第14話:お留守番大惨事の果てに……母猫メイラ、怒りの正座説教タイム
第14話:お留守番大惨事の果てに……母猫メイラ、怒りの正座説教タイム!
◯月◯日(育児日記 115日目・夕刻)
タイトル:雷降臨! 泡と果汁にまみれた丸木小屋で、甘やかしパパと子猫隊長が正座(正スライム)させられた日。
「ふぅ……ふぅ……。ルーク殿の魔法のおかげで、なんとか泡と干し果汁の海は片付いたね……」
私はヘトヘトに疲弊したスライムボディをプルプルと震わせながら、丸木小屋の床を磨いていた。
前回の「お留守番大惨事」から、およそ一時間。 分身スライムはモップ代わりにされて泡となって消え、部屋中に干し果実が散乱した我が家は、私とルークの超急ピッチな清掃作業により、なんとか表面上は「元通りのきれいなお部屋」へと復元されつつあった。
泡をきれいに洗い流された三つ子たち(クララ、ナララ、ミララ)は、ミルクを飲んでお腹いっぱいになり、私の膝(スライムの上)で天智と一緒に重なり合って「すー……すー……」と気持ちよさそうに寝息を立てている。
天智の頭の「髪の毛猫耳」も、濡れてしなしなになっていたのが乾き始め、すっかりご機嫌そうにピコンと立ち上がっていた。
「やれやれだニャ、天山さん。一時はどうなるかと思ったけど、メイラさんに知られる前に片付いて本当によかったニャ。あのお方は普段は天使みたいに優しいけど、怒らせたら村で一番恐ろしいんだからニャ……」
ルークが額の汗をぬぐいながら、胸を撫で下ろす。
「ああ……本当に助かったよ、ルーク殿。もし出産直後で体が万全でないメイラさんに、子どもたちが泡まみれで干し果実をぶちまけていたなんて知られたら、心労をかけてしまうところだった……」
私は胸の核をなで下ろし、へなへなと床の上に座布団状になって潰れた。
「天智も反省しているみたいだし、今回はパパの甘やかしと危機管理不足が招いた事故として、私の心の中に仕舞い込んでおくことにしよう。ハハハ……」
そう、私は甘かったのだ。 我が子の無邪気な「お留守番がんばったよ!」という笑顔に毒気を抜かれ、事なきを得たとすっかり油断していたのである。
しかし——『母親の直感』というものを、私たちはあまりにも過小評価していた。
ガラリ。
静かに、しかしどこか重々しい音を立てて、丸木小屋の扉が開いた。
◇
「……あら? ずいぶん部屋の中がピカピカで、甘〜いハーブのいい香りが漂っているのねぇ?」
夕暮れの橙色の光を背に受けて立っていたのは、三つ子たちの母親であり、お隣の母猫——メイラさんだった。
彼女は穏やかな笑顔を浮かべている。 そう、表情だけを見れば、いつもの優しく包み込むような天使の笑みなのだ。
だが、何かが違う。 彼女の後ろに見えるはずのない「メラメラとした漆黒のオーラ」が、ゆらゆらと立ち上っているように見えるのは、バイオ学者としての私の錯覚だろうか?
「メ……メイラさん! 体はもう大丈夫なのですか!? わざわざお越しいただかなくても、三つ子ちゃんたちなら今ちょうどミルクを飲んでスヤスヤと——」
「ええ、天山さん。とっても気持ちよさそうに眠っているわね」
メイラさんは静かな足取りで部屋の中へ入ってくると、クンクンと鼻を鳴らした。
「でも、おかしいわねぇ……? クララたちの毛並みから、天山さんのスライム酵素の甘い匂いと、ウチの棚にしまってあった『特製ハーブ泡石鹸』の匂い、それに干し果実の甘酸っぱい香りが、これでもかと混ざり合って漂ってくるのだけれど……?」
「「ヒッ……!!」」
私とルークの全身から、ドッと冷や汗(魔素の雫)が吹き出した!
完全に見抜かれている! ルークのシャワー魔法と私の超高速吸着で見た目は完璧に清掃したつもりだったが、子猫たちの毛並みに染み付いた「匂い」までは誤魔化しきれていなかったのだ!
