 樹上の野外授業と木登りドタバタ奮闘記
◯月◯日(育児日記 130日目)
タイトル:一歳子猫たちの木登り訓練と、爪のないアマチの『スライム吸着』登山!
「さあ、みんな。今日の授業は『木登り』ですよ」
爽やかな秋晴れの空の下、ケットシーの村の裏手に広がる大きな「ぽむの木」の前で、母猫メイラさんの朗らかな声が響いた。
育児日記は130日目。
生後40日目を迎えた三つ子たち(クララ、ナララ、ミララ)は、ケットシー年齢でいえば「1歳と数か月」。身体のバランスもすっかり引き締まり、足腰の力も日々強くなっている。
そして、その傍らには、生後4か月を過ぎて首も腰もすっかり据わった我が愛娘・天智の姿があった。
「あぅ! きのぼり! アマチも! きのぼりするーっ!」
天智はやる気満々で、頭頂部の「髪の毛猫耳」をピコンピコンと直立させている。 前回のメイラさんによる「室内での家庭教育(お辞儀と分け合いっこ)」を経て、天智の「ケットシー家の一員(お姉ちゃん)」としての自覚は最高潮に達していたのだ。
「フッ……バイオ学者として、そして危険管理のプロとして、今日の私は一味違うぞ」
私は天智のすぐ後ろで、スライムボディを平べったい『特大エアーマット形態』に変形させて待機していた。
木登りといえば、落下の危険がつきものだ。 爪を持たない人間(赤ちゃん)の天智が木に登るなど、本来ならば無謀の極み! だが、もし天智が滑り落ちてきたとしても、この私が樹下に広がる青いセーフティネットとなれば、衝撃は100%吸収される計算である。
「天山さん、準備万端ね。でも、あまり甘やかしてはダメですよ? 子どもたちの『自立する力』を信じてあげてくださいね」
メイラさんが優しく微笑みながら、三つ子たちに向き直った。
「いいですか、クララ、ナララ、ミララ。ケットシーにとって、木は『家』であり『避難所』であり『遊び場』です。鋭い爪を幹にしっかり立てて、後ろ足でしっかり蹴り上がるのですよ。クララ、手本を見せてあげなさい」
「はいニャ、お母様!」
長女のクララが、しなやかな動作でぽむの木の幹へと向き直った。
「ふッ……ニャ!」
シャキーンッ!
小さな肉球から鋭い爪が飛び出し、樹皮をガチッと捉える! 次の瞬間、クララはまるで重力を無視するかのように「トトトトトッ!」と垂直な幹を駆け登り、あっという間に三メートル上の枝へと着地してみせたのだ!
「「「おおーっ!!」」」
「みゅ〜♪(簡単だニャ!)」
枝の上で誇らしげに胸を張るクララ。
「素晴らしいわ、クララ。次はナララとミララですよ」
「ボクも行くニャーっ!」
食いしん坊のナララは、上の枝に実っている甘い「ぽむの実」の匂いに惹かれて、猛スピードで「トトトッ!」と駆け登る! 三女のミララも、「アマチ、見てるニャ!」と振り返りながら、軽やかに二メートル上の太い枝へとよじ登った。
さすがは1歳を迎えたケットシーたち。本能に刻まれた木登りの技術は完璧であった。
◇
「さあ……アマチちゃん。あなたの番ですよ」
メイラさんが、優しく天智の背中を後押しした。
「あぅ……! アマチ、のぼる! おねえちゃんだもん!」
天智は気合十分に『猫足ハイハイ』で幹に近づくと、ちいさなお手手を「えいっ!」と幹に押し当てた。
……しかし。
つるっ。
「あうっ!?」
当然である。 天智の小さくて柔らかい手には、ケットシーのような鋭い爪など生えていない。 いくら『マネッコ』で猫足の動作を真似しても、ツルツルとした人間の手のひらでは、樹皮の摩擦抵抗に勝てず、一センチも身体が持ち上がらないのだ。
「あぅー……? 爪……ない……?」
自分のちいさなお手手と、樹木を交互に見比べ、困惑する天智。
樹上の三つ子たちも、心配そうに下を覗き込んだ。
「アマチー! がんばるニャ!」「爪を立てるニャ!」「むずかしいニャ?」
「うぅ……爪……爪……!」
悔しそうな天智。 だが、我が娘の凄まじいところは、ここからの『順応』と『マネッコ』の即興融合であった!
