第9話 実技面接と正式に転入学
学院長室のある教授棟を出て暫く歩くと、部分的に屋根を備えたドーム状と思われる大きな建物の前に着いた。
「あっちが魔法訓練場で、ここが剣術訓練場よ」とサテュちゃんが教えてくれる。
あっちという方向を見ると、少し離れた位置に同じような規模のやはりドーム状の建物があった。
「行くぞ」というアンセルモ剣術学部長教授の声がして、俺とサテュちゃん、ティモ爺、オイリ学院長。エルヴィール魔法学部長教授の6人の一行は、剣術訓練場へと入って行く。
内部に入ると、そこはやはり円形の競技場のような施設で、土のフィールドをぐるりと囲んで観客席が設けられ、その観客席の上部には屋根があるという半屋外の造りだ。
フィールドはバスケットボールのコートが4面ほど余裕で入るぐらいで、なかなかに広い。
今日は新しい学期、春学期と呼ばれているそうだけど、その春学期が始まる2日前の休暇期間中の午前なので、この訓練場には誰もいないのかと思ったら。ふたりひと組の学院生らしき男子が居る。
その彼らは、俺もティモ爺から渡されているトレーニングウェアと戦闘装備を合わせたような訓練着を身につけて、盛んに剣を打ち合っていた。あれは木剣だな。
それにしてのあの男子たち、何だか見たことがある気がするですなぁ。
「おーい、ラウロ、アマート。木剣を下ろしてちょっと来い」
「あ、アンセルモ先生ですか、何ですかぁ? って、うげぇっ」
ラウロくん、俺とサテュちゃんとティモ爺の姿を見て、うげぇっとは。
それは昨日にも、冒険者ギルドでお会いしたばかりですけどね。
あと、昨日は女子を加えて3人でしたけど、いまは男子ふたりで、もうひとりはアマートくんと言うんですね。
「あー、すみません、アンセルモ先生。急用を思い出して、直ぐに行かないとです。すみません、ごめんなさいでーす。学院長もエルヴィール先生も失礼しまーす」
ラウロくんとアマートくんは大声でそう口早に叫ぶながら、もの凄いスピードであっというまに走って訓練場を出て行ってしまった。
「なんだ、あいつら」
「サテュちゃんは、なに大笑いしてるのかしら」
「あははは、だって……。急用があるのなら、仕方ないですよね、あはは」
まだ笑っているサテュちゃんと澄まし顔のティモ爺、そして俺の顔を順番に見たアンセルモ教授は「仕方ねぇなぁ」と呟いた。
彼がラウロくんとアマートくんを呼んだのは、どうやらどちらかに俺と木剣を合わさせようと考えたかららしい。それを即座に察知したふたりは、あっという間に逃げ出したという訳だ。
「あいつらに相手をさせようと思ったんだが、仕方ねぇから俺が直接相手するぜ。木剣の打ち込みな。それとも、試合稽古でもするか? なあティモさんよ、この坊やなら試合稽古でも大丈夫ですかね?」
「たぶん、大丈夫でしょう。それに、自分も見てみたいですからな」
木剣の打ち込みとは、おそらくだけどこちらの世界でも、掛り手と呼ばれる打ち込む側が元立ちと呼ばれる受け手側に対して、打ちかかる訓練だろう。
この場合、掛り手は下位の者、元立ちは上位者がその役割を担うのが通常だ。
一方で試合稽古とはたぶん、試合形式つまり双方の役割を決めない形で互角に打ち合う稽古の方式だと思う。
門外不出の家伝の古武術継承者である俺は、そういう剣術的な稽古ってほとんどしたことがないのだよね。
師匠である俺の爺ちゃんや親父からは技は仕込まれたけれど、木刀の打ち合いとかはまあしなかったよな。だいたい彼らって急所しか狙わないので、木刀でも当たれば本気で死ぬし。
「んじゃ、着替えるか。俺は着替えてくるからよ。坊やは更衣室で着替えてくれ。訓練着は持ってるか?」
「あ、はい、あります」
「それは準備がいいな。そうしたらサテュ嬢、更衣室まで案内してやってくれ」
「いいわよ。そうした行きましょ。こっちよ」
昨日に続き、今日も何となく流れに乗らされて物ごとが進んでいく。
でもこれは武術のことなので、俺が否と拒否する謂われは無いよな。
「ねえ、試合稽古って、あなた大丈夫?」
「大丈夫かどうか。だいたいこちらの世界の剣や木剣なんか握ったこと無いし、前の世界でも試合稽古はしたことが無かったからなぁ」
「そう、なのね……」
「でも、大丈夫だよ。得物はどんな武器でも手にすれば分かるし、剣術は俺の武術の本分でもあるからさ」
この学院の訓練着に着替え、更衣室の外で待っていてくれたサテュちゃんに案内され、ついでに備品室に行って使用する木剣を借りる。
長めの短剣のようなものからショートソード、ロングソード、そして長大なグレートソードサイズのものまであった。
俺は、刀の定寸二尺三寸五分よりもやや長い、短めの両手剣つまりロングソードの木剣を選んだ。長さは80センチぐらいですかね。
訓練場のフィールドに戻ると、アンセルモ教授も戻っていて待っていた。彼も両手剣のロングソードだね。
「試合稽古とは言っても、これは稽古だ。ただし、互いに遠慮は無しだぜ」と彼は言ってニヤリと笑う。顔が怖いので凶悪だが、わりと無邪気そうで悪意の無い笑顔だ。
なので俺も「分かりました、そうしたら遠慮無く行きます」とニコリと微笑んだ。
「そうかい。そうしたらティモさん。稽古ではあるが見ていてくれるか」
「承知」