「ル……ルーク殿、これは……」
「ボ、ボクは何も知らないニャ! ただ天山さんに頼まれて掃除を手伝っただけで——」
「ルーク?」
メイラさんが、スッと目を細めた。 ただそれだけ。声を荒げたわけでもない。 しかし、その一言に込められた圧力は、ケットシーの村の長老すら平伏させるほどの絶対的な「お袋の威厳」に満ちちあふれていた。
「……ごめんなさいニャーーーッ!! 実は天山さんが留守番用に残した分身スライムを天智ちゃんがモップにして部屋中滑走して干し果実の壺を割って泡まみれの大惨事になったのを隠蔽しようとしましたニャーーーッ!!」
「ルーク殿ぉぉぉぉっ!?? 秒で寝返ったぁぁぁぁっ!?」
「当たり前だニャ! メイラさんに睨まれたら命が幾つあっても足りないニャ!」
白状したルークは、そのまま脱うさぎ……ならぬ脱兎の如き素早さで丸木小屋の外へと逃走していった。残されたのは、私と、すやすや眠る子どもたち、そして静かに微笑むメイラさんだけであった。
◇
「さあ……天山さん? そこに正座(?)しなさい」
「は、はいっ……!」
私は一切の反論を諦め、自分のスライムボディをギュッと凝縮させ、完璧な四角い『正座スライム形態』へと変形した。
「あぅ……? パパ……? メイラさん……?」
雰囲気に察したのか、膝の上で眠っていた天智がうっすらと目を開けた。
「天智ちゃんも、起きなさい。お姉ちゃんとして、ちゃんと二人でお話を聞くのよ」
「あ……あぅ……」
普段はどこまでも優しいメイラさんの「本気の顔」に、天智もタダゴトではないと悟ったらしい。 頭の髪の毛猫耳を「ペショッ」と平らに倒し、私の隣でチョコンと正座(お座り)をした。
ここから、恐怖の『母猫メイラによる愛の説教タイム』が幕を開けたのである。
「天山さん。あなたがどれほど天智ちゃんを愛していて、子育てに一生懸命かは、私が一番よく分かっています」
メイラさんは、静かだが一語一語を噛み締めるように語りかけた。
「ですが……『分身を残したから大丈夫』『たった15分だから大丈夫』というその油断! それがどれほど危険か、お分かりですか!?」
「うぐっ……! ぐうの音も出ません……!」
「もし割れた壺の破片で天智ちゃんや三つ子たちが怪我をしていたら? もし泡を飲み込んで喉に詰まらせていたら? もし干し果実を丸呑みして窒息していたら……天山さん、あなたはどうするつもりだったのですか!?」
バイオ学者としての冷静な危機管理を自負していた胸(核)に、メイラさんの言葉がぐサリぐサリと突き刺さる。
そうだ。私は「何かあっても自分のスライムボディで受け止めればいい」という、スライムゆえの慢心があった。 自分の目の届かない場所で、分身任せにして子どもたちを危険に晒したのだ。
「申し訳……ありません……! 私の甘やかしと、親としての慢心が招いた結果です……!」
私は正座スライムのまま、床に頭(上面)を擦り付ける勢いで「土下座スライム」と化した。
そして、メイラさんの視線は、隣で小さくなっている天智へと注がれた。
「そして、天智ちゃん」
「あ……あぅ……っ」
天智の身体が、ピクッと跳ね上がる。
「天智ちゃんは、三つ子たちの『お姉ちゃん』よね?」
「あぅ……うん……おねえちゃん……」
「お姉ちゃんは、妹や弟たちを危険な目に遭わせないように『守ってあげる』存在なのよ。パパの分身ちゃんをモップにして滑り回ったり、壺をひっくり返して泡だらけにして遊ぶのが、お姉ちゃんのすることかしら?」
「あうぅ……うぅぅ……」
天智の大きな瞳に、みるみるうちに大粒の涙が溜まっていく。
天智は「お留守番がんばったよ!」「お世話したよ!」と褒めてもらえると思っていたのだ。 けれど、大好きなメイラさんから「それは本当のお姉ちゃんじゃないのよ」と諭され、自分のやったことがどれだけ悪いことだったのかを、小さな頭で一生懸命に理解しようとしていた。