「爪がないなら……パパの真似をすればいいんだ!」
天智の瞳が、怪しくキュピーンと輝いた!
彼女は自分の手のひらと膝に、パパ(スライム)の持つ『生体粘着(ポヨンポヨン吸着)』のイメージを強力にオーバーラップさせたのだ!
「あぅ……! すいとーる……ぽんっ!」
ペタッ!!
「な……なにぃっ!???」
バイオ学者である私の目が飛び出しかけた。
天智が手のひらを幹に押し当てた瞬間、まるで巨大なタコの吸盤のように「ペタッ!」と密着音が響いたのだ! 天智はスライムの持つ表面張力と吸着メカニズムを自分の皮膚感覚で模倣(順応)し、爪を使わずに【スライム吸着・ペタペタ登攀】を生み出したのである!
ペタッ! ペタッ! ペタッ!
「あはっ! のぼれたー! パパの手ー!」
「す、凄すぎるニャ……! 爪がないのに、ペタペタ壁を吸い付いて登っていくニャーッ!?」
見守っていたルークが顎を外さんばかりに驚愕する!
「あ、赤ん坊の順応能力とスライム模倣の相算効果……! もはや人間かスライムかケットシーか分からないハイブリッド生命体になりつつあるぞーっ!」
◇
ペタッ、ペタッ、ペタッ。
天智は順調に幹を登り、一メートル、二メートルと高度を上げていった。
「あははっ! みららちゃん! 追いついたよーっ!」
「ニャーっ! アマチ、すごいにゃーっ!」
二メートル上の太い枝で待っていたミララと合流し、ハイタッチを交わす天智!
「素晴らしいわ、アマチちゃん! 自分だけの登り方を見つけたのね!」
下から見上げるメイラさんも、感心したように拍手を送る。
……しかし。
事件は、天智がさらに上の「三メートル地点(最高地点)」を目指そうとした時に起きた。
ふと、天智が下(地面)を覗き込んでしまったのだ。
「あぅ……?」
そこには、今まで経験したことのない「高さ」があった。 二本足で立つことすら覚えたての生後4か月の赤ん坊にとって、三メートルの高さから見る地面は、まるで目眩のするような大絶壁!
グラッ。
「……あうぅぅぅぅぅ……っ」
天智の身体が、急激に硬直した。
本能的な恐怖——『高所恐怖症』の発動である!
吸盤のように密着していた手のひらの汗(体液)が、恐怖のあまり「ぬるっ」と滑り始めた!
「あ……あぅっ! パパっ! たかい! たかいーっ!」
頭の「髪の毛猫耳」が、恐怖でペショーンと完全に萎れて頭にへばりつく!
「あかん! 天智が高所恐怖症で固まったぁぁぁっ!」
「大変ニャ! 手が滑りそうになっているニャ!」
樹上の三つ子たちも大パニック!
「アマチーッ!」「落ちたら痛いニャ!」「手を放しちゃダメニャ!」
「あぅぅぅ……えーん! パパぁぁぁぁっ!」
パニックを起こした天智は、幹にペタッとへばりついたまま、大粒の涙をこぼして泣き出してしまった! 動けば滑る、止まっていても恐怖で手が震える!
「落ち着くんだ天智! そのまま動くな! 今すぐパパが助けに——」
私が身体を巨大なポール状に引き伸ばして救出しようとした、その時!
「天山さん、待ちなさい!」
メイラさんの力強い制止の声が響いた。
「メイラさん!? しかし天智が失立・転落の危機に——」
「子どもたちのピンチを救うのは、親だけではありません。見てあげてください」
◇
「アマチ! こっちニャ!」
「ニャーッ! 手を貸すニャ!」
樹上にいた三つ子たち(クララ、ナララ、ミララ)が、一斉に動いた!