つまり、審判は置かない稽古だけど、何かあったらいけないので審判的な立場でティモさんに見ていて貰いたいということかな。
おそらくは、それだけティモ爺が剣術の功者であると知られているのだろう。
「では、始めてください」というティモ爺ののんびりとした声が掛かる。
遠慮無しでいいんだよね。
数メートルほど距離を取っていた俺は、縮地に近い速歩で一気に近づく。
突然眼の前に現れたといった感じで驚き顔のアンセルモ教授は、それでも対応すべく肩に担ぐようにしていた木剣を俺の肩口に繰り出そうとする。
なかなかの反応速度だが、俺が受け継いでいる剣は、剣同士をほとんど合わすことの無い必殺の剣だ。
そして既に俺は自身の間合いに入っている。
俺が出すであろう突きや打ち込みを予測して、それに合わせようと木剣を振り下ろそうとしたアンセルモ教授の少し突き出た右肘、そのある一点にある秘孔を俺は伸ばした剣先で鋭く突く。
「え?」
「申し訳無いですが、終わりです」
秘孔を突かれたことでかなり痺れた筈の教授の右腕がだらりと落ち、握っていた木剣は当然ながらフィールドに滑り落ちた。
驚愕して落ちる木剣を眼で追うその彼の首筋を一閃、は危ないので止めて、ガラ空きの胴を横から叩いた。
「あつつ。右手が、動かねぇぞ」
フィールドに崩れたアンセルモ教授は、叩かれた胴もかなり痛いだろうに、痺れて動かせなくなっている右肘にかなり驚いたみたいだった。
その彼の側に学院長とエルヴィール教授が駆け寄り、直ぐさまエルヴィール教授が両手を倒れているアンセルモ教授にかざして、何か魔法を発動させているのが伺えた。
「あれは回復魔法よ。お疲れさま、ディックさん」
「これで大丈夫かな」
「大丈夫というか、もう充分なんじゃない。教授が学院生に倒されるのって、学院の歴史上でまったく無かったことでも無いらしいし。ね、ティモ爺」
「お見事でした、ディック殿。そうですね、過去にもそういうことがあったらしいですな」
ティモ爺の俺に対する呼び方が、ディックさんからディック殿に変わっていた。
どうやら、いまの対戦を見て多少は感ずるところがあったようだ。
「おい、坊や。いやディック。あれはどういうことだ。君の意図した技なのか。それならどうやったのか説明をしてくれ」
「ええ、もちろん意図した技ですけど、これは家に伝わる秘伝の技なので、そう易々とご説明する訳には行きません」
まあ、動きの中で瞬時に見極めて、その部位に強烈な痺れを齎す秘孔を突くだけなんだけどね。
「家に伝わる秘伝の技、かよ。なあティモさんよ、このディックってお前さんたちの一族じゃ無いんだよな。そうしたらどんな一族のどんな家なんだ。どうしてそんな秘技を、この若者が修得してるんだ。どうして……」
「まあまあ、アンセルモくんは落ち着いて、落ち着いて」
長生きのエルフらしい学院長からしたら、アンセルモ教授も“くん”呼びなのですね。
「それにしても、うふふ。わたし、ずいぶんと大昔の似たような出来事を思い出しちゃったわ。ねぇ、サテュちゃん」
「はあ……」
「あのときは、剣術学の部長教授を一瞬で倒した子に、すぐさま剣術学特待生の資格が与えられたのよね」
学院長がサテュちゃんの方に顔を向けてそう言った時点で、もう俺もだいぶ予想出来るようになってますよ。
「学院長が言う大昔の剣術学特待生と言えば、特別栄誉教授閣下ですよね」
「あの御方がそうだったと俺も聞いている。そうか、これはちょっと考えないといけないな。なあ学院長」
「そうですねぇ」
「魔法の方もそうだったら、これは歴史的な事件よ」
「あ、いや、俺は魔法の方はぜんぜん分からないので」
「あら、そうなの」
エルヴィール教授はがっかりした表情でサテュちゃんの方に顔を向けたが、彼女が頷くと更に落胆した表情になった。
「でも、ディックくんの場合は今年1年だけの転入学だし、4年生だから特待生の恩恵はあまり無いのよね。まあ名誉称号かしら」とは学院長。
後でサテュちゃんに聞いたのだが、やはり彼女の父上が入学して直ぐに、それから伯母さんが卒業時に剣術学特待生を贈られたのだとか。
特待生の特典は、その科目であればどの講義を取っても単位がすべて自動的に与えられるそうで、学院長が言ったのは、4年生だと僅かに6科目を受講すれば良く、そのうちの剣術学ゼミはおそらく1科目なので、具体的なメリットがあると言うよりは名誉的な称号になると言う意味らしい。
「ともかくもディックくん、ご苦労さまでした。サテュちゃんのお父上が、あなたの転入学を推薦して来た理由が良くわかったわ。そうして、あなたがこれからこのセルティア王立学院で過ごす1年間が、わたし、とても楽しみです。ようこそ、セルティア王立学院武術特別分校に。あなたの転入学を歓迎します」
「俺もだ」
「わたしもよ」
これで俺は正式にセルティア王立学院生なんですね。
齢70歳にして長年に渡り生きてきた世界から完全消失し、そして新たな世界に15歳設定の現在満14歳として出現したこの俺が、1年間だけにせよ学生生活を送るですか。
「楽しみね、ディック」
「ああ、楽しみだ、サテュちゃん」
不安はいっぱいあるけど、隣で微笑んでくれている彼女の笑顔がとても心を落ち着かせてくれているのだった
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