「あぅ……えーん! ごめんなさいーっ! ごめんなさいーっ!」
天智はたまらず、私の土下座スライムに飛びつき、大声をあげて泣き出した。
「クララちゃんたち……ケガしたら……痛いの……天智ちゃん、おバカさんだったーっ! ごめんなさいーっ!」
自分のしたことが、大好きな三つ子たちを危険に晒すかもしれなかった。 その事実に気づいた天智の涙は、単なる駄々っ子の泣き声ではなく、心の底からの「反省と愛情の涙」だった。
◇
泣きじゃくる天智の姿を、メイラさんはじっと見つめていた。
そして、ふっと肩の力を抜くと、立ち上っていた漆黒のオーラが綺麗に消え去り、いつもの温かい母猫の笑顔に戻った。
「……よし。二人とも、ちゃんと反省できたわね」
メイラさんは腰をかがめると、泣きじゃくる天智と、土下座している私のふたりを、その温かい両腕で優しくギュッと抱きしめてくれた。
「あ……あぅ……?」
「分かればいいのよ、天智ちゃん。あなたがお留守番を頑張ろうとした気持ちも、三つ子たちを楽しませようとした気持ちも、ちゃんと伝わっているわ。あなたはとっても優しい、自慢のお姉ちゃんだもの」
「メイラさん……」
「天山さんも。一人で抱え込もうとしないで、頼れる時はいつでも私や村のみんなを頼りなさい。子育てはね、一人で完璧にやるものじゃないのよ。みんなで失敗しながら、みんなで育てていくものなんだから」
メイラさんの包み込むような温もりと言葉に、私の胸(核)の奥が熱く震えた。
バイオ学者だとか、元人間だとか、スライムの特殊能力だとか、そんなものは関係ない。 泥臭く、失敗しながら、周りの温かい人々に支えられて親になっていくのだ。
「……はい。はい……っ! ありがとうございます、メイラさん……!」
私のスライムボディから、ポロポロと幸せと反省の魔素の雫がこぼれ落ちる。
天智も涙と鼻水をぬぐいながら、メイラさんのお腹に顔を埋めた。
「あぅ……メイラさん……だいすき……! 天智ちゃん、ほんとのおねえちゃんになる! もう無茶しない!」
「ええ、いい子ね。三つ子たちも、あなたみたいな素敵なお姉ちゃんがいて幸せよ」
メイラさんが優しく天智の頭を撫でると、ペショッと倒れていた天智の「髪の毛猫耳」が、まるで元気を取り戻したように「ピンッ!」と力強く立ち上がった。
◇
騒動が完全に収まり、すっかり日の暮れた丸木小屋。
反省を終えた天智は、メイラさんが作ってくれた温かい「お詫びのハーブスープ(冷ましたもの)」を、三つ子たちと一緒に並んでお行儀よく飲んでいた。
「あむ……おいちいね、クララちゃん、ナララちゃん、ミララちゃん」
「みゅ〜♪」「にゃー♪」「みゅふー♪」
今度は大暴走の泡遊びではなく、ちゃんとお皿を倒さないように小さな手で押さえながら、三つ子たちにスープを分け与えてあげる天智。
その姿は、先ほどまでの大暴走が嘘のように、どこからどう見ても立派で優しい「お姉ちゃん」そのものだった。
「ふふ、雨降って地固まる、ね」
メイラさんが、お茶を飲みながら目を細める。
「ええ……本当に。メイラさんのお説教がなければ、私はまた同じ過ちを繰り返すところでした」
私は自分のスライムボディを抱っこ紐の形へと戻し、天智を優しく包み込んだ。
「天智、今日はたくさん泣いて、たくさんお勉強したね」
「うん! パパ、わたし、もっとカッコいいおねえちゃんになるの!」
天智は誇らしげに胸を張り、髪の毛猫耳をピコピコと動かして見せた。
失敗して、怒られて、泣いて、また一つ賢くなる。 スライムパパと天智、そして三つ子たちの成長の歩みは、これからも村の温かい眼差しに見守られながら、一歩一歩、確実に行進していくのだった。
(第14話・完)