一番上の枝にいたクララが、スルスルと降りてきて天智の上の枝へ。 ナララが天智の横へ回り込み、三女のミララが天智のすぐ下に回り込んで、自分の小さな背中で天智の足を下から支えたのだ!
「みゅふ〜っ! アマチ、足乗せるニャ! ボクが支えるニャ!」
「アマチちゃん、後ろは見ちゃダメニャ! 私のお耳だけ見るニャ!」
クララが自分のフワフワの尻尾を伸ばし、天智の手にそっと触れさせた。
「あ……あぅ……? くららちゃん……みららちゃん……?」
泣きじゃくっていた天智が、ハッと目を開けた。
目の前には、恐怖に怯える自分を、身体を張って上下左右から包み込んでくれている、大好きな三つ子たちの姿があった。
「アマチ、こわくないニャ。みんな、いっしょニャ!」
ミララが、下から一生懸命に天智の脚を押し上げてくれる。
「あ……あぅ……! みんな……!」
天智の胸の中に、恐怖を超える「温かい勇気」がジュワッと広がっていった。
自分は一人じゃない。 大好きなクララ、ナララ、ミララが、いつも隣にいてくれるのだ。
「あぅ……! のぼる……! みんなと、のぼるーっ!」
萎れていた天智の「髪の毛猫耳」が、ふたたびピコンッ!と力強く立ち上がった!
ペタッ! ペタッ!
三つ子たちの支えと誘導を受けながら、天智は最後の一歩を踏み出し——。
ついに、一番上の太い枝(最高地点)へと辿り着いたのだ!
「「「「できたーーーっ!!! / にゃあぁぁぁっ!!!」」」」
◇
三メートルの高さにある太い枝の上。
そこには、風に揺れる綺麗な緑の葉と、木漏れ日の太陽と、そして遠くまで広がるケットシーの村の全景が広がっていた。
「あ……あはっ……! すごーい! パパ、ちいさい! 村、ひろーいっ!」
枝の上に腰掛けた天智が、眼下に広がる景色を見て、涙をぬぐいながら大満開の笑顔を咲かせた。
その隣では、クララ、ナララ、ミララが、天智にぴったりと寄り添い、「みゅ〜♪」と満足そうに喉を鳴らしている。
「見事ですわ、みんな。助け合って、高い壁を乗り越えましたね」
木の下で、メイラさんが温かい拍手を送る。
「……うう……ぐすっ……素晴らしい……感動したぁぁぁぁっ!」
エアーマット状態の私も、感涙のあまり全魔素を震わせて号泣(液体化)した。
親が手を貸して助けるのは簡単だ。 けれど、子どもたちが自分たちで声を掛け合い、支え合い、恐怖を乗り越えて掴み取ったこの景色は、何物にも代えがたい宝物なのだ。
「さあ! 降りる時は……パパ特製の『超特大スライム・ポヨンポヨン滑り台』で一気に降りといでーっ!」
私は自分のスライムボディを、枝から地面へと続く巨大な青い滑り台へと変形させた!
「あはっ! すべりだいーっ! みんな、いくよーっ!」
「「「ニャーーーッ!!!」」」
天智を先頭に、三つ子たちが一列になって、シューーーーーッ!と心地よい風を切りながら滑り降りてくる!
ポヨンッ! ポヨンッ!
一番下で、私は4人の小さな勇者たちを優しく包み込んだ。
「おかえり、天智。よく頑張ったね!」
「あはっ! パパ! アマチね、きのぼりできたよ! みんなで、できたよーっ!」
天智は私のスライムボディにぎゅーっと抱きつき、頭の髪の毛猫耳をルンルンと揺らした。
爪がなくても、高所が怖くても。 お互いを思いやる心と、諦めない勇気があれば、どんな高い木だって登ることができる。
1歳のケットシーたちと、成長していく天智。 小さな勇者たちの野外授業は、最高の大成功で幕を閉じるのだった。
(第17話・完)